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ココロのアリカ

作者:ミミズク
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その2

 あのあと。

 青木くんの突飛な発言は、当然信じてもらえず。対面に座る僕たちの胡散臭そうな視線を受けながら、『自分と唯の魂が入れ替わっていた説』を訴える青木くん、という形になった。

 必至なのは伝わったけど、ちょっと信じられないっすね。なんて思っていると、当事者であるはずの桐山さんがまさかの裏切りを決行。青木くんは四面楚歌の状態に。泣いてもいいんやで。

 その後も粘っていたが、暖簾に腕押しにしかならない。彼はますますヒートアップして、裏切った桐山さんと言い争いを始めてしまった。

 そしてついに我慢の限界に達した稲葉さんがキレてしまい、皆の頭を冷やさせるため、今日は解散することになった。会議はまた明日だね。

 んで、僕は荷物をまとめて学校をでて、一人でのんびり下校してた。

 はずなんだけども。

「どういうことだってばよ」

 気付いたら全く別の場所にいました。

 前触れもなく意識が暗転したかと思ったら瞬間移動してたってなにそれやばい。

 つーかおかしい、色々おかしい。
 声が高い、視点が低い、バックが違う、足元の開放感すごい、というかセーラー服着てる、息子がない、胸がある、結構でかい、でかい!

 いや落ち着け、落ち着くんだ北野祥吾! まずこういうときにするべきことはなにかを考えるんだ。

 …………とりあえず祥吾から祥子に改名するか。

「えっと、市役所で名前変えられるんだっけ……ってうおお」

 ポケットに入っていた携帯が鳴ってびびった。考え事してる時にやめてよね、もう。

 いそいそと、可愛らしくデコられた携帯を取り出して、電話にでる。

「もしもし、北野ですけど」
『北野ん! 北野んだよね!?』

 聞こえたのは男性の低い声だった。誰?

「そうですけど、どなたかしら」
『わたしだよ、わたし! 永瀬伊織だよ!』
「えっ」

 おかしい、いつ永瀬さんは男性になったんだ。おかしい事が多すぎてもう訳わかんないっす。

「とりあえず、駅前の喫茶店で会わない? 一回落ち着いて話した方が良いと思うの」
『そ、それもそうだね。……ねぇ、なんでそんなにオネェ口調なの?』
「あら、女の子なんだから当たり前じゃない」
『わたしの体に馴染み過ぎだから! もう、冗談言ってる場合じゃないよ。すぐ来てね!』

 まったく、と声を残して稲葉さんは電話を切った。祥子なんだもの、仕方ないじゃない。

 現実逃避はこのくらいにしよう。

 正直なところ、頭が低スペックな僕には、今起こっている事が理解できてない。だが、先ほどの会話によって極めて重要な情報に気づく事ができたと思う。

 そう、それは。

「この体、永瀬さんのだったのか」

 おっぱいでけーな。





「で、どうするん?」
「……どうしよっか」

 10分後、なんとか合流できたのはいいけども、何もできず途方にくれる僕たち。

 今わかっているのは、永瀬さんと僕の体が前触れもなく入れ替わったということだけ。詰んだ。

「青木と唯の言う事って、本当だったんだね」
「意外に世の中がファンタジーすぎてびびった」

 事実は小説よりも奇なり、ですなぁ。

「でも青木くんは時間がたったら元に戻ったっていってたし、今はそこまで心配しなくてもいいはず。問題は」
「この現象が続くかもしれない、ってことだよね」
「せやな」

 さっきは一人で下校中という誰にも迷惑がかからないタイミングだったからよかったけど、例えばお風呂入ってる時に入れ替わったりすると、人間関係壊れるよね。

 この入れ替わりの原因と対処法を早めに見つけないと、ストレスたまりまクリスティーだ。

「とは言っても心当たりなんて何にもないしなー」
「実際入れ替わりの原因なんて分かるわけないよねぇ」

 焦っても仕方ないっしょ、て事で紅茶をのんでダラダラくっちゃべる。とりあえず元に戻るまで時間を潰すことにしたのだ。頭脳労働は稲葉さんの役割なので。

 あとは頼むぜ副部長という他人任せ作戦をして、しばらく時間が経った。
 話の流れはどんどん変わっていき。

「そういえば北野んの好きな人って誰なの?」
「うぇーい」

 拙い話題にたどり着いちゃいました。

「ななななななんのことですか」
「いや、誤魔化すにしてももうちょっと上手くやろうよ。むしろわざとなのかと思っちゃうよ?」
「さいですか、ならリテイク。んー、残念ながらいないんだよね」
「今更シラを切っても遅いんだなぁ。ネタは上がってんだよ、キリキリ吐こうか」

 結局話すことになるんじゃないですか。今、切実にリバイバル能力がほしいです。
 ……しゃーないな。

「……名前は伏せさせていただきますが、中学の頃から忘れられない人がおります。まあ、振られたんだけどね。だから、初恋の人をいつまでも引きずっている、っていうのが正確な所かな」
「おお、なんだか切ないね……。名前はダメなの?」
「ダメ。稲葉さんなら特定出来そうだし」

