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機動戦士ガンダム SEED C.E71 連合兵戦記(仮)

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第4話 鉄巨人倒れる


やがて2機のジンは、公園とそれを囲む住宅群にたどり着いた。

再構築戦争後の復興計画によって建設された住宅街が三方に聳え立つ公園には、燃料として周辺住民に引き抜かれた樹木の跡と放棄された電気自動車が無数に転がっていた。

それらは高級車、大衆車の区別なく集積され、緑に溢れていたであろう公園は、産業廃棄物が転がる錆色のスクラップヤードの様になっていた。

恐らく地球連合軍が邪魔な放置車両を空地に集めたのだろう…バルクはそう推測した。

「ウェル警戒を怠るなよ」
「了解です!」
つい数十分前とは打って変わった真面目な口調でウェルは返答した。

2機のジンは、産業廃棄物に覆われた公園跡を一瞥し、右折し、重い足取りで前進を再開した。

彼らが無害であると判断した公園跡…幼児の積木細工の様に並べられ、折り重なるように放置された自動車のスクラップに隠れるように、塹壕があった。

スコップとパワードスーツのモーター、鍛え上げられた兵士の筋力によって建設されたその塹壕の中には、ユーラシア連邦軍の歩兵部隊が潜んでいた。

アドゥカーフ社製対戦車ミサイルや対物ライフル、自動小銃で武装し、特殊カーボンポリマー製のボディアーマーに身を包んだ彼らは、目の前を行く2機のジンを見つめていた。

「あれが、モビルスーツ…」

兵士の一人…ユーラシア連邦陸軍第233歩兵中隊所属のワシリー・ロゴフスキー伍長は、目前を行く地上最強の兵器を茫然と見つめていた。

彼の傍らには、鈍く光る黒い火器…フジヤマ社製携行式対戦車ミサイルがその無骨な身を横たえていた。

数年前、フジヤマ社がユーラシア連邦陸軍の戦車部隊に対抗するために東アジア共和国陸軍の要請を受けて開発したこの歩兵用火器は、優れた命中率と弾頭の貫徹力が特徴で、モビルスーツ ジンの装甲にも通用する威力を持っていた。

しかし、ニュートロンジャマーの電波障害によってその命中率は、大幅に低下しており、性能は半減していた。この兵器が必殺の神槍となるか、ただの花火となるかは、彼の技量に掛かっていた。

「ミサイル射手、発射体勢を取れ」

声を潜めて傍らに座っていた上官のセルゲイ・コーネフ曹長が指示を出した。 
この頭皮に傷のあるスキンヘッドの巨漢は、新兵の頃に中央アジアでの分離独立過激派との戦闘を経験しており、その厳しさで新兵を恐れさせていた。

「はっ」
上官の命令を受けた彼は、訓練通り対戦車ミサイルを右肩に掛け発射体勢を取った。塹壕にいる他の射手達も同じ姿勢を取る。

2機のジンから見て塹壕と兵士達は、右に位置しており、見事に側面を曝している状態であった。

このままいけば…やれるか?ワシリーは、身体の震えを抑えながら、乾燥した大気と緊張で乾いた己の唇を舐めた。

それはまるで、大物を目の前にした若い狩人の様である。

次の瞬間、2機のジンの片割れ……右腕が破損した機体が、頭部を右に旋回させた。

中世の騎士のヘルメットの様な角の付いた頭部とその中央に内蔵された陽光を受けた紅玉さながらに光る赤い単眼がワシリーと塹壕の兵士達を見下ろした。

その不気味な赤い輝きに射抜かれた兵士達は、一斉にざわめいた。

「み、見つかった」

ワシリーは、恐怖の余り叫んだ!瞬間的に全身から気持ちの悪い脂汗が流れるのを感じた。

そして本能的に彼は、ミサイルのトリガーを引いてしまった…

「ワシリー!」
セルゲイ曹長の制止も空しくロケットモーターを点火させて目標である鋼の巨人へと突進していった。

「ミサイル!」
狙われたジンのパイロット、ウェルは、遺伝子操作によって強化された聴覚で聞き取ったミサイルアラートを示す警報に従い、即座に機体を傾かせた。

ジンの姿勢が崩れ、ミサイルは、ジンの左肩部と頭部を掠めた。

もしこの時、追加のミサイル攻撃が行われていたら危なかっただろうが、一兵士の恐怖に基づいた独断行動に過ぎなかった為、ミサイルは、後方のビル屋上の電光掲示板に大穴を開けただけに終わった。

