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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#45
  FAREWELL CAUSATIONⅤ~時ノ雫~

【1】



「う、うぅ……! 手が、手が勝手に……ッ!
全然、抵抗出来ない……! 腕の先が痺れて、感覚がない……!」
 少女の必死さを現すように全身から紅蓮の火の粉が幾度も迸るが
噛み合わない歯車(ギア)に同じくジリジリと火急の断崖に追い込まれるのみ。
 グァシィッ! 細い指先が、小さな喉元を自ら掴んだ。
 そして負傷しているにも関わらず、副次的な動作しか出来ないにも限らず、
本来の機能を超え鉄球を罅割る圧力で絞め掛かる。
「ぁ……ぅ……………………」
 最早末尾は声にならなかった、利き腕で引き剥がそうと試みるも
凍てついた鋼の如く微動だ゙に出来ない。
 自身の身体を自由に操られる、単純だがコレほど怖ろしい能力も他にない、
如何な強者と云えど生物で在る限り、呼吸器を塞がれればソレで死ぬ。
「……! ……………ッ!」
 通常より白くなった肌が滞った鬱血で異様に赤みを帯びてきた。
 打撃技と違い頚部への絞め技は、苦痛よりも甘美なる陶酔を齎す。
 しかしソレは死への一本路、呑み込まれれば永遠に目覚める事はない。
 堪える様も悦楽への抵抗に似たり、小首を振り乱しつつ圧迫から逃れようとするも
部分部分が弛緩していき喘ぐ様な呼気が熱を持つ。
 生命の根源、二重螺旋構造に穿たれた暗孔(アナ)
故に力を無理矢理引き絞られていると言うよりは
神経の情報伝達信号が書き換えられていると云った方がいい。
 スタンド能力は 『法則』 なのだ、
水が海を覆うように、空が大気で充ちるように、
その理を変える事が出来る者は存在しない。
 故に――!
霞現(かげん)ッッ!!)
 胸元のペンダント、神器コキュートスが紅く発光する。
 王とフレイムヘイズの精神を入れ換える禁儀
“霞現ノ法”
コレにより存在の 「属性」 も変わるため窒息だけは免れる、
しかし――!
『ぬ――!? ば、莫迦なッ! 
我の顕力(チカラ)でも拘束が解けんッッ!!
腕の造反を止める事が出来んッッ!!』
 神儀  “天破壌砕”  ソノ最大出力による
完全顕現ならなんとかなったかもしれない、
しかし前述の通りスタンドは 「法則」
パワーで(ことわり) は砕けない。
『が――! む、ぅ――ッ!』
 少女の声で、紅世の王が呻きを漏らす。
 いつまで経っても絶命しない標的に対しスタンドが絞める事よりも
潰すコトに操作を移行したのだ。
 紅世、現世どちらの歴史を紐解いてみても、
最強の王アラストールを生身の手で扼殺(やくさつ)しようと
試みたモノはいないだろう。
 しかしそれを可能せしめるのがスタンド能力、
究極まで往き着いた人間の精神は
ソレが正義だろうが悪だろうが次元すら越えて何者をも滅する。
『む、ぐ……ッ! おおぉ……!』
 躰の裡側から、己の空身(コピー)を生み出す “陽炎(かげろう)
一度本体と同化させそれから離したが故に
かろうじて一度だけ霧の拘束から免れる。
 罅割れたアスファルトに竜鱗と化した黒衣の影が落ちる、
その足は地に付かず躰は宙に浮いている。
 グシャリ! 頭上で耳障りな音がし少女の幻影が(かし)いだ。
気道を破り頚骨が直に握り潰されている、
アラストールの機転と法儀がなければ同じ運命を辿っていたのはシャナ自身、
放散して舞い散る火の粉は生々しい血の驟雨(スコール)と成っていた筈。
『ともあれ  “霧”  、だ。
今一度アレに纏われれば脱退出来ぬ。
同種の回避はおそらく通じぬ。
愛染の娘が何故  “幽波紋”  を行使出来るか解らぬが
今詳解する(いとま) はないッ!』
 瞬時の洞察、考察、監察、流石は紅世の王アラストールと
称するべきだろうが特筆すべきはその決断の速さ、
承太郎、ジョセフは云うに及ばず、嘗て北米大陸にて
“異魔神” と呼ばれた男と比しても遜色なし。  
天 壌 魔 幻 劫 絶 界(てんじょうまげんごうぜっかい)”  
嘗て 『銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 を
完膚無き迄に討ち滅ぼした(ワザ)を 「功」 とするなら
コレは 『守』 の奥義。
 波長の違う炎の粒子と粒子を互いに反発、
ソレを数万回繰り返すコトによって光と化した
核熱を周囲に展開し維持、最早単なる防御に留まらず
ヘタに攻撃を加えれば武器が四肢諸共に炎蒸する極絶結界。
 さしもの “霧” も弾かれる、骸の指先が塵も残らず消滅する。
(む……! 早くも意識が揺らいできたか。
長引けばシャナの精神は過負荷に堪え切れず崩壊するか
