魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第二十六話 孤高のスタンドプレイヤー
アースラの艦内には魔導師訓練用の部屋がいくつも用意されている。
個人のみの訓練や、部隊ごとの訓練など、目的や人数に応じたものがある中で一番広く作られている部屋がある。
そこは実戦による訓練を行なうのが目的であり、それによって様々な魔法の行使ができ、激しい戦闘が繰り広げられる。
俺とケイジさんがいるのは、その実戦訓練用の部屋。
無機質な白い壁が一面に広がり、天井の白い照明だけがこの空間を照らしていた。
お互いの間合いよりも離れた位置に移動すると、俺とケイジさんの距離は背中が壁に迫るギリギリまで下がっており、声を張らなければ言葉が届かなくなってしまった。
《ルールは倒れされて1分が経過したら敗北。 制限時間もなけりゃ使用する魔法にも制限はない。 文字通りの一騎打ちだ》
なのでケイジさんはデバイスを通して俺に条件やルールを提示した。
《問題ありません》
《んじゃ、デバイスが展開したと同時にスタートだ》
その言葉を最後に、通信は切断された。
そして俺とケイジさんはそれぞれのデバイスを手に――――、
「天黒羽っ」・「|天天唯独っ」
起動する!
「「セットアップッ!!」」
両者ともにデバイスの起動と同時に、内包していた膨大な黒い魔力が溢れ出して身を包む。
包んだ魔力は戦闘用の武装に姿を変えていき、竜巻のように発生した魔力の放流は姿が完成したと同時に収まる。
俺は刀の姿になったアマネを携え、その身は黒い着物ような姿になる。
対してケイジさんの姿は俺と正反対。
上から下まで黒一色の洋装に身を包み、普段の荒々しい姿からは想像もつかないほど紳士的な雰囲気を醸し出す。
しかしそれをケイジさんらしく崩しているのが、彼の武器――――大剣だ。
刃だけで大きさはサーフボード以上。
横幅は成人男性が横に二列作っても隠せるほど広い。
しかし薄さや鋭さは刀のそれに匹敵し、漆黒の両刃はまるでその空間だけをくり抜いて作られたんじゃないかってほど深い濃さを出していた。
見た目だけでも十分、圧倒的な重量が想像できるそれを軽々と右手だけで握り、軽くなぎ払う。
「くっ……!?」
軽いなぎ払いなのに、それは激しい突風を俺にぶつけてきた。
それは俺の体を吹き飛ばすには十分だったが、俺はそれを踏ん張って耐える。
どうやらすでに戦いは始まっているらしい。
「どうした坊主? まだ何もしてねぇぞ?」
不敵な笑みで俺を挑発するケイジさんに対して俺は冷静に、鞘に入れ腰に納めた刀の刃を下にして、腰を低く構える。
深く目を閉じて神経を研ぎ澄ませ、思考がクリアになった所でケイジさんに狙いを定める。
「行きます」
言い終えるのと同時に体は動き出した。
両足に込めた少量の魔力を踏み込みと同時に爆発させ、加速した走行で間合いまでの距離を詰める。
その距離は実際の刃が届くような距離じゃない――――魔法で作り出した刃なら届くっ!
鞘から走らせるように抜刀する刃の先に魔力を纏わせて、抜刀の瞬間に斬撃として飛ばす。
それを通常の抜刀ではなく、光速で行なうことで斬撃はより濃くハッキリとした形を作り出し、抜刀と同じ速度――――弾丸を超えるほどの光速で放つことができる。
「天流・第壱翔/雷切っ!」
それは何度も使ってきた俺の十八番の剣技。
故にその使い方は多様であり、近接用のものがあれば連発しての防御用、今のような中距離まで飛ばすことができる使い方も編み出した。
全ては自分の可能性を広げるため。
大切な人を守る可能性を上げていくため。
「おせぇなっ!!」
しかしケイジさんは、そんな俺の想いをいとも簡単に打ち砕いてくる。
右腕だけでその大剣を軽々と振り上げてみせたと思えば、その刃を勢いよく振り下ろしてみせた。
通常、物体を速く動かそうとすると空気抵抗と重力が壁のように邪魔をして速度の上昇を妨げる。
それは物体の質量や思考方向に対しての面積が多く、広ければ広いほど大きなものになる。
つまるところ、ケイジさんが使うような大剣を速く振るって言うのは難しいってことだ。
大きいから動かせる範囲が狭いし、重さや空気抵抗などでその速度は低下する――――はずなんだ。
だけどケイジさんは、そんな常識すら叩き落とすような速度で大剣を振り下ろし、光速で迫る雷切の斬撃に刃を当ててみせた。
重さや速度、なによりケイジさんの力に負けた斬撃は粉々に砕け、地面に魔力の粒子となって散りながら消えていく。
「まだだっ!」
「そうだ、こんなもんで終わってもらっちゃ困るなぁ!」
ケイジさんが規格外の強さを持ってることなんて知ってることだ。
今更ビビったり驚いたりする必要なんてない。
俺は勝つんだ。
勝たなきゃいけないんだ!
