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機動戦士ガンダム SEED C.E71 連合兵戦記(仮)

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第10話 猛攻

同じ頃、地球連合側の指揮官であるハンスは部下の機甲兵部隊と共に着用しているパワードスーツ ゴライアスの補給作業が完了した時であった。
パワードスーツは、一般的に歩兵同様に余り電力を消費しないと見られているが、それでも機械である以上電力で動いている。
パワードスーツを動かすモーター、パワードスーツの繊細な動きを可能とする、全身に張り巡らされた人工筋肉、装着者の健康状態を一定に保ち、内部の環境を快適な状態にしておくことで継戦時間を延ばす生命維持装置やそしてそれらに装着者の意志を伝達する操作機器も電力を消費する。

ちなみにパワードスーツがエネルギー切れになった場合は、自動的に着脱モードに移行して直ぐに脱げるようになっている。

災害救助や後方での建設作業等では、部隊に所属する機甲兵の一部のパワードスーツに小型バッテリーを背負わせたタンカー役にすることが出来たが、戦場でそれをやるのは無謀すぎた。
またパワードスーツを着用している人間の問題もある。

かつて再構築戦争期の〝最後の核〟の直後には、放射能汚染された地域でも活動可能なように鉛の板や放射能遮蔽装置等が装備され、装着者は、高温と生理的不快感に耐えることになるような人間工学を鑑みないパワードスーツが試作されたこともあった。
それらは、運用時間が2時間が限度であるということと鈍重さが問題視され、採用されることは無かった。

流石にゴライアスを含め、現在のパワードスーツの大半は、軍用、民間用問わず宇宙服に採用されている生命維持装置と同じものが搭載されている。

それによりスーツ内の着用者は、寒波吹き荒れるシベリアの様な極寒の大地でも、灼熱と砂嵐が吹き荒れる北アフリカの砂漠でも、蒸し暑いジャングルでも、毒ガス兵器や細菌兵器が散布され、死者の街と化した市街地でも、全てのインフラが破壊された都市の様な場所でも快適な状態を維持して戦うことができる。
しかしそれでも数時間にわたって着用し続けるのには限度がある。
その為、こうして整備、補給の際には、着脱している兵士も少なくなかった。

ハンスは、補給作業が完了するまでの数分間、ヘルメットを外しただけで、カロリーバーとイオン飲料を間食として摂取する時も、着用し続けていた。
いつ敵が現れてもおかしくないからである。

幸いパワードスーツ ゴライアスのマニュピュレーターは、人間の生身の腕と遜色ないと言われる程の精密な動きとパワーの調節を可能にしていたので、彼がカロリーバーを握りつぶすとかイオン飲料のプラスチック製容器を粉砕するといった事態は起こらなかった。

「ハンス大尉!」
通信部隊から報告が入った。その若い通信兵の声には狼狽と恐怖が感じられた。


「市内に侵入したシグーはどうなった?」
部下と共に補給作業中だったハンスは、偵察隊からシグーが1機だけで突入してくるという報告と、その直後にゲーレン中尉の部隊が迎撃に出たという報告を受けていただけで、その後の戦闘の結果は、まだ知らなかったのである。

敵を撃墜するのは、無理だろうが、短時間で撃破されることはまず無い…そう彼は考えていた。
だが、同時に彼は、戦場に絶対などというものは無いということを彼は知っていた。

そしてその考えの正しさは、今この時実証されたのである。

「…ゲーレン中尉の第1特別防空隊は戦力の過半数を喪失、ゲーレン中尉は戦死したとのことです。」
「…」

ヴォルフラム・ゲーレン中尉、大西洋連邦軍が残存部隊を再編してユーラシアの戦場で臨時編成した第1特別防空隊の指揮官となっていたこの男は、整った顔立ちと目の覚めるような金髪が特徴的で、任務以外の時も、共に酒場に繰り出したり、トランプゲームを楽しんだこともある掛け替えのない戦友の一人であった。
そしてたった今、彼は、死者の列にその名を連ねた。

深い悲しみがハンスの心を一瞬支配した。しかし死者を弔うのは、戦いが終わってからである。
兵士として訓練を受けたハンスは、戦友を突如として喪失した悲しみに沈むよりも、戦友の敵を討つことを選択した。

「!!短期間にゲーレンの部隊を壊滅させるとは…奴はエースパイロットだな」
ハンスは直感した。この敵は、先程までとは違う、都市に仕掛けられたトラップや潜伏した歩兵等では対処できる相手ではないと…