我が想念に呑み込まれるッ! 
だが愛染の娘も制御仕切れぬこの能力(チカラ)
“其れ故の” この威力ッ!
長くは掛かるまい、このまま彼奴(きやつ)等の自滅を待てばそれで終決ッ!)
 少女の姿、少女の声でアラストールの慧眼が老練に光る。
 その推察に間違いはないだろう、
行き過ぎた力、本人の許容を超えた能力は身を滅ぼす。
無動の極限攻防は同時展開、
ティリエルの左手が意志に反して操られ
その細い首を薔薇の茎を摘むように掴む、
傍のソラトも霧に囚われ動けない。
「う……! ぐ……ッ! か…………」
 花飾の爪が陶器のような白肌に喰い込んだ、
そのまま麗華罅割る圧力で喉元を潰し、
首ごともぎり取る狂暴さで絞搾に掛かる。
「――ッ!」
 だが、そこでギラリとティリエルの双眸が一変する。
潜行型のスタンドに首筋を喰い破られているに等しき状態にも関わらず、
何とか自由な右手が支配下にある左手首を掴む、
本人にとっても理解不能なる感情の暴発。
「勝手、に……!」
 己の左手首に絡みつく白い指先。
「触るんじゃあありませんわッ!」
 グシャアッッ!! 霧の支配下にあった左手が、
喉を潰すより速く右手にその支点を砕かれた。
 絶命した蛇の如くダラリと垂れ下がった手首は、
スタンドの拘束があるとはいえ機能的に動きを停止する。
 最も 『正 義(ジャスティス)』 にとってそのような事態は瑣末なコト、
墓標に眠る死体すら数万単位で操られるこの能力の前では、
一時的に逃れても何の意味もなさない。
 しかし。
『――ッ!?』
 ソレを熟知している筈の少女が微塵の焦慮も見せず背後頭上の死精霊を(すが)めた。
 弱者の虚勢、愚者の蛮勇にも関わらず、
絶対的優位に立つスタンドを怯ませる一瞥だった。
「 “私に” 感謝する事ですわね。
もし少しでもこの 『爪』 に傷が付いていたなら、
幾らエンヤ姉サマの異能でも跡形もなく消滅させますわッ!」
 正気と狂気、その「境目」を逸脱した精神とは恐るべきもの。
最愛の者すら惨たらしく縊り殺し、万能支配のスタンドすら眼に入らなくなる。
 通常の精神状態ではティリエルほどの異能者でも
正 義(ジャスティス)』 を操作するコトは不可能、
だが逸脱したが故に、ギリギリまで追い込まれたが故に、
大切な存在(モノ)引き金(トリガー)となり
無敵のスタンドを服従せしめた。
「解りまして? 二度は言いませんわよ。
私は正式にエンヤ姉サマからこの能力(チカラ)を与えられた。
故に私に逆らう事はエンヤ姉サマに逆らうコトと同義ですわ。
二度と造反は赦しません。
もう一度逆らえば迷わず消滅させますわ。
存在する意味がありませんから」
『――ッ!』
 暴走状態あろうと、スタンドの存在理由は保たれる。
この少女は自分の 『スタンド使い』 にはなれなかったが
絶対の主、エンヤの寵愛を受けているのもまた事実。
統制下に在る以上主に弓引く事は赦されない、
故にその因果関係、心理過程は無視して法則である以上
スタンドはあっさりと少女に傅く。
「治して」
 脱いだ外套を従者へ預けるように、
その風貌に似合い過ぎる所作で下された命令にスタンドが動く。
 傷ついた細胞の微細な隙間から
霧が折れた内部に浸透しその破片を操作、
同時に捩じれて凝り固まった筋繊維と関節を
高速精密に反転させ()(ほぐ)す。
 グギャリィィィッッ!! 尾を引かない激痛と共に
折れた骨と砕けた関節がピタリと微塵の隈なく()めこまれた。
 回復能力ではないので完治とは言えない、
だがその力を 「応用」 する事で現状の損害を最低限に抑えた。
 細胞の深奥にまで浸透して対象を操作する
正 義(ジャスティス)』 の能力、
それに比べれば折れた骨を元通りに繋ぎ合せる事など児戯にも等しきコト。
 痛みは有るが神経、細胞、骨髄に到るまでほぼ100%繋がった。
躊躇いなく覚悟を決めて折ったため、却って頑丈になるような代償だった。
 指先まできちんと動く事を確かめ少女が頷くと同時に
間近のソラトも霧から解放される。
 今や 『正 義(ジャスティス)』 は完全に彼女の支配化、
300メートルに及ぶ射程、
霧の及ぶ範囲およそ全てを明確に認識出来た。
 それを遠間に瞠目(どうもく)するアラストール、
魔神の灼眼を愛染の正眼が射抜く。
「 『正 義(ジャスティス)』 が……」
 王の周囲で、無数の死霊が同時に現れた。
「 “一曲踊って欲しい(ダンスしたいそう)” ですわッッ!!」
 威圧のみで届いた言葉を皮切りに、
死霊の群れが核熱の防壁に殺到する、
その身は灼け散ろうとも、尚相手を誘い込む破滅の求愛。
 引く手無尽の死々叢(ししむら)に、
さしもの絶対障壁にも綻びが生じる。
100人死しても101人目が到達出来れば良い、
この狂気の特攻はコノスタンドに限り恒常し得る。
 


