ソードアート・オンライン-ゲーム嫌いの少女冒険譚-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
アインクラッド編
未来へ
75層のボス攻略班として私たちはヒースクリフが使用した回廊結晶を使ってボス前まで到達した。何時になっても、このボス目前の緊張感だけは幾ら経っても慣れないものがある。重みのある扉を開け広げ、いざボス戦へと向かった。そうして、ボス部屋の中に出現したのは、「ザ・スカルリーパー」と言われるボスだった。『だった』と言っているのはボス前の扉を入った後、私だけ異様な眩暈を感じた。まるで大通りからふと路地裏に迷い込み、別の場所へと誘われるような、今までに経験したことのない特別な「何か」に惹かれ、誰もが同じ扉を開いている中、導かれているのを、私は感じ取っていた。
「―――ここは?」
酷い眩暈の中、私は何とか目を開けて目の前の光景を視界に入れる。ここは一体どこなのか。少なくとも、今まで見てきたボスエリアのような風貌もなければ、迷宮区エリアのようなダンジョン要素もない。ボス部屋の特徴のような暗さと禍々しさは存在せず、かわりに白と黒の相異なる二色で構成された世界。今まで通ってきた区域がきちんと設計され、ある種のテーマのような物を携えていたように見えた。だがここはどうだ? 他と比べれば無機質で、まるで未完成のまま放置されたようなそんな不自然さが感じ取れたのであった。しいて言えば、電子的量子的な雰囲気と言ったところだろうか。
「転移結晶は――ダメね。こうなったら、前に進んでこの層から抜け出すしかないよね。大丈夫、私には相棒が一緒にいてくれるから。」
明らかに見たこともないエリアなので一旦脱出を試みたが、結晶無効化空間の様であった。なら他の通信や連絡手段が取れるかどうか一通り確認してみたが、一切繋がらない。ボスエリアではこのようなことはあったが、道中?と思われる場所にまで効果が及んでいるとは思わなかった。こんな未完成な場所に果たしてそんな機能があるだろうかとは疑問に思う。転移結晶での移動が不可能ならばこのまま先に進むしかない。未知のエリアに対する不安があるが、その不安は胸に秘めつつ前へと進む。
「暫く進んでいるけど……一直線の道だし、モンスターも出てこない。やっぱり未完成――」
「ちょっと失礼じゃない? ヒトサマの住処に入ってきて、『ミカンセイ』とか『カイハツチュウ』だの言っているのは。」
「えっ……貴女は?」
暫く進んで、多少開けた場所へと到着する。そこも今までの同じように、白と黒で構成されている。ここまでの距離、感覚的だがおよそ50mを歩いたが、モンスターらしきものにも出会わない。やはりどこか未完成の領域なのか……そう思って少し開けた場所に出ると、どこからか声がする。唐突な声に周囲を見渡した。だが辺りには人の姿は見えなかった。そんな中、目の前に現れたのは少女だ。見た目は中学生から高校生程度、特徴的なのは透き通るくらいの艶やかな緋色の髪。それに合わせたと言わんばかりの紅い瞳。炎のように燃え盛る熱き印象が、目の前の彼女にはピッタリと当てはまった。
「アタシ? アタシはそう……エリゼ。一応第97層のボスだった存在よ。」
「ボス―――だった?」
私は目の前にいる彼女、エリゼの言葉に耳を疑った。『ボスであった』という言葉に対して不思議そうな様子をしている私に対して、逆に疑問を呈しているような顔をしながらもエリゼは語る。
「そうよ、茅場によって一時的にプログラム(こうちく)されたボスってワケ。この場所も一時的に作り上げた代物で、本来ならアタシとこの場所、βテスト以降はもう用済みだし、正式版が発売される前には異物として消去されているはずだったの。でも、今はなぜか理由は知らないけど残っている。そして肝心のマスターは……理由はよく知らないけど『ケツメイキシダン』とかいう所のダンチョーって奴をやっているみたいだけど?」
そして更なる言葉で私は驚愕する。欠けていた要素が繋がりあい、今一つの答えを導き出そうとする。私たちが此処に閉じ込められた際に話していた声の主、あれこそが『茅場晶彦』そのものの姿だとてっきり思っていた。ゲームを作った本人、茅場晶彦は私達を外から見て、私たちがどのように動くかを見ている監視役のようなことをしているのではないかと。
「つまりそれって――ヒースクリフが茅場晶彦!?」
