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kissはいつでも無責任!

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懸念はあてになるけど、能力は何のあてにもならないよねぇ?

 視界は美少女の着ているシャツの色一つに染まった。頭の理解があまり追いつかないが、どうやら僕はハグされているようだ。顔にどうしようもなく溺れそうになる――マシュマロみたいな感触がしている。ふわりと鼻腔へとろけてしまいそうな香りもやってくる。かといって引き剥がそうにもここは階段の途中、大きく動いては転倒する。よし不可抗力だ。このまま身を預けておこうか……あ、バグ解除された。

「私だよ。ほら、一緒の幼稚園にいた……松浦果南!」
「あ――はい、あなたでしたか」

 念のため敬語を用いて相槌を打つ。見ず知らずの美少女は知り合いだった。昔すぎてもうぼんやりとしか思い出せないが……確か僕より1年先輩だった気がする。卒園してからは小学校が違って、それからいつの間にやらこの娘とは疎遠になっていたんだっけ?
 とりあえず僕の記憶が間違っていなければ、確か彼女は同じクラスでよく一緒にいた娘だ。といっても、一方的に僕がついていってただけだったような……ああ、曖昧だ。

「あはは、そんなにかしこまらなくていいよ。本当に久し振りだね、元気してた?」
「それなりに。松浦さんこそ健在そうで何よりですよ……じゃなかった、何よりだよ」

 でもなんだ? すごくややこしくなる予感がしてならないぞ。今日は既に厄日と考えていいほど大変なことが起こってしまっている。もう何もせずに手早く帰るのがいいだろう。

「……じゃ、またどこかでね?」

 ぼく は (ゆっくりと) にげだした!

「ねぇ」

 しかし まわりこまれてしまった!

 ……と、別にリアルにそうなったわけではないが、僕は彼女の呼び掛けに足を止める。

「んん?」

 そして振り向くと――


「何でもない。またね、大颯くん」
「なっ――」

 危うく惚れかけた。松浦さんははにかんで軽く手を振っていた。それだけだった。ただ――その姿がすごく綺麗で。差し込む暑き光が彼女の顔にかかって、神々しくさえあった。

 だが! 僕は松浦さんの顔を目にするうち、さっと冷静へと還った。彼女のせいではない。自分のせいかもしれない。

「松浦さん」

 額から大粒の汗が一滴伝ってきた。僕は最低最悪の想像を払うよう念じながら、重い口を開く。

「君は、生きていた中で何回男の人とキスしたことがある?」
「へ?」

 松浦さんが戸惑う。当然だろう。いきなり女の子にこんなことを訊くなんて最低だ、僕はどうかしている。でも確かめなければならないのだ。浮上した懸念が、思い過ごしか否か――――。





○●○●○●





 男と女が甘ったるく見つめ合い――近付く。女が、それに続いて男も目を閉じる。やがて二人の距離はゼロへと詰まっていき……。

「はぁ、くだらん」

 ソファーに寝そべったままの体勢で僕はぼやいて手前の机にあるチャンネルを取り、決定的シーンが到来する寸前に液晶(テレビ)のチャンネルを変えてやった。

「ほんっとキスとかロクなことがないよなーっ!!」

 真上の天井に向かって愚痴を吐く。誰からも返事はない。虚しい。

「松浦果南、ねぇ」

 やっぱりだった。あの時、おかしいと思ったんだよ。松浦さんは顔を赤らめていた(・・・・・・・・)

 僕の懸念は大的中。松浦さんは答えた、『君と一回だけね』と照れくさそうに。ショッキングなのはもちろんだったが、そういう気がなくとも後々になって何度も脳内再生してしまうぐらいにはドキッとしたぞあれは……いや違うそうじゃない、今は懸念のことを考えているのだった。

 すなわち、懸念とは能力の解除忘れ。僕は幼少期に色んな人へ能力をかけてきた。最後にはきちんと戻した。しかし違った。「戻した」と思い込んでいただけだったのだ。
 要するに松浦さんのみ解除するのを忘れていたのだ。惚れ効果を解くにはもう一度キスが必要だが……彼女が『1回だけ』と言ったということは、かかったまま今日まで疎遠になっていたということになる。えらいこっちゃ。

 かなしいかな、たぶん松浦さんこそが僕のクソ能力のファースト犠牲者である。きっと幼稚園での友達とは彼女のことだ。さっきふと出くわしたときは成長していたものですぐにはわからなかったがな。

「もうやだ。超絶引っ越してぇ……」

 世界の裏側まで行ってこの絶望を叫んでやりたい。どうしたらいいのだ。曜ちゃんのこともあるというのに……。僕はちょびっとだけ体を起こして机上のポテトチップスをつまむ。乱れたメンタルのせいであまり美味しく感じない。塩気がむしろうざったい。

 途方に暮れそうになるのを抑え、今度はスマートフォンをいじりだす。これは能力関係とは別件だ。

「……学校もまだだったな、どうしようかなぁ」

 僕は2週間ほど前から他の問題も一つ抱えてしまっている。それは高校のことだ。もちろん、ちゃんと通っている学舎はあったのだが――

 いじめられていた奴を助けるべくいじめっ子の嫌味な策略をぶち壊してやったところ、そいつの母が学校へ訴えてきて(おそらくは逆上したいじめっ子が自分に都合良い展開へ運ぶため親へ泣きつく演技でもしたのだろう)、僕は最終的にうまーくはめられ、からっぽの重罪を背負うことになり……様々なレッテルも張られ、挙げ句退学処分になったのである。

『彼はすごく危険な人物なんです! 謝罪を受けたのでこらえようとも考えましたがやっぱり我慢できません!! 私には娘もいるのですが、実は彼、この間うちの子に手をかけようとして……』

 とかいうご丁寧な細工(でまかせ)で、僕は当時とどめを刺された。最初はハラワタが煮えくり返るほど苛立ったりもしたけれど、終わったことだしもういいのだ。奴らに対しては、今じゃ暇な人たちだよなーなんて思うだけだ。

 で、働き口も無いのでどこかの高校へ新たに編入するしかなくなったというわけだ。これがまた見つからない。だから問題なのだ。

「おっ?」

 前言撤回。画面をフリックしていたら、編入生徒募集中のよさげな高校を発見した。しかも比較的近辺にある高校だ。

「『浦の星……女学院』? あぁ、女子高か」

 また前言撤回。そもそも男は入れない――んっ?

『今年より男子生徒も募集開始します』

「なんだと……?」

 またまた前言撤回。どういうことだろうとよく読んでみると、こんな項目があった。もしやこの高校、共学化をしざるを得ないほど生徒数が足りないのかもしれない。
 まあどっちにしろ入らない。この能力がある以上、女性だらけの花園などスーパー危険地帯でしかない。あと理性崩壊の心配も含めてね。

 代わりの高校を探すとしようか。


………………
…………
……


「ちくしょう……」

 ため息が出た。またまたまた前言撤回だ。他の高校がやっぱり皆無。同県、かつ遠くないところであるのはここしかなかった。

「行くしかないかぁ? 浦の星ぃ……」

 とりあえず受けてみるだけだ! どうせ落ちるだろうしそれなら大丈夫だ!!
 僕は無理矢理心に言い聞かせ、浦の星女学院公式サイトの入試詳細の欄をタップした。


 わりとやけくそであった。
 
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