殺人鬼inIS学園
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第三話:真夜中の粛清
前書き
今更ですが、この小説は福音事件辺りから本筋を大幅に脱線し始めます。ご注意を。
「一夏がISを動かした!?」
梅の花が可憐に咲き終えた3月の中旬。IS学園用務員、編田羅赦は突如自室に押しかけてきた千冬からの相談に目を丸くした。
「何かの間違いじゃあ無いのか?」
ラシャの質問に、千冬は力なく首を振った。
「十中八九あいつが絡んでいそうなんだが、未だに連絡がつかん。一夏の周囲も混雑してるみたいだからな。お前の帰還を祝うのは当分先になりそうだ。何せ帰ってきたことさえ言えてないのだからな」
力無く笑う千冬の表情は、十歳ほど老けて見えた。何と無防備な表情であろうか。と、ラシャは千冬の表情をまじまじと見つめた。同時に飛んできた鉄拳をさりげなく受け流すことも忘れない。
「今、失礼なことを考えなかったか?」
額に青筋を浮かべつつ、引きつった笑みを浮かべる千冬がそこにいた。表情からは、羞恥と焦燥が見て取れた。
「いやぁ、『千冬ちゃんは変わんないなぁ~』と思って、な」
ラシャから言われた一言は千冬にとっては予想外だったのだろう。暫し、呆然とするが、直ぐに我に返り、恐る恐る口を開く。
「そ、それは……どういう意味だ?」
「何、『変わらず可愛いな』と思っただけだよ」
更に予想外だったのが、先程より数秒多い呆然の後、表情を耳まで真っ赤染め上げた。
「な!?……な、な……なぁ!?」
しゃっくりのように同じ音をリズムよく紡ぎだす千冬の口は、静まるのに少々時間を要した。静まったら静まったらで、今度は何かが不服だったのか、不機嫌そうに尖り始めた。
「か、可愛い……か。ひ、久しぶりに言われたな」
ラシャは穏やかな笑顔を浮かべた。
「篠ノ之の柳韻先生くらいか」
「お前もだ……ばか。それにだ、この歳で可愛いなんて言われても嬉しくないものだぞ?もっと、こう……」
「『美しくなった』……とかかな?」
ラシャの歯の浮くようなセリフの応酬に、遂にブリュンヒルデは屈してしまった。テーブルに突っ伏した千冬の頭からは煙が立ち上る。
「卑怯だぞぉ…ラシャぁ…」
「はてさて何のことやら。兎に角、疲れたならメシの一つでも作るぞ?とはいえ、新趣向のゲストルームの手入れで忙しいからすれ違いになるかもしれんが」
聞き慣れない単語に、千冬は反応した。
「ゲストルーム?」
「ああ、日本庭園タイプだ。学園長が本腰を入れていらっしゃるようでね。俺のような用務員は力仕事で引っ張りだこさ」
ラシャはタブレット端末から完成予定図のCGを表示した。
「こんな感じだな」
「このご時世にしては品が良くてまとまってるな」
千冬は感心の表情を覗かせる。が、すぐに首を傾げ、眉をひそめた。
「それにしてもこの時期にか?弟やあいつの妹まで入学を控えているこの時期に?」
「学園祭までにはお披露目をしたいんだとさ。そろそろ第三世代機のお披露目も世界が計画しているからこそ、この学園でも相応のゲストの訪問に備えるべし。といったところじゃないかな?」
ラシャはタブレットをしまい込むと、椅子にもたれかかった。
「しかし、一夏がISを動かしたのかあ……ここも騒がしくなるぞ」
「確かにな。これから新たな男性操縦者が現れる可能性も捨てきれない」
「いっそのこと、ここも共学化すればいいんだがなぁ」
さり気なくラシャは学内新聞を手に取りページをめくる。そこには、巧妙に隠されたメッセージがあった。
「●」
「っしゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
思わず千冬が椅子から飛び上がらんばかりの勢いで、雄叫びを上げたラシャがそこにいた。
編田羅赦、本業開始のお知らせである。
その日の深夜。IS学園の寮をぬけ出す人影が見えた。彼女らは音もなくこっそりと廊下を走り、空き教室へと集合していく。
「状況は最悪の一歩手前ってところね」
リーダー格らしき女性教員が眉を顰める。
「そうね、男が入学してくるなんて狂気の沙汰以外に何物でもないわ!!」
それに呼応するように、一人の女子生徒が机を叩く。彼女の怒りに応えるように、他の女生徒や女性教員も不快そうに頷く。
「篠ノ之束の居場所もわからない今、ISコアの量産もめどが立たない状態…こうなれば、今年入学してくる妹のほうを人質に取るしかないわね」
「確かに、姉と比べて妹はIS嫌いの凡人らしいわ。捕まえるのも容易いでしょうし」
