ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~
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3-2 大神、帝劇へ
数日後…。
あの試作光武を動かした大神のもとに一通の配属辞令が、届いた。
それも、陸軍大佐である三隅直行という男から。
『大神一郎
右ノ者 大帝国劇場勤務ヲ命ズ
海軍大臣 山口一豊』
桜の舞う上野公園の西郷隆盛像の前で、彼はひとり悩んでいた。
既に卒業試験の演習にて、自分は同じく卒業候補生の加山雄一をはじめとした友らと共に、演習相手である教官の部隊を圧倒し、合格した。あの時の教官殿の悔しそうな顔を見てニヤついた加山の笑みと、風呂場にて加山が教官から拝借した(かっぱらった)シャンパンを飲み漁って騒ぎ、卒業を喜ぶ友たちの姿は記憶に新しい。きっと彼らはよい配属先を得られただろう。
だが自分は…なぜか『大帝国劇場』という場所への勤務となった。言葉通りだと、劇場…女子供がよく通う娯楽施設だ。そんなところに、海軍の出である自分が、国のため、平和のために戦う術を得た自分がわざわざ行くような場所ではない。
あの日の、軍艦で起きた事故の当日もそうだ。既に卒業が決まっていたはずの自分たち海軍士官学校の卒業生に、突然新兵器の試作品の実験が行われ、それに自分たちも急遽参加することになったことだ。噂では、あの場には猛将と謳われた陸軍中将・米田一基がいたと聞くが…。
しかし、配属先のことを通達されたとき、三隅は自分に言った。
「質問も拒否権も許さない。これは『特務』である」と。
つまりたとえ同じ軍の仲間にはもちろん、家族など親しい人間に伝えることも許されない。
ならば、黙って従うしか選択肢はない。
当然、大神は従った。下された任務に忠実に従う。それが軍人としてのあるべき姿なのだから。
これから、米田中将の使いが来ると聞いている。
特務…一体どんな任務が下されることになるのだろうか。待っている間、大神は今回の集合地点である上野公園を見渡した。以前ここへ加山と共に来たときは大変だった。卒業が決まって花見に行った際に、よりによって噂の怪蒸気が出現し、公園内は荒れ果ててしまった。だが今は、既に以前ほどじゃないものの復興していて、以前通り観光客で溢れている。
ここに平和が戻って良かった。だが、安心するわけに行かない。なぜならここしばらくの帝都は異常な事件が度重なっていた。かつての降魔戦争の悲劇が繰り返されようとしていると、海軍内でも強い噂になっている。そして、降魔戦争の救世主とも呼ばれた謎の赤い巨人が再び姿を現し、巨大な降魔を退けたとも聞く。奴が何者なのか、大神自身には計り知れない。だが彼が本当に救世主であろうとなかろうと、自分もまた帝国軍人として、国の平和のために戦わなければならない。
そう思っている大神の元に、ある人物が声をかけてきた。
「あの、大神一郎少尉…ですね?」
米田の使いの人が来たらしい。大神は振り替えると、そこにいたのは、赤いリボンと桜色の着物を着た少女だった。
「え、えっと…君は?」
米田中将の使いの人が来ると聞いたから、陸軍の人が迎えに来るとばかり思っていた。しかしやって来たのはとても軍人とは思えない年頃の女の子。
…待てよ。この子、以前にもどこかで…
「またお会いできて嬉しいです、大神さん」
花のような笑顔を向けてくる少女。おぼろげに記憶をたどりながら、大神は彼女が誰だったのか、ようやく思い出した。
「もしかして、あの時の?名前は…確か…」
そうだ、この子はここに怪蒸気が現れた時、果敢に名刀を振るいながら立ち向かった、あの少女だった。
「確か、真宮寺さくら、さんですか?」
「はい!そうです、真宮寺さくらです。覚えててくれたんですね」
こうして、またこの桜舞う公園にて、運命の再会を果たした二人だった。
二つの角を持つ、謎の悪魔。
月面での戦いでそいつに腹を貫かれ、彼は青き星へと落ちていった。
