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泥棒

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第一章

                 泥棒
 老中である新井白石の下にだ、ある旗本が困った顔でやって来てこの話をした。
「大坂でか」
「はい、夜な夜なです」
「豊かな商人の家にか」
「空き巣が入っていたとか」
 旗本はこう新井に話した、彼の皺が程よく刻まれた面長の顔を見つつ。
「それが数日続きなくなりましたが」
「それで終わりではなくか」
「今度は都で、そして彦根藩や尾張藩でもです」
「空き巣がか」
「その話が来ております」
「盗人共が動いておるのか」
 新井はここまで聞いてだ、自分の顎に手を当てて考える顔になって言った。
「大坂から尾張まで」
「そうなるでしょうか」
「ふむ」
 ここでだ、新井は。
 自分にこの話をした旗本に対してだ、こう言った。
「天下の近頃の盗みの件を調べるのじゃ」
「盗みのですか」
「六十余州のな」
 三百もの藩のそれをというのだ。
「無論江戸のじゃ」
「では各藩にも」
「うむ、どういったことになっておるかな」
 盗みの数や質がというのだ。
「幕府に話す様にとな」
「さすれば」 
 旗本は新井の言葉に頷いてだ、そしてだった。
 実際に六十余州ひいては三百もの藩の偸盗のことが調べられた、この時代天下は落ち着きそうした話も殆どなかった、新井はこのことには満足した。だが。
 それだけにだ、目立つことがあった。それはというと。
「対馬から博多、安芸に備前に播磨とな」
「はい、どうもですな」
「空き巣が多いですな」
「それも数日ですぐ東に移り」
「大坂から都、彦根、尾張と向かい」
 そしてだった。
「岡崎でもそうした話があり」
「今は遠江で、ですな」
「江戸に向かっておる」
 新井は天下の地図を見つつ言った、他の幕臣達と共にその地図を囲んでいる。
「間違いなくな」
「妙ですな」 
 幕臣の一人がここで首を傾げさせた。
「今はです」
「朝鮮から人が来ておるな」
「公方様が変わられたので」
「聘礼使が来ておる」
 新井の目が鋭くなった。
「ではな」
「はい、それでは」
「やはり」
「そうであろう」
 こう幕臣達に言った。
「これはな」
「そういえば空き巣の進む道も」
「そして時期も」
「同じですな」
「どうにも」
「そうじゃな、ではじゃ」
 それならとだ、新井は言った。 
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