相模英二幻想事件簿
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File.2 「見えない古文書」
Ⅵ 6.14.AM11:38
「昔はなぁ、あの辺りに社通じとる道があったんじゃが、今は誰も行かんようになってしもうて草木が伸び放題じゃて。」
私は今、庭の手入れをしていた木下さんと話しをしている。この館の周囲を、なるべく詳しく知っておきたかったからだ。
この時、木下さんは小高い山の頂上にある社について話してくれてた。彼が生まれた頃には、もう誰も行かなくなっていたようだが…。
「何故、誰も参拝しなくなったんですかね?」
「なんでも、それも初代様の遺言だそうじゃ。社を建てたんも初代様じゃから、何かあるんじゃねぇかって噂があったがのぅ。」
「何か…ある?」
「まぁ、わしもよう知らんが、何かを隠したんじゃなかろうかってことじゃ。」
ここでまた…初代の影が…。一体、この如月の一族には何があるんだ?初代の影は色濃くへばりつき、今なお呼吸をしながら生きているかのようだ…。
私は話しをしている最中、以前に聞いた行方不明者のことが頭を過った。何か関係があると思ったのだ。
「木下さん。前に言っていた行方不明の方…もしかして、その社へ向かったんじゃないんですか?」
「かも知れんが…。何せあの社の周辺は、昔から神隠しがあると言われとって、この町のもんは誰も近付こうとせんからのぅ。一応、警察は捜索隊を組織して探しとったが、結局社にすら辿り着けんかったようじゃよ。」
「え…?だって…古いとはいえ、一応使えそうな道が…。」
「ありゃ、途中で途切れとるんじゃ。随分前に土砂崩れがあったようで、人の通れんようになっとったんじゃと。その為、空からも捜索したようじゃが、何も見つけられんかったと言っとったのぅ。」
私はその話しを聞き、社への道があった山林を見て嘆息してしまった。
一体何を探せばいいのか、話しを聞けば聞くほど分からなくなって行く…。中でも、如月家初代の話しが多いのは…偶然とするには不自然だろう。
「ここで考えとっても仕方なかろうよ。そろそろ飯時じゃから戻るとしようて。佐原、戻るぞ!」
いきなり大声で佐原さんを呼んだので、私はギョッとしてしまった。てっきり木下さん一人だとばかり思ってたからだ。
「佐原さん、居たんですね…。」
「そうじゃよ?何じゃ、休んでたと思っとったんか?」
木下さんがそう言った時、向こうから佐原さんがひょっこりと姿を見せた。佐原さんは私を見て会釈をすると、木下さんは可笑しそうに笑った。
そんな木下さんに私は苦笑するしかなく、佐原さんに至っては首を傾げるしかなかった…。
私達三人が館に戻ると、既に食事の用意は整っていた。
「お帰りなさい。今日は随分遅かったですね?スープを温めますから、座って待ってて下さいな。」
そう言って出迎えてくれたのは米沢さんだった。その奥では、柳瀬さんが洗い物をしていた。私達は裏の勝手口から入ったのだ。まぁ、庭師が表玄関から入る訳にはいかないからな…。
「でも…相模様まで勝手口から入らなくとも…。」
「いやぁ…木下さんと話しながら来ましたから…。」
そう米沢さんと話していると、奥から柳瀬さんが来て私に言った。
「相模様、奥様と七海お嬢様が気に掛けてらっしゃいましたよ?時間に顔を出されないもので、私にどちらへいるか尋ねられた位で…。」
私はしまったと思った…。館を出る前、如月夫人には昼前に戻ると言っていたのだ。
「それじゃ、僕はお二人に挨拶してきます。昼前に戻ると言ってたのをすっかり忘れていました…。」
そう言うと、米沢さんも柳瀬さんも仕方ないと言った風に苦笑したのだった。
私は直ぐ様台所を出ると、二人が食事をしている筈の食堂へと向かった。私がそこへ入ると、如月夫人と七海さんはいつも通り席に着いて食事をしていた。
「遅くなってしまい申し訳ありません。」
私がそう言ってテーブルへ歩み寄ると、二人は食事の手を止めて言った。
「相模様、随分と遅かったですわねぇ。何か御座いましたか?」
「いや、木下さんと話しをしていたら、すっかり時間を忘れてしまいましてね。」