「ええ、そうだけど。知らされてなかったのね。開発者はそういう所隠しているのね……まあ良いわ。キャラクターネーム『ヒースクリフ』は茅場晶彦、この世界を創り出した創成主のことで間違いないわ。」
導きだされた結論は、SAO世界最強の存在、ヒースクリフが私達をSAO(ゲームの中)に閉じ込めた人物、茅場晶彦であると。にわかには信じがたいが、筋は通る。あくまでも私の知識や何度かあったことのある人たちから想像できたことだが、少なくとも何らかの上に立つ者は絶対的な『何か』を持っている。その答えになるのが、ヒースクリフの持つ『神聖剣』がその『何か』だろう。更に加えて管理者権限まで持っていれば、それこそまさに絶対的な力を持てる。だからといって彼が何故私たちを導くような行為をしていたのだろうか? 自分が作ったものを他人に攻略為にわざわざ先導役をやるとは。その理由は、私には分からない。少なくとも自分が彼のような立場なら、プレイヤーを有利にすることはしなかっただろう。
「ねぇ、エリゼ。此処からはどうすれば出られるの?」
私はそう彼女に尋ねた。ここが本来のSAOから離れた部分であるならば、早く抜け出すことに越したことはない。そして此処のことは、彼女に聞くのが一番だ。
「そんな質問しないでよ? アンタも分かっているのでしょう? ココから出る方法は。」
そんなことを聞いたら、彼女はやけに不機嫌そうだ。まぁ、少なくとも此処が『ソードアート・オンラインのダンジョン』であるのだから、出る方法などここまで攻略自分なら自然と理解いる。この先の道が欲しければ、目の前の少女を倒すまで、と。
「別に知らなくて聞いた訳じゃないしね。私だって、好き好んで色んな物を斬りたいわけじゃないし。そういう方法を取らなくても回避出来るならその方がきっと賢明でしょう?」
「ふーん、これだからニンゲンは良く分からないのよ。その体の中に動いているカンジョーとかココロとかいう物は。アタシはそういう観測に詳しい訳じゃないし。でも確実に言えるのは、今のアンタの装備じゃ無駄死にするだけだってこと。」
「言ってなさいよ。人っていうのは案外こういった時に実力以上の力を見せたり出来るのだから。そして、私はこの先に進まなくちゃいけない大事な用事があるの。茅場晶彦を一回ぶん殴るって仕事がね。」
「やれるならやってみなさいよ。アンタの今の能力で、アンタのその装備で、勝てると思っているの? アタシとアンタ、強敵とプレイヤーとの決定的に違うレベルの差を教えてあげるんだからぁ!!」
こうして二人の会話は終わり、戦闘へと移行する。エリゼが空間から取り出し、用いる武器は、両手で扱う鎌。農耕用と知られているが、中世のころは革命の時に農民に使われた武具でもあったそうだ。本来の用途である刈り取るような動きも出来るが、幅広な刀身で対象を叩き切るという表現もこの大鎌には似合う。その大鎌を持ってして、全力で振り下ろしてくる。それに対して、受けるという選択肢を最初から放棄して、私は回避行動に入った。それは何故か? それは主に能力構成とレベル差にある。ボスというものは一部の例外を除き、高火力・高耐久を誇る。そんなボス相手にまともにぶつかり合うのは危険にも程がある。もし仮に、そんな強敵とまともに打ち合うのであれば、筋力や体力に重きを置いて一撃を確実に受け止めきれる壁役のような能力が必要だろう。その点、私はほぼ敏捷性に振り切っているせいでエリゼとまともに打ち合う筋力はないし、体力は同レベル帯の平均よりも大分低い。だから基本的にはとにかく避ける。そうしなければ、一撃で致死だ。だからと言って、逃げ続けることをしていれば、当然相手の体力を減らすことが出来ず、勝つことはできない。一度も気を抜くことの出来ないお互いの牽制が暫くの間続いている時に、変化は起こった。まるで勢いよく物を壊すような激しい音。今まで感じたことのない地響きが聞こえた。
「ちょっと……何なのよ……今の音は!」
「あー、多分ここが崩れる音じゃない? アンタが居るのも異常だしここも元々は試験用に構築された場所だったし。もうここの耐えられる負荷じゃ無くなったってワケ。 まぁ、アタシはデータだから後で幾らでも再構築から良いけどアンタはニンゲンなんでしょ? このままだと現実の体が『死んじゃう』じゃない?」
思わず出た『死』という言葉に背筋がヒヤッとする。この仮想体を使っているとはいえ、此処での結果は現実に帰依する。この世界が現実と繋がっていることを思い出させる。