「――――っ!」
やることはそう変わらない。
移動速度を限界まで上げるために刀は握らず鞘に収め、体の姿勢は獣のように低くする。
呼吸は細かく行い、心臓の動きを加速させて全身に駆け巡る血液の循環速度を上げる。
光速循環を始める血液と同じ速度で魔力を全身に駆け巡らせ、身体能力を限界まで上昇させる。
それによって皮膚から太い血管だけでなく、細い血管まで浮き出て瞳は充血して紅くなる。
俺は少しずつ、人の形を失っていく。
だけどここからは通常の身体では対応不可能だ。
すでにイル・スフォルトゥーナとの戦闘で疲弊してるのもあって、今の俺にできることはこれくらいしかない。
でも、だからこそ残されたものを全部振り絞って勝つんだ。
「ふっ!」
全ての準備が終わったことを確認した俺は、小さく息を吐きだした瞬間をスタートにして走り出した。
だけど一歩、二歩の踏み込みを終えた時にはすでにケイジさんの背後に回り終えており、俺は音や景色が遅れてやってくる感覚に囚われながら抜刀した。
「チッ!」
抜刀した刃はケイジさんの首を斬る予定だったけど、ケイジさんは瞬時に大剣を背に回しながらしゃがむ。
剣の側面にアマネの刃が当たり、軌道が逸れた上にしゃがまれたことで、俺の一閃は空を切る。
けど、ケイジさんの対応が明らかに遅い。
――――いける。
そう確信した俺は、尽かさず刀を振るった。
「はぁああああっ!!」
光速を超える速度で放たれる無数の剣閃。
それをケイジさんは回避と剣で捌くことを同時に行うことで何とか防ぎきる。
「うおらぁあああっ!!」
しかも防戦一方にならず、ケイジさんは剣戟の中で詠唱を行い、空中に複数の魔力弾を生み出して俺に向けて放ってきた。
それは歴戦の中で得たスキルなのだろう。
俺にはマネできないそれを、後ろに飛ぶことで回避した。
「そこだっ!」
着地した瞬間にはケイジさんが間合いまで詰めており、漆黒の大剣は魔力を帯びて俺に迫ってきた。
横薙ぎに振るわれたそれは、俺の上半身と下半身を分けることができるだろう。
そんな戦慄するような未来を回避するため、俺は上段の構えからその大剣の側面に向けてアマネを振り下ろした。
「グッ……!?」
そのまま受け止めることができれば、なんて思ってたけど細身の刀じゃケイジさんの大剣を受け止めきれず、激しい火花を散らせながら俺に刃が迫る。
上段からの一閃で軌道が逸れることなく迫るケイジさんの斬撃を、俺はアマネを支えにしてジャンプし、側転の要領で大剣の真上を飛んで回避した。
そこから着地をせず、飛行魔法でその場からの加速をし、大剣の振りで身動きがとれないケイジさんへアマネを振るった。
「舐めんなぁっ!!」
怒声をあげるケイジさんは柄を両手で握り締め、力いっぱいに大剣の振るわれていた方向を変えて再び俺に向けて振るった。
しかも今度は大剣の角度を90°……つまり刃の面ではなく、幅の広い側面にした状態で俺に振るった。
刃ならば回避可能だったそれを、俺は直撃して壁まで思いっきり振り飛ばされた。
「ぐはっ!?」
背中から強く打った身体は壁にめり込み、衝撃で肺の空気全てが血液と一緒に吐き出された。
頭への衝撃も込みで、一瞬だけ視界がブラックアウトしたが、気力で正気に戻す。
――――けど、ダメージはそれだけでは終わらない。
「っく……つぅ……ぁぁ」
無数の血管が破裂したり、切れたりしたのだ。
それによって臓器や脳に悪影響を及ぼし、全身に激しい痛みをもたらした。
「くっそ……」
身体強化の代償はこれだ。
高い速度と攻撃力を手に入れる代わりに防御と耐久面が薄くなる、まさに諸刃の剣。
全身が爆発しそうなほどの激しい痛みと、今にも倒れてしまいそうほどの目眩。
今まで、ここまで酷い症状が出たのは初めてだけど、今はそんなことを考えている余裕なんてない。
すぐにアマネを握り直し、再び疾走する。
「ったく、そこで諦めろっての!」
「嫌だッ!!」
再び、俺とケイジさんの刃同士が激突する。
光速を超える者同士の衝撃で地面にクレーターのような窪みと細かい亀裂が入り、大気は爆発のような振動で肌を震わせる。
鍔迫り合いの中、俺はケイジさんを睨みつけながら叫ぶ。
「俺は、誓ったんだッ!」
脳裏に金髪の少女の顔が蘇る。
思い出した彼女の表情に、笑顔はない。
何かが――――誰かが、彼女の笑顔を邪魔してる。
彼女の笑顔を、曇らせている存在がいる。
俺はその存在が許せない。