「それに此処はIS学園。あらゆる国家に帰属しない学園。何かあっても日本政府は手出しできないわ。たとえ罰せられたって、全て学園経営者に罰が下るんですもの、その前に逃げてしまえばどうってことありませんわ」
議会は、「入学した篠ノ之箒を人質に取り、篠ノ之束に協力を要請するための切り札にする」という内容を結論として閉会した。議長である女性教諭が生徒達をこっそりと寮に帰し、自らも寮に帰ろうとした時、背後から声をかけられた。
「こんばんは、遅くまでお疲れ様です」
慌てて振り向くと、工具箱を片手に用務員が立っていた。この女性教諭は瞬時に新入りの男性用務員だと看破し、内心胸を撫で下ろした。
「…こんばんは」
彼女はこの用務員が嫌いであった。無論、男の分際で学園を職員の末席として闊歩しているという事自体に根ざす徹底的な女尊男卑主義思考を持っているからである。
だが、蔑ろには出来ない。同僚が靴磨きを強要して織斑千冬に粛清された事を間近で見ていたのだ。悔しいが同志以外の教員は概ねこの男には好意的なのである。生徒の中にも彼に対して熱い視線を送っている輩も多いという、極めて不愉快な結果となっている。
「遅くまで生徒のご指導ですか、お疲れ様です」
その不愉快な用務員は、こちらが不愉快になるほどの爽やかな笑みを浮かべて、恭しく頭を下げる。この教員は、表情よりも、低姿勢な態度に注目していた。
「あら、女性への礼儀を間違えているのでは?今時そんな古臭いお世辞では女性一人落とせませんわよ?」
「これは失礼致しました。宜しければこの不肖めに先生の思い描く『いろは』をご教授願えませんか?」
えらく古臭い言い回しで、用務員は恭しく手を差し出した。妙なしゃべり方と用務員の制服でなければ、見事なダンスの誘い方だった。
「ええ、よろしくてよ。但し、授業料は高く付きましてよ?」
女性教員は用務員の手を取ってしまった。
「その前にこちらからも一つご指南をさせて頂こう」
「え?」
ガラリと纏う雰囲気が変わった用務員に一瞬女性教員は凍り付いたが、直ぐに握られた手を放そうとした。だが、彼の手はまるで溶接されてしまったかのように固く閉じられていた。
「なっ!?放しなさ…」
「年上は敬え」
刹那、見事な天地投げが決まり、女性教員は意識を無慈悲に刈り取られた。
暗闇は人間を狂わせる。世界が文字通り暗転し、慣れない感覚に全てを任せねばならないからだ。ラシャの眼前の拘束された女教師も、目隠しによる暗闇の洗礼を受け、恐怖に歯を鳴らしていた。
ラシャは女教師の怯えっぷりに満足感を抱くと、ボイスチェンジャーのスイッチを入れた。
「それでは語り合おう。君のお友達についてたっぷりと」
新しく支給されたおもちゃを弄びながら、ラシャは淡々と、然して表情は満面の喜色を浮かべながら告げた。
「こんなものか、10分も掛からずに全て吐くとはな。女権団も根性無しばかり送ってきて張り合いがない」
ラシャは苛立ちを隠そうともせずに報告書を仕上げていた。理由はもちろん、今回の語り合いが不完全燃焼に終わってしまったことだった。傍らには、改めて試そうと準備していたおもちゃが不満そうに立てかけてあった。
「『苦悶の梨』を知ってるか?」
ラシャは未だ背後にある椅子に拘束されている女教師に問いかけた。暗闇の中で耳を半分削がれた事に対するショックが大きかったのか、意識は朦朧としていた。だが、彼の声はよく聞こえていたらしい。少なくとも失禁するくらいの反応力は残っていたのだ。
「その筋の名工に作らせたのが昨日届いたんだけどな、今日使う予定だったんだよ。今日、な?君が耳を半分千切られただけで音を上げなければ今頃大活躍だったんだがなあ」
拷問用具を料理の食材のように紹介すると、ラシャはナイフを手にとった。
「さて、これで君は名実ともに懲戒免職され、ここで命を絶たれることになる。明日にでも君は夜遊び中に不審者に殺されたという事になるだろう。大丈夫だ、痛くはしない」
どういうことだ。洗いざらい喋ったのに何故死ななければならないのか。女教師は暗闇の中で恐慌状態に陥っていた。彼女の意図を察したのか、ラシャはため息とともに口を開いた。
「君のような連中はいつもそうやって喚くな。考えれば分かるだろう。この学園は『あらゆる国家や団体に帰属しない』ならば、国連が示した禁止条約に抵触しない究極の治外法権エリアなんだよ。誰も気づかないだけでね。だからここではジュネーヴ条約や憲法9条なぞ存在しないんだ」
ラシャは、話は終わりだ。とばかりにナイフを振り上げる。
「主義じゃないが、死体は辱めさせてもらうよ。我々の関与を疑われたくはないのでね」
そしてナイフは振り下ろされた。
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