冷えたワイン
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第二章
「パスポートもあったし」
「じゃあ行けばよかったじゃないか」
「行くつもりだったわよ。けれどね」
「けれど?」
「あんたがね。お姉ちゃんに頼まれて」
「で、叔母さん俺と一緒になったんだ」
「叔母さんじゃないわよ。私まだ二十六よ」
麻里奈はむっとした顔になって少年に返した。
「夏休みにどっか行くのなら連れて行けって言われえ」
「そうそう。今父ちゃんと母ちゃん忙しいからね」
「お店ね。コンビニ」
「コンビニって夏休み忙しいんだよ」
「学生がしょっちゅう来るようjになるからよね」
「で、二人共旅行になんてとても行けなくてさ」
「私が連れて行けって言われたのよ」
旅行に行くのならと。それで麻里奈は今彼と共にいるのだった。
麻里奈にとって甥にあたる彼の名は内山博之という。中学二年で野球部にいる。背は麻里奈より十センチは高い。まだ成長期だが背はかなりのものだ。
野球をしているだけあって痩せてしっかりとした身体をしている。日に焼けた明るい顔をしている。
その彼が今自分の横で焼きそばにサイダーを飲み食いしているのを見ながらだ。彼女は言うのだった。
「どうせならって」
「で、俺と一緒にいると」
「そうよ。しかもニースじゃなくて」
今度は家族や学生達が楽しむ砂浜を見ながら話す。
「湘南じゃない、湘南」
「海だよな」
「海は海だけれどニースじゃないじゃない」
「バリバリの日本だよな」
「そう。ニースが消し飛んだのよ」
「よくあることじゃないの?こういうことって」
「あのね。私はニースに行きたかったのよ」
缶ビールを一本飲み干した。そしてだ。
クーラーボックスを開けてもう一本冷えたそれを出してまた飲む。見れば麻里奈の足下には空になったビールがもう六本も転がっている。その中でだ。
彼女は飲み続ける。そのうえで言うのだった。
「飲むのだって冷えたね。最高級の白ワインで」
「贅沢だよな」
「そうよ。思い切って贅沢なバカンスを楽しむつもりだったのよ」
「それがこうなったんだ」
「ビールよ、缶ビール」
飲みながらだ。麻里奈は甥に顔を向けて赤くなっている顔で言う。
「全然違うじゃない」
「同じ酒だからいいじゃないか」
「全然違うわよ。折角新しい水着だって用意したのに」
「それで何で泳がないんだよ」
「お酒飲んで泳いだら死ぬわよ」
見れば目が座っている。既にだ。
「実際にそれで死ぬ人も多いから」
「だから泳がないのかよ」
「そう。飲んでるのよ」
理由はそれだった。
「こうしてね」
「やれやれだよな。というか砂浜で飲むのもなあ」
「自棄酒よ、自棄酒」
声も荒れていた。何故荒れているのかは言うまでもなかった。
「そんなの見ればわかるでしょ」
「ううん、姉ちゃんそんなに不満なんだ」
「何で花の二十六歳の美人がコブ付きで夏休み過ごさないといけないのよ」
「だから自棄になってるんだ」
「その通りよ。全く」
「全くって」
「ニース。行きたかったわよ」
またニースを話に出す。
「お姉ちゃん恨むからね」
「母ちゃんなら今も働いてるけれど?」
「そんなことはどうでもいいのよ。全く何でこんな場所にいるのよ」
「で、飲むと」
「お金はあるから飲んで飲んで飲みまくるわ」
「ビール飲み過ぎたら太るよ」
「後でサウナに入るから大丈夫よ」
夜にだ。そうするというのだ。
「じゃああんたはあんたで勝手に遊んできなさい。私ここにいるから」
「じゃあ俺ナンパしてくるね」
「勝手にしたら?」
「あれっ、甥が不純異性交遊していいんだ」
「一人でも振り向いてくれたらね」
酔っているがそこは醒めた目だった。そのうえでの言葉だった。
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