「敵!そこに隠れていたのか!」

2機のジンが重突撃機銃を公園に向ける。

同時に歩兵部隊は、前方に聳える死神へと脆弱な反撃の牙を剥いた。ジンの鋼鉄の指が重突撃機銃の引金を引いた直後、無数の火線がスクラップの連なりから2機のジンに向けて伸びた。

花火大会の様なそれは、訓練を受けた兵士と指揮官の命令に基づいたものでなく、一人一人の原始的な生存本能による無秩序な弾薬の浪費に過ぎなかった。

対戦車ミサイルから自動小銃まで陣地内の歩兵部隊の持てる火力が一斉に発射された。

直後、バルクのジンが放った重突撃機銃の76㎜弾が陣地のひとつを吹き飛ばし、中にいた人員を爆風と破片で抹殺した。

「ナチュラルめ!」
隣のウェルのジンも左腕の重突撃機銃を単発モードで発砲する。

片腕を損傷しているため命中率は低い、だが砲弾が、戦車砲弾並みの威力を持っていた為、歩兵相手には十分すぎた。積み木の様に積み上げられた自動車は、遮蔽物として何の役にも立たなかった。
砲弾を受けた自動車がはじけ飛び、車の部品が飛び散る。

榴弾の直撃を受けた陣地の歩兵が数人纏めて粉砕され、黒焦げの肉片と金属と繊維の破片が周囲に飛び散った。

ある若い兵士は、半狂乱で塹壕を飛び出す。

直後、車の破片が後頭部に突き刺さった。脳髄を粉砕されたその兵士は力なく地面に倒れ伏す。
中央アジア出身の大柄の兵士は、重傷を負いながらもミサイルランチャーを担ぎ、目の前で鉄の暴風を撒き散らすジンに一矢報いんとミサイルランチャーを向けた。

その直後、76㎜弾が彼の付近に着弾し、血煙となって彼の肉体は消滅した。その戦闘はもはや虐殺に等しかった。わずかモビルスーツ2機の前に積み上げられた数十人の訓練された兵士達の個々の能力もトラップも無意味に等しい…それを見る者に教える光景であった。その様子をマンションの最上階の部屋のひとつで眺めている者がいた。

「ユーラシアの連中…ありゃ大半は死んでるな…だが、敵は討ってやるからなっ」

暴徒の略奪と兵士達の清掃活動で家具一つ無い室内でその女性は、目の前の惨劇を見つめて言った。

機甲兵用のスーツに身を包み、肩まで伸びた黒髪と大きな灰色の瞳が特徴的なその女性……アンジェリカ・コレオーニ少尉は、ただライフルスコープを覗いていた。

そして彼女の傍らには、黒い金属の光沢を放つ巨大な銃がまるで天体望遠鏡の様に脚立によって立てられていた。

彼女の得物、赤外線望遠レンズ付20㎜対物ライフルは、本来は、パワードスーツ用の火器で遠距離から陣地やレーダー施設、指揮車両を攻撃するのがその用途であった。

アンジェリカ自身も機甲歩兵であったが、15日前の戦闘でゴライアスを失い、負傷していた。
幸い彼女は日常生活に支障がない程度の負傷で済んだものの、乗機のゴライアスは幾つかの部品を除き、スクラップと化し、予備の機体も送られて来なかった為、彼女は、狙撃兵としてこの戦場に立っていた。

彼女は、ジンの2機の内、右側に立っている右腕が破損した機体に狙いを定める。
非装甲目標を狙うことが目的のこの対物ライフルでは、戦車やモビルアーマーのリニアガンや戦闘機の誘導爆弾にも耐える重装甲を持つジンに対してはあまりにも非力であった。

だが、狙撃兵としてこれまで経験を積んできたアンジェリカは、知っていた。

いかに重装甲を誇る目標でも柔らかく弱い箇所が複数存在するという事実を…アンジェリカは、対物ライフルのトリガーを引いた。

ベランダから竜の首の様に外に出ていた銃口が、爆発した。

そこから発射された銃弾、否砲弾は、音速で冷たい大気を引き裂きつつ、暴虐の限りを尽くす機械仕掛けの単眼の魔神へと突貫していった。

ウェルのジンは、周囲の歩兵を掃討したことを確認すると左腕の重突撃機銃を下した。

次の瞬間、はるか遠方、林立する廃ビルをすり抜けて20mm徹甲弾が重突撃機銃に着弾した。横合いから左腕の重突撃機銃の弾薬ブロックに命中した一撃は、内部に残されていた弾薬を誘爆させた。

弾薬はごく僅かしか残されていなかったが、重突撃機銃の銃身を吹き飛ばすには十分過ぎた。
重突撃機銃が、はじけ飛び、アヴァンギャルドな形状に変形した破片が、無秩序に周囲に散乱した。

