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珠瀬鎮守府

作者:高村
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響ノ章
  写真帖

 
前書き
提督が倒れている間、姫と響は白木提督の写真帖を見てしまう 

 
 翌日には提督は意識を取り戻していたが休養の為病床を立つ事は叶わなかった。本人は業務に戻る気しかなかったようだが医師総出で止めたらしい。本人は至って残念そうだったが、件の看護師は退院予定をもっと遅らせるか本気で心配していた。私の心境は看護師の意見に近い。帽子や制服で隠れていない、薄い病衣を来た提督は目に見えて衰えていた為だ。この状態で立って執務室に向かおうものなら私も押し留めることを手伝う。冗談のようだが、提督は目が覚めた時看護師の目を盗んで提督執務室に戻ろうとしていたらしい。
 ただ、看護師曰く病態そのものはそれ程心配する程ではないらしい。弱っている体を十分に養えばすぐにでも退院だとか。問題は本人がまたとんぼ返りして来そうな精神的な部分だろう。これも看護師が言っていたのだが、柏木提督も勤務初めはこんな具合だったらしい。あくまで医師からの又聞きらしいが。
 兎角数日は提督が帰ってこない旨を伊勢に伝えると、彼女は迷いながらもそれを姫へと伝えた。伊勢も姫の監視については同意してくれたので、これは艦娘……いや、私達から彼女への信頼がある程度は構築されたという事だ。提督が来ないと伝えられた姫の返答はいつもどおり簡単なものだったが、何処と無く残念そうな気がしたのはきっと見間違いではない。姫もあの階でずっと一人きりだと気が滅入るのだろう。執務室には以前は時折鳳翔さんも顔を見せていたが、提督が居ない今鳳翔さんは顔を見せる理由がない。言わば一人ぼっちだ。そんな姫が数日の後、私が二人分の昼食を持って姫の部屋を訪れた際そんな言葉を発したのは、そろそろ暇が限界か、或いは誰かと話したかったのか。
「提督の執務室、この数日誰も入っていないだろう? 埃も溜まっていよう。掃除してもよいか」
 姫も随分とこの生活に順応したものだと感心する。姫は自身の部屋の掃除は自身で済ませているし、郷に入れば郷に従うと言った彼女の言通りだった。
「いいよ。私が立ち会う。少し時間の空きがあるし」
 了承した私の前で姫が昼食を摂る前に扉が叩かれる。出迎えた私の前に居たのは鳳翔さんだった。
「こんにちは響ちゃん。姫さん、最近お暇ではないですか?」
「否、本を読んでいるからそうでもない。ただ少し気が滅入っているのは確かだ。まぁ、その事に関して文句を垂れるつもりはない」
 そう、とだけ鳳翔さんは言ったきりだった。気まずい沈黙を破るために、鳳翔さんに質問をする。
「提督がそう言ったの?」
「ええ。姫が暇しているようなら直ぐ様退院すると」
 まだ寝ていればいいのに、そんな事を私は思った。結局口で言うことはなかったが、姫は我慢が出来なかったのか、それとも私とは立場が違うからか口にした。
「気にするな寝ろと返答しておけ。伊勢に話を聞くに、碌に寝ていなかったようでないか。てっきり執務室で睡眠を取っていると思えばそんな事も無く倒れるとは。暇はそうだが目覚めが悪い」
 ああ、実は姫暇だったのか。
「伝えておくわ。それじゃ、二人共」
 そう言って鳳翔さんは去っていく。部屋掃除をどうか尋ねれば良かったと僅かに思ったが、鳳翔さんはまだ色々と忙しいだろう。昼間、艦娘達皆を見ているのは秘書艦である彼女だ。
「では取り掛かろう」
 暫くして、昼食を取り終えた姫は部屋を出る。扉を開けて廊下を伺い、誰も居ないことを確認してから移動する姫は、それが正しい行いだとしても何だか可笑しい。私もそれに続いて廊下に出て執務室へ向かう。中に入り室内を軽く見て、机に付いた染みやその上に薄ら被った埃に目が行く。殆ど人の出入りはなさそうだ。
「思ったより埃が溜まっているな。掃く程度の軽い運動のつもりだったが思ったより掛かりそうだ」
 掃除すると言った手前最後までやり切る気なのか姫は言う。私は彼女に一言言って部屋を出て廊下の端、掃除用具が入れてある場所に向かう。あまり姫を室外に出すのは良くない。私は桶(バケツ)に水を入れた後、他の用具も持って部屋の前に戻る。一旦用具を置いて執務室の扉を開けた時、姫は提督の机に置かれた一冊の、厚みのある写真帖のようなものを捲っていた。部屋に私が入ってくるのと同時、それを姫は直ぐ閉じる。