「此処が崩れる? 現実の体が死ぬ? だから何よ! 今の私はこの世界にある! プレイヤーが私なら決めるのも私! だったら此処が崩れる前にエリゼを倒してここから生きて出るまでよ!」
私は自分の心を奮い立たせるように叫んだ。今までここに来るまで本当に色々な事があった。この世界に初めて来たときの事、何も分からなかった私を導いた師に出会った事、ボス戦に挑み階層を一つ一つ乗り越えてきたこと。これらの事全てが昨日のように覚えている。そうした経験を積んできたから分かる。「選ぶのは何時だって自分」だと。
「良いから構えなさい。ここに居るのは私一人だけれども、戦友から受け取った大切なカタナ(ちから)がある。そのカタナには、仲間の願い(おもい)が込められている。だから私は立ち止まらないし、この先で待っている仲間の為に前に進む!」
私は珍しくも、カタナを鞘から抜いていた。普段からカタナは鞘に仕舞い、カウンターとして繰り出す居合抜きにほぼ集中する形を取っていたが、今は違う。過去から変わり、文字通りに斬り開く。その力が、この手にはある。
カタナを引き抜いてからの私とエリゼの戦いは、表現するならば単調と言えば単調であり、緻密であったと言えば緻密であった。エリゼのコンパクトに振るう大鎌の攻撃を、受け流すようにして切り払う。切り払うことによって出来た隙に対してしっかりと確定反撃を入れていく。言葉にするならばたったこれだけのことだが、相手の攻撃を確実に回避ないし防御し続け、こちらの行動に応じて変化する相手の行動パターンに自分を適応させることの難しさ、そしてボス部屋の崩壊が迫るという時間制限の中、それが完璧に遂行することが出来る人がどの程度いるのかと言われたら、決して多くはないだろう。単純なことを正確にこなすのは中々に難しいのである。この一進一退というか、エリゼの行動に対応して反撃をする行動は、彼女に焦りが見えるまで続いた。
「どうして……どうしてアンタはアタシの攻撃をただ受けとめてそれを返すだけで私の体力を危険域にまですることが出来るのよ!」
彼女は実に動揺して焦っていた。それもそうだ、彼女を相手するには適正レベルから外れている私が、たった一人で、ボスである彼女のアドバンテージもものともせず、立ち向かう姿があり、その結果ボスを倒そうとするところまで来ている。この状況を、異常だと表現することに無理はないであろう。
「さぁ……ね。案外火事場のバカ力的な物でも働いているんじゃない? これ以上戦うのも厳しそうだし、早くこの場を切り抜けないとね!」
私は彼女の動揺に対してまるでゲームにはないような、火事場のバカ力なんて言葉で返した。ゲームのステータス以外で数値化されない部分、個人の気持ちや感情で思ったよりも遥かに大きな結果を出せるそんな意味のある言葉で、エリゼに返した。話している中でも、戦場の崩壊は進んでいく。時間をこれ以上掛けることは、私の精神的な集中力もこの場所が耐えきれる許容量としても決して多くはない。仕掛けるべきタイミングはほんの僅かな一瞬、その一瞬を掴む為に行動する。そう決意して足を踏み出そうとした、その時だった。目の前の世界が揺らいだ。何も攻撃を受けていないのに視界がぼやける。ステータスの異常などで起こるような症状ではないのは、今まで攻略してきている最中で分かっている。それなのに今痛みを感じるということはこの特殊な場所のせいか、はたまた現実の体に負担がかかったのか。この痛みの原因が何であるかは定かではないが、一進一退の攻防が続いている状況でこんな大きな隙は致命傷に繋がる。
「吹き飛びなさい!!」
私に起きた大きな隙を勝機と見たエリゼは大鎌を振りかざしながら突撃してくる。重さを込めたタックル。私は防御する、または回避する選択肢があったが、反応が遅れてしまえば防御行動も回避行動も満足に起こせない。それでも何とか致命傷は避けようと抵抗しようとする。生きるために、明日に進むために。
「痛……ったぁ!! カタナも弾き飛ばされたけど……まだ戦える!」
死に物狂いでエリゼの攻撃を防御した結果、一気に部屋の中央から画面端まで吹き飛ばされた。距離にして10m程か。九死に一生を得たが相棒のカタナは遠くに吹き飛ばされていて取りに行かねばいけなくなり、加えて無理な防御行動の代償で利き腕が切断されてしまった。このゲームで腕などの部位が切断されたからといって痛みが帰ってくるわけではないが、反射的に声が出る。そしてこの状況は非常に問題だ。自分のメイン武器は遠くに飛ばされていて、なおかつ利き腕欠損で戦闘に支障が現れる。しばらくすれば回復するとはいえ、欠損したことによるステータス異常がある中で目の前のエリゼからステータス異常回復まで逃げ切れる、または耐えきれる保証もない。まさに絶体絶命。
