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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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60.第十地獄・灰燼帰界 前編

 
前書き
最近のお気に入り作業用BGMは「Ying Yang」と「Godsibb」。
ちなみにこれまでによく使った曲は「LILIUM」とか「ブラーチャ」とか。
この変なテンションの小説を続けるには、変なテンションになれる曲が必要なのです。 

 
 
 3つの光が空を交差するのをぼうっと見上げる。

 歪なる威光。永劫の終焉。焼尽の黒焔。
 己が魂を賭けるように、幾度となく光は激突し、その度に世界が悲鳴を上げた。

「黒竜――そうダ、俺は至高ノ熱戦を求めて……」

 黒竜を追い詰め、灼熱の躰を拳で貫き、そして……そして、そこから先の記憶が不明瞭だった。
 三大怪物の名に相応しい熾烈な猛攻を受けた気はする。
 だが、その猛攻を受けても尚、俺は動ける筈だった。

 そう、あそこに求めるものがある。己もまた一筋の瞬きとなってあの至高の殺意と激突すべきだ。そう理屈で思っているのに、体には反映されなかった。
 精神の思うままに肉体が動かないということは、肉体の限界という奴なのだろうか。これまでの生に於いて唯の一度も経験したことがない限界というものを迎えたのならば、成程確かに動けない筈だ。そう思い、自らの体を唯一動く首を曲げて見やる。

(……………なんだ、コレは)

 ゴーレムのように武骨な両腕は、アズの即席で作ったナックラーも含めて健在だった。
 ただ一つ――手の甲から肩に伸びるように皮膚をのたうつ黒い筋を除いて。
 実体のある物ではない。これは、入れ墨の様に皮膚の色を変色させたものだ。
 爬虫類特有の鱗のような文様を描いているが、顔があると予想されるその先端は見えない。黒い筋は剣ほど太く、肩を通って腹や背中を規則的になぞり、紆余曲折してもう一つの端は反対の腕に続いていた。

『いやはや、化け物同士の闘いとはなんとも凄まじい。あそこに人間が巻き込まれようものなら、無辜(むこ)の民はいとも容易く肉片に転生してしまいことだろう。恐ろしいねぇ、厭だねぇ、化け物はさ。化け物なんざ見世物小屋の檻の中で他の化け物と食い合ってくたばればいいとは思わないかね?』
「!?」

 その男が自分の隣にいて、まるで友人にそうするような気さくさで声をかけてきたことに、ユグーは驚愕を隠せなかった。ユグーの思い描く世界で起きうる現象ではない。男は四角い淵の眼鏡にまるで一般人のような軽装で、強者の気迫どころか生命の気配すら感じられない。まるで全く別の場所に存在した人間の影だけがその場に投影されているかのようだった。

 その後ろにはユグーと同じく黒竜との戦いに赴いたリージュが不自然なまでに静かな面持ちで空を見上げている。自分の真後ろに突然現れた男の姿も声も認識していない。目の前の敵をしかと見据えているだけだ。

 お前には見えないのか、聞こえないのか――そう問おうとしたユグーの喉が、声を出さない。
 再度肺を膨らませる。しかし、出ない。
 自分が動いているという気配すらリージュは認識していないようだった。ユグーの見る限り、彼女は戦士として一流に近い素質を持っている。そんな人間が、敵を注視しているとはいえ背後の不信な気配に疎い筈がない。まるで、「気付かぬようにと望まれた」ように、リージュはユグーの異変に気付いていなかった。

(なんなのだ、これハ。白昼夢だとでもいうのか)

 だとすれば、随分とくだらない夢だ。何の意味も見いだせない。
 ふと、自分は既に死んでいるのかもしれないと思い、足元の瓦礫を蹴る。
 脚が動き、瓦礫は蹴り飛ばされた。リージュはそちらを見ない。それもそうだろう、黒竜とオーネストたちの猛攻の余波が降り注ぐこの場所で瓦礫の一つが動いたから何だというのだ。だが物体に触れることは出来た。肉体と精神は繋がっている。