ほんの僅かな時間を共に過ごしただけだけど、俺は彼女に対して強い感情を抱いた。
彼女を――――フェイトを、助けたい。
「それは誰に誓ったんだ?」
冷たく淡々とした問いに、俺は力一杯に叫んだ。
「心だ――――魂だッ!!」
魔法は想い一つでその真価を発揮する。
想いが強ければ強いほど、それに比例する。
俺の握る刃は今まで以上に黒く光、この世の光を奪うほど黒くなり、強い刃に変化する。
それを俺は全ての力を込め、振り下ろした。
振り下ろした刃はケイジさんの刃とぶつかり合うと、反発し合った魔力同士が膨張し、爆発した。
*****
「ぜぇ、はぁ、はぁ……っはぁ……っ」
爆発の衝撃で再び壁まで吹き飛ばされた俺は、アマネを支えに立ち上がり、息を荒げていた。
何度も深呼吸をしているが、なぜか呼吸がままならない。
続く過呼吸に、全身に力が入らず、脳に送る酸素が不足して目眩が止まらない。
立っているだけで精一杯で、平衡感覚も乱れてるからいつ倒れてもおかしくない。
だけど倒れるわけには行かない。
まだ爆風が俺の前方に広がっており、ケイジさんの姿や気配も捉えられない。
考えたくないけど、もしまだ戦える状態だったら、俺はまだ戦う必要がある。
「――――ってぇな……ったくよぉ」
「うそ……だろ……っ」
爆風が去り、姿を見せたのはほとんど無傷のケイジさんの姿だった。
爆発の熱などでバリアジャケットの所々は焼け焦げてるけど、肌に損傷があるようには見えない。
なにより流血もなく、姿勢も安定してることから疲労や痛みがない状態なのは明らかだ。
対して俺の全身はボロボロだ。
体の至るところから血が流れ、爆発の影響でバリアジャケットはボロボロ。
やけどや切り傷など、激しい傷が全身に広がっていた。
体内も骨の何本かが折れてるし、状況は絶望的だ。
「まだ続けるか坊主?」
余裕の表情で問うケイジさんに、俺は――――、
「――――もちろん。 まだ、やります」
尽きることのない意思を胸に、挑むことを決意する。
「なら、これで終わりにしてやる」
ため息混じりの言葉と共に、ケイジさんは両手で大剣を握り締め、大きく振り上げた。
同時に足元に三角系の魔法陣が展開され、魔法陣から膨大な黒い魔力が放出される。
放出された魔力は重力に逆らって上昇し、大剣を包み込む。
「それ、は……」
「坊主ならよく知ってるだろ? 俺の十八番だ」
「……」
そう、俺はケイジさんの放とうとしているその魔法を知っている。
だってそれは俺が、最初にケイジさんから模倣した魔法だから。
残された選択肢はただ一つ。
「くっ……」
痛みに逆らいながら、俺は刀を振り上げる。
上段の構えから足元に三角系の魔法陣を展開させ、そこから溢れ出る魔力を刀身に纏わせる。
ケイジさんと鏡写しのように同じ姿勢、同じ魔法陣、同じ魔力の流れと形。
そう、俺もまた――――同じ魔法を放つことにしたのだ。
「偽物が本物に勝てると思うか?」
「勝てれば、俺が本物です」
「勝てればな」
挑発に挑発で返す。
そのやりとりが、最後だった。
――――「「国喰牙翔っ!!」」――――。
同時に振り下ろされ、放たれたのはケイジ・カグラの十八番、『国喰牙翔』。
文字通り国一つを破壊したことがあることから付けられたその魔法は、刀身に膨大な魔力を喰わせ、斬撃に乗せて放つ大技。
砲撃魔導師が放つ収束砲と呼ばれるそれに近く、斬撃をまとわせている分、斬ると言う能力も備えている。
俺とケイジさんが同時に放ったそれはぶつかると同時に爆発を起こし、しかしあまりの轟音に聴覚が捉えきれず、無音の爆発を起こした。
だけど、その爆発すら喰らい、ケイジさんの斬撃は俺に迫った。
どうやら俺の放った魔法は喰われ、そのまま俺に迫っているらしい。
そんな結果だけを受け止め、俺は回避も防御もできず、その魔法を喰らった。
それが意識を失う前の――――最後の記憶だった。
後書き
どうも、IKAです。
久しぶりの投稿は、激しい戦闘のお話しでした。
この小説始まって初めて、黒鐘が圧倒的敗北を味合うことになる回でもあります。
まぁこの物語前の今までの黒鐘は結構な敗北も重ねていましたが……。
それはそれとして、この敗北が与える意味や、それを知ったなのは達はどうするのか。
次回からは戦闘よりもそのへんの話になると思います。
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