「そろそろ潮時かもしれんな…」
ハンスは、ゴライアスの正面モニターのタイマーの時刻を見ると、部隊の脚である輸送トラック部隊に撤退の準備を命じた。
これで、彼が撤退命令を下せば、いつでも脱出が出来るようになるはずであった。
古今東西の歴史をひも解いても、戦争で最も損害を出すのは、撤退戦の時である。

このことは、歴史が記録される以前の石器時代の人骨からも判明していることであった。
いかに壊走ではなく、部隊を統制と戦闘能力を維持した状態で退却させるかは、部隊を率いる指揮官の優秀さに掛かっていた。

「どうしますか。隊長!」
「…〝トゥームストン〟でいく。まず、その為には、12地区に誘い込む」
「…やってくれるな、ディエゴ曹長」
ディエゴ曹長の率いる機甲兵部隊は、中隊内では、指揮官であるハンスの部隊に匹敵する技量を持つ小隊であった。

「やってやりますよ!隊長殿!」
ディエゴ曹長は、笑顔で答える。
まるで、彼の好きなチームが出るベースボールの試合を観戦しに行くときの様に。

先程の戦闘で、市内の下水道を利用して郊外に展開していたザフト軍の車両部隊を襲撃、大損害を与えて帰還した彼の機甲歩兵部隊は、ハンスの部隊とは別の地下の補給施設で補給作業を受け、それが完了したばかりであった。

ディエゴ曹長率いる機甲歩兵部隊と地球連合軍部隊は、防衛陣に入り込んだシグーを撃破すべく、行動を開始した。

「!」
ノーマは、建物の影に潜伏していたゲーレン隊の残存である対空ミサイル車両を重突撃機銃で狙撃した。その攻撃は、正確に対空ミサイル車両の車体側面を撃ち抜いた。

海外派遣時に輸送機での輸送を考慮に入れた設計による高機動化、軽量化によって、一般車両とほとんど変わらない重量と装甲だったその対空ミサイル車両は、木端微塵に吹き飛んだ。

「化け物め!」
別の車両が対空ミサイルを発射した。
先程までは、指揮官であるゲーレン中尉の命令で、ミサイルを温存していた。
だが、指揮官以下部隊の大半が戦死し、敵が襲来しつつある状況ではそんなことを言っていられる状況ではなかった。
ミサイルが発射されるのを確認すると同時にノーマのシグーは即座に低空飛行に移行、砲撃で歪に変形したビルの影に隠れる。

「そこよっ」
ビルの影から飛び出すと同時に重突撃機銃を叩き込む。
対空ミサイル車両は、戦車をも撃ち砕く高速徹甲弾に車体をズタズタに引き裂かれて炎上した。
ゲーレン隊が保有していた対空ミサイル車両は、1両残さず、燃え盛るスクラップに変換された。

「食らえ!」
廃墟の影に隠れた歩兵が携帯型対空ミサイルを発射した。

「被弾した!」
ノーマは、咄嗟に回避しようとしたが、間に合わず、ミサイルは、グゥルの左エンジンに命中した。
ミサイルはグゥルのエンジンに突き刺さると同時に弾頭を炸裂させ、燃料タンクに誘爆したグゥルは数秒で火球と化した。

ノーマのシグーは寸前でグゥルから飛び降り、ボロボロのコンクリートの地面に着地した。

「やった!」グゥルが爆散するのを見た若い兵士は、満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「お返しよ。」
ノーマのシグーは、着地と同時に重突撃機銃を叩き込み、歩兵を吹き飛ばした。
地面に降り立ったシグーに廃墟からミサイルや砲弾が浴びせられた。

攻撃を行う地球連合部隊は、ディエゴ曹長率いる機甲歩兵部隊を中核としていた。

「食らえ!」
ディエゴ曹長のゴライアスは、左手に握った20mmチェーンガンを乱射する。
だがシグーの装甲には、牽制にもならない。

「作戦通りにいくぞ!」
「「「「了解!」」」」
ディエゴ以下、ゴライアスを装着した機甲兵達は、決められた作戦通りに脚部のローラーを駆使して都市の奥へと撤退を開始した。
「引いていく…逃がさない!」それを見たノーマのシグーもそれを追う。


先程の戦闘で機甲兵部隊にモビルスーツを含むザフト部隊が苦しめられていることをノーマは認識していた…だからこそ彼女は、あえてそれを追撃したのである。
推進剤を節約するため、ノーマのシグーは、スラスターを使わず走行することで追撃した。