 

 ジャグワアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!
 

 

 

 触れた者スベテを滅する無欠の法陣が消え去った、
数多の死霊が骸と共に、幾ら絶大な強度を誇るとはいえ単体防御、
相対比を一方が上回れば当然霧散する。
 とはいえ歴戦の王アラストール、窮地に於ける驚駭や嗟嘆など
不毛と熟知しているため既に繰り出していた法儀、
取り囲む死霊を上回る数の “陽炎”
屍拾いラミーの御株を奪う群体の戦陣。
 コレがフレイムヘイズや紅世の徒なら有力な効果を発揮しただろう。
アラストールが持つ業前(わざまえ)その精度、
練度で具現化したため卓越した自在師でも
直接触れてみなければ真贋の区別が付かない相似性。
 だが今回は相手が悪かった、悪過ぎた。
言うまでもなく “霧” は余す事無く周囲を取り巻いている、
そしてその一つ一つを調べる必要は無い。




         ガオンッッ!!  


ガオンッッ!!  ガオンッッ!!    ガオンッッ!!

 
         ガオンッッ!!

                                                                                                            



 『正 義(ジャスティス)』 は “死体と生体にしか” 効かないのだ。
故に、幾ら精緻に偶像を創りあげようと無駄無駄無駄。
 「属性」が変わろうと “器” が生体(シャナ)のため、
その能力からは逃れられない。 
『むぐ……! おぉ……!』
 (くど)いようだが少女の躰に孔は開いていない、
あくまで「外側」だけの話だが。
この能力に関してソレは副次的なもので討究する事に意味はない、
重要なのは今の衝撃によって全身が完全に囚われてしまったコト。
元より掠り傷のみで勝利が決定する無敵のスタンド、
今の少女の惨状は、砂漠に垂らされた水、海に落ちた雫、
正 義(ジャスティス)』 の前では殺してくれと云っているに等しい。
『ぬおぉ――ッ!?』
 少女の姿の魔神が、ミエナイ糸に引っ張られるように霧で宙に吊り上げられた。
 そのまま半壊した高層ビル中間を抜けていきなりピタリと停止する、
言う迄もないが全身に刻まれた傷の数だけその周辺箇所が支配される為、
感覚(イメージ)的には全面孔だらけになっている状態に等しい、
“紅蓮の双翼” 『大翼』 で在ったとしても無意味、
背の傷を徹してソレがそのまま操られる。
 空と大地で形勢の逆転した徒の視線が重なった、
本来なら幾ら才気があろうとも格の違いが歴然としている両者、
ティリエルとアラストール。
しかしその場に介在した 『正義』 により立場が完全に挿げ変わった。
「 “Syrtos(シ ル ト ス)!!”」
 少女の声と同時にスタンドの腕が動き、
それに連動してアラストールも引っ張られる。






   グガンッッッッ!!!!



