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ことりちゃん、付き合ってください(血涙)

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No.free:バレンタインでは(妄想の中でなら)フラれておりません。

 
前書き
タイトルが全てを物語っているぞ。ただし、今話は本編と一切関係がございませぬ。つまり番外編。 

 
 今、オレは自室の中心にて目を閉じながら座禅を組んでいる。そうして、ただただ静かに黙っている。

 なぜなら。

「やばいってええええええ!」

 ……なぜなら、安定しない精神を多少ばかり鎮められるからだ。けれども嗚呼、遅かった。たがが外れてしまった。もう止まらない。お堅い姿勢を崩してべちゃんと床に伏し、そこでオレは慌ただしくゴロゴロ転がり回る。なんたって落ち着かない。

 今日は2月14日、バレンタインデー。1年のうちでオレという人間が特にじっとしていられない日――――。





「はぁ……暴れんのやめよう」

 30分後、疲れ果てたので再び座禅を組むに至った。ただし今度は目を開けている。なんだかんだで視界を閉ざさない方が安心するのだ。

 チラリと壁時計に目をやると、針はそれぞれ3と12を指していた。つまり午後3時。もしも誰かが、オレをチョコの件で呼び出したりここにやって来たりするとしたら――タイムリミットはあと数時間だ。

 夜に差し掛かる頃になっても何も起こらないとするなら……オレの今年に貰えるチョコはゼロだということだ。

 結論から言おう、オレはモテない。顔はイケメンの部類ではないし、そもそもオレは日頃からところ構わず愛を叫びまくっている変態野郎だから、モテないのは当然と言えば当然なのだが。ちなみに去年に貰えたチョコの数はゼロだ。というか、これまで生きてきて貰えたことがない。何もかもゼロだ。だから今年こそは欲しいッッッ!

 貰えるだけでどんなに嬉しいことか。なんなら、休日だけど今から音ノ木坂学院に赴いて僅かな可能性に懸けてみるのもアリだと思っている。とにかくだ、どうしても欲しい。モテなさすぎてツラい。

 しかしながら。

「欲を言えば、やっぱり(いと)しのことりちゃんから――」




――――――――




 自室をノックする音。耳で捉えて即座、オレは立ち上がってドアを開けた。その先には――頬を赤らめたことりちゃん。厚めのカーディガンと長スカート、加えてスパッツで身を固めている。また、彼女は片腕に大きい紐付きポーチを引っ提げていた。

「ちょっとだけいいかな?」
「お、おーけーっ!」

 はにかみながらオレにそう訊くことりちゃん、オレはもちろん了承して彼女を部屋へ招き入れる。

 オレはいつもと違うことりちゃんの様子で直感した。彼女は単に遊びに来たわけではない、と。いったい何の用だろうか。 ……いけない、まずはもてなさなくては。オレは慌てて彼女に断りを入れる。

「あっ……ごめん、お菓子とか持ってくるから」

 ところが、

「だ、大丈夫だよ。すぐに終わるから……」

 ことりちゃんは行こうとするオレを制止した。きゅっとこっちの服の裾を掴み――引き止めたのだ。

「……うん」

 鼓動が急加速するのを自覚しながら、オレはぎこちなく頷くのだった。

「……」
「……」

 気まずくもどこか居心地の良い沈黙が広がり始めた。オレの背には半開きのドア、正面にはもじもじとしていることりちゃん。革命が起きるかもしれない――なんて切望に似た希望が震えと化して、体を駆け巡った。

 ――も、もどかしい! 照れくさすぎてとても耐えられない……!

 オレは何でもいいからと話題を展開しようとした。が、それよりも微かに早くことりちゃんが明確な行動に出た。

「そ、そのっ! ゆーくんに、受け取って欲しいものがあって……」

 そんな言葉と共に。ことりちゃんはせかせかとした手つきで、ポーチからある物を取り出した。

「え」

 瞬間――さっきとはまた違う(たぐい)の緊張が走り、今度はまるで石になってしまったかのように全身が固く強張った。けれども、我ながらそうなるのは仕方ないと思った。

 ことりちゃんの手に、あったから。

 すっきりとした深緑のリボンで簡素な装飾をあしらってある紅い箱が。バレンタインチョコと思わしき――手の平サイズのプレゼントが!