 あの謎の情報網が怖すぎる。

「けちー。ならさ、北野んはその子のどんなところが好きだったの?」
「全部」

 即答した僕に永瀬さんは引きつった笑みを浮かべる。愛は、重い物なんですよ。
 永瀬さんは気を取り直すようにごほんと咳をして問いかける。

「な、なら、好きになったきっかけとか教えてよ」

 きっかけ、か。

 改めて問いかけられると言葉に詰まる、けども。
 やっぱり一番最初に好きになったきっかけは。

「自分を好きになれるようにしてくれたことかな」

 長くなるよ、と言ったが、永瀬さんは恋バナ恋バナと興味津々のご様子。
 まあ面白くもない話だけど、興味があるのなら、話そうか。

「当時、中学2年の頃かな。僕は自分の事が嫌いだったんだよね」

 僕は何をやっても凡庸だった。勉強を頑張っても順位は2桁に入れず、部活を頑張っても県大会なんて夢のまた夢。

 かといって他に何かやりたい事がある訳でもないし、あっても努力したところで結果は出ないだろう。

 何もできない自分が、何にも価値がないように思えて、生きる意味が分からなかった。

 そんな時、あの子に会ったんだ。

「あの子は、太陽みたいな人だった。暖かくて、優しくて、生きることを全力で楽しんでたんだ。一緒にいるとすごく楽しくてねぇ」

 うーむ、思い返すとこの時点ですでに好きになってた気がするが、気づいてなかったから仕方ない。

 ひたすら前をみるあの子に、憧れてた。
 僕に笑顔を見せてくれて、嬉しかった。
 たまに外で遊んだ時とかめっちゃ舞い上がってたなあ。

 でもだけど。だからこそ。
 僕なんかが、彼女と一緒に良いのかなと思ってしまったんだ。

「憧れは嫉妬の裏返し。僕はあの子の全てが羨ましくて、嫉妬して。あの子と比べて、僕は惨めで、ちっぽけで。こんな事を考えてしまう自分がますます嫌いになったよ」

 劣等感に苛まれながらも、僕は彼女と離れられずにいた。
 ぐだぐだ悩んで、あの子といるのが辛くなってきていた。そして、それを彼女は分かってたんだね。

 ある日、嫌なら会わなくても良いよって、言われてしまったんだ。

 あの時は頭が真っ白になったなあ。必死に否定して、気付いたら思ってた事全部ぶちまけてしまってた。

 我に返ったあと、なんでこんな事をしちゃったんだと自己嫌悪している僕。
 俯いて聞いていたあの子は、いろいろ言いたい事はあるけど、とりあえず、と拳を握って。

 渾身のボディーブローを繰り出した。

「いやもう、あれは死ぬかと……」

 人生最大の危機だったかもしれん。
 思考がまるで追いつかずに腹を抑えて咳き込む僕を、彼女は胸ぐらを掴みあげて目を合わせた。

 めっちゃ怒ってた。

「人ってこんなに怒ることができるんだと初めて知ったね」

 今でもたまに夢にでる。マジ怖かった。
 僕はビクビクしてきょどるしかなかった。

 そんな僕に、あの子はありったけの怒気を叩きつけて言ったんだ。

『あなたを馬鹿にする人は、あなたであっても許さない』

『私にとってあなたは、誰よりも大切な友達なの』

『あなたしかいないの。あなたじゃないと嫌なの。だから、価値がないなんていわないで』

「……救われたよ。こんな自分でも、誰かに必要とされてるんだってね。泣いて、泣いて、ひたすらにありがとうって言い続けてた。そのうちあの子も泣き出しちゃって、二人でずっと泣きわめいてたな。この時、ようやく気づいたんだ。ああ、あの子がめっちゃ好きなんだなって」
「…………」
「それからは、あの子が好きでいてくれてる自分を、好きになれるように。少しずつでいいから、頑張ろうって思ったんだ」

 話が終わって、ふぅと一息つく。お冷を口に含んで喉を潤す。少し熱が入りすぎたかもしれんね。

 ずっと黙って聞いてくれていた永瀬さんは、俯いて何かを考えてるみたいで反応がない。

 どうしたのかと首を傾げた瞬間、意識が暗転した。
 ぐらっと倒れそうだった体を支えて正面を見ると、永瀬さんの顔が。

 ということは。

「戻ったね」
「……みたいだね」

 うむ、切りが良いところで戻れたのでは無いのだろうか。
 話す事も話したし、帰りますかね。

 帰り支度のため財布を取り出したていると。
 永瀬さんは、真剣な表情でこちらをまっすぐ見据えてきた。

「ねぇ、北野ん」
「……どしたの?」
「わたしも、わたしが好きになれるかな」

 ……永瀬さんも、自分が嫌いなのかな。

「わかんない。けど、好きになって欲しいとは思ってるよ。友達だからね」

 そう、彼女と同じ『友達』だから。勝手な思いとは分かっていても、そう思ってしまうのだ。

「まー、まだ僕たち高一だし、人生は長いからね。自分を諦めるには早すぎると思うよ」

 スケッチブックを取り出して、パラパラめくる。目的の絵を取り出して、永瀬さんの前に置いた。

 それは部活の時、部のメンバーがみんなで騒いでいる中で、一人離れて見ていた永瀬さんの絵。みんなを眺める彼女の顔は母親が子を見守るかのようで。高校生らしからぬ大人びた微笑みは、思わず見惚れてしまうものだった。

「これって……」
「永瀬さんの素敵なところの一つ」

 あげる、と伝えると、永瀬さんは呆然としつつ絵を手に取り、見続けた。

「……わたしって、こんな顔出来たんだ……」

 知らなかった。

 漏らした言葉は純粋な驚きで満ちていて。

 飽きる事なく絵を見る彼女に、助けになれたかなと。
 不安を感じながらも、永瀬さんをいつまでも待つ僕だった。 
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