重突撃機銃を保持していたジンの左腕のマニュピュレーターは、手首から先が消し飛んでいた。それは、ウェルのジンが唯一の射撃武器を喪失しただけでなく、モビルスーツの通常兵器に対するアドバンテージさえも失ったことを意味していた。

「わああああああああああああ」
ウェルは、自分が無防備であることを強制的に認識させられ、恐怖の余り絶叫した。

そして彼は、身体の奥から湧き出る恐怖と生への執着のままに木偶の棒と化したジンを走らせた。

「おい!ウェル突出するな!くっ」
バルクは恐慌状態に陥ったウェルが逃亡するのを見て静止しようとした。

だが、ウェルはそれに応えることなく、ジンを見えざる敵が潜む灰色の迷宮へと走らせた。

ウェルはもはや上官の静止等聞き入れる状態になかった。
慣れない重力下の戦闘、予期せぬ同僚の死、弱いはずの敵に翻弄される自分達…この戦場で短期間のうちに強制的にこれらの体験を経験させられ、彼の心は摩耗していた。

彼のジンが廃墟のビルを通過した。
その時、廃墟の陰から飛び出したゴライアスが疾走するウェルのジンの横に並んだ。並走する形となったゴライアスは、左腕に保持した対戦車ミサイルを発射する。

発射された弾頭は、ジンの膝部分に着弾した。

走行中に脚部に攻撃を受けたウェルのジンは、脚を引掛けられた酔漢さながらに無様に大地に倒れ込む。

転倒したジンの巨体が周囲の瓦礫やゴミを薙ぎ倒し、一瞬土埃が煙の如く辺りを包み込んだ。

「いててて」

転倒した機体の中で、ウェルは意識を取り戻した。激しい頭痛が彼を苛んでいた。
だが、もしヘルメットを着用していなければ、彼は、計器類に勢いよく頭をぶつけて血と脳漿を撒き散らして即死していただろう。

「!」
ウェルは、機体各部に搭載されたセンサーとサブカメラ用のモニターを見た。

そこには、周囲の廃墟から歩兵部隊が、こちらに突進してくる映像が不鮮明ながら映されていた。
周囲の廃墟から飛び出した彼らは、2日前にディン部隊との交戦で壊滅したユーラシア連邦陸軍第89歩兵大隊の残余であった。

「大西洋連邦の奴らに後れを取るな!お前ら仕留めたらすぐ戻るんだぞ!」

右手に持った拳銃を振り回してミシェル・ガラント少尉は、部下達に向かって叫んだ。

喊声を上げて突撃する歩兵部隊、瞬く間に彼らは、倒れ込んだジンの機体に取り付いた。

歩兵の一人がジンの右足膝関節付近に爆薬を仕掛け、爆破した。

ジンのコックピットにその衝撃が伝わり、正面モニターの機体コンディションを示す映像のジンの右足が全損を意味する赤に染まる。

恐怖でウェルは、失禁した。

「来るなあ!ナチュラルがぁ!」
パニック状態のウェルは、機体の状態がどうなっているのかすら忘れてスラスターのボタンを押した。丁度その時、スラスターの推進口の目の前には、爆薬を両手に抱えた歩兵がいた。

次の瞬間、其処から勢いよく青白い炎が、工兵用爆薬を投げ込もうとしていた歩兵を呑み込んだ。

誘爆した推進剤が爆発し、ウェルのジンは、倒れ込んだ姿勢のまま、青白い推進炎を吹き上げながら、アスファルトの剥落した道路を突進した。

ジンの進路上に存在する物体は、地球連合の歩兵だろうとガードレールの残骸だろうが、関係なしに引きつぶされた。

上空から見ると、背中に青白い炎を生やして地上を駆け抜ける姿は、まるで神話上の動物の様に見えた。
やがてジンは、進路上に立っていたビルに突っ込んで停止した。

直後、スラスターと燃料タンクに誘爆が及び、内側から半壊したジンの胴体を吹き飛ばした。

その際、コックピットを灼熱の猛火が瞬間的に舐めつくしたが、その数秒前に首の骨を折って即死していたウェルには関係のない話だった。

「ウェル!」

バルクは、天高く立ち上る黒煙を見据え、叫んだ。

バルクは、今この都市に立っているザフト兵は自分だけであることを強制的に認識させられた。

そして彼には部下の死を悼む暇すら与えられることは無かった。

彼のジンの四方のビルから対戦車ミサイルが放たれた。
ミサイルは、固体燃料の白煙を引いてバルクのジンに襲い掛かる。

バルクのジンは、重突撃機銃で迎撃する。
旧式の戦車砲に匹敵する威力を持つ砲弾が次々と吐き出される。

76㎜弾は、空中を飛ぶミサイルを次々と撃墜した。最後のミサイルが撃墜されたのと時を同じくして、周囲の廃墟の間からゴライアスが数機出現した。

バルクのジンを包囲する格好で各方向から出現したゴライアスは、土煙を巻き上げて突撃した。
ハンスの着用するゴライアスは、ローラーダッシュを活用して接近すると胸部めがけて右手に保持したグレネードランチャーを放った。