 もう一度体を動かそうとする。
 先程足が動いた時とは打って変わり、黒竜に向かおうとしたときの様に体の自由が利かなくなった。

『うえぇ……怖いよ。痛いよ。ヒッグ、怖いのも痛いのも厭だ……』

 眼鏡の男とは違う、子供の声。男と反対方向に、アマゾネスの少女が立って己の目を拭っていた。
 ユグーの視線に気づいたように顔を上げた可憐な少女は、泣きはらした顔を屈託のない笑みに変えた。

『だから怖いのは殺そう!痛いのは殺そう!この世に溢れるる苦しみと悲しみを生み出すモノをすべて滅ぼしちゃえば、誰も苦しまなくて生きていけるよね?全て終わるんだ、すべての苦しみが!』
『終わらんさ!!はははっはっはー!!』

 また、実体のない人間がユグーの周囲に増える。ピエロのような恰好をした男の犬人だった。

『生きる苦しみとは生の実感!痛みを知ってこそ人は手を取り合える!世界が平和になったところで酒場の酔っぱらいがカッとなって殺人の罪科を犯すことは止められぬワケだからね!全てが都合よくはいかない!痛みこそ人間だ!だから化け物も人間もみんなハッピーに生きようじゃないの!!』
『されど幸福なる世界とは調和の世界。痛みを知ることも重要ですが、知る必要のない痛みもありましょうぞ。調和無くして世界はあるがままにならぬのです。癌は癌。調和を壊す強すぎる力は、他の多くの者の調和の為に尽滅せねばなりませぬ』

 修道女のような恰好をしたエルフの女が、目を伏せて祈りながら異を唱える。
 いや、彼女だけではない。いつの間にはユグーの周囲はあらゆる種族のあらゆる人間で埋め尽くされていた。誰もかれもが口々に、目の前の闘いをまるで他人事のように好き勝手に言葉を交わす。

『俺より強い奴なんてなぁ、要らねえんだよ!殺せ、殺しちまえ!!全員皆殺しだ!俺が法度を敷き、俺が俺の裁量で世界を廻せ!それで人類の意識は統一されんだよ!!』
『手負いの獣は弱ってから仕留めるべし。待て。待って戦いに勝利し疲弊したところを仕留めればよろしい。そして過ぎたる力となりし折は、己をも殺せばよい』
『暴力はいけません。言葉と真心を叫び続けるのです。人の可能性は無限。たとえ何十年の月日がかかろうとも、彼らはきっと秩序を知り、平和的に生きてくれることでしょう。それが平和な千年王国の始まり。無意味な闘争の潰えた人類が新たなステージへ進む階なのです』
『生きることを諦めるのはイヤ!でも他人が生きられることを選べないのはもっとイヤ!!だからアタシはアイツラが戦うんなら何度でも立ちはだかる、何度でも止める!何度繰り返してもいいよ、アタシの自己満足だから!!』
『邪悪滅するべし!!人を持て遊ぶ神の先兵も、人類に災厄を振りまく魔の狩人も等しく地上から滅するべし!!人の道は人が決める!!』
『神様はやさしいんだよ。やさしくない神様もいるけど、やさしい神様もいるんだ。神様はとっても聡明で、何でも知ってて、いつも人間にやさしい。そんな神様のいうことを聞いて生きていれば、ぼくは天国に行けるんだ』
『愛が足りない!!この世の全ては愛を育む愛の庭!!愛こそ人類最強にして無尽の感情!!世界よ、愛を知り、愛に包まれよ!!闘いなんて馬鹿馬鹿しいぞォ!!』
『殺すと決めたら殺しなさい!恋人も家族もガキも老人も殺しなさい!!殺して憎むのよ!世界を憎み抜くの!!ここは常世の地獄、救いなぞ幻想!!憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め!!憎しみこそ生きる原動力になる!!生きて殺して俺以外全員いなくなってしまえば………雑音を聞かずに済むのだから』

 それは無責任な、どこまでも無責任な数多の声。
 目の前の闘いの結末を、滅茶苦茶に語るだけの声。
 無意識的で、集合的で、この世の全ての色をごちゃごちゃと混ぜ繰り回し、その全ての色が混ざらないまま歪なマーブル模様を描いているような、異常で異質なそれを絵具に人間の型に色を塗り込んでいるような、混沌。