「何しているの?」
「いや、そのな、埃を叩こうと思ったのだ。それで落としかかって、中身が見えてな。悪気はない。それに業務には関係がなさそうだったのでな、少し見てしまっていた」
 姫は焦っていた。私はそれに驚く。僅かに感情を見せることは今まであったが、ここまでの事はなかった。
「そう。それ、ちょっと貸して」
 姫は関係のない本と言っていたが、一応は確かめなければならない。
「お前、これの中身を知っているのか?」
 姫の質問に、もう一度写真帖のようなものを見る。確か、これは以前鳳翔さんが抱えていたものだ。あの時は鳳翔さんに尋ねたが、鳳翔さん自身中身は知らないらしかった。ただ、これを白木中佐の元へ持っていく、そう言っただけだった。
「否、ただ結構大事な物ということは知っているよ」
「大事な物? それは提督がか?」
「……白木提督の前、柏木提督から白木提督に託された物、じゃないかな。憶測だけど」
 そうとしか言い様がない。珠瀬海戦の戦場の中、鳳翔さんが持って行く程のものだから。
「そうか。私が見た事は伝えて良いが、お前は読むな。そのまま提督の元へ持っていけ」
「何故だい? 見たんだろう? 機密情報かもしれない」
 その事に姫はまた表情を変える。見てしまったのがばつが悪いのか。
「それをお前達に見せていないのは理由があると思う。兎角見るな」
「そうは行かない。此処には私しかいない。ちょっと今の事があった上で信用は出来ないよ。ここで私が判断する。貸して」
 姫は堪忍したように本を渡す。結構な大きさだ。厚みもかなりあり、普通よりも厚みがある写真帖のようだ。私はそれを床に置いて開こうとするが、姫に止められる。
「床で開くつもりなら止めておけ。せめて机でするんだ」
 妙に注文が多いが、確かに本を床で開くのも何なので提督の机の上で写真帖を開く。適当に開いた頁(ページ)は、見た目の通り写真が張られていた。写っていたのは艦娘だ。ただ、写っている相手に私は驚きを隠せない。
「嗚呼」
 嘗ての、伊隅に居た頃仲間だった者達だ。よく見れば写真の外に日付と伊隅にてという文言、それに撮ったであろう者の名前が、白木と書かれていた。日付は一年以上前。そういえば、白木提督は伊隅に居た頃、時たま写真を撮っていたこと思い出した。
「何だ、ただの写真帖じゃないか」
 姫は何も言わない。私は次の頁を捲った。また別の艦娘だ。見開きのもう片方には工廠に勤めている人間達が写っていた。頁を捲っていっても同じような写真が続く。確かに働いている人間という意味では機密情報かもしれないが、姫が読むなと言った理由が分からない。私は全部を見る気はなかったので、適当な頁に指を指し、何頁も捲った。そうして其処にあったものを眺める。上に写真、艦娘の物。下には文章が連なっている頁を開いた。私は特に気にせず数頁捲る。どうやらこれ以降はこのような形の頁が続いているようだ。私は何気ない頁で書かれている文章を読んだ。書いてある文は出生や個人に関する事だ。戦歴もある。確かに機密情報だ。姫はこれを読んだからばつの悪そうな顔をしたのだろうか。
 読み進めている途中、動悸がし始めるようになった。何か違和感がする。否、理由は分かっている。ただ、頭が理解を拒否する。だから目は文を追っていく。止められない。そうしてそれは最後まで読み切るまで続けられ、その文字が入ってきてしまえば理解せざるを得なかった。死亡、と。
「嘘」
 見開きのもう片方の頁を流し読む。そうして次の頁を読む。そうして次も。我慢がしきれなくなり、何頁も捲っていく。そうして気づいた。この形で書かれている艦娘は全て、戦争で亡くなっていたと。
 赤城……これが、彼が写真を撮っている理由だったの?
「これ……これって」
「呪いだよ、それは」
 姫を振り返る。写真帖を見る目はどこか悲しそうだ。
「以前、それを開いていた提督を見た。それは何だと尋ねた私になんと返したと思う? 忘れてはいけない物と答えたよ奴は」
 ぞわりと背筋が粟立つ。僅かな気持ち悪さで体が眩んだ。読んだ文章が脳内で繰り返される。誰が何処でどのような作戦中に何故死んだのかが浮かんでは消える。そうして同時に、今年に入ってから戦った深海棲鬼達を思い出す。その中の何人もの、人としての生き様がここにあった。否が応でも深海棲鬼が嘗ての艦娘だということを思い出す。否、それだけではない。敵として相まみえた者達が、嘗て横に居た誰かと言う事を認識させられる。忘れたわけではなかった。でもここまで事細やかに認識したこともなかった。
