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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#28
  FUTURE’S MEMORYⅣ~Diamond Over Drive~


【1】



『子供……!?』
 漏れた巨竜の言葉は、半分は正しく半分は間違っていた。
 神秘なる燐光を鏤める 「人型」 のソレは確かに小さく、
幼児並の大きさだったが姿は明らかに人間とは似て非なるモノ。
 反照ではなく自ら光を放つプロテクター、
ソレが身体(ボディ)とほぼ融合しておりT字型に開けた面も、
その境目が識別出来ない。
 首筋にガスタンクのような管、しかし生々しく脈動する背面。
 無機物と有機物が一体化したような、
或いは精巧に研磨された鉱石に魂が宿ったようにも視える。
 何れにせよ宝具でも燐子でもない、なんらかの 『能力』
 背後の男の仕業とは考えにくいがまずは 『幕瘴壁』 を身に纏う。
(スタ……ンド……?)
 致死量を超える出血でほぼ闇に閉ざされたジョセフにも、
その存在は明確に映った。
 正確には、承太郎がそこにいるのと錯覚した。
 だが、そんな都合の良い話があるわけない。
それに、どう視てもスタープラチナの幻 像(ヴィジョン)ではない。
 一体、何者?
 強いて言えば、気配は娘のホリィに近いが
アノ娘が今この地にいるわけがない。
 眼前で、再び不滅の防御陣を展開する巨竜に背を向け、
名も解らぬスタンドは宙に浮いたままジョセフに近づいてきた。
(誰……だ……? お……まえ……? 
オレを……知って……いるのか……?)
 生命機能が停止しかけているので声が出ない、
でもジョセフは引き攣る躯を必死で起こそうとしながら
そのスタンドへと呼び掛けた。
 初めて会うのに、そんな気がしない。
 ずっと昔から、スタンドが発現するより前から、知っているような。
 困惑した表情で見つめる自分にスタンドは、
本当に幼子のように小首を傾げ(何故か少し淋しそうにみえた)
そして、煌めく燐光で彩られた手をそっと伸ばしてきた。
 子供が父親のズボンを掴むように、置いていかれないように、
力無く、強く、そっと。
 ギュッ。
「な――ッ!?」
 唐突に、声が出た。
 朦朧としていた意識も一瞬で覚醒した。
 すぐに来ると想っていた苦痛も淡雪のように消え去り、
否、その 「元」 が無くなっていた。
 潰れた腕、捻じ切れた脚、臓腑がはみ出しかけていた脇腹、
粉々に砕け散った義手でさえ、新品同様に “直っている”
 同時に、凄まじい力が全身に漲っているの感じた。
 全盛時を凌ぎかねない、充実した活性感。
 神秘の光が滲む “元通りになった” 両腕を、
ジョセフは茫然と見つめた。
「おまえの、 『能力』 か? 
おまえが “治して” くれたのか?」
 信じられないが、それしか考えられない。
 それに、名前も 「本体」 も解らないのに、
その小さな体を力いっぱい抱き締めてやりたいという
愛しさを感じる。
 やっぱりオレは “コイツ” を知っている、
 何も、解らない、見当さえつかないが、それでもオレは、
“どうしようもなくコイツを知っている”
 DIOに対する 『宿命』 とは、まるで対極に位置する感情。




『GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH――
―――――――――――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!』