対するゴライアスの数機は、白い煙幕を展開した。だが、シグーは、ディエゴ率いる機甲兵部隊を追撃した。
お互いに移動中の相手を銃撃することは無い。弾薬を無駄にしないためである。

廃墟の建物の間を駆け抜けるディエゴ曹長の機甲兵部隊のゴライアス6機とノーマのシグーは、都市の中心部の付近にまで到達していた。
その場所には、かつてのこの都市の中心部に隣接していたこともあって高層ビルが林立していた。

1年前には、多くの人々が中で労働していたのであろうそれらの高層建築物は、砲撃の影響によって荒廃し、
チーズの様に穴だらけになっていた。

「全機、身を低くしろ!」
ディエゴがそういうと同時に、6機のゴライアスが姿勢を低くした。
「…」ノーマは、その動きを見て怪訝な表情をした。
次に彼女の眼に一瞬だが、進路上に、廃墟の間を横切る白い線の様な物が見えた。

「ワイヤー?」

ノーマは、その正体を即座に推測した。そして、敵の意図も……ノーマの優れた動体視力、判断力だけでなく、指揮官用として設計され、ジンよりも高性能なシグーの高解像度のモノアイがなければ、彼女は、ワイヤートラップに気付くことは無かっただろう。
全長が約2~3㎡のゴライアスは、接触することは無い。だが約18㎡にも及ぶシグーの巨体では、腰の部分で接触することになる。

ノーマは、そのワイヤーは、ワイヤーに反応して爆弾が炸裂するタイプのトラップであると推測していた。もし無視して通過すれば、
ノーマのシグーは、爆弾の爆発に巻き込まれることになる。

「ワイヤートラップなんて単純な手で!」

ノーマは、シグーを寸前でジャンプさせることで、張り巡らされていたワイヤーを回避した。
ノーマのシグーがワイヤーを避けて移動した次の瞬間、その廃墟は爆発し、ノーマのシグーの背後の空間を瓦礫が占領した。

「追い詰めたわよ…」
ノーマがそう言った直後、再び爆発音が響いた。
それは、ノーマのシグーでも、ディエゴ曹長率いる機甲兵部隊によるものでもなく、ノーマのシグーの真上で起ったものだった。
咄嗟にノーマは上を見た。
シグーの直上、廃墟の中でも比較的原型をとどめる高層建築の影が聳えるそこには、
オレンジ色の爆発の華が咲き、高層建築を構成していたコンクリートの瓦礫が今にも地面に向かって落下しようとしていた。


つい数十秒前までビルを形成していた巨大なコンクリートの塊がシグーに襲い掛かった。

「よし!掛かったな」
ゴライアスを着用したディエゴ曹長は、笑みを浮かべて言った。
彼の目の前で、ビルの瓦礫は、彼の想定通りに真下に落下した。そしてその落下点には、ノーマのシグーが立っていた。
「!!」
ノーマは、相手の真の意図にようやく気付いた。
機甲兵部隊で、敵のMSを誘導し、爆弾で動きを止めてから、隣接するビルの上層階を爆破、敵のMSを降り注ぐビルの残骸の下敷きにすることで止めを刺す。

先程のワイヤートラップは、本命であるこの瓦礫のトラップに対する囮だけでなく、退路を断つという目的があったのである。

「くっ!」

トゥームストン………その巨大な墓石は、地面にいるノーマとシグーに向けて轟音を立てて落下した。
少なく見積もって数十トン近い質量を有するその物体の直撃を受ければ、モビルスーツさえも破壊されることは間違いなかった。

「そんな単純なトラップで!」
ノーマは、シグーの背部のスラスターを全開にした。
ディエゴ曹長のゴライアス部隊は、シグーの動きを止めるべくチェーンガンや対戦車ミサイルを乱射する。

ノーマは、左腕のシールドを投げつける。投げつけられたシールドは、一瞬銃弾の火花を浴びて真っ赤に染まり、止めとばかりに撃ち込まれたピルム対戦車誘導弾が大穴を開けた。タンデム成型炸薬弾頭を搭載したミサイルの一撃はシールドの裏に装着されたガトリング砲の基部を破壊し、弾倉が爆発したシールドは砕け散った。