 

 眼を覆い耳を塞ぎたくなるような壊滅と惨烈を置き去りにして、
少女の躰が比較的無傷のビル高層に敲き付けられ
そのまま三階分を貫通し後から来る瓦礫の崩落に埋没した。

 



「“Allemande(ア ル マ ン ド)ッッ!!” 」





  ヴェグオォォォッッッッ!!!!






 可憐な声とは不釣合いの強暴な回転誘導、
半壊したビルから強制的に引っこ抜かれ対面の鉄筋にそのまま敲き込まれる。
『――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!!!』
 口内を切るため声は出せない、地獄の亡者でもまだ救いがある艱苦、
それにアラストールは独りで堪えなければならなかった。






“アラストールッッ!! ダメ!! 止めて!! 替わって!! ダメよ!!”







 王本体が甚大なダメージを負ったため休眠が解けたのか
心の裡で少女の悲痛な声が木霊する。
 だがそんなコトは出来ない、己でも抗し切れない苦痛と呪縛なら、
尚更シャナをそんな目に晒せない。
 再び抜き出され道路中央、霧を繰る死霊にゆっくりと頭上に吊り上げられ、
磔刑に架けられた聖者の如く躰が開いたのを見計らい、
「 “Menuet(メ ヌ エ ッ ト)ッッッッ!!!!” 」




 
 ズドォッッッッッッッグオオオオオオオオオオォォォォォォォ
ォォォォォォ――――――――――――――――――――
――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!






脳天から無防備のまま急転直下、
石造りの大地への無慈悲の着弾、玉砕せしめられた。
 衝撃でビルの壁面にまで亀裂が走った陥没痕、
さながら地下近郊で不発弾でも爆発したかのような凄まじさ、
コレが一人の少女が天空から堕ちてきた痕などと誰が想像し得よう。
 そしてその絶威を成し得たのも一人の少女、
花飾の爪を眼前に翳す傍らにスタンドが完全に追随している。
 先刻、少女の告げた舞踏名に深い意味はない、
ただ 『屍 骸 傀 儡 系(リビングデッド)』 のスタンドには
何らかのキーワード、符 丁(マーキング)を用いて
能力の発動を促進させるモノが多いというだけだ。 
 そして過程は問題ではない、重要なのは今ティリエルが
その事実を完璧に「認識」しているという事。
ただ息を吸って吐くように、手にした小枝を折るように、
“出来て当然” と想う精神状態に到達しているコト。
それがスタンドを操るに於いて一番重要なモノであり
極まれば時空間を支配出来る能力の根幹でもある。
 勝敗は決した、短い間に立場が二転三転する好戦だったが、
最後は無敵のスタンドを配下に誣いた
ティリエルに勝利は齎された。


 


   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・!!!!






