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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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提督はBarにいる×神薙改式編・その3

 時間のかかりそうな調理は終わった。ここからはスピーディーに仕上げていこう。ベーコン、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルーム等を刻みつつ、スパゲティを茹でる。その間に海老の殻を剥き、作って置いたハンバーグのタネを熱したフライパンへ。バッター液を作りつつ、刻んだナポリタンの具材をハンバーグとは別のフライパンへ。

 背ワタを取り除いた海老を真っ直ぐにしてバッター液とパン粉を付け、熱しておいた油の中へ。やっぱこういう同時進行の作業の時は、ガスコンロ増設して良かったな、と切に思うぜ。……おっと、そろそろスパゲティが茹で上がるな。その前にナポリタンの具を炒めているフライパンにケチャップとバター少々、黒胡椒もちょこっと。ケチャップを軽く焦がした所にスパゲティの茹で汁をお玉で1杯。ハンバーグをひっくり返して蓋をしたら、スパゲティをザルにあけて海老フライが狐色になってたので油からレスキュー。

 ピクルスと玉ねぎを細かく刻んで茹で玉子を潰し、マヨネーズとマスタード、黒胡椒と和えてタルタルソースに。ハンバーグが焼けたからフライパンから取り出して、とんかつソースとケチャップ、醤油少々を加えて加熱し即席ソースにしておく。ナポリタンのソースも出来たようなのでスパゲティを加えてよく炒め合わせる。

 さぁ盛り付けだ。大きめの皿を取り出して、中央から少し左に寄せて大振りの茶碗にチキンライスを詰めて引っくり返す。オレンジの半球が出来たら、そこに凭れかかるように海老フライを2匹。タルタルソースもたっぷりと。そばに唐揚げを3つ。その奥にハンバーグ、即席ソースも忘れずに。更にナポリタンを捻って盛り付けたら、野菜たっぷりポテサラも小山にして盛り付ける。……おっと、大事な仕上げが残ってた。冷蔵庫から手作りプリンを取り出して添え、チキンライスの山の頂上には爪楊枝と紙で作った日本国旗がはためく。

「さぁ完成だ、『特製大人様ランチ』だよ」

「大人様ランチ?でもコレ、お子様ランチじゃあ……」

 だから、お子様ランチを大人用ボリュームにしたから大人様ランチなんだっての。言わせんな恥ずかしい。




「うわっ!美味い!すんげぇ美味い!」

 猛烈、というのが似合う位の勢いでがっついているナギー。よほど腹が減っていたのか、いい食いっぷりだ。

「提督よ、すまんが私にも何か……」

 おずおずと手を挙げたのは武蔵。へいへい、そう来ると思って多目に準備したんだ。黙って頷き、卵を3つ使って半熟トロトロのオムレツを作る。皿にアーモンド型のライス型にチキンライスを詰めて形を整え、その上に半熟オムレツを載せて横一文字に包丁を走らせる。瞬間、トロリとした卵がオレンジのチキンライスを優しく包み込み、覆い隠してしまった。そこにかけるのはとろみ少な目のチキンカレー。オムライスの外周を埋めるように回しかけてやる。オムライスとカレーライスを合体させてしまうという禁忌。これがマズいと思うか?

「ハイよ、『ふわとろオムカレー』だ」

 ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえる。武蔵がスプーンを手に取り、カレー、半熟オムレツ、チキンライスを一匙に掬い上げて口に入れた。瞬間、武人のような引き締まった頬がユルユルに弛んでいく。

「ちょっと提督、私にもご飯!」

「わ、私も貰うぞっ!」

 同時に動いたのは那智と足柄。残しておいた唐揚げと海老フライをそれぞれ、玉ねぎと一緒に割下で煮込んで卵で綴じる。それをご飯の上へドッキング。

「ホイさ、『海老玉丼』と『唐玉丼』だ」

 2人は丼を受け取ると、猛然と掻き込み始めた。丼は逃げねぇだろうに、もっと落ち着いて食え。ビス子と金剛がやけに静かだと思ったら、ちゃっかり早霜にプリン出してもらって食べている。顔がユルユルというか、トロットロにとろけている。皆一様に幸せそうだ。こういう空間があるってのは、幸せな事さ。




「いや~、食べた食べた。大満足ですよ!」

 少し量が多かったのか、若干苦しそうにお腹をさすっているナギー。

「いやいや、満足頂けたようで何よりだよ」

「それにしても、マスターさんて筋肉モリモリですよねぇ。筋トレが趣味なんですか?」

 そのナギーの何気無い一言で、ほんわかとしていた空気が一瞬にして凍り付いた。

「……What?」

 怪訝な表情に真っ先に変わったのは、金剛だった。

「……え、僕何か変な事言いました?」

 気付いていない。自分の犯した最大のミスに。幾ら何でも取材対象である鎮守府の長の顔と名前くらいは入れてくるだろう、例えそれが『常識はずれにBarを経営しているような提督』だとしても、だ。つまりコイツたった今、自分は正規の取材記者ではないと暴露したに等しい。何者か、なんてのは後回しだ……例え半殺しでも捕まえた後でどうとでもなる事だ。

「やっぱりな、最初の違和感に間違いはなかったんだな……」

「え?……え?」

 みるみる内に顔が赤くなっていく俺と、対照的に青くなっていくナギー。

「全員、こいつを取り押さえろ!侵入者だ!」

 瞬間、俺がTシャツの襟を掴もうと両腕を伸ばしたが寸での所でしゃがんでかわされた。その際、

「うひゃあっ!」

 という悲鳴つきで。そこに武蔵が空の一升瓶を投擲。カウンターの下で見えなかったが、どうやったのかかわされてしまったらしい。そこに掴みかかったのは那智と足柄。しかし、突っ込んだ勢いを利用されて姉妹で正面衝突している。脱兎のごとく、という表現がピッタリの動きで出口に向かうナギー。

「通さないわよ!」

 しかしドアの前にはビス子が仁王立ちしている。しかしナギーは速度を緩めず、なんとビス子の股下を潜り抜けてドアを蹴飛ばして開け、店の外へ出た。

「待ちなさイ!」

 金剛とビス子が急いでドアを開ける。しかし、あの地味な青年の姿は無かった。窓を破られたり、天井等から逃げた形跡もない。正に忽然と、姿を消したのだ。

 テーブルの上には彼が書いたという小説1冊と、よく見覚えのある福沢諭吉の印刷された紙幣を残して。 
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