魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Eipic20-C幕間~Their Expectation~
前書き
今話は主要キャラが登場しない三人称視点オンリー。流し読みするだけで十分な内容となっております~。
次元の海に浮かぶのは巨大な船でもある時空管理局、その本局。その中にある拘置所エリアの一室にて、紫色の髪に金に輝く瞳を持つ1人の男が「おのれ・・・!」怒りを露わにして、ガツンと壁を殴っていた。彼の名はジェイル・スカリエッティ。通称ドクター。本局・第零技術部の部長を務め、少将の階級を有している。
「まさか本当に地上本部を、はやて君たちの機動六課までをも攻撃するとは・・・!」
彼が観ているのは、プライソン一派によるミッドチルダ地上本部と機動六課への襲撃事件のニュースだ。地上本部の敷地内周辺には、コンテナミサイル・グレンデルによって破壊されて崩れてきたセントラルタワーの瓦礫、それにガジェットや死体兵器であるLASの残骸が数多く転がっている。しかしLASだけはモザイク処理が施されている。人の死体が素体なため、腐ってドロドロな臓物や血液が撒き散らされているためだ。その所為で外部警備担当の局員の半数がトラウマを植えつけられてしまった。
「やはり私が・・・同じスカリエッティである私が・・・プライソンを、兄を止めなければ・・・!」
ジェイルとプライソン。共に“檻”を意味する名前を与えられた2人は、最高評議会によって人工的に生み出された存在で、無限の欲望アンリミテッドデザイア・ジェイル、無窮の強欲エターナリーグリード・プライソンとうコードネームを与えられている。
開発順ではプライソンが兄、ジェイルが弟となるが、2人が直接顔を合わせて話したことなど一度もなく、生み出されてからの数十年の間に言葉を交えたのは数回かつモニター越しで、しかも音声のみの加工済みときているため、ほぼ赤の他人だ。
「報道規制がなされているのか? プライソンなら局を煽るような声明くらい出しそうなものだが・・・」
正しくその通りだった。プライソンは声明を出したが、その内容が管理局にとって非常にまずいものだったため、本局はメディアに流出しないように必死になって規制している。
(どちらにせよ、私がこうして拘留されている間に起こった事件だ。誤認逮捕として私や娘たちの拘留もじきに解除されるだろう。ここから出られたらすぐにプライソンをこの手で・・・)
グッと握り拳を作るジェイル。プライソンが正体不明だからという事もあり、ジェイルのそのずば抜けた知能と技術からプライソンだという疑いによってこうして拘留されている。彼だけではなく、シスターズと呼ばれる彼の娘たちもまた拘留中だ。自分たちの疑いがすぐにでも晴れ、ここ拘置所から出してもらえると考えていたが・・・
「遅いな。もう日を跨いでしまうじゃないか・・・」
待てど暮らせど一向にジェイルを牢から出しに来る局員が来ない。ジェイルは苛立ち気に室内をウロウロと徘徊し続ける。そしてとうとう時刻が管理世界標準時間での0時を回った。ジェイルのイライラもついに爆発し、「何故、誰も来ない!」声を荒げてしまった。しかしすぐに「いけない、落ち着かなければ・・・」深呼吸を繰り返し、冷静を取り戻した。
(正真正銘の外道であるプライソンのことだ、私たちの釈放が先延ばしにされてしまうほどの問題を起こし、本局を混乱させているのかもしれないな)
ベッドに腰掛け、ジェイルはそう考えた。単純に忘れらているのではなく、容疑が晴れていないのでもなく、釈放が遅れてしまうほどの問題をプライソンが起こして、その対応に本局が慌ただしいのだと。だが悠長に牢の中に留まるわけにはいかないと、彼は焦っていた。