『滅べ!!』
『生かせ!!』
『赦せ!!』
『怒れ!!』
『止めよ!!』
『させよ!!』
『愛せ!!』
『憎め!!』

 荒れ狂う感情の奔流に耳を苛まれつつ、ユグーは自問する。
 それはこの声の正体でもなく、自分が何をすべきかでもなく、純粋な疑問。

(何故そこに、俺ノ意見が。俺ノ声が存在シナイのだろう)

 手のひらの黒い筋が蠢き、見えていなかった手の甲にてばくりと口を開く。
 ユグーの手の甲に現れたのは、すべてを飲み干す巨大な蛇咬だった。

『総論』
『滅せし確率低し。説得の可能性難し』
『両者を滅する可能性が生まれるまで相互に生かし、現状維持』
『されど連中は人間の世界を崩壊させる破滅の因子』
『見極める必要がある。いつ、どうするのか』
『取り除かなくちゃ』
『毒を制する毒になるかもしれない』
『人間の為に』
『人間が想う人間の為に』
『人間が人間としてある為に』
『神が滅んでも人が生きていける、人間の為だけの秩序の為に』

 やがて結論が出たというように、すべての人間が笑顔でユグーに手を差し伸べる。
 100にも届こうかという笑顔、手のひら、意識、それに呼応したかのようにユグーの体の黒い大蛇の躰が妖しく輝き、その場の全ての意志を喰らうように蛇咬がバグン、と閉じた。人間たちは一人もいなくなり、そしてユグーの頭の中に『総論』とやらが滝のように雪崩れ込む。

 ユグー・ルゥナという意識が膨大な流れの内に流されそうになり、意識が遠のく。
 その狭間で、問う。

(お前らは、誰だ。お前らを見る俺は――誰だ?)

 ただその疑問だけが、只管に掠れ行く意識のなかで存在し続けた。



 = =



 やればできるなんて無責任なことを言われれば反論の2,3はしたくなるが、やらねば死ぬと言われれば人間に残された道は実行と逃避の二者択一。なれば選択肢の肢とは事実上一つのようなものであり、俺にそれを選ぶ事への躊躇いは存在しなかった。

「最大火力による徹底的な殲滅ねぇ。単純な話だけど、確実に叩き込んで命中させられる保証が欲しいな」
「俺が作ってやろう。満足か?」
「満足でなくともやれってんだろ?どうせ他に代案もないし、やろやろ」
「ただ――こいつは後出しジャンケンかもしれん」

 オーネストの眼光が、一瞬だけ今ではない遠くを見据える。

「こちらも札を切るが、向こうも札を二枚以上伏せているかもしれん。相手が先に焦れて動いた場合に出鼻を挫く捨て札は、俺なら用意するからな。後出しされた場合の勝率は五分を切るのを肝に銘じておけ」
「と、いうことは確実に切ってくると踏んでる訳ね」

 少年漫画とかならこちらの攻撃と同時に向こうが動いたら「何だと!?」と驚愕するのだろうが、この可愛げの「か」の字もない無頼漢にかかれば予測可能な未来として予め言葉に出てしまうらしい。

「黒竜の頭脳も怖いが、お前の灰色の脳細胞も怖いよ」
「人間ってのはそういうもんだろう。『悪魔の狡知』なんて言葉があるが、実際にそいつをひねり出してきたのは神でも悪魔でもなく、人間だ」

 悪魔に一番近い生物は人間、などという名言がある。間違ってはいない。少なくとも、ちょっくら国を滅ぼすために核ミサイルのスイッチを押せる程の権力を握った者が複数存在していた俺たちの世界では、そいつは至極まっとうな考え方だ。