 自動追跡の爆弾スタンド、その狂乱の爆撃を幾度も受けたが如く、
惨慄(さんりつ)なる有様で地中深くから引き摺り出されたアラストール、
殉教した聖者と呼ぶには余りに惨たらしいその全貌。
 フレイムヘイズで在るならば誰しも視たくなかったであろうその姿、
しかし圧倒的な 『正義』 の一方的な蹂躙の前では
最強の魔神と雖も地に伏するしかない。
 属性が変わっているので全身から迸るのは血ではなく紅の炎だが、
それがそのまま現在の悽惨(せいさん)を顕していると云って良い。
 寧ろアラストールだったからこそ、
辛うじて絶命を免れているといった状況だ。
凄烈なる竜鱗の黒衣も、今は役割を失った襤褸雑巾(ぼろぞうきん)と大差はない。
 何れにせよ完全決着、一対二では策を用いて辛うじて互角とはいえ、
“一対三” では勝ち目など在ろう筈がないのだ。
『ぐ……か……』
 霧の処刑台に架けられたままか細く漏れる少女の声、
しかしそれでもアラストールは術を解いていなかった。
記憶を失っても、飽くなき拷問に晒されても子を想う父親のように、
何が何でもシャナだけは護ろうとした。
“替わって……お願い……替わって、よ……アラストール…………” 
 閉ざされた意識の挟間で響く少女の声、
その選択が正しかったのか間違っていたのか、
答えを問う間もないままに終わりの一撃は振り下ろされる。
『LUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッ!!!!』
 動きを止めた獲物、それを怒りに燃ゆる血染めの獅子が見過ごす筈はない。
数千年にも渡り最強を誇った王が、あらゆる予見を覆し第三の伏兵に討たれる。
必然も諒承も何も無く、一つの伝説の終焉とは得てしてこういうモノ。
 しかしそれが伸びてきた霧の腕に止められた、
絞るような拘引ではないが獅子の凄爪を完全に封じ込めた。
「お兄様、お待ちになって、この者……」
 理性が崩壊しているためソラトは暴れるが
霧のスタンドは意図で操るように挙動を制する。
「 “人質” にしますわッ!」
(――ッ!?)
 心中で嘆く少女の衝撃足るや如何ばかりか、
逆ならまだしも紅世の魔神  “天壌の劫火” を
虜囚に貶めるなど誰が考えよう、
在ってはならない、否、絶対に阻止しなければいけない事の筈だ。
「 『星の白金』 は 『正 義(ジャスティス)』 の存在には気づいていない筈。
ならば交渉の必要もありません。
霧で操って私達と交戦しているようにみせかけて、
合流した瞬間に喉元カッ斬ってやれば良いのですわ。
幾ら鋭い洞察を持っていてもまさか「味方」が攻撃してくるとは想わないでしょう。
どうやら随分と 「信頼」 し合っているようですし、
ならばその者に殺されても本望だといった処でしょうしね」
 冷酷の生み出す甘い熱に酔いしれるように、
ティリエルは天使の風貌に悪魔の微笑を浮かべる。
『キ……サマ……』
――なんて卑劣な手を!
 アラストールの瀕死の声とシャナの激高が外と内で交錯する。
 だがそれに悪びれる様子もなく、
というより不当な糾弾を受けたが如く
少女は双眸を鋭く伏せた。
「フッ、卑怯だと、想いまして? 
でも、アナタ方も私達の 「同胞」 を奪ったんですのよ?
幾人も、幾人も。
その者の本質は関係なく、“奪った” という事実が重要ですの。
まさか、 「正義」 や 「使命」 のためなら、
如何なるコトも 『正当化』 されるとは想いませんわよね?
やられたらやり返される。奪ったなら奪い返される。
因果応報、自然の摂理ですわ」
 そう告げて、霧の十字架に磔られたアラストールに少女は歩み寄る。
「存外、自分の事とは解り難いもの。
“奪われる立場” になってみないと、
失う恐怖は実感出来ないようですわね?
まさか、自分達の斃した相手に、
“哀しむ者” がいないとでも想いましたの?