シールドのミサイルによって空いた穴を起点に爆発が起こり、爆風が砕け散るシールドを覆った。
同時に爆風の中からシグーが飛び出す。

コンクリートの豪雨がシグーを打ち砕く寸前、シグーは、離脱に成功した。
爆風から現れたシグーは、すれ違いざまに右腕の重斬刀を振るう。

近くにいたゴライアスが切り捨てられる。

シグーは、ゴライアス隊の前に着地した。シグーが地面に着地する轟音が、
ディエゴ曹長の耳には、やけに大きく聞こえた。
同時に背後のコンクリートの瓦礫の山がはじけ飛んだ。中に仕掛けられていた爆薬が爆発したのである。

本来ならビルの下敷きになったシグーに対する止めとなるはずだった爆薬は、コンクリートの瓦礫を砕いただけに終わった。

次の瞬間、シグーの左腕に握られていた重突撃機銃が、ディエゴ曹長率いるゴライアス部隊に浴びせられた。

「畜生!」そう叫んだディエゴ曹長の視界は炎に呑まれた。

廃墟の一角で、毒々しい色の爆炎が吹き上がった。
「…」ノーマはそれを一瞥して、次の敵を叩き潰すべく歩みを再開した。


「ディエゴ曹長戦死!」
「そんな……ディエゴ曹長の隊がやられました。」
その報告は、直ぐにパドリオの操縦するガンビートルの通信システムを介して指揮官であるハンス大尉に伝えられた。
更に、ディエゴ曹長の隊の支援に向かっていたユーラシア軍所属の歩兵部隊がシグーによって全滅させられていた。

「ディエゴ……我々の隊で迎撃するぞ!」
ハンスは、即座に決断を下す。
「指揮官自らですか?」
その通信は、ユーラシア歩兵部隊の残余を率いるガラント少尉からであった。

「ああ、これ以上防衛線の内側であの怪物を飼うわけにはいかんからな!」
「第22歩兵小隊、第24歩兵小隊壊滅!」
「まずいぞ…このままでは、外のザフト部隊まで…」
「!!」ハンスの言葉は、直ぐに現実となった。

市内の地球連合軍の防衛線が崩壊しつつあるということは、郊外に待機していたザフト軍部隊の眼にも明らかであった。
そして、それを見逃す程彼らは、無能でも、お人よしでも無かった。

「ノーマ小隊長がやってくれたぞ!全軍進撃開始、この機を逃すな!ザフトの為に!」
ウーアマン中隊が進撃を再開した。

「俺達も突撃するぞ、ナチュラル共を叩き潰せ!」
カッセル軽砲小隊も突入を開始した。
「!支援砲撃を任務とする我々が市内に突入するのですか?」
部下の1人は、指揮官であるカッセル小隊長に質問した。

「ドローンによる射撃管制が半分機能していない今、まともに支援砲撃が出来ると思うな!」
「了解!」

更に先程まで<リヴィングストン>と共に後方に展開していた車両部隊も、ウーアマン隊と合流し、都市の地球連合軍を叩き潰すべく市内に突入し始めた。

「畜生!支えきれんぞ」
「こちら第3小隊!後退許可を!」

度重なるザフト軍との戦闘、特に単機で防衛部隊を幾つも壊滅させたノーマのシグーによって防衛線が大打撃を受けていた地球連合軍側には、それを押しとどめる手段はもはや残されていなかった。

「お前ら!車には乗ったな!味方と合流するぞ!」
包囲されていたザフト軍 アンリエッタ歩兵中隊も行動を開始した。
指揮官のアンリエッタ・エルノー中隊長は、包囲していた敵の戦力が低下しているのを見て、友軍部隊との合流を決意したのである。
この中隊は、先程の戦闘で、機甲歩兵部隊の猛攻をうけ、既に半数以上の兵員と装備を喪失し、歩兵小隊レベルにまでその戦力を低下させていたが、ノーマの活躍によって包囲陣が弱体化した為、突入を開始したザフトの車両部隊との合流に成功した。


「ハンス隊長!」
「支えきれないぞ!」
「後退!後退!」

市内の地球連合軍部隊は、各所で退却を余儀なくされ、一部の部隊は逃げ遅れて全滅した。
もし、退却準備を事前に指示していなければ、更に被害は拡大していた可能性があったことを考えると、まだマシであった。
公園に配置されていたロングノーズボブは、友軍部隊の放つ信号弾に従い、援護の砲撃を行っていたが、弾薬切れとなったことでそれも行えなくなった。

「弾切れです!」
「ここまでか…」

ダン以下砲兵隊員は、ロングノーズボブを放棄した。
その直後ザウート部隊の砲撃を受けてロングノーズボブは、スクラップに変換された。
ザフトが廃墟となった都市に侵攻を開始したのと同じ頃、ハンス率いる連合部隊は、ノーマのシグーと交戦状態に突入していた。