「ことり……ちゃん。オレの勘違いや自惚れかもしれないけど、これってもしかして……」

 オレは顔に熱が集まっていくのを感じつつも、どうにかパクパクと口を動かして問い掛けた。するとことりちゃんは白い肌を耳まで赤くして、




「バレンタインチョコ、ですっ」

 ゆっくりと――肯定した。

「ふお……ふおおおおっ!?」

 あまりに強い衝撃を受けたのでうっかりふらついた。たった今、信じられないことが起きたのだから。

「……へへっ」

 次いで、みるみる頬が緩む。血の流れがますます早くなる。

「あうぅ……はい、どうぞ」

 そのまま、ことりちゃんは恥ずかしさを堪えるように箱を差し出した。

 ――ことりちゃんがオレにバレンタインチョコを……!

「こっ、ことりちゃーん! ことりちゃん、ことりちゃんっ! ありがとおおおおっ!!」

 いよいよ高ぶりまくった感情が激しくあふれた。どうしようもなく嬉しさが爆発し、オレはことりちゃんへ飛びつきにかかる。たとえ普段みたくかわされようが構わない。こうせずにはいられなかった。

 結果、全身に突き抜けたのは空振りの手応え――


 否、ことりちゃんの柔らかい感触と良い匂いだった。ことりちゃんはよけなかったのだ。

「おろっ……?」

 困惑の声をあげたのはオレ自身。おそらく今回もことりちゃんは抱擁をかわすだろうと、たかをくくっていたゆえだ。

「えへへ、とうとう捕まっちゃった」

 きっと間抜けな顔をしているであろうオレへ、ことりちゃんは優しく微笑みかけた。

「本当はね……ことり、ゆーくんのことが大好きなんだ」

 念願のことりちゃんの告白。でも、オレは想定していたよりもずっと穏やかにその言葉を受け止めることができた。てっきりハッピーな気持ちにまかせて乱舞すると思っていたのに、ただ漠然と温かい何かが胸中ではじけた。

 だけど、いつまでも余韻に浸っているわけにもいかない。せっかくことりちゃんが歩み寄ってくれたのだ。オレもしっかり、改めて彼女に伝えたい。

「……やっと、積年の夢が叶った」

 昔の苦い記憶がよみがえってきた。幾度の告白と、その失敗が。だが関係ない。今は今だ。ことりちゃんへ、ひたむきに想いを告げるのだ。

 オレはことりちゃんを抱き留めながらまっすぐに見据え、最後の告白をした。

「ことりちゃん。オレ……能勢雄輝はあなたのことが世界中の誰よりも大好きなんだ。だから、どうか……どうかっ、オレと付き合ってください!」

 ことりちゃんの瞳が淡く潤んだ。しかし、すぐにハッとしてそこを拭うと、今日一番の笑顔で返事をしてくれた。

「はい、こちらこそよろしくお願いしますっ。これからは、ずっと一緒に――――」

 そして、ことりちゃんは目を瞑った。オレは全てを察して彼女の肩におそるおそる手を置き、同じく視界を闇に預けた。決着の時だ。

 見えない中、お互いの顔は近付き。



 やがて、吐息のかかる距離まで詰まり。



 ついに、甘くてソフトなキスを交わした――。





――――――――





「こんなふうにチョコを貰って、最後はあんなふうになって……ぐへ、ぐへっ……」

 オレは興奮に負けて真剣な表情を綻ばせた。ここまでの下りは言わずもがな100%妄想なのだが、いざイメージしてみるとどうしてもニヤついてしまう。もはや毎年の恒例行事なので今更どうということはないが。


 妄想によって上昇したテンションを持て余しながら、それからオレはイベントが起こることを期待して自室で待ち続けた。

 ――今年は、今年こそは……チョコが貰えるかもしれないぞ!

 そういうありきたりで無根拠な自信を糧に。



 しだいに日は西へ傾き、落ちていった。青かった空はだんだんと茜に、さらには暗い藍色に。


「……うん、知ってた」


 無情にして無念、バレンタインは依然として変化なく終わりを迎えていったのだった。


「ああ……ちくしょうッッッ!」

 
 

 
後書き
バレンタインは非リアにとっては絶望の日(白目)

さてさて。今回は番外編ということで、いつも以上に主人公を暴走させてみましたが……いかがでしたでしょうか(笑)
これからも尽力して参りますので、今後ともよければ『ことりちゃん、付き合ってください。』をよろしくお願い致します(・8・)
 
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