それともまさか、 “自分達の絆だけが”
他とは違う『特別なモノ』だとでも想ってましたのッ!?」
『ぐ……! が……ッ! ぐあああぁぁぁ……!』
 冷気の如き怒りを含んだ少女の爪が、左肩の傷口に食い込む、
執拗に捻られる麗華の棘に紅蓮の炎が痛ましく繁吹く、
精神がアラストールだったからこそ辛うじて絶叫を抑え込めた辛酸。
「自分達だけが 『正しい』 等と、思い上がりも甚だしいですわ。
正義? 悪? その絶対的な基準など、一体誰が決めるんですの?
状況、時流、宏大な運命の中では儚く(うつ)ろってしまうものなのに、
その是非を誰が量れるというんですの?
大切なものを奪われれば如何なる非道な手段も辞さない、
それはアナタ方も同じでしょう?」
 相手の言い分など一切介さず、
ティリエルは傷口から爪を放すとくるりと背を向けた。
「まぁ、良いですわ。
その答えは、アナタ方自身に出してもらいますから。
大切なモノを奪われる瞬間、その痛みを精々噛み締めることですわね?
“自分でヤる事になるのですから”
でも安心なさって。アナタ方一行スベテ屠った後は、
悔恨に浸る間もなく首を刎ねて差し上げますから。
無論貴方自身の手でね、フフフ」
 陋劣な甚振りによる愚昧な報復ではなく、
あくまで功利的な戦果の構築に基づいて選択された延命。
 マヌケな者ならその優位と昏い熱に浮かされて付け入る隙を与え、
無様に反撃を喰らう所だが 『正 義(ジャスティス)』 を従えるほどの
精神に到った今のティリエルにそのような緩みは生まれようがない。
 何よりスタンドを破る処か完全に囚われてしまっている現状、
仲間を護るために自害する事すら赦されない。
 それほどの絶望的状況、
時間すら吹き飛ばして逆行させる能力に
支配されているに等しき状態。
 裡に宿るシャナですら心が折れる寸前の悲嘆を吐き出すしかない苦境。
 にも関わらず。
『フ……フ……フ…………』
 存在力の毀壊(きかい)により噴出す炎も埋火(うずみび)程度になった
アラストールが、少女の声で微笑を漏らした。
「どうしましたの? 痛みと絶望で気でも違いましたか?」
 己が能力への信頼は揺るがずに、
尚も研ぎ澄ませた視線でアラストールを眇めた。
『青さ、故の、過ちとは、存外、認め難き、モノのようだな? 
我に、後塵を、拝させる機など、そうは、訪れぬ。
さっさと、討ったら、どうだ? 
後悔、するぞ。
このような、僥倖、む!? ぐぅ……!』
 死霊の霧が気道を圧迫し言葉を封じた。
「挑発にしても稚拙ですわね? 
“天壌の劫火” とも在ろう者が情けない。
心配せずとも 「役目」 が終わったら同じようにして差し上げますわ。
その時は虚勢も失せ、私に感謝さえするかもしれませんわよ。
寧ろ、それまでお兄様を抑える事の方が
骨の折れる仕事かもしれませんわ。
フフフフフフ……」
 無傷で全員(たお)せるのに一人で終わらせる莫迦はいない、
力に緩急がつけられないため全力で行使していたが
それでも生き残ったアラストールに深謝、
否、その必要はないのか? 
正 義(ジャスティス)』 は屍骸を自由に操る事が出来るのだから。
 自分達と較べて “こいつら” は甘過ぎる。
己の生命は要らぬとばかりに掛かって来るくせに、
仲間の窮地とあらば例え犬死になろうとも
スベテを度外視して救おうとする。
 その結果全員ヤられていれば世話は無い。
自分達は、勝利の為ならスベテを棄てる事が出来るというのに。
 一人迷った子羊、 「全体」 の為ならば、
躊躇い無くそれを屠る覚悟が在るというのに。
 何れにせよ終焉(オワリ)、この超熾烈なる総力戦で無傷な者など皆無。
紅世最強の王さえ完膚なき迄に叩き潰した能力(チカラ)に、
少女の高揚は常軌を逸脱する。
「エンヤ姉サマと私の “霧” は無敵ですわッ!
喩え歴代の全フレイムヘイズが一斉に掛かって来ても、
手も足も出せませんわッッ!!」