「ミサイル発射!」
スラスターを全開にして突入してきたシグー目がけ、ハンス率いる機甲兵部隊が一斉に対戦車ミサイルを発射した。
ゴライアスが、肩に背負った対戦車ミサイルランチャーを発射し、白い噴射煙が、ゴライアスのマットブラックのボディを包みこむ。
同時に周囲の廃墟と化したビルからも銃撃やミサイルが浴びせられる。ノーマのシグーは、3方向からのそれらの攻撃を回避した。
NJ下で誘導装置の信頼性が低下していることを考慮しても驚異的な回避能力である。

「なんて動きだ!」
シグーの回避運動を見たゴライアスを装着する連合兵の一人は悲鳴を上げた。

「当たれよ!」
廃墟に隠れた歩兵が、携帯型対戦車ミサイルを発射した。
だがシグーは、そのミサイルも回避するか、撃墜してしまう。
ハンスと部下の多くは、サブフライトシステム グゥルを破壊したことで、シグーの機動性を減殺できたと考えていた……しかし、シグーは、地上に足を付けてからの方が更に素早く動いていた。

この廃墟を縦横無尽に駆けまわり、その巨体を時折、廃墟の影を利用することでこちらから見えなくすることさえやってのける、このシグーは、巨大な幽霊とでも形容できた。

また1機、廃墟の影に隠れようとした部下のゴライアスが撃墜された。
シグーの重突撃機銃によるもので、旧式の戦車砲弾並みの口径の砲弾を受けたそのゴライアスはバラバラに砕け散っていた。

それは、シグーの重突撃機銃によるもので、旧式の戦車砲弾並みの口径の砲弾を受けたそのゴライアスはバラバラに砕け散っていた。
シグーの隣のビルから遠隔操作でミサイルが発射される。
それを見たハンスは、元工兵隊の貢献を思った。

撤退時に取り残された彼らに、ハンスは部隊の指揮官として、
都市内のトラップ設置、防御陣地の設営への協力を要請…事実上は命令…をした。

ハンスは、それがどれほどの重労働となるか、認識したうえでその決断を下した。
そうしなくては、戦いでの自軍の犠牲を減らすことはできず、自軍の被害を減らす為の策を怠ることは、
指揮官として失格である、と考えていたからである。

最初、ハンスは、工兵隊指揮官のライオネル・タイソン中尉を含む工兵たちから相当の反発を買うと推測していた。
だが、彼らは、文句一つ言うどころか、満足に銃も扱えない自分達がザフトのブリキ人形に一矢報いるチャンスをくれたと、喜んで、汗みずくになって防衛ラインの構築に貢献してくれた。

もし工兵である彼らがその技術と経験を最大限に活かしてくれなかったら、ここまで防衛することができたかは疑わしかった。
またシグーの死角である位置から発射されたミサイルが、シグーに迫る。

だが、ノーマのシグーは、それを回避し、更にハンスの機甲兵部隊の攻撃も回避し、ハンス達機甲兵部隊の前に立ち塞がった。

着地と同時にシグーがミサイルの発射された方向に重突撃機銃を叩き込む。
その右腕には、重突撃機銃が、左腕には、重斬刀が握られている。

「此処までなのか…」
ハンスがそう呟いた瞬間、彼の視界の片隅に小さく動く影が現れた。
シグーの背後の廃墟……

「…!」
そこには、損傷したディエゴ曹長のゴライアスが、ピルム対戦車誘導弾を構えていた。

「ハンス隊長…皆!」
先程彼は、ノーマのシグーによって部隊を壊滅させられたが、彼自身は、部下のゴライアスと廃墟が盾になる形で、難を逃れていたのであった。

このピルム対戦車誘導弾は、大西洋連邦のある軍事企業が開発した対戦車火器である。
この対戦車ミサイルが開発された頃は、大容量バッテリーの開発、モーターの高出力化、素材の改良による軽量化に伴う装甲車両の重装甲化が進んでいた時期であった。

戦車の装甲、防御力は、一種の最高点に達し、大口径のリニアガンでなければ、貫通不可能な程にまでなっていた。
各国は、敵の重装甲化した戦車に対抗する為、新型戦車、陸戦用MAの開発を進めると共に、遥かに安価な歩兵や機甲兵でも撃破できる様、携帯式対戦車火器の改良も進めていた。
このピルム対戦車誘導弾は、通常の機械化歩兵では1人での操作は難しかったが、機甲歩兵にとっては、片手で運用可能な火器である。
機甲歩兵や機械化歩兵の火力でも装甲車両を撃破できるようにと設計された特徴的な大型のタンデム式の成型炸薬弾頭は、ザフトの最新鋭機であるシグーを撃破することも可能な威力を持っていた。