他のゴライアスもそれに続く。一斉にグレネードが四方からジンに向かって撃ち込まれる。
グレネード弾が次々と着弾し、ジンのコックピットを揺さぶった。

戦車やモビルアーマーのリニアガンにも耐えるジンにとってそれらの攻撃は大した威力ではなかった。

しかし、その頭脳と中枢神経に相当する存在であるパイロット…バルク・ラースンに対しては衝撃を与えることが可能だった。
無論転倒や墜落時も考慮されているジンのコックピットの衝撃吸収機能はパイロットを気絶させるほどの衝撃をパイロットに伝えることは無かった。

だが、それでもパイロットにダメージを与える程度には衝撃が伝達されていた。かまわず彼は、ジンを前進させた。

「こいつ!」
バルクのジンが足元を駆け巡る金属の小人を射殺すべく重突撃機銃を向ける。
その銃口の先には、ハンスのゴライアスがいた。76㎜弾は、歩兵の携行火器にも耐える軽量装甲を纏った人工筋肉駆動の小人を吹き飛ばすには十分な威力を秘めていた。

だが、重突撃機銃が火を噴くよりも早く、遠方のビルから放たれた20㎜弾が、重突撃機銃の弾倉を貫いた。

別の地点に移動していた狙撃兵 アンジェリカが20㎜対物ライフルによって狙撃を行ったのである。
即座にバルクのジンは重突撃機銃を手放す。弾薬が誘爆した重突撃機銃が爆発する。

「ライフルが!」
唯一の火器である重突撃機銃を失ったバルクは、ジンの腰部の重斬刀を抜いた。

重斬刀は、モビルスーツサイズの実体剣であり、その威力はモビルアーマーや戦車の装甲を破壊する程である。

ただし近接戦闘用の武器である為、射程という点では、徒手空拳と変わらないものであった。
眼の前に立つ大男の名を持つ小人を切り倒すべく、巨大な長剣を握った単眼の魔神が疾駆する。

対する小人……ハンスのゴライアスは動かない。まるで恐怖にすくみ上ったかのようだった。

突如、バルクのジンの足元…地面が崩壊した。

再構築戦争後、大西洋連邦やユーラシア連邦等の各国がテロや戦争に見舞われた都市の復興、改築に際して重視したのは、市民を避難できる空間の確保であった。
これは、再構築戦争末期、カシミール地方で使用された核攻撃の影響である。
後に最後の核と呼ばれたこれによって西暦のソ連崩壊後は一時期SF小説の中の出来事のように語られていた核攻撃の危機が現実化したことで各国は主要都市に核攻撃への耐性、市民が避難できる空間の確保を重要視したのである。

そしてC.E 70年時点、核シェルターとして転用できる地下鉄や地下施設などが各国の多くの都市に地下空間が存在していた。


ハンスは、これら地下空間を敵の空爆に耐える退避壕として利用するだけでなく、ザフト軍に対する攻撃手段として利用することを編み出したのである。

都市の中で老朽化が進んでいる箇所を選び出し、其処が一定重量を超えると崩落する様に工兵部隊によって工作を施していた。

それでも落とし穴へと改造されたその地面は、人間や自動車が上に乗っても耐えられたが、戦車を上回るモビルスーツ ジンの重量が耐えられるはずがなかった。

コンクリートの地面を踏み抜いたジンは、地下空間へと落下していった。

「しまったあ!」
落下の衝撃に揺れるジンのコックピットにバルクの絶叫が木霊した。

そしてその底には、対陸戦モビルアーマー用の大型地雷が仕掛けられていた。ジンの巨大な足が、埋設された地雷を踏み抜いた次の瞬間、穿たれた大穴から眩いオレンジの爆炎が吹き上がった。

「やったか?」
「…!」
ハンス以下周囲に展開する連合兵達は、憎むべき、宇宙より降り立った機械人形が落下した大穴を凝視した。
内部で爆薬が炸裂したそこは、黒煙が立ち上り、まるで地獄へと通じる穴の様に見えていた。
漸く最後のジンを撃破したと連合兵の一人が思ったその時、穴の縁に白煙を上げる機械の腕が現れた。