「アンタの戦いもこれで終わりね! とっとと倒されなさい!」
「まだよ……私は諦めない!」
私は左腕で装備欄を開くと普段使いの短刀を出現させる。だが、これなら、片手でも扱える。まだこの先に進むことを諦めていないし、心も折れていないから戦える。立ち上がる時にエリゼとの距離を測る。吹き飛ばされたせいで立て直す時間と猶予が出来た。だが、依然として状況は劣勢。武器のリーチもカタナに比べると大幅に小さくなり、距離を取っての戦闘は不利。だが構えてからの突進力なら今の自分でも負けやしない。勝機は一瞬。ギリギリまで引き付け、一撃で仕留める。
今の自分の攻撃が当てられる間合いに入るまであと少し。
「さて、覚悟は出来たかしら?」
あと三歩……
「そう言っていると、どこかで足元掬われるかもよ?」
もう少し進んであと二歩……
「利き腕がない今の状態で勝とうだなんて悪あがきも良いところよ。」
ギリギリまで引き付けて一歩――
「そうね……でも足元掬われるのはあなたの方よ!」
そしてエリゼの踏み出した最後の一歩に反応して私は飛び出した。これはエリゼとしても想定外のはずだ。少なくとも彼女から見て私の攻撃の届くリーチだとは見えなかっただろう。短剣を使って攻撃できる範囲ではなかった。それなのに、私が前に飛び出してきた。何故だ、何故この場面で前に出る必要があったのか。それを考えてしまった。否、考えようとはしなくても私の行動に少しでも疑問を抱いてしまっただけに、エリゼは反応が若干遅れてしまった。少しでも遅れて貰えれば、後はスピードに乗って体重を込めた一撃でエリゼを仕留められるはず。そう思っていた。
「そんな手段で勝とうだなんてナメんじゃないわよ! これで、私の、勝ちぃ!」
私の突進にエリゼは止まるかと思ったが、むしろ距離を詰めてきた。そして獲物のリーチ差で私の攻撃を抑えるとショルダーからのタックルを重ねてきた。盾持ちのキャラのような行動に、私は弾き飛ばされた。そしてエリゼは鎌を構え、私に振り下ろしてきた。
「ここまで近いなら、狙うしかない!」
そのタックル後、私は衝撃によって痛む体を無理やりに起こし、左手に持っていた短剣をエリゼに突き立てようとする。お互いに距離が近く、両者とも後一撃で終わりそうな状況。お互いの武器が目前で交差する。私のエリゼの最後の大勝負。この大一番で勝ったのはどちらか……
「これで……先に進めるのよね?」
「ええ、そうよ。何かメチャクチャ悔しいけど、攻撃させないように体を捩ってくるなんてね……大きい武器だから近くでの攻撃は出来ないと踏んでの行動だったのね。」
「正直に言えば一か八かの賭けよね。成功しなかったら……まぁその時はその時よね。」
私とエリゼとの大一番の結果は、私の方に運が傾く結果になった。最後の悪あがきとして体を捻って大鎌の攻撃を何とか避けようとしたのがエリゼの攻撃してきた方向に運よく重なったのもあって先に私の攻撃が決まることになった。もしこれが逆方向に避けていたりすれば、それこそ私の負けだっただろう。
「後、メニューのところ開いてみなさいよ。何か良いことでも書いてあると思うんだケド。」
「良いことって……そもそもここは外部との連絡が取れないんじゃ……この宛名不明のメールは?」
「早く見てみなさいよ、そこにアンタの求めていることが書いてあるだろうから。それじゃあ、またどっかで会える……なんてことは恐らくないでしょうけど、一応言っておくわね。」
「ちょっと待ちなさいよ! まだメールの内容も分からないし、求めていることが書いてあるって言っても何も書いてないわよ?」
「あぁもう面倒くさいわね……そろそろ時間だし伝えることだけ伝えるわよ。楽しかったわ、マタアイマショウ」
エリゼの言った最後の言葉。その言葉を聞いた後にメールの本文が現れてきた。その文面にはこのように書いてあった。
『Sword Art Online is cleared』と。
私がこの文章を読み、そして理解した時には、目の前にいたエリゼはいなくなっていて、代わりに開けてくれと言いたげなほどの大きく立派な扉が存在していた。私はその扉に手を触れ、押し込み開けていく。そして扉を開き切った時には、目の前が真っ白になった。本来戦っているはずだった所とは別の方面ではあったが、私の戦いがこれでひと段落着くことになった。
ページ上へ戻る