タンデム成型炸薬弾頭を背後から受けて撃破されるシグーの姿をハンスと彼の部下は幻視した。

だが、そのシグーは、背中に眼があるかの如き素早さで反転、右腕の重斬刀を横薙ぎに振るった。
その一撃は、装着者のディエゴ曹長をゴライアスごと両断した。

叩き斬られたゴライアスは、投げ出され、空中で破片を撒き散らして爆発した。
周囲にオイルと血液が飛び散り、真横の灰色のビルの壁をグロテスクな色に染め上げた。

「ディエゴ!」
シグーは、再び、ハンスらの方に向き直った。
シグーの頭部の赤い単眼が彼らを睥睨する。

「くっ…」
ハンスは、血に染まった様なその赤い機械の眼を凝視した。

こいつには、勝てない…ザフト軍のモビルスーツや戦闘機、戦闘車両とこれまで交戦し、
部下と共にそれらをことごとくスクラップに変換してきた彼にとって、
それは開戦以来の初めての経験であった。

「もう駄目だ!」
部下の一人が悲鳴を上げた。

その直後、爆発が付近の廃墟に立ち上った。

「爆撃!?」
「…始まったか……!」


それは、予定されていた地球連合空軍戦略爆撃部隊の空爆の始まりを告げるものであった。


「爆撃だと!ナチュラルめ味方を攻撃する気か…」
目の前で友軍の車両が爆弾を受けて爆砕したのを見てカッセルは、驚愕した。
この時彼は、再編成を終えた旗下の部隊と共に既に市内のかなりの部分にまで突入していた。
彼のザウートの手前のコンクリートの地面に爆弾が落ち、大穴が開いた。

その横でザフト軍に鹵獲され、オリーブドラブに再塗装されたユーラシア連邦製の装甲車が爆弾の直撃を受けて爆砕する。
巻き起こる紅蓮の炎が虫を食らうカメレオンの舌の様に周囲の兵士を呑み込み、爆風の衝撃で跳ね飛ばされたザフト兵がコンクリートの壁に激突した。

「総員!市外へ退避しろ!急げ!」

カッセルは、残存する指揮下の兵士に撤退命令を下した。
しかし郊外すら安全地帯と言えるのか微妙なところであった。
カッセルとてそれを十分に認識していた。だが、現状でそれ以外、部下を安心させる方法は彼の選択肢には残されていなかった。

「空爆!?」
空爆…それもザフト側航空兵力の迎撃範囲外である高高度からの絨毯爆撃であった。

ディンやインフェストゥス等現在、のザフト軍の航空戦力は、殆どが制空権確保、地上部隊支援を主眼に設計されており、地球連合軍の保有する高高度を飛行する戦略爆撃機を攻撃することは出来なかった。
NJ以前に、これらの戦略爆撃機等を撃墜するのに有効とされた高高度対空ミサイル等は、NJによってその信頼性を著しく低下させていた。
この時期の地球連合軍は、地上のザフトの手の届かない上空から爆撃を行う戦術で、ザフトのMSを主体とする侵攻作戦に対抗しようとしていた。
命中率の低さは、予め爆撃機が爆撃する地点を設定し、爆撃機の数と搭載爆弾の数を限界まで増やすことで、カバーする。

ハンスの部隊が廃墟と化した都市に陣地を構築していたのも、ザフト軍の部隊をこの近辺になるべく足止めするという目的があったのである。
ハンスの部隊だけでなく、この近辺の撤退作戦に参加した部隊は、空を飛ぶ戦闘機部隊や戦闘爆撃機部隊、攻撃ヘリ部隊から機甲師団まで、その為に活動していた。

そして、ハンスが撤退する時間の設定とその準備を部下に整えさせていたのも、友軍の行うこの爆弾の豪雨に巻き込まれることを避ける為のものだった。
ザフト軍にユーラシア連邦の戦車師団が大損害を受けた等、多大な被害を受け、多くの都市や拠点を失ったイベリア半島での戦線で初めて使用されたこの戦術は、戦闘爆撃機やヘリ部隊、機甲師団による攻撃と異なり、反撃を受けずにザフト軍MS部隊に打撃を与えることのできる唯一の戦術であった。
湯水の如き大量の爆弾の消費と避難民や友軍を巻き込む危険性と引き換えに……


