スリラ、スリラ、スリラ
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払う(はらう)
息を切らし、カイナとアギトは路地裏に入った。普段ならば決して入らない筈の薄暗い路地だ。錆びて赤色に腐食した壁は気味が悪く、あまりいい心持ちはしない。
「…何とか、撒けた…?」
「うん、大丈夫そうだね」
「…あんたの、その体力は何処から来るのよ…!!」
んー?と、気の抜けたような返事をして、アギトは掌の土を払った。こう見えてアギトは、空手の達人だ。
「それにしてもさっきの奴らは一体何者なんだろうね」
「白い中華服なんて…まるで、殭屍みたいな」
「…殭屍…いや、まさかね。そんな分かり易い恰好で追手を放すなんて…ありうるな。うちの会社実質結構ゆるいし…」
アギトの長い睫毛が伏せられると同時に、カイナは今まで起こってきたことを反芻して、溜息を吐いた。考えれば考えるほど、現実味のない話である。
「…カイナ、これからどうするつもり?追手はどう足掻いたって君を監視し続けると思う。序に俺も今面が割れた。重要参考人位の扱いはされるだろう。…君のせいだ」
『君のせい』と云うアギトの言葉が耳を通り過ぎる瞬間に、カイナの胸の何処か深い所が抉られるように痛んだ。ウイルスの副作用だと思いたかった。然しそれは、今まで幾度と無く感じてきた痛みと瓜二つで、直ぐに副作用なんて考えは何処かに行ってしまった。
「…アギト、ごめ…」
「嘘。ごめん、ちょっとした冗談だ。本当に、ただの」
大の大人が泣くなんて恥ずかしい、と内心カイナは己を恥じたが、其処は相手が幼馴染のアギトであるから仕方あるまい。心が素直になれる相手が居るのは、素晴らしいことなのである。
「…あ〜でも、口惜しいよなあ。カイナはウイルス打たれっぱなしだし、俺も結果的に逃げるみたいな恰好悪い終わりになっちゃったし…」
そんな事ない、とっても、とっても…恰好良かったわ、と云おうとして、カイナは口を噤んだ。と同時に、アギトが口を開いた。
「…あ、ねえカイナ」
「…なに」
「あの、良かったらさ……俺と、」
胸が高鳴る。そんなまだ、心の準備が出来てない、なんて云う馬鹿げた言葉がカイナの脳裏をぐるぐると廻る。アギトが自らの紅潮した頬を触りつつ、やや恥ずかしそうに告げた。
「……俺と一緒に、戦わない?」
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