 それに、たとえ悪意でなくとも一つの名の元に統制された集団というのはどれも形のない化け物になりうる。俺たちの世界では国家とは怪物だ。ホッブズとかいう哲学者曰く、恐れ多きその名は「リヴァイアサン」。膨大な人間の意識を飲み込んで善と秩序の力を振るうその化け物は、時に戦争と言う名の虐殺を大衆の意として振るうことができる。
 皮肉な話だが、もしかしたらこの形のないリヴァイアサンは、こちらでの『三大怪物』たる海の覇王リヴァイアサンより多くの人間を殺しているかもしれない。ファンタジーが胡乱げな目で見られていたあちら側にも、確かに形を変えて怪物はいたのだ。

 長期に渡って自然発生し、拡散し、求められ続ける実体を伴わない怪物。
 長い歴史のほんの一部の年月だけ、人間に不可避の猛威を振るった怪物。
 あちらとこちらでは、すべてが対照的だ。

 向こうでは聞き上手で主張の少ない凡夫だった俺も、こちらでは化け物呼ばわりされる狂人扱い。それを気にしていた嘗ての俺は、まるで気にしない今の俺に取って代わった。しかし今だけ、俺は俺自身を化け物であれと望んでいる。

「じゃ、そろそろ黒竜に人間ってヤツを堪能してもらうかね」
「既に授業料は眼球で払ってるが、もう一杯喰らうのも乙なものだろう」

 神でも悪魔でもない俺自身に祈る。
 堕ちて尚堕ちよ。沈んで尚沈め。
 俺よ、目の前に君臨する怪物を上回る怪物であれ。

「カウント、3……」

 両手にカラシニコフに酷似した銃が握りしめられる。グリップから伝わる硬く冷たい感触と、心臓から伸びる『徹魂弾(アーカードゥーシャ)』の鈍い光がやけに鮮明に感じられた。これ以上なく弾の威力は高まっているが、これ以上なく魂の限界を感じさせた。

「2……」

 目線を合わせないまま、オーネストの周囲に風が集まっていく。神秘的なエネルギーを内包した濃密なまでの空気の流れが、目には見えない『何か』を形成してゆく。これまでのオーネストが纏っていたそれと桁が違うように感じるのは、初めて扱う魔法の風の具合を掴んできたのだろう。

「1……」

 オーネストの体が風の塊を抱え、爆ぜるように加速する。
 俺の背中に輝く銀色の十字架が現れ、キキキキキキ、と歯車が回転するような異音を立てる。

「ゼロ」


 轟ッ!!!――と。


『グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』
「――ッ!?」


 筆で書き殴った墨のような漆黒が、空間を貫いてオーネストを追い抜く。
 それは本当に、何の前触れもないノーモーションからの、究極の奇襲だった。

 爆音を置き去りにする、音速を超えた突進。オーネストが散々使ったそれを模倣するような破壊と粉砕に特化した砕滅の集約点となって加速する。
 どのような原理でそれを成したのかなど分かりもしないが、一つだけ確かなことがある。黒竜は後出しジャンケンなど狙っていなかった。黒竜が考えていたのは――。

 ――『俺達が何かする前に鏖殺する』ことだったのだ。

「………マジか」

 次の瞬間、黒竜の顔面は今まさに黒竜を攻撃しようとするアズの目の前にあった。
 その口からは溢れんばかりの灼熱が漏れ出し、溶鉱炉にアズを叩き込むように大口を開いている。

 全く行動が間に合わない。いや。それどころかこの一撃は広大な地下空間であるダンジョンを貫通して大地震を引き起こすのではないかと疑いたくなるほどに、速過ぎる。回避するとかしないという問題ですらない。もはやここまでの大質量の物体が通ったとなれば、近くにある物体は衝撃波だけで粉々に砕け散る。体が避けられても空間の壁に押し潰されるのだ。

 考えうる限り最も絶望的で、最悪な奇襲。
 オーネストに目もくれず、まず確実に殺せう一人を確実に殺す為の一手。
 必殺だ、必滅だ、回避不可避だ。


「だからこそ、それが中断される事なんて欠片も考えなかったろう?」


 黒竜の目の前に、巨大な銀色の十字架がひとりでに掲げられた。
 俺とて、その程度の絶望は考えていた。オーネストだってそうだろう。
 切れる札が一枚なのは、なにもお前だけではないのだから。