 


“そうでもねぇぜ――!”




 唐突なる第三者の声、 『正 義(ジャスティス)』 の射程圏内を探査する迄もなく、
その声はアラストールの胸元から発せられていた。
『フ……フ……フ……』





 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!




 ズタボロの黒衣から力なく抜き出された手、
滑らかな光沢のある真紅の携帯電話。
 アノ、 『正 義(ジャスティス)』 に囚われた最初の瞬間、
陽炎を犠牲にして一時的に逃れた時、
結界を発動する以前にアラストールは黒衣の中で既に発信していた。
 封絶の中でも通用する携帯電話、
戦車に踏まれても壊れない頑強さ故に
竜鱗の裡側で死守すれば、此方の状況は相手側に筒抜けとなる。
 無論聴こえるのは音のみ、声のみ、叫びのみ、
だがその僅かな情報を紡ぎ合わせて明確な本質を洞察出来る者は、
アラストールが生命を託しても(よし)と想える者は――!
『奢れる者……久しからず……か……
言ったぞ……慎まやかに振る舞いさっさと討てと、な……
無論 “そうしない” 公算も、高かったが、フ、フ、フ……』
 莫大な力を保有し、傍若無人に暴れ回るだけなら
誰でも出来る、莫迦でも出来る、
要は赤子が刃物を振り廻すに似たり。
 だがそのような者を 「強い」 とは云わず、
倣岸なだけの者は誰からも尊敬されず歴史の影に消え去るだけ。
 だがアラストールは違う、 “紅世最強” の名は伊達ではない。
その凄まじい顕力、行使は元より、
極限に於ける判断力と決断力が常軌を逸している。
 正に神域の男、大山を砕く存在力を宿しながらも、
自らの生命(しんぞう)をいつでも躊躇い無く差し出せる
精神を同時に内包している。
 使命は遂行する、シャナも護る、
この絶望的状況下で「両立」させるのは不可能に等しき事象だが、
その苦難を此ノ男なら超越せしめる。
 否、正確には、 『男達』 か。
「お兄様ッッ!!」
『LUGAAAAAAAAAAAAAAッッッッ!!!!』
 事態を充分には呑み込めていなかったものの
「情報」 が漏洩した事実は忌々しき事体、
霧の抑制を解除と同時に四肢を引き裂くため霧の死霊が躍り掛かる。
 だが時既に遅し。
アラストールが発信してからもう数分経っている、
並の者なら露の役にも立たないだろうが
アラストールが命運を託した者は流星の化身を宿す存在、
その極限、 『時を止める事の出来る男』 だッ!



 



 キュドッッ!! グゥドッッ!! ズゥドッッ!!





 さながら環状列石のように、サークル状に突き立つ無数のバイク、
排気量も気筒もまちまち、だがその着弾時間と間隔は
その誤差3%に満たず、鉄塊の牢獄が如く周囲を取り囲む。
 異様の事態に身体が意識を反して向くのは一流の本能、
着弾の衝撃でキャブレターが潰れ、
スパークと共に爆破炎上から逃れるは手練の体捌き。
 しかし此処でティリエルは一つのミスを犯した。
討滅戦では称えるべき反応だったろうが、
ことスタンドバトルに於いてコレは決定的な悪手だった。
 空からいきなり何の脈絡もなく無数のバイクが振ってくる、
衝撃を受けるのは当然、
直撃したら紅世の徒とはいえ甚大なダメージを被るのは必然。
 だが、熟練の、本当の意味で一流の 『スタンド使い』 ならば、
腕を()がれようが足を殺がれようが、
相手の喉元にまで喰い込んだ能力(キバ)
決して 「解除」 したりはしない。
 スタンドを始めて発動させた少女にそこまで求めるのは酷かもしれないが、
ブチ殺すブッ殺すと戯言のようにほざいている者が大して強くないように、
思考と行動が直結している精神でなければ
スタンドの潜在能力を十全に引き出す事は出来ない。
 故に少女はこの奇襲のみに心を奪われた、
コレが陽動で頭上から飛来する 「本命」 を完全に見過ごした。
 勝利と栄光を掴もうとするなら、例え爆炎に身を焼かれようと
スタンドを解除するべきではなかった。






 ズドッッッッッッッグアアアアアアアアアアァァァァァァァァ
ァァァァァァァ―――――――――――――――――――
ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!! 





 衝撃、燃料、落下速度、あらゆる事象を促進剤にして
荒れ狂う爆炎がアラストールを包むより疾く、
天より招来した 『流星』 がアスファルトを砕き、
ソレによって捲き起こる大地の波濤が炎を黒煙諸共吹き飛ばした。
 後方に回避したティリエルの足がまた付かない秒速の(まにま)
意識だけが異常圧縮された濃密なる空間で、
招かれざる来訪者と彼女の視線が合った。
 実際に喋ったのかどうかは解らない、
そもそも音が伝わる秒間ではない、
にも関わらずティリエルの瞳にその存在は明確に認識され
聴こえない筈の声が届いた。





『オレの女だ、いただいていく――!』





 そんな暇はない筈なのに、少女はその青年の不敵な微笑すら視た気がした。 
 地に足がつけば即座にソラトの猛攻が襲い掛かるこの局面、
たが燃え盛る鉄の残骸が崩れるより迅く、
瀕死のアラストールを抱いて流星は再び天へと翔け昇る。
 気づいた時はスベテが終わっていた。
即座に巡らせる同 化(アジャスト)した『正 義(ジャスティス)』の感覚、
だが射程距離、半径300メートル以内に今の存在はない。
能力を発動させるより疾く、霧が浸透するよりも迅く、
少女を奪還し撤退した。 
「……ッ!」
 完全勝利を確信した少女の口唇が、屈辱の二文字に歪んだ。 