私がそう言い訳をすると、七海さんは笑みを溢しながら「相模様らしいですわね。」と言った。それを聞いた如月夫人も「そうですね。」と七海さんに相槌を打って笑ったため、私は頭を掻きながら「いつもこうではありませんよ…。」と反論したのだった。
その後、夫人が私を席へ着くよう促したため、私は用意されていた席に腰を下ろした。すると、当たり前のように食事が運ばれて来たため、柳瀬さんも米沢さんもこうなることは予想済だったわけだ…。
暫くは三人で優雅な昼食を楽しんでいたが、ふと…私は何かの気配に気付いた。それは目に見えない何か…そう、それはただの“気配"なのだ。時に座っているようにも思えるし、また時に歩き回っているようにも感じていたのだ…。
その“気配"は七海さんも気付いているようで、その表情には不安が滲み出ていた。だが、一方の如月夫人は何も感じてない様子で、ただ不安げな七海さんを見て訝しがっている風だった。
「七海、どうかしたの?」
「いえ…何でもないわ…。」
七海さんはそう言うが、彼女も先程から感じる“気配"が大きくなっていることに気付いているようだ。何とかそれを伝えようと、私へと視線を向けていた。私はそんな七海さんに頷いて見せると、彼女は母親である夫人へと視線を向けて言った。
「母さん…ここ、私達の他に誰かがいる気配がするの…。」
「何を言っているの?ここには私達三人しかいないじゃないの。」
夫人は首を傾げながら七海さんへと言った。しかし、七海さんは首を横に振ってそれを否定した。
「いいえ…さっきから私達の周囲を歩いたり座ったりしているわ…。」
「この子ったら…どうしたの一体?熱でもあるのかしら…。」
如月夫人がそう言いながら娘の額に手を伸ばした時だった。
ガシャンッ!
突然、食堂の窓ガラスが割れ、床が振動し始めたのだ。
「な…なんですの、これは!?」
夫人は咄嗟に立ち上がって娘を抱き、床へと倒れるようにして伏せた。
地震…とは全く異なっている。何せ…天井から垂れるシャンデリアはひと揺れもしてないんだからな…。恐らく、食堂外にいる人達は気付いてないだろう…。
「夫人、七海さん、大丈夫ですか!?」
「は…はい、なんとか…。」
ひとしきり揺れた後、今度は地の底から湧くような低い声が響いてきた。その声は…あの数え唄を歌っていたのだ…。
「何故…こんなことが…!?」
この声は夫人にも聞こえるようで、その表情は恐怖で凍り付いていた。無論、その腕に抱かれている七海さんも同様だった。
そんな中、私はその数え唄を歌う声に耳を澄ました。未だ床は揺れていたが、その声は紛れもなくあの数え唄を歌っている。それも…全ての歌詞を歌い切ったのだ。
一体…この数え唄に何が秘められているのだろう?現在では歌われなくなって久しいこの唄が、この如月家にどう関係していると言うのだ?
私は自分が震えているのか、それとも床が揺れているのか分からなくなっていた。この数え唄が、何かとても恐ろしいことを語っているようで、私が無意識に恐怖を感じていたからだ…。
「奥様、お嬢様。どうかされましたか?」
異変に気付いたのか、食堂へ米沢さんと岸野さんが入ってきた。二人は床に伏せていた私達を見て、不思議そうに見下ろしていた。
「岸野さん…今、地震がありませんでしたか?」
私に問われた岸野さんは訝しげに首を傾げながら言った。
「いいえ…ございませんでしたが…。」
まぁ…そうだろうとは思ってたが…。その後、私は直ぐ様立ち上がって夫人と七海さんの所へと歩み寄った。
「大丈夫でしたか?」
「ええ…。ですが、あれは何でしたの?それに…あの恐ろしげな声…。」
「それは…今はまだ何とも…。ですがやはり、この地に伝わっているあの数え唄が、この件に関係しているのは間違いないようですね…。」
「相模様…今度は私にもはっきり聞こえました…。七海の言っていたことは、全て真実だったのですね…。こんな怖い思いをしていたなんて…。」
「母さん…。」
未だ蒼冷めていた二人だが、何とか気を取り戻して立ち上がった時だった。不意に七海さんの足下の床が崩れ、七海さんがその崩れた床もろとも落下したのだ!
