好きな役だが
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第三章
「今後はね」
「ですがマエストロもお好きで」
「好評です」
「しかも非常に上演されることも多い作品で」
「録音の際も定番ですが」
カヴァラドゥッシのアリアはというのだ、特に第三幕の星は光りぬはテノールならば必ず録音していると言っていい。
「それでもですか」
「合わないからですか」
「今後は歌われないですか」
「そうされますか」
「そうしよう」
クラウスは周囲に今度ははっきりと答えた。
「今後は」
「そうですか」
「人気がある役でもですか」
「歌われていて好評でも」
「マエストロがお好きでもですか」
「そうだ、合わないからだ」
それ故にというのだ。
「私の声域に、だからだ」
「残念と思いますが」
「それでもですか」
「もう歌われない」
「舞台でも演じられないですか」
「そうする、長く歌い続ける為に」
是非にというのだった。
「私はもうカヴァラドゥッシは歌わない」
「あえて、ですか」
「そうされますか」
「そうしていくことにしよう、私にしてもだ」
クラウスはこうした本心も出したのだった、言葉として。
「カヴァラドゥッシは好きな役だ」
「ですね、マエストロとしても」
「そうですね」
「ですが合わないのなら」
「長く歌われる為に」
「歌わない」
こう言って実際にだった、クラウスは歌う役を自分の声域に合った役に制限してだった。それに合わない役は避ける様にした。
そうして長く、七十過ぎまで歌った。彼は技量や容姿だけでなくその息の長さもかなり高く評価された。そしてだった。
「あれだけ歌えたのは凄いな」
「七十過ぎまで歌えるなんて相当だぞ」
「それが出来ただけでも凄い」
「全くだ」
「それも歌う役を考えたからだな」
「自分に合わない役は歌わなかった」
「好きな役でもそうしていたからだな」
そのうえで長く歌えたことも評価された、好きな役でも長く歌う為にはあえて歌うことをしなかった彼の姿勢は歌手として高い評価を受けた、それは今も伝えられていることである。
好きな役だが 完
2016・7・16
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