地上本部への襲撃は中途半端だと。さらに何かしらの計画を企み、実行するのであろうと。ならば鉄壁を誇る地上本部と、局内でも有名な魔導師が揃う機動六課を陥落させた後、プライソンは何を仕出かすのか、と考えているからだ。
(碌なものではあるまい。何か大きな爪痕を残すために、奴は有する知識や技術を総動員するだろう。その先にあるのは多くの絶望のみだ・・・)
それからジェイルは想定される最悪な事態を数通りと考えてはその解決法を打ち出し、展開した空間モニターにメモを取っていく。ジェイルらスカリエッティ家は通信や念話などの他者との交信は禁止されているが、今のように軽い作業は許されていた。最高評議会の計らいでもある。ただ拘留するだけではジェイルの知恵や知識を無駄にすると考えているからだ。最高評議会にとって、プライソンはすでに用済みだが、ジェイルはまだまだ利用価値があるのだ。
「・・・ん? ミッドはもう朝か・・・」
8時間ほど作業に没頭していたジェイルは時刻を確認して、「全てが終わるまで私は黙って待つしか出来ないのか・・・?」大きく溜息を吐いた。何せ襲撃事件が発生してから丸1日近く、彼を拘留している牢に局員が来ないからだ。
「頼む。私をここから出してくれ・・・。私に機会を、私の片割れを止めるための・・・」
そんな悲嘆に暮れているジェイルの耳に、コツコツと靴音がゆっくりと近付いて来るのが聞こえてきた。彼はゆっくりとベッドから立ち上がり、スライドドアへと歩み寄って行く。靴音は徐々に大きくなってくる。そして・・・
「(止まった・・・?)ようやく釈放かね? 随分と待たせてくれるじゃないか。よほど忙しいのか、それとも私の存在はサラッと忘れられてしまうほど希薄なのか、どちらだろうね」
靴音がジェイルの居る牢の前で止まったことで、彼はこれまでの扱いからつい皮肉を漏らしてしまった。だがドアの向こう側に居る誰かは気にも留めないようで無言。そしてそのままパネルのキーを打つ音が聞こえ始める。
「すまない。気が立っていたんだ。・・・ありがとう。1つ注文したいが、地上本部や本局は今、どういう状況なのか教えていただけ――」
ジェイルが最後まで口にする前に解錠されたスライドドアが開き、彼を解放しに来た局員の姿に思わず口を噤んだ。
「ヴァスィリーサ少将・・・!?」
そこに佇んでいたのは1人の女性、リアンシェルト・キオン・ヴァスィリーサ。階級は少将、役職は本局運用部・総部長。そして管理局において最高・最強の魔導師、トップエースだ。
「あなたに話があったので、こうしてオフレコでやって来たのです」
リアンシェルトはそう言って、キュッと唇をきつく結んだ。彼女は本局勤めであるにも拘らず、遭遇率が低いレアキャラとしても有名だ。故にジェイルも、まさかリアンシェルトが拘置所に現れ、しかも自分を解放してくれたとなると驚かざるを得なかった。しかもジェイルは聴いている。彼女が、ルシリオンの敵・“エグリゴリ”の1機であると。
「少し失礼しますね。ここの牢は通信や念話などの妨害がされているため、直接出向かなければ話も出来ませんでしたから」
リアンシェルトはジェイルを牢の奥へと押し戻しながら自身も入り、スライドドアを閉め直した。彼女はぐるりと室内を見回して、「さて」ベッドに腰掛けるや否や口を開いた。ジェイルはその強引さに口を半開きにしていたが、「いや、待ってくれ」かぶりを振って口を挟んだ。
「何か?」
「何を目的としてここへ来た?」
「そう警戒せずともよろしいですよ、スカリエッティ少将。最高評議会の下した判断は、プライソンの殺害です」
