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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督の採用テスト・問2-2

 そういや、早霜のここで働きたい動機を聞いてなかったな。

「なぁ早霜。」

「何でしょうか?」

「何でいきなりBarで働きたい、なんて言い出したんだ?」

 幾ら人型駆動兵器と巷では揶揄されようが、艦娘とて軍人だ。毎月の給料は支払われるし、民間からの依頼をこなせば特別ボーナスが入る。金銭的には困っていないハズだ(一部を除いて)。

「そうですね……一言で言えば…夢、でしょうか。」

「夢?」

 カクテルを作る手を止める事なく、早霜は続ける。

「私、自分の作ったお酒を飲んで『美味しい』と言って欲しい方がいるんです。それに、もしもこの戦争が終わって平和になったら……小さなBarを開きたいんです。」

 成る程、要するに早霜の想い人ってワケか。

「しかし駆逐艦の連中も進んでいるんだなぁ。」

「……? 何がですか。」

 不思議そうに首を傾げる早霜。

「…だって、彼氏だろ?飲ませたい相手って。いやいや、重巡や戦艦、空母や軽巡なんかには浮わついた話も出ていたが、駆逐艦にもオトコがいる奴がいたんだなぁ。」

 早霜は開いた口が塞がらない、とでも言いたげな表情で目を丸くしている。

「あん?どうした早霜。早いトコお代わりくれよ。」

「あっ、あぁ……そうでしたね。」



『アーティスツ・スペシャル』は確かに美味かったが、いかんせんカクテルグラスじゃ量が少ない。早霜は何やらブツブツと言いながら作業を再開。使用するのはブラックニッカの8年物。北海道と宮城の2ヶ所の蒸留所で8年以上に渡って熟成されたモルトを、世界でも稀少なカフェ式蒸留機を用いて香り高く仕上げられたカフェグレーンを絶妙にブレンドした逸品だ。それをシェイカーに30ml。更に加えるのがレミーレッド。有名なコニャックメーカー・レミーマルタン社のコニャックに桃、杏、赤すぐりを配合した女性でも飲みやすい円やかで甘口のリキュールだ。更にカクテルの名脇役・オレンジビターズを1dash加える事で柑橘の香りと仄かな苦味をプラス。これをシェイクしていく。

「しっかし、いい手際だな。練習でもしてたのか?」

「えぇ、まぁ。夕雲姉さんや巻雲姉さん、長波姉さんや清霜相手なんかに作ってましたから。」

 氷を入れたタンブラーにシェイクし終えた物を注ぎ入れながら、早霜は受け答えしている。そして取り出したのはコーラ。プシュ、といういい音と共にプルタブを起こし、タンブラーに注ぐ。仕上げに手早くカットしたオレンジをカクテル・ピンに刺し、飾って完成。

「『赤ひげ』です。すぐに酔ってノビてしまうのですが、巻雲姉さんのお気に入りです。」

 ……何となく味の想像は付くが、まぁ頂こう。

「うん。予想通りに甘いな。」

 飲みやすいには飲みやすいが、どちらかと言えば女子向けな味だ。…まぁ、女の園であるココならば受けは良いだろうな。暁を始めとするお子様系には良さそうだ。

「そういえば提督、『赤ひげ』の由来はご存知ですか?」

 こちとらこんなカクテルは初めて飲んだ。知るわけねぇだろと突っ込もうかと思ったが、こういうバーテンの蘊蓄を聞くのもBarの一興か。

「いや、知らんな。」

「昔、映画に『赤ひげ』という作品があったのをご存知ですか?」

 確か、往年の名俳優が演じた、薬草調合の名人の医者の話だったか。

「それに、ブラックニッカのボトルに描かれた男性も赤い髭なんです。」

 まぁ、言われてみれば確かにそうだな。…ははぁ、成る程な。

「映画の赤ひげは薬草のブレンド名人、ブラックニッカの赤ひげは酒のブレンド、つまりはカクテルの名人、ってワケか。中々小洒落てるな。」

 ちなみに後に調べて解ったのだが、このレシピは日本の女性に飲ませたいカクテルの品評会で日本一を獲ったレシピらしい。不味いハズがねぇやな。作る時のコツとしてはコ〇・コーラよりもペ〇シコーラを使った方が美味く出来るな。
 〇カ・コーラはコークハイに代表されるようにウィスキーとの相性は悪くないが、カクテルとなるとあの独特のフレーバーが他のリキュールのフレーバーを邪魔してしまう。その為、俺個人としては〇プシコーラをお勧めする。……あ、ゼロカロリーは論外な。



 甘すぎる赤ひげに合わせて、塩の強いペコリーノ系のチーズをかじりながらやっていると、扉の外に人の気配。

「邪魔するぞ、提督。」

「おぅ、木曾じゃねぇか。第一海域突破お疲れさん。」

 当時改二に成り立てでまだマントもサーベルも真新しい木曾が入ってきた。

「私も居るのだがな、提督。」

 木曾にだけ反応したのに不満そうに、もう一人艦娘が入ってきた。黒い長髪を後ろで1本に束ね、折角の良い顔立ちを不機嫌そうに歪める。

「なんだぁ?お前明日は出撃だって言ってあっただろが。何でまだ飲んでんだよ、那智。」

「仕方なかろう?木曾が無事に第一海域を突破したら、一杯奢るという約束だったのだ。」

 瞬間、カウンターの方からバリン、とグラスの割れる音がした。見ると、あの冷静沈着・鉄仮面の早霜が、顔を赤くしてアワアワしている。

「なっ……ななななな那智さん!?な、何故ここに…。」

「何故って……ここはBarだろう?酒を飲みに来たんだ。何か可笑しいか?」

 何を当然な事を、とでも言いたげな表情で、早霜の問いに答える那智。…ははぁ、読めたぞ。さっき早霜の言ってた『酒を飲ませたい人』ってのは、オトコじゃなくて那智の事だったのか。まぁ確かに、那智と早霜は縁が深いからな。

 太平洋戦争当時、駆逐艦『早霜』の最期を看取ったのは、那智の水偵だったそうだ。それでときどき、水偵が飛んでいると眩しそうに空を見上げている事がある、と早霜の姉である夕雲から報告は受けていた。…そうだ、私にいい考えがある。

「おぉ、丁度いい所に来たなぁ二人とも。…実はな、今新しくウチの店にバイト入れようと思ってな?」

「ほぅ?」

 興味津々、といった様子の那智が早霜の目の前に座る。木曾は俺を挟んで那智の向かいに座る。

「そこで、だ。二人は中々酒の好みは五月蝿いだろ?だから、バイト候補の早霜の試験に付き合ってくんねぇか?」

 えっ、と驚いた様子の早霜。動揺が隠せない、といった感じだ。

『おい待て提督、どういうこった?』

 俺の耳元で木曾がこしょこしょと話しかけてきた。やめろよ、くすぐってぇわ。

『説明は後だ、今は取り敢えず話を合わせろ。』

『……解った、キッチリ聞くからな?』

 こういう時の理解力の高い奴は助かるぜ。

「あ~、那知さん。折角だ、俺達も早霜の試験に協力してやろうぜ。」

「フフ、私も構わんさ。但し、評価に手抜きはしないからな。全力で来い、早霜!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 あ、噛んだ。なんだこの可愛い生き物。 
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