「生ある者が逃れ得ぬ咎を背負え――『贖罪(グラー)十字(エイツ)』」

 その十字架に触れた、その瞬間。
 黒竜の加速が、黒竜の火焔が、黒竜の質量が、黒竜の引き連れた衝撃波が、黒竜が破壊の意志を込めて発生させたありとあらゆる現象が、十字架に飲み込まれるように消え去った。

 刹那、十字架がキキキキキキキキキキキッ!!!と耳障りな奇音を立てて振動する。

「罪は消せない。だから『贖罪十字(グラーエイツ)』は存在がある限り絶対に破壊できない」
『グルルルゥッ!?』

 流石というべきだろう。馬鹿な魔物なら「なんでこの十字架は壊れないのか」と困惑して動きを止めるだろうが、黒竜は瞬時にそれを『未知の存在』と認識し、リスクを避けるために瞬時に距離を取った。距離を取るついでに真正面に真空の刃と空気の壁とブレスを三つ同時にぶちまけるが、『贖罪十字(グラーエイツ)』に触れた瞬間にすべては無に帰す。

 破壊を吸い取っているのではない。攻撃を無効化しているというのも少し違う。
 この十字架の本質とは、どれほどそれを避けようとしても、破壊しようとしても、決して叶わないという普遍的な過去を表す――そのような性質がある。だから、十字架は決して拒絶することが出来ない。

 過去をなかったことにはできないのと理屈は同じなので、「現象」がなくなっているのではない。
 ただ、この十字架に攻撃することは過去を殴ろうとするようなものなので、決して叶うことはない。
 叶うことがないから「意味」がない。

 すなわちこの十字架は、十字架を破壊しようとする事象が含む「意味」そのものを、消滅させているのではなく「なくして」いる。黒竜の攻撃は確かに十字架とその後ろにいるアズに届いたのだ。届いたが、『意味がないから何も起こらなかった』。

「そしてもう一つお前さんに伝えておく……罪からは逃げられない。お前が生きている限り、それはどこまでもお前さんを追い、そして負う」

 黒竜がそれ――あの十字架がアズの目の前に存在しない事を認識した瞬間、黒竜の前上から異音がした。

 ギギキキキキキキキキキキキキキキッ!!!

 そこにあったのは、黒く、どこまでもドス黒く染まった漆黒の鎖が周囲に巻き付いた十字架。
 具現化せざる罪を総て吸い込んだように重く、深く、決して潰える事はなく。

「背負えや、そいつがお前さんの『罪』の重みだ」

 その重圧だけが、黒竜の全身に雪崩れかかった。
 ずぐん、と、黒竜の翼に果てしない重量が伸し掛かる。
 これまで世界に誕生してから今に至るまでに虐げられてきたあらゆる者達の血涙と怨嗟が蘇るように、その骸の重量が降り注いだように、余すことなく十字架によって存在を認められた罪科たちは()()なく黒竜を地に堕とさんと引き摺る。
 
 ただし。

『グゥゥゥウオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 背負った罪の重みに耐えられる者にその効果は鈍く、そして罪という意識を超克した化け物の躯体を留めるには余りに足りなすぎる。人間なら頭蓋ごと砕けて潰れる死の重圧も、黒竜の機動力を完全に奪うには至らない。

 まだ動ける――ただし、万全からはかけ離れる。
 それで黒竜が弱くなる訳ではないが、ことオーネストにとってその僅かな隙は致命的と言う他ない。

「まぁ、そうがなる(・ ・ ・)な」

 間髪入れず――オーネストの両腕に発生していた『真空の爆弾』が明確な指向性を持って黒竜の四枚の翼に叩き込まれた。
 黒竜がオーネストの突進を真似たのと同じように、オーネストも黒竜が散々放ってきた『真空の爆弾』を模倣し、再現し、更に指向性を持たせることで更に強い衝撃を発生させて黒竜に叩きつけられる。
 通常ならば黒竜にその程度の風など傷を負うほどの攻撃たりえない。だが、『贖罪十字(グラーエイツ)』の罪と星の重力と、更には黒竜の翼が上方から攻撃を受けたときに最も風を浴びる面積が広くなる瞬間を狙い打たれたことにより、黒竜の動きが『鈍った』。