「っ!・・・そうかい、やはりね。彼は少しばかり遊び過ぎた。粛清されたとしても構わない。私としても、彼の殺害に賛同しよう。捕らえたとしてももう御することは出来ないだろうからね」
ジェイルは大して反感も抱かずにそう返した。嘘でも冗談でもなく本心でプライソンの殺害計画を受け入れた。リアンシェルトは「賢明です。少しばかり反対を受けると思っていましたが」彼の答えに、僅かばかり眉を顰めた。
「プライソンが私の兄だから、と? 肉親だと思ったことは一度ともなく、科学者の面汚し・・・純粋に敵だとしか思っていないよ」
ジェイルが医療技術として生み出した全身サイボーグ化技術BNAC。それを兵器転用したり、サイボーグ化するためにわざわざ人工的に人間を造り出しては改造なども行う倫理から外れた下種、それがプライソンだ。
「それで、私を訊ねて来たのはどう言った理由からなのかな、ヴァスィリーサ少将?」
「機動六課の特務調査官として出向していたルシリオン・セインテストに、内務調査部から特例として戦闘参加許可を受けました。最高評議会はそれに乗り、彼にプライソンを殺害するよう指示を出すでしょう。ですから彼を戦場に出す前に、プライソンを始末する必要があります」
ジェイルの頭の中に?マークが浮かぶ。ルシリオンと“エグリゴリ”は敵対している。そう、ルシリオンを殺そうとしているのだ。だと言うのに、リアンシェルトの話を聴けばまるで戦わせないようにしたい、と願っているようにも聴こえる。自分たちの手で殺してこそ意味がある、と言うのであればジェイルも納得できるが・・・
(どうもヴァスィリーサ少将のこれまでの行動は、ルシリオン君を護っているようにも思えてくる)
すずかや、彼女が属するチーム海鳴越しで手に入れてきたリアンシェルトの行動から見るに、敵として徹底しきれていない気がしてならないジェイル。以前彼は、ルシリオンに殺し殺されるような間柄のリアンシェルトが居て不安ではないか?と訊ねたことがある。
――今の俺じゃ、弱過ぎて戦う気にもならないんです、と。リアンシェルトより弱いエグリゴリであるレーゼフェアとフィヨルツェン、この2機を救ってから戦ってあげるとのことだ――
「ならばレーゼフェアを使ってはどうか? 同じエグリゴリとして、あなたより格下なのだろ? レーゼフェアを使ってプライソンを殺せばいい。そうすればあなたや最高評議会、管理局、管理世界、全ての悩みの種が消え去る」
「・・・お前には関係ないでしょう? エグリゴリについての発言をもう一度してみなさい。永久凍結をして、夢すらも見ない永遠の眠りを贈りますから」
「・・・っ!」
リアンシェルトから急に放たれる殺気にジェイルは数歩と後退した。踏み込んではいけない領域、触れてはいけない秘密、口にしてはいけない禁句。彼はそのどれらにも抵触しているのだと察した。
「判った。・・・では本題に入ろうではないか。私に何をさせたい」
「プライソンの暗殺。機動六課や聖王教会騎士団が連中と衝突する前に・・・」
「願ってもない依頼だ。しかしあなた方、権威の円卓には1111部隊という暗殺部隊があるではないか。彼らは使わないのかい?」
「暗殺は人目のないところでこそ意味のある行為だと、その程度も解らないあなたではないでしょう? それに、ルシリオンを暗殺に仕向ける気でしょうから、彼より弱い1111部隊を出すまでも無いのですよ」
「これは失礼をした。ではプライソンの暗殺は私が引き受けよう。しかし問題がある。プライソンのアジトがどこにあるか、だ」
「現在、管理局・教会騎士団が鋭意捜索中です」
ジェイルが渋い表情になる。2つの組織の物量捜索作戦より早くプライソンのアジトを見つけなければならない。彼だけではまず不可能な仕事だ。だが「娘たちも一緒に釈放してくれ」ジェイルにはとても頼りになる娘たちが居る。ゆえに彼は、自分だけでなく娘たちの釈放もしてほしいと願った。