爆弾が次々と鉛色の雲を引き裂き、大地に突き刺さる。
大地に次々と火柱が生まれ、それまでの戦闘で痛めつけられていた都市の建物が轟音を立てて崩れ落ちる。
「全部隊撤退!!後は〝宇宙飛行士〟どもに任せろ!」
ハンスは、即座に撤退用の信号弾を放った。
ハンスは、既に有線通信もこの状況では機能していまいと考えていた。

宇宙飛行士…………それは、安全圏の宇宙空間すれすれの高空から敵味方お構いなしに薙ぎ払う無差別爆撃を行う爆撃機部隊に対して地上の地球連合軍の兵士が付けた蔑称であった。

パワードスーツ用キャリアーと兵員を乗せたトラックや車両が撤退を開始、残存のゴライアスもそれに続く。
ハンスの部隊もシグーを撒くために煙幕を展開すると、退却した。

ノーマのシグーは彼らを追撃しようとしたが、目の前に爆弾が落下し、後退を余儀なくされた。
もし少しでも進んでいたら確実にシグーは、爆弾の直撃で破壊されていたであろう。

降り注ぐ爆弾を迎撃すべく、シグーは、重突撃機銃を上空に向けて撃ちまくった。
爆弾のいくつかが空中で撃墜され、爆発した。
空中爆発の炎がシグーの白い装甲をオレンジに染める。だがさらに爆弾は降り注ぐ。


シグーは、もはや追撃どころではなく、空から雹の様に降り注ぐ爆弾の雨を回避するので精一杯だった。

「爆撃!友軍ごと!」
ノーマは、味方のいる市内に爆弾を叩き込む地球連合空軍の戦法に驚愕した。
それは、地球連合軍が敵である彼女等ザフトだけでなく、市内に展開している地球連合軍部隊、つまり友軍ごと攻撃していることにであった。

郊外に展開していた部隊にも爆撃の被害は及んだ。
市内に砲撃を行っていたザウート1個小隊に弾薬を供給していた輸送車両が爆弾を受けて大爆発する。

ザウートが徹甲爆弾の直撃を受けて砕け散る。
僚機の同型が錯乱気味に背部の大型砲を上空に乱射したが、雲海の高みを飛ぶ爆撃機には届かず、付近のビルの一つに着弾した。
直後、その僚機の頭上でクラスター爆弾が炸裂し、破片の豪雨が降り注ぐ。
その煽りを受けて、廃棄されていた事故車の車列が、次々と鼠花火の様に爆発した。

絨毯爆撃を受けた都市は、無機質な灰色の景色の中で鮮やかなオレンジの炎に沈んでいった。

同じ頃、<リヴィングストン>を擁するファーデン戦闘大隊にも地球連合軍の攻撃は及んでいた。

「全機突撃!デカ物を狙うぞ」

<リヴィングストン>と車両部隊を強襲したのは、イシュトバーン・バラージュ少佐率いる第34航空中隊であった。
ユーラシア連邦空軍を主体とするこの飛行隊は、スピアヘッド12機で編成されていた。

「いい機体だ。武装、加速性、操縦性…どれも最高だぜ」
ユーラシア連邦の空軍パイロットのイシュトバーン少佐は、スピアヘッドの性能に惚れ込んでいた。
かつての乗機であったユーラシア連邦軍の戦闘機……スパーダ、エクレール、プファイル、ツヴァイハンダー…のどれよりも高性能であったからである。

しかし、このスピアヘッドでさえ、ザフトの有するモビルスーツの相手をするには、不足であった。
対するザフト航空戦力は、アプフェルバウム隊所属のディン2機、インフェストゥス6機だった。
アプフェルバウム隊のディンは、先程修理が完了したばかりであった。

「きやがった!」
「隊長はこのことを予想していたのか?」

2機のディンは、突撃して来るスピアヘッド部隊を迎撃する。


対空散弾銃を受け、スピアヘッドが1機爆散した。
インフェストゥス部隊も2倍近い敵機を前に積極的に攻撃を仕掛ける。
インフェストスは、高い運動性で、スピアヘッドを翻弄しようとした。
対するスピアヘッドは、加速性能と火力でインフェストゥスを撃墜しようとする。

<リヴィングストン>と周囲の車両部隊も対空砲火で向かって来る敵機を阻もうとする。
スピアヘッドの1機は、翼下にマウントされていた誘導爆弾を投下した。
対空戦車がその爆風を受けて横転した。
対空戦車の機銃弾をエンジンに受けたスピアヘッドが燃料を誘爆させ、上空で火球と化した。