 意識はほぼ虚ろだったが、男はその青年の風貌を見つめた。
 存外、確信は在ったもののいざ現実となるとその境界が曖昧になるもの。
 だが託した者は此処に来た、満身創痍の全身ズタボロの姿だが
アラストールの心中は安堵で充たされた。
『待ち……かね』
「もう良い、喋るな。ケータイから聞こえた声で全部解ってる」
 詳細はこれから煮詰めなければならないが、彼のこの傷は無駄ではない。
“無駄にはさせない”
もしあのまま戻っていたなら、自分もアノ 『能力』 にヤられていたのは
間違いないのだから。
「前々から凄ぇとは想ってたが、
今日ほど凄いと想わされたのは初めてだ。
尊敬するぜ、アラストール。後は、任せな……!」
 今ならどうしてジョセフ(祖父)が、この男と共に居たのかが解る。
 本当の意味で強い、本当の意味で気高い、
与えられた力に甘んじる事無く、
どんな絶望的な状況でも希望を棄てず己の全てを賭けられる男。
 その男にスベテを託された、なら、
片腕のハンデなど無いも同然だ。
『フ、フ……フ』
 最早云うべき事は何もない、ただ、
入れ替わる少女の為に痛みは和らげて。
 厳かなれど清浄な炎が躰を包んだ、
眠る幼子を背負う父親のような感覚だった。
 神器の発光が消えほどなく少女は眼を醒ます。
 即座に襲い掛かってくる痛みと疲弊に顔を顰めるがすぐに、
焼け焦げて引き破れたアンダーシャツの胸元を掴んだ。
 色々言いたい事は有った、
傷ついた胸が更に張り裂けるほどの驚愕も在った、
でも、一番伝えたい事は……
(もう、逢えないかと想った――ッ!)
 戦闘の間は無我夢中で気づかなかった、
否、気づいてはいけなかった想い。
 一度でも堰を切ればもう止まらないから、
恐怖に押し潰されてしまうから、
でも、在る事には変わりなく心の底に重く色濃く滞積していた気持ち。
 それが一挙に解放された、もう止めようとも止められなかった。
 胸元に沁み込む温もりは、時の雫が如く。
 だが抱えた腕に力を込め、翔けるスタンドのなか彼は、
瞳に強い意志を宿して言った。





『帰って来るって言っただろう――!』





 少女の想い、王の矜持、その二つに(いざな) われ、
過酷な試練に打ち克った(あまね) く星々の加護を受けながら、
無頼の貴公子、空条 承太郎、此処に帰還!


←To Be Continued……





 
 

 
後書き


はいどうもこんにちは。
今回は久々に承太郎が描けて嬉しかったですネ。
それと自分で描いといてなんですがアラストールがカッコよかった。
(まぁ声と姿は女の子のままなんですガw)
二人の眼に視えない「繋がり」みたいなモノも描けて良かったですネ。
(口に出さないだけで仲イイんですよこの二人w)
しかしコレだけ『男』がカッコイイと、街の不味いラーメン屋と同じで
ホント世の○タレキャラが腹立ってきますネ。
本当に「良いモノ」作ろうとしたら、絶対ああはならない筈なんですよ。
大体高校生になりたての小僧(ガキ)なんて、
バカでイタくて○ロいのが当たり前なんですから(色恋沙汰は特に・・・・('A`))
『それをそのまま』描写したら「作品として」破綻するのは当たり前なんです。
だってジョルノと「アレ」って「同い年」ですよ!?
(ルーシーに至っては年下・・・・('A`))
だから余計に「普通(悪い意味で)」にしたら『ジョジョ第五部・黄金の旋風』
なんて成立しないんです。
「主人公は作者の分身」という言葉がありますが、
ソレがその人物の本質を残酷なまでに表してしまう場合がありますネ。
だからワタシは荒木先生は表現者として心の底から尊敬してますが、
高橋某という方には微塵の敬意も湧いてこないのはその所為だと
想ったりしています(○タレのまま何もしないで幼女に好かれたいのは解ったから
他でヤってくれ・・・・('A`))
ソレでは。ノシ 
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