「・・・いいでしょう。ではすぐに行動に入りましょう。最高評議会に感づかれては面倒です」
「何を言う、ヴァスィリーサ少将。あなたがただの人間ではないことは、私が生まれた時から知っている。まぁその正体を知ったのはここ数年の間だがね。最高評議会と共にこの時空管理局を設立した最古参の局員。最高評議会と立場は同等、いや4人目のメンバーのはずだ」
「・・・よく調べましたね」
「約150年前に最高評議会と共に次元世界をまとめ上げ、それ以降は影に徹していたが・・・約30年ほど前、突如として表世界に姿を見せた。そして訓練生から改めて局入りをし、その後に武装隊へ入隊。それから出世を繰り返して今や本局運用部の総部長」
「今、私についての話など必要ですか?」
「いいや」
それからジェイルとリアンシェルトは、順々にシスターズの牢へと赴いては囚われている彼女たちを釈放していく。父親と想い慕うジェイルと久しぶりに直接顔を合わせた娘たちは「ドクター!」と喜びを表し、彼の元へと殺到した。
「随分と待たせてしまったね。さぁ、私たちをこんな牢屋に入れさせた原因であるプライソンに報復をするために準備を始めようじゃないか!」
ジェイルが大げさに腕を広げてそう伝えると・・・
「ええ、畏まりました」
長女ウーノは目を伏せて小さく一礼して・・・
「それはそれは。そそられる仕事ですね」
次女ドゥーエはニタリと笑みを浮かべ・・・
「ああ。腕が鳴る」
三女トーレは腕を組んで、ドゥーエに同意するように頷き・・・
「私たちを牢に入れてくれたお礼として、棺にブチ込んであげますぅ~♪」
眼鏡をキラリと輝かせて仁王立ちする四女クアットロに・・・
「棺では死なすことになるだろう?」
五女チンクがそう訂正したが・・・
「えー? ここまでコケにされたんだから、サクッと殺っちゃおうよ、チンク姉」
六女セインが頭の後ろで手を組んで、陽気な声で危険な発言をした。チンクは「我々は仮にも公務員だぞ?」と呆れを見せたが、ジェイルは「いや。プライソンを殺害するよ」チンクに向けてそう言った。
「っ!・・・本当なのですか?」
「ああ。プライソンとの因縁を、ここでしっかりと終わらせたいからね。彼はもう生きていてはいけない男だ。彼と同じ技術者として・・・、そして弟として、だ」
ジェイルのプライソンの弟発言に、「っ!?」娘たちは驚愕の表情を浮かべた。管理局内にて明かされなき謎の一角を担っているプライソンの正体。その答えがすぐ側にあったことに驚きを見せたのだ。
「詳しい話は、我らが家・第零技術部にて話そう」
「第零技術部までは私が同行します」
そうしてリアンシェルトを先頭に、ジェイル達は第零技術部へと帰還した。
・―・―・―・―・―・
ミッドチルダ北部に位置する、ベルカの末裔たちが住まう土地・ザンクト・オルフェン。中央区アヴァロン、北区カムラン、南区ウィンザイン、東区ナウンティス、西区カールレオンの5区からなる。
治めているのは領主フライハイト家と、それに連なるグラシア家、ヴィルシュテッター家、カローラ家、アルファリオ家、トラバント家、ヴァルトブルク家からなる六家の七貴族だ。そして現在、アヴァロンにある聖王教会本部・議事堂の専用会議室にて、その七貴族の当主たちが円卓を囲んで険しい表情を浮かべていた。
「聖王オリヴィエ陛下のクローンであるヴィヴィオ様が拉致されてしまったと聞く」
「魔神オーディンのクローンであるフォルセティ君もまた拉致されたそうな」
「機動六課は何をしておったのだ! 護ると言うから預けておけばこの様だ! やはり教会本部預かりにすれば良かったのだ!」