<リヴィングストン>にも爆弾やミサイルが着弾し、その灰色の巨体に幾つもの爆発が起こり、黒煙が上がった。

「このリヴィングストンは陸上戦艦なんだ。戦艦が簡単に沈んで堪るかよ!」

部下達の動揺を抑える為、司令官であるエリクは内心の怯えを押し殺してCIC全体に聞こえるような大声で叫ぶ。
都市にいたザフトを含むザフトの多くの部隊を統括する司令部を兼ねていた<リヴィングストン>の上空が魔女の宴の如き混乱状態となったことは、空爆を受けていた廃墟での戦闘に影響を与えた。

その隙に第22機甲兵中隊以下地球連合軍部隊は、廃墟から退却することに成功した。
辛うじて脱出できた第22機甲兵中隊とその指揮下にいた地球連合軍部隊の残余は、離れた地点で、火炎地獄へと変貌しつつある都市を眺めていた。


指揮官のハンスは、他の機甲兵同様にゴライアスを着脱し、他の兵士同様に輸送トラックに乗り込んでいた。
ハンスは、輸送トラックの荷台の部下達が、1か所に集まっているのをみとめた。
周囲の部下達の間から、横たわっている部下の両脚が見えた。

「誰がやられた?」
ハンスは、部下達を半ば押しのける形で、その横たわる部下に向かった。

「…」
横たわっていた部下、マックス軍曹は腹部から出血しており、助からないのは誰の眼にも明らかだった。
彼は、撤退時に部下を庇った際、爆弾の破片を腹部に受け重傷を負ったのであった。

「マックス、死ぬな!」ハンスは、思わず叫んでいた。
「隊長、すみません畜生!!!モビルスーツさえ モビルスーツさえ俺達にもあれば…」
間もなく彼は、静かに事切れた。

「くっ…!!」
モビルスーツさえあれば……その言葉は、現在の地球連合兵士の心を代弁したものであった。

こちらにもモビルスーツがあれば、数で劣るザフトには地球連合は決して負けない………

「この借りは、必ず返す!」

ハンスは、拳を握り、怒りに燃える東洋の怪物…赤鬼の様に顔を真っ赤に染め、唇を噛み締めた。
裂けた唇から赤い血がポタポタと零れ落ちた。

それを見た部下達は声も上げることが出来なかった。

その遥か背後では、ザフトがいる都市に向けて空爆が行われており、爆撃の炎が都市全体を覆い尽くさんとしていた。
オレンジの炎が天を焦がし、辺りを不気味に照らし出している。
ザフトも無用な損害を被ってまで半壊した部隊を追撃する愚を犯したくないのか、
残存部隊を追撃してくる気配はなかった。


その遥か高空で、その単調で退屈な任務を終えた爆撃機部隊は、地上の惨劇を全く気にも留めず、空になった弾薬庫の蓋を閉じた。
そして今までの任務と同様の予定通りに猛禽の嘴に似た鋭角的な機首を上にあげ、高度を稼ぎつつ、
勝利の旋回を雲一つ存在しない蒼穹に刻みながら、着陸地であるグリーンランドの空軍基地への帰路についた。

このヨーロッパ戦線の片隅で行われた撤退支援作戦は、グリーンランド ヘブンズベース基地に付属する飛行場より発進した爆撃部隊と第22機甲兵中隊を初めとする殿部隊の奮戦もあって主力の撤退に成功すると共にザフト軍に打撃を与えるという地球連合側の戦略的勝利に終わった。

だがそれは、将兵の祝杯の打ち鳴らされる音と軍楽隊の音楽が高らかに鳴り響く様な華々しい勝利とは程遠いものであった。
なぜならば、その為に払われた地球連合軍の将兵の犠牲は、敗軍であるザフトよりも甚大なものだったからである。
この作戦に従事した部隊は、いずれも壊滅的打撃を蒙り、第22機甲兵中隊も、約半数の兵員を失い、事実上の全滅を喫した。

だが、この損害ですら当時の地球連合軍の機甲兵部隊の平均損耗率から考えれば、善戦した方であったのである。
比較としてこの20日前にイベリア半島 マドリード近郊で行われたエブロ川防衛戦で、戦車師団の支援の為に出撃したユーラシア連邦陸軍の機甲兵大隊、グティ380機の内無事に帰投できたのは、15名、パワードスーツを着脱して脱出できた乗員は、20名というものであった。

 
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