大気の摩擦が、落ちていく赤い戦士の体を焼いていく。腹に一発、槍のような一撃を受けたことで穴が開いていて、傷口からは光が血のように溢れている。
熱い…体が焼けていく。灼熱のマグマの中に飛び込んで行っているような感覚だ。それでも彼は、生き延びようと必死になったが、もう意識が飛びかけていた。それでも必死に、現実に意識を押しとどめ続ける赤い戦士は、ついに海へ落下した。
落ちた直後は、すぐに起き上がった。だが、立っているのもやっとだったことに変わりなく、少しでも油断すると倒れてしまうほどだった。
そんなとき、海の上を渡航する船に、不気味な外見をした怪物が触手を伸ばして船を襲っていた。船には、何人か人が乗っている。彼は船に乗っている人たちを守るべく、傷だらけの体を押して立ち向かった。
突然加勢に入った自分の姿に、船に乗っている人たちはパニックを起こしかけていたが、そんなことはどうでもいい。自分はこの人たちを助けなければならないのだ。
しかし傷が深すぎたせいで、パンチやキックに力がいつもと比べてかなり弱まっていた。当然、怪物の触手による鞭攻撃を受けてしまい、度重なる戦いのダメージで彼は絶体絶命の危機に陥っていた。
赤い戦士は、最後の力を振り絞り、自分の頭に装着されていた銀色の刃を引き抜き、怪物に向けてそれを投げつける。刃は敵に深い切り傷を刻み、怪物は激痛によって絶叫した。今の攻撃で恐れをなしたのか。やつは海の中へ飛び込んで姿を消した。
同時に、赤い巨人も前飲めるように倒れ、消滅した。それと同時に、赤い巨人が立っていた海面に、一人の若い少年が落ち、そして海に沈み始めていった。
………さい
…き……い
誰かの声が、ジンの頭の中に聞こえる。その声にうっすらと、彼は目を開く。
飛び込んできたのは、光。眩しすぎて思わず目を閉ざしたくなる。だがジンはそれでも目を開こうとする。
そのとき、彼は見た。
さあ、起きなさい
その一言とともに、自分に慈愛の視線を向ける、神々しく美しい姿をした、白い衣に実をまとう女性を。
「…う」
「よかった。目が覚めたのね」
しかし、その女性の姿は一瞬で消え去り、代わりに彼の視界に飛び込んできたのは、自分の顔を覗き込んでいたあやめだった。
「気分はどう?」
背中を起こしたジンに、あやめは尋ねる。頭がボーっとしている。
「あやめさん、僕は…?」
「海軍の演習場から戻ってから、熱を出したのよ」
そうだ、あやめの言う通り、確か新隊長を決めるために海軍の軍艦に乗っていたんだった。そのとき、いきなり船体が揺れだし、それが何かの引き金になったかのように、頭の中に覚えのないはずの記憶が流れ込んできて、頭を勝ち割られたような激痛が走った。それがさらに発熱を引き起こし、いつぞやのようにジンから意識を奪ってしまったのだ。
「気分はどう?」
「少し頭が…」
「まだ痛むの?もう少し寝ていた方がいいんじゃないかしら」
「いえ、大丈夫です。ただ、変な光景を見たみたいで…」
「変な光景?」
「ええ。海に落ちた赤い巨人が、船を守るために、傷だらけの体を引きずって戦う…そんな感じでした」
あやめはそれを聞いて、驚きを感じて目が見開かれた。その光景には、彼女もまた、覚えがあったのだ。
「思い出したの?」
「ちょっとだけです。はっきり思い出せたのは一馬さんの顔くらいです。
そうか…僕は、やはり一馬さん…さくらの父親と顔見知りだったんですね」
「ええ…あなたが見たのは、間違いなく私たちがあなたと出会った頃のものよ」
ジンは、夢という形で、過去の記憶の一部を垣間見たのだと気づいたあやめはそう説明した。当時と、今回の新隊長抜擢のための実験の際に起きた船の非常事態がダブったのがトリガーとなったのだとあやめは考えた。
だが、同時に考える。記憶を取り戻すと、彼の頭にはそれに伴って猛烈なショックを与え、負担をもたらすことが懸念された。それを考えたあやめは、ひとつの決断をジンに対して下す。
「迂闊にあなたに記憶を取り戻させるのは、控えた方がいいかもしれないわね」