「仕方あるまいに。六課の主力のほとんどが地上本部の防衛任務に回されておったからな」
「やはり教会騎士団からも護衛を付けるべきだったの。教会本部への襲撃も無かったしの」
「しかし万が一にも襲撃される可能性があった以上、こちらの防衛を疎かにするわけには・・・」
「せめてヴィヴィオ様たちの様子を見に行く任務を与えられていた、グリューン・ガルデーニエ、ゴルト・アマリュリスの隊を、地上本部警備任務が終わり次第向かわせれば良かったのだ」
中年・初老の男女が思い思いに発言していく。議題はやはり聖王女オリヴィエ・ゼーゲブレヒトのクローンであるヴィヴィオが、プライソン一派に拉致された話だ。オーディンもといルシリオンのクローンであるフォルセティも拉致されてはいるが、優先度で言えばヴィヴィオの方が高いらしい。
「しかしこれで、聖王のゆりかごが蘇るかもしれないということか」
ある中年の男性がポツリと漏らすと、「っ!」彼以外のメンバーが息を飲んだ。“聖王のゆりかご”。かつて聖王家が所有していた、超弩級の空中戦艦である。聖王を崇め奉る聖王教会にとって“聖王のゆりかご”はまさしく至高の聖遺物にしてシンボルとなる。だが・・・
「その万が一に備え、聖王のゆりかごの扱いを決めねばなるまいて」
「扱いも何も、我ら聖王教会が接収すればいいではないか」
「いやいや。管理局がそれを許すわけないぞ、トラバント卿。聖王のゆりかごは、分類上は質量兵器だぞ」
「何を仰る、グラシア卿。管理局とて艦船をいくつも有しているではないか。アレらも質量兵器に抵触するレベルだ。なれば、我ら聖王教会も艦を所有しても良いはず」
「トラバント卿もおかしなことを。局の艦艇とゆりかごを同格に見るのは間違いよ。ゆりかごは単艦で次元世界を席巻し、さらには次元震を起こしてベルカを始めとしたいくつもの世界を、生命の住めぬ不毛の地へと変えるほどの強大な力を有しておる。かような性能を持つ戦艦を所有するのは、管理局から反感を受けるは間違いないわ」
「管理局ばかりに戦力を集めるのはどうかという問題なのですよ、レディ・アルファリオ。管理局と我われ聖王教会は同格であるべきなのです。規模は小さくとも、次元世界の秩序維持に力添えしています。戦闘の行える次元航行艦は1隻と所有していない今、ゆりかごを手に入れるべきだ」
そう力説するのはトラバント家の当主である中年の男性で、銀薔薇騎士隊ズィルバーン・ローゼの隊長にして剣騎士最強のプラダマンテの兄である。彼はミッドチルダ地上本部の防衛長官であるレジアス・ゲイズ中将に近く、少しばかり度を超えた危険な思想を持っている。
「しかしな、トラバント卿。ゆりかごの起動および運用には、ヴィヴィオ様を鍵として生け贄に捧げなくてはならんのだぞ? あのような幼い娘を、二度と人として過ごすことの出来ないようにするのか?」
「我らは聖王を崇める聖王教会。その聖王をゆりかごを動かすだけの、自我の無い生体部品にするのは間違っている」
「グラシア卿とヴィルシュテッター卿の言う通りかの。トラバント卿。ゆりかごは現代には無用の長物。次元世界やヴィヴィオ様個人のことも考え、二度と利用されぬように破壊するのが吉だろうて」
「何を世迷言を、ヴァルトブルク翁! ゆりかごを破壊するなど言語道断! ゆりかごこそ、聖王教会、ひいては次元世界を守る力となるだろう! ヴィヴィオ様には申し訳ないが、その幼さを武器に長く鍵の聖王として、その生涯を終えてもらおう!」
「言葉が過ぎるぞ、トラバント卿! ヴィヴィオ様の、いや人の命を何だと心得ておる!」
「しかしあの娘は、オリヴィエ聖王女様のクローンだと言うではないですか。替えが利くのです。オリヴィエ陛下のクローンを生み出し続ければ――」