「之を忘れぬがまま戦うのか奴は……否、現に戦ったのか、柏木という奴は」
 姫の言葉を聞きながら思い出す。忘れてはいけないものと言った以上、白木提督はこれを全て覚えている。否彼だけではない。柏木提督もだ。珠瀬海戦の際、提督は自ら戦艦と相まみえた。私は戦艦としか思わなかったが、柏木提督はきっとこの中の誰かと、顔の浮かぶ誰かと分かっていたはずだ。その上彼は戦った。そうして殺した。
「嘗ての部下を殺す……想像もつかんな」
 生きていた誰かを忘れずに、生き返った誰かを殺す。彼はどんな気持ちだったのか。私のように、嘗ての仲間を殺すという曖昧なものではなく、一人一人の生き様を覚えて、一人一人をまた部下によってもう一度殺させていくのは。
 そうしてその道をまた歩むと言った白木提督は、どのような気持ちで姫と接して居たのだろう。
「けど、これは……きっと、私も忘れてはいけないものだよ」
 提督だけが背負う物ではないはずだ。これはきっと、此処にいる皆が知っておかなければならない事。死者を思い、屍の上に立っている事の再認識。
「私が口を出す事ではないだろうが、それは違うと思うぞ。お前たちが忘れずに居ることは唯一つでいいはずだ」
「それは、なんだい?」
「お前達は提督によって殺される」
 突然に手を出さなかったのは、目の前に開いた写真帖のおかげだろう。彼女達の前で姫と、深海棲鬼と話すよりは醜い争いをするほうが辛い。
「何故」
 だがそれでも、姫を睨みながら言う。
「お前達は何故戦うのか、それは置いておく。お前達は何故戦えるのだ? 武装し海原に立てる理由は? それは、提督が命令したからではないのか?」
「そうだよ。だけど私達が死ぬのは深海棲鬼と戦い……殺されるから」
 言いながら、その事に気がついた。深海棲鬼とは、果たして誰の事だったのか。
「鬼は艦娘ぞ。お前達と私達は、広く視野を持てば究極的には同士討ちだ。では、その争いの場を用意するのは提督ではないのか?」
 頭を振る。そういうことではない。そんなわけがない。これは全て、提督のせいだなんて。
「違うよ。戦争で上司だけが悪いなんて話ありえない。それに、戦わなくても殺される」
「そこではない。誰が艦娘を編成し、艦娘を兵装し、艦娘を指揮する? 鬼は直接的な死亡原因だ。ただその状況をお膳立てしたのは誰だ? 提督こそがお前達にとっての死神だろう?」
「否(ちがう)、断じて否(ちがう)!」
 姫に剥き出しの敵意を向ける。
「この殺し合いは提督の手によって作られる」
「何故貴方が其れを言う? 提督を憎んでいるの?」
 姫は薄く笑った。
「否。私は、尊敬している」
 急速に熱が冷めていく感覚。脳に集まった血が全身へと流れ、知らずの内に握りしめられた拳を開く。
「誰かがやらなくてはいけない事だ。それは、あやつが覚えていなければならないものだ。それを奴は確かにやっている。其れ以上の事があろうか」
「じゃあ何でそんな事を言うんだい?」
「奴の願いだろう。それを見て確信した。奴こそが背負う物と信じて奴だけが忘れないのであればお前達の責務は何だ? 戦う事だろう。お前はそれを覚えていなくていい。覚える必要があるのはその足を止めぬ為の感情だ。怨嗟や快楽といったな」
 それが提督の望んだものだとしても、姫は私の質問に答えていない。
「何で姫がそんな事を言うんだい?」
 姫は少し間をとって、ゆっくり語りだした。
「それを見てしまったからな。見てしまった以上、私は憎まれねばならぬ。それに、すまぬな響、お前を試していた。激昂して私を殺しに来るか試した」
「私は憎まない。誰も」
 私の言葉に、姫は僅かに顔を歪ませる。
「分からぬ、分からぬ。此処に生きる者も、此処という場所も」
 それだけ言うと、姫は視線を窓へ向けた。その先には海が見える。それは、嘗て姫が居たところだ。
「戻りたい?」
「もう、何処にも私の居場所はない」
 何処にも居場所がない、か。確かにそうかもしれない。だけれど私はそれに肯定する事も否定する事も出来ない。
 結局その日はそれでお開きとなった。 
 

 
後書き
待たせすぎて土下座でもしたほうが良い気がします、はい。
完全に投稿していたことすら忘れて「あっそういえば」という具合に昔書いていた貯蓄分だけ乗っけました。最近の艦これって何があるんですかね、私は止めてもう何年経ったかかも分かりません。

終わりも近いですが続きは出来るかどうかは怪しいです。 
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