 これだけの攻撃を叩き込まれて、それでも黒竜の動きは『鈍った』だけ。
 少し鈍り、その一瞬から更に少しだけ鈍り、それでも決定的な隙とは言えない。
 依然としてこの蒼穹を朱に染める覇王の速度は、オラリオ最上位冒険者を越える駿足でちっぽけな人間種を圧倒せしめる。

 故に――その僅かな隙をこじ開ける為の一手を『切り札』と呼ぶ。
 俺は、オーネストが黒竜に仕掛けるより僅かに早く、十字架を手放すと同時に事を起こしていた。

「かーごめかごめ……籠のなかの黒竜(とり)ぃをー……いま、いま、堕とすッ!!」

 腹の底に力を籠め、俺は両腕に抱えた『徹魂弾』を――『出鱈目な照準でぶっ放した』。

 まるで若者が音楽に合わせて出鱈目なステップを踏むように、派手なだけの破裂音を撒き散らすように、体を回転させながら撃つ、撃つ、撃つ。残魂(のこり)も疲労も忘れ、嘗てより連射性能の増したアサルトライフルで俺は銃の舞を踊った。

 弾丸は下へ、上へ、銃の反動(リコイル)に振り回されるようにまるで照準を定めないままに嵐のように周囲にばら撒かれる。その一発さえも、黒竜には向かずにただ無為に弾丸を連射し続けた。マズルフラッシュが空しく空間を照らし、魂はただただ散逸し続ける。

 だって、『照準を合わせる役目は俺にはない』のだから。

 黒竜、お前は一つ見落としをしているのかもしれない。
 俺が目覚めると同時に八方に放ち、壁や天井に突き刺さった巨大な鎖たちを、お前は徹底的に破壊しなかった。
 俺が設置した鎖を張り直さず移動だけに使っていたから、元々大した役割はないものと考えたのか。
 それとも現在の黒竜の能力ならば鎖が飛来しても苦も無く破壊出来るからか。
 或いは、破壊に費やす時間と隙を鑑みて、あえて放置せざるを得なかったのか。

 いずれにせよ、その判断は残念なことに致命的な失態と言わざるを得ない。

「さあ、出番が来たぜ!踊り狂って捻じ曲がれよ『選定之鎖(ベヒガーレトゥカー)』ッ!」

 この鎖は俺の魂であるが故、どんな形状でどこにあろうが俺の意のままに動く。
 俺の為だけの黒子であり、バックダンサーであり、(しもべ)であり、俺自身。
 そして――鎖も弾丸も俺の魂を源泉とするモノである以上、『こういうこともできる』。

 壁や天井に突き刺さったアズの鎖たちが指揮棒に振り回されるように一斉に蠢き、我先にと空間を塗り潰すように空間を駆け巡る。その鎖の端に、或いはリングに、俺の放った『徹魂弾』が命中した。
 ギキィンッ!!と甲高い金属音を立て、弾丸の弾道が変化する。さらに同じ鎖に出鱈目に放った弾丸が何発も命中し、弾き、弾道を変化させ、跳弾の嵐が発生した。その全てが出鱈目なようで――鎖の結界の中から漏れて壁や床に命中するような無駄弾はただの一発もなし。

 黒竜との惨殺空間に発生したのは、魂魄をも穿つ消滅の棺だった。

「運べ、囲え、弾け、穿てッ!!廻転する『死』の跳弾する先に、不可避の尽滅よあれかしッ!!」

 跳弾というのは漫画のように意図してコントロールすることは不可能に近い。だが、俺の鎖と俺の弾丸は生憎とまっとうな物理法則の元に動いてはいない。俺が今現在放つことの出来る最悪の技術によって出鱈目に散逸した筈の破滅が次第に収束し――黒竜の鈍った背中に流星のように降り注いだ。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!

『ギュオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!?』

 黒竜の背中、翼の付け根部分に夥しい量の弾丸が降り注ぎ、堅牢を誇る黒鱗が凄まじい速度で弾け飛んでいゆく。冗談のようにあっさりと、再生する速度を容易に上回り、まるで氷に熱湯をぶちまけるように、無慈悲に。

 撃てば撃つほどに俺の心だけが肉体を離れ、どこかに消えていきそうになる反動を歯ぎしりして堪え、俺は死力を振り絞って撃ちまくった。あと数秒も続ければ俺と言う存在が何を考えていたのかを完全に忘却する領域に達しそうなほどに、それは極限の一斉掃射だった。

 『徹魂弾』は命中した物体、エネルギー、運動を弾丸に込められた力の分だけ削る。たとえそれが不壊属性だったとしても、そのような性質ごと殺す、反物質によるエネルギーの発生を伴わない対消滅に近い現象を引き起こす。

 最初の一撃を浴びたその瞬間には既に手遅れ。
 背中の肉を抉られ、翼の付け根を殺され、翼による移動回避も叶わぬまま一方的にいたぶられ続ける。この一瞬――二重の重圧によって動きが鈍った瞬間に俺の持てる最大火力を叩き込む。『断罪之鎌』では振るモーションを見てから回避されるため、完全に弾道予測が出来ない照準の仕方をする『徹魂弾』だけで実行が可能だった攻撃。

 そして、黒竜は他の誰よりもそれをはっきりと理解していた。

「……ッ、こいつ、どれだけ……ッ!!」

 弾丸を発射するたびに脳の回路が焼ききれそうな程に激しくなる『死』を堪える俺の眼に、絶望的な光景が映った。

 黒竜が翼を上部に展開して、『徹魂弾』の掃射を防ぐ盾にしている。弾丸は確実に翼を削って機動力を封じているが、これでは魔石どころか背中の黒鱗まで弾丸が到達しない。時間をかければ出来るだろうが、時間をかけられるほど俺の弾丸は長く保たない。

 しかも第二形態で見せた灼熱の炎を翼に纏わせ、『徹魂弾』の破壊を軽減するバリアのように使っていた。恐らくそれもまた黒竜が、本来は攻撃の為に取っておいた切り札の一枚。この状況に至ってもまだ黒竜は、こちらの思惑に欠片も乗ってはくれない。

 翼を犠牲にすることで時間を稼ぎ、魔石の損耗を控え、そして本当の切り札を切るまでの時間稼ぎを画策している。おそらく、アズが想定する攻撃時間限界以上の時間を見積もったうえで、だ。

 待つのは、死。
 もうこの攻撃を中断しようともしまいとも、黒竜の切り札に対抗する力は俺には残されていない。この魂の連撃が途絶えたときは、俺が力尽きて指先一つ動かせなくなり、疲労と無の境目が曖昧になる瞬間だけだろう。

 だから――次だ。


「背負え、オーネストォォォォォーーーーーーッッ!!!」


 黒竜の上方――『贖罪十字(グラーエイツ)』によって8年の間に犯した夥しい悪行の罪科を背負った一人の友達が、頷きもせずに剣を構えた。

「背負うさ。いつだって、そうしてきた」

 いま、俺の遍く未来の全てがあいつの背中に掛かっている。
  
 

 
後書き
この一話で黒竜第三形態決着まで行く気だったんですが、最初のユグーの謎空間を抜いても全然1話に収まらないことが判明し、変則的ながら前編と後編に分けることになりました。

おまけ解説
グラーエイツ……そのまんまヘブライ語で贖罪の十字架的な意味だと思う。なお、グラ―には贖罪以外に救いという意味もあり、ついでにエイツとは木のこと(磔に使う十字架はこの頃木製だったからか、十字架の意味も含まれるみたい)なので直訳すると「救いの木」とも訳せるというなんとももやっとしたネーミング。
あと十字架が変な音を立ててますが、別に深い理由はありません。
敢えて言うなら罪に対して人間が抱きがちなとある考えを代弁している音です。
最近どんどん小説内外での説明が投げやりになってきた気がする。 
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