トラバント卿がそこまで言ったところで、ガァン!と卓上に両手の平を叩き付けた音が室内に響いた。今まで話していた6人の男女の視線が、これまで無言を貫いていた女性へと向けられた。白い祭服に宝冠を頭に被り、その恰好から教皇であることが判る。
「黙りなさい、トラバント卿! 言うに事欠いてクローンを生み出し続けるなど、聖王に、生命に対してなんたる冒涜、不遜にして不敬か! 愚考と知りなさい!」
「しかし、マリアンネ聖下!」
教皇マリアンネ。フライハイト家の現当主にして聖王教教皇、ベルカ自治領ザンクト・オルフェンの実質の統治者だ。そしてイリスの母親でもある。そんな彼女の一喝にトラバント卿はたじろいだが、すぐに反論を試みようとした。しかし「よさんか、トラバント卿」他の当主たちが窘める。
「教会本部より盗まれたオリヴィエ様の聖骸布と魔神オーディンの髪環。プライソンは2つの聖遺物からお二方の遺伝子を採取、そしてヴィヴィオ様とフォルセティ君を生み出した。血筋の絶えた聖王の復活は喜ばしいことです。たとえ出生がどのようなものであれ。ですが聖王の血筋であれ、戦乱とは関わりない現代を生きる1人の少女。それをゆりかごを動かすためだけに犠牲にするのは看過できません」
マリアンネは噛みしめるように六家当主たちに語る。トラバント卿を除く6人は小さく頷きを見せ、マリアンネの意見に同意している。
「聖王のゆりかごは確かに教会のシンボルとなりましょう。しかし運用コストがあまりにも非人道的で非効率。よって・・・聖王のゆりかごは接収することなく、管理局と協力して破壊することを決定します」
マリアンネが下した結論は“聖王のゆりかご”の破壊だった。ヴィヴィオのこれからの人生を思い、次いで次元世界の安寧のため、聖王家に縁ある至高の聖遺物になるだろうが、その存在が戦乱を引き起こす可能性のある戦艦であることを考えてだ。
「異議のある者は手を挙げなさい」
「「「「「異議なし」」」」」
「・・・トラバント卿。手を挙げたのはあなただけですね。・・・あなたはゆりかごの接収を望みますか、どうしても?」
「当然です。こればかりは引けません。ただ運用は諦めましょう。しかしゆりかごは必ず教会が接収するべきです。たとえ使えない物だとしても、歴史ある戦艦です。その価値は計りしれません。戦艦としての運用は出来ずとも、また違う使い道があるかもしれません。たとえばゆりかごに使われている技術の解析などです。そのことから、私はゆりかごの有用性を説き、破壊に反対します」
「なるほど。しかし動かない戦艦など邪魔じゃないかの~。資料によれば全長数kmの弩級艦。置き場所はどうするつもりかな?」
「北部ノーサンヴァラント海・オークニー諸島で一番大きいナウンティス島。あそこは無人島ですし、置き場所としては十分かと思いますが?」
卓上に展開されるモニターに、ナウンティス島が表示された。一面が起伏の無い森なため、着陸させるのには問題ないだろう。断崖絶壁なため海上からは上陸は難しそうだが、内陸へ向かうための細い海路があることは確認できる。海路からの侵入者はその海路入口を警備すれば済み、空路からの侵入者も適当に防空戦力を用意すれば良いだけだ。
「ふむ。場所の問題はクリアだな」
「ならば!」
「トラバント卿。いい加減に諦めなさい。ゆりかご自体が存在していることにすでに問題があるのです。それに、ゆりかごを起動させる前にヴィヴィオ様を奪還することになります。ゆりかごは飛ぶことなく、そのまま葬られるでしょう。ゆえに、これ以上の議論は無用ということです。よろしいですね?」
「っぐ・・・!」