バルクのジンは地球連合側の二段構えの罠を受けてなお生き延びていた。
だが、無傷ではなく戦闘能力の過半を喪失していた。

騎士のヘルメットの様な鶏冠状ブレードアンテナが付いた頭部は、半分砕け、本来なら装甲によって保護されている紅玉の色をしたメインセンサーと破損した機械が剥き出しになっていた。
その姿は、墓場より這い出た幽鬼を思わせる不気味な姿であった。

「一人でも多く…」
バルクは、朦朧とする意識の中で、信号弾発射用のスイッチを探し求めた。それはNJ環境下で救難用に使用されるものだった。

だが、彼は、自身が生還すること等もはや考えていなかった。
立ちふさがる敵部隊がそれを許さないこと等認識していたし、何より自身の無能で部下を全て失った以上帰ることは出来なかった。信号弾を発射したのも別の部隊に警戒を促す為である。

半壊したジンは上空に向けて信号弾を打ち上げると、這いずる様に目の前の敵へ接近しようとした。

「まだ生きていたのかよ!?」
ゴライアスを着用した連合兵の一人が恐怖と驚きの混ざった口調で叫んだ。
だが、ハンスは気にも留めず、指示を出した。

「止めだ!」
次の瞬間、ジンのはるか前方の廃墟が爆発した。
空襲で崩壊したビルの基部に設置された大型対戦車ミサイルランチャーが火を噴いたのである。

元々拠点防衛用に開発されたこの装備は、有線による遠隔操作で操作されていた。
ハンスは市外のみならず、市内の廃墟にもモビルスーツ対策としてこれらのランチャーを複数配置していた。

これは、これまでの戦闘で拠点内部に少数のモビルスーツが侵入した結果、防衛線が内部から瓦解させられたケースがあったからである。

円筒内に充填された液体燃料の炎と白煙を引いてミサイルは、進路上にあるバルクのジンに突撃した。

万全な状態なら回避も撃墜も容易である。

だが、今のジンは、両腕を損壊し、武装を喪失しており、パイロット自身、負傷している状態で、そのどちらもが不可能な状態であった。

バルクの網膜に最後に映ったものは、オレンジ色の炎の輪を後ろに抱いた鈍色の槍だった。

「野蛮なナチュラルが…」
その鋭い槍の切っ先は彼のいるコックピットを守る破損した胸部装甲に突き刺さった。

直後信管が作動し、爆発と炎がジンの剥き出しの内部機関を襲った。少し遅れて搭載されていた推進剤と弾薬が誘爆し、上半身が爆散した。

残った下半身が黒煙を吹き上げながら後方の廃墟に倒れ込んだ。

都市に侵入したザフト軍偵察小隊は、文字通り一人残らず全滅した。

「やったぜ!」

パドリオ軍曹は、ガン・ビートルの車内で両手を挙げて叫んだ。ゴライアス3機がハンスの着用するゴライアスに接近する。

「MSが3機の割に早く片付きましたね」
「油断するな、機甲兵に被害はないが、歩兵には無視できない被害が出ている。もし部下がちゃんと従っていたら、あの世送りになっていたのはこっちかもしれん」
ハンスは、未だに燻るジンの下半身のみの残骸を眺めていた。

「それに、これはまだ前哨戦に過ぎん、もうじきザフトの奴らが来る。」
「…!」
次の瞬間、予定されていたかのように通信が入った。

「第7小隊より連絡、侵入した無人偵察機1機を撃墜、ザフト側航空部隊のものと思われます!」
まるで示し合わせたかの如く市内外周に展開していた偵察の歩兵部隊より報告が入った。

彼らは、林立する建築物の間を飛ぶドローンを監視塔替わりに使用していたホテルの屋上から銃撃を浴びせることで撃墜に成功していた。

「定期便共か…」
ハンスは呟いた。

定期便…それは、地上攻撃に現れるザフト軍飛行部隊の隠語であった。ディン、攻撃ヘリコプター 下駄履きのジンで構成されるそれらは、友軍戦闘機の傘のない彼らにとって死神にも等しい存在であった。


「郊外に展開している第1特別防空隊に連絡、回廊に敵が接近したらクラッカーで盛大に歓迎してやれと伝えろ!市内の部隊は、敵が散開行動をとった場合に備えて防空陣形で待機!急げ」


廃墟の都市に潜む地球連合軍部隊が、罠を張る中へとザフト軍飛行部隊は接近しつつあった。

彼らは、先行したバルク小隊が壊滅したことをまだ知らない……

 
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