「七海!」
如月夫人は娘を助けようと手を伸ばしたが、そのせいで七海さんと共に落ちてしまったのだった。
「夫人!七海さん!」
床に開いた穴は大きく、私はその穴に向かって叫んだ。だが…そこから返事は返ってこなかった。
私は岸野さんにロープ二本と電灯を用意するよう頼み、米沢さんにはレスキューと刑部家への連絡を頼んだ。二人は気が動転してはいたが、私がそう言うと素早く動いてくれた。
私は用意された二本のロープを一際太い柱に固定し、その一本を自分にくくりつけた。一応の命綱だ。一方の綱には等間隔に結び目を付け足掛かりを作ってはみたが…どれだけ意味を成すか…。
「それじゃ、行きます。レスキューが着たら、説明お願いします。」
「畏まりました。相模様も、どうかお気を付けて。奥様とお嬢様をお願い致します。」
そう言って後、私一人…そのぽっかりと開いた穴へと降りて行ったのだった。
その穴は意外と深く、それはこの館に地下があったことを示していた。
その穴を五メートルほど降りただろうか。やっと足が地につき、辺りを調べ始めることが出来た。
岸野さんが用意してくれた懐中電灯はかなり大きく、それは広い範囲を写し出すことが出来た。そのため、私は然して時間を掛けずに如月夫人を見付け出すことが出来たのだった。
「夫人、大丈夫ですか!?」
夫人に駆け寄って、私は静かに夫人を抱え起こした。
すると、夫人はどうにか意識を取り戻し、私を見て言った。
「…七海…七海は?」
夫人はそう言うと直ぐに立ち上がろうとしたが、立ち上がる前に倒れてしまった。私は慌てて抱え起こすと、夫人の顔には苦悶の表情が表れていた。
「どこか怪我を?」
「どうやら…足が折れているようです…。私はこのままで構いませんので、相模様は七海を探して下さい。」
私は少し考えたが、夫人の言う通りにすることにした。暫くすればレスキューも来るはずだし、上にある床は崩れそうになかったからだ。声も上げてない七海さんの方が危険な可能性もあるしな…。
「分かりました。では夫人、このまま動かないで下さい。そろそろ助けが来るはずですので。」
私がそう言った時、タイミングよく上から声が掛かった。
「大丈夫か!」
「すみません!如月夫人が足を骨折したようですので、早く引き上げて頂きたい!」
「分かった!直ぐに向かう!」
話し終えると、私は夫人に「探しに行きます。」と言ってその場を離れたのだった。
しかし…どれ程の広さがあるのか…。人工的な太い柱があると思えば、一方には自然の岩が剥き出しになっている。それが懐中電灯の明かりが届かない程奥へと続いているのだ…。
考えてみれば…火災に見舞われた際、よくこの地下が見付からなかったものだ。まぁ、地下の天井と地上までは数メートルはあるから、基礎が破壊されない限りは大丈夫なのだろうが。
「七海さーん!」
私は七海さんを呼んではみるものの、人の気配は微塵も感じなかった。そのまま七海さんの名を呼びながら歩いていると、この場に不釣り合いなものが目に入ってきた。
「何だ…これ…?」
それは井戸の様だった。私は不思議に思いながら近付くと、それは確かに井戸ではあったが…中には土が詰められていたのだった。
「どういうことだ?」
自然にこうなるとは考え難い。意図的に埋められた…そう考えるのが妥当だろうな。
しかし、ここでこれ以上のことを調べることは出来ない。それに、これだけ探して七海さんが見付からないなんてのは不自然だ。落ちた場所はさして変わらないはずなのだから、こんな離れた場所まで来て手掛かり一つ見付けられないとは…。
「仕方ない…一旦引き返そう…。」
このまま探して回るのは危険と判断し、私はそのまま戻ることにした。この地下空洞は、今の軽装備じゃ無理だからな。
私がそう考えて井戸へ背を向けた時、背後から声が聞こえた様な気がして振り返った。
「誰かいるのか!?」
私は辺りを照らし出したが、そこには誰の姿もなかった。だが…
- 奪ったものを…返してもらう…。 -
今度はハッキリと聞こえた。
「奪った…?」
私はその声に憎悪を感じ取り、背筋が寒くなった。その声は男とも女ともつかず、ただ…憎悪だけが胸に突き立てられる様な…そんな声だったのだ。
私はそのおどろおどろしい声を振り払うように…その場所から足早に立ち去った…。
まるで逃げるように…。
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