マリアンネの断言によってトラバント卿はギリッと歯噛みしたが、「判りました。破壊に賛同します」とうとう折れた。これで満場一致による“聖王のゆりかご”の破壊が決定された。そして議会は閉会となり、当主たちは思い思いにそれぞれの仕事へと戻って行った。
「どいつもこいつも馬鹿ばかりだ・・・! ゆりかごという強大な力を使うでもなく破壊するだと・・・? そもそも奴が、ヴィヴィオ様やゆりかごを時期早々に起動させるからいけないのだ! 本来であれば、本件にゆりかごは投入しないはずだったのに! 奴は我らの計画を手伝って起きながら、破綻させるのか・・・!」
周囲に誰も居ないことを確認したトラバント卿は、怒りに任せて廊下の壁を殴った。魔力による強化もしていないにも拘らず、壁に少しばかりの陥没とヒビを与えた。そんな彼の背後から歩み寄って来る人影。トラバント卿はハッとして振り返る。
「はぁ。お前か、プラダマンテ」
「お兄様、随分と荒れているようですが何かありましたか?」
トラバント卿に歩み寄っていたのは彼の実妹、プラダマンテだった。騎士でありシスターでもあるため、服装は修道服だ。尻ほどまでに伸びた長い緋色の髪は外はねで、どこかハリネズミを思わせる。瞳は紫紺色だが、今は不安の色を湛えている。
「ヴィヴィオ様が奴らに拉致されたのは知っているな」
「ええ、騎士団内でも騒ぎになっています。召集が掛かればいつでも救出任務へ出撃できます」
プラダマンテの瞳に力強い光が戻るが、トラバント卿の「救出しなくていい」予想だにしないその発言に、「はい? 一体、どういう・・・」彼女は困惑する。
「先の会議にて、聖王のゆりかごを破壊することが決定された」
「っ!・・・そうですか。かの計画でゆりかごを投入する、とのことでしたが・・・。さすがにここまで大事になってしまっては、聖下たちのお決めになった通り破壊するしかないかと・・・」
「なに!? お前もそう言うのか、プラダマンテ!」
兄の急な怒声に、プラダマンテはビクッと肩を竦めた。トラバント卿は「ゆりかごを破壊するなど言語道断! アレは聖王の至高の聖遺物なのだ!」と声を張り上げる。プラダマンテが落ち着かせようと試みるが、「それなのに、聖下や他の当主は何故わからない!」と怒りが収まることはない。
「はぁはぁはぁ・・・! プラダマンテ。ヴィヴィオ様を取り返す必要はない。ゆりかごの鍵として、当初の予定通りにその生涯を捧げてもらう。必要なのだ、聖王教会にも戦艦クラスの戦力が。解るな?」
「しかし! 私たちの計画から外れたプライソンが新たに立てたミッド支配という計画の通りにゆりかごが運用されれば、ミッドを守護する事どころか壊滅的被害を受ける可能性もあります! それを見て見ぬふりをしろと!? 騎士でもある私に!」
「今は起動さえすればいいのだ。我々を裏切ったプライソンとその一派の掃討は、ゆりかごが軌道上に上がるまででも遅くはあるまい」
「くっ・・・。管理局が納得しません。今さらゆりかご破壊の指令を取り下げるとは思えません・・・」
「それについては最高評議会や本局将校と話をしてみるつもりだ。何としてでも、ゆりかごを手に入れるのだ」
拳をギュッと握りしめるプラダマンテ。騎士として、ミッドを愛する住民の1人として、見過ごすわけにはいかないことだった。だが兄と共に歩むことを決めた妹として、彼の願いに応えたいとも強く思っている。
「お前やキュンナには期待している。これも聖王教会のためだ、理解してくれ」
トラバント卿はプラダマンテの右肩にポンと手を置いて、耳元でそう伝えた。目を見開くプラダマンテは僅かにキュッと口を結んだが、「了解しました。教会騎士団団長殿」と、兄妹ではなく上司と部下として恭しく応じた。
ページ上へ戻る