それを聞いたとたん、ジンは目を見開いた。驚きのあまり思わず大きな声を上げそうになったが、何とか普段と同じ大きさの声で尋ね返す。
「どうしてです?」
「下手に記憶を掘り返して、あなたの脳に強烈な刺激を与えたら、何が起こるかわからないわ。最悪の場合…」
それ以上はいわなかった。言いたくなかったのだ。
今回のように、激しい頭痛と発熱程度で済めばいいのだが、あやめは陸軍にいた頃に医学を、負傷兵の治療のために学んでいたが、記憶を失った人間の相手は始めてのことだったから、迂闊に危険な行為に及んで、米田が養子として大事に思っているジンを傷つけたりしたくなかった。
「そんな…」
自分が何者なのか、今でも知りたがっているジンにとって、これもショックを感じることでもあった。
「これも、あなたを思ってのことよ。わかってくれとは言わないけど…」
あやめはそんなジンを気遣うように言う。というより、許しを請いているようにも聞こえる。記憶を失った戦友に、そう簡単に当時のことを話したくても話すことができなくなっているのだから。
「そんなの、いやです!僕は今すぐにでも、自分が何者で、どこから来たのか知りたい!
それに、そもそも記憶を取り戻そうとしたら僕がどうなるかどうかなんて、まだわからないじゃないか!そうでしょ!?」
「…本当にいいのね?」
「はい!」
だが、ジンは記憶を放棄することを嫌がった。真っ向からあやめの提案を否定するジンを見て、あやめはその覚悟を問うと、ジンは迷わずに頷いた。…そうだ、彼はあの時もそんな感じだった。ずっと昔から…自分が傷つくことはいとわない人だった。
「わかったわ。私もあなたの立場だったら、本当のことを知りたくなったでしょうし」
「あやめさん…」
「でも、あまり無理はしないでね?記憶のことも、順をおって、あわてず少しずつ思い出していきましょう。それでいいかしら?」
「それだけで十分です。あやめさん、ありがとうございます」
「お礼なんていいわ。決めたのはあなたよ」
朗らかにあやめは笑みを見せた。本当は米田と同じで、記憶を失ったジンに対して、不安ばかりが募る。けど、それでも彼は足を止めようとしない。なら、自分たちで支えていこう。それが彼にしてやれることなのだ。
「それはそうと、ジン君、以前に言っていた花組の新隊長だけど、もう来ているわよ」
「え、もう!?」
前々から聞いていた新隊長が、もうこの日に来ていたと聞いてジンは目を丸くする。
「それと、まだこの帝国華撃団のことはまだ話さないでね?」
「なんでですか?新隊長なら、この華撃団のこと、話してあげるべきでしょう?」
これから来る新隊長に、華撃団が降魔や怪蒸気と戦う組織であることを伝えないというあやめに、ジンは疑問を覚える。
「米田支配人は、あの隊長が戦闘力より以前に、帝国華撃団の表裏の両方を愛してくれるか、様子を見ておきたいそうよ」
「はぁ…」
新隊長はおそらく、花組たちがそうであるように、表の顔である帝国歌劇団の仕事もしてもらうことになる。つまり、もし有能な指揮官としての素質があっても、軍人としての気骨ばかりを優先し、歌劇団を蔑ろにするような男だったら、これは花組みの隊長として即刻失格というのが米田の見解だった。
「でも、せっかく見つけた貴重な人だから、仲良くしてあげてね。彼が困ったら、助けてあげて頂戴」
「あれ?あやめさんは来ないんですか?」
あやめは副司令という立場だから、てっきり来ると思っていた。
「私はこれから花やしき支部のほうの仕事。そっちにいる花組のメンバー候補者を迎える準備をしなくっちゃ」
「そうなんですか」
「あら?さびしい?」
「べ、別にそんなんじゃないですよ!いきなり何言い出すんですか」
からかってきたあやめに、ジンは向きになって怒鳴ってしまう。
調子が狂わされたが、ジンは病室を後にして、例の花組の新隊長の顔を見に行くことにした。
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