 存在を忘れて相対するジョセフとスタンドに、
万全の戦闘態勢を整えたイルヤンカが咆哮をあげて襲い掛かった。
 その全身に神鳴の如き 『幕瘴壁』
存分に力を矯め練り上げられた威力(チカラ)
先刻の大破壊すらも上回る。
 暴威を刻む隻眼が狙うは、
無論突如(あらわ) れ好き勝手に戦況を掻き乱してくれた
謎の 『スタンド』
 己の炎を掻き消したかと想えば、絶命寸前の者をいとも容易く
再生してみせたその所業。
 何の “下準備” もなく文字通り一瞬で他者の負傷を治すコトは、
『愛染他』 の少女でも、アノ 『壊刃(かいじん)』 ですらも不可能。
 その超絶的な 『能力』 は想像だにし得ないが、
しかし己が最大奥義の直撃を受けて砕けぬ筈はない。
 所詮は何が在ろうと無駄なコト、
この “最硬の鎧” がある限り、自分に敗北はない。
『……』
 背後から迫る巨竜の轟撃に、名も無きスタンドは
少しムッとしたように(何故かジョセフにはそう見えた)振り返ると、
そのまま光を靡かせながら拳を構え、
「真正面」 から突っ込んでいった。
「無茶だッッ!!」
 本当に子供がやるような、フォームもバランスもメチャクチャな構えで
突進していくスタンドにジョセフは声を荒げる。
 無謀とすら云えない、象と蟻とさえ呼べない、
勝敗を論じる事すら滑稽な、ミクロと超マクロの激突。
 暗闇の雷雲と化したイルヤンカの咆哮が、
小さなスタンドへと無慈悲に浴びせられる。
『――ッ!』
 しかしその暴威に怯まずスタンドは、
一度構えた両拳を力を溜めるように引くと、
そのままシャナよりも小柄な身に似つかわしくないスピードで
スタンドの乱撃(ラッシュ)を繰り出した。
 速度はかなりのものだが、しかし当然巨竜の轟撃に及ぶべくもない、
津波の前の投石に同じく、無情にただ砕け散るのみ。
“その筈だった”
「え――ッ!?」
『ヌ――ッ!?』
 驚愕に瞠目するジョセフ、イルヤンカの衝撃はそれ以上だろう、
“天道宮” 否、今や 『星黎殿』 の突進すらも撃砕する己の最大奥義が、
時空の障壁(かべ)にブツかったが如く停止してしまったのだから。
 物理では絶対に起こりない現象、
しかし事態は “ソレだけに” 留まらない。
『う、うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――!!!!!?????』
 スタンドの直前で止まったイルヤンカの巨体が、
突如背後へと引っ張られた。
 その暴威も質量も関係なく、何かの 『法則』 であるように。
 まるで時間の逆行、或いは高次元存在の手が
時空の狭間から伸びてきたようだった。
 そのまま全身を覆う高密度の 『幕瘴壁』 が雲散霧消していき、
前突のエネルギーは問答無用で対極のベクトルに置換される。
 吹き抜ける “気流すら感じない”
抵抗も出来ない力の 「逆行」 の中でイルヤンカは、
己を縛る 『能力』 の、ソノ真の恐ろしさを目の当たりにした。
 なんと “戻っているのは” 自分の巨体と 『幕瘴壁』 だけではない。
 高速で通り過ぎた逆行軌道 “その風景”
瓦礫の残骸、折れた街路樹、抉れた大地までもが同じように
“元へ戻り始めているのだ”
 コレは、フレイムヘイズや紅世の徒が存在の痕跡を消すため
「修復」 するのとは根本的に違う。
 前述の法儀は “封絶” の中でしか意味をなさないが
コノ 『能力』 は場所も空間も関係ない、
おそらく世界が壊滅して一面の焼け野が原と化しても
「再生」 を可能とするだろう。
 そうでなければこの自分が成す術もなく従属を強いられる筈がない。
 イルヤンカと同じく、スタンドを挟んで対に位置するジョセフも
『能力』 の本質を正鵠に明察していた。
 そして味方で在るにも関わらず、
その 『能力』 の絶対性に畏怖にも似た寒気を覚えた。
( “治す能力” 言葉にすると単純だが、
その 『応用力』 を考えると恐っそろしい 『能力』 だ。
どんな威力の有る攻撃も、全部 “元通りに” 直されちまう。
つまり、真正面からの物理攻撃はスベテ無意味。
波紋やスタンドも全部 “使う前に” 戻される。
能力の対象に制限がねぇから――
だからオレは怪我が治ったし、イルヤンカは突進する前に戻された……!)
 戦闘時は頭が冴えるとはいえ、どうしてここまで
初見の 『能力』 の事が解るのか、
不思議に想いながらもジョセフは大地を蹴って跳躍した。
 誰かは解らないが心から大切と想える者、
その者がくれた 『奇蹟』 を無駄には出来なかった。
( “仕切り直し” だと想うな……イルヤンカ……
この 『能力』 を受けた時点で、アンタはもう 「敗北」 している……
オレじゃあなくて 『コイツに』 だ……ッ!)
 寄り添うように、当たり前のように、天を駆ける自分の隣にスタンドが来る。
 それがとても自然で嬉しくて、みえない心の空白にピースがはまったような、
不思議な充足感と共にジョセフは微笑っていた。おそらくはスタンドも……
『ヌウゥゥ……いい気になるな、ジョセフ・ジョースター。
急の援軍には驚いたが 『能力(チカラ)』 はその本質が割れれば脆いモノよ。
要はその 『子供』 の放つ光に触れなければ良いだけのコト……
この “甲鉄竜” を見縊るなッ!』
 天を噛み砕く己の頭上から、二つの存在が策も弄さず突っ込んでくる。
 挨拶代わりに鈍色の大火流を馳走してやろうか、
無論アノ 『能力』 に無効化されるだろうが、
続いて 『幕瘴壁』 咬撃、爪撃、体撃、追尾型の嵐炎弾と
矢継ぎ早にクレてやれば、そのスベテを無効化するのは不可能だろう。
 幾らなんでも 『アノ男』 のように死した者まで生き返らせる事は出来ないだろうし、
能力の 「代償」 として “自分の傷まで” 治せる可能性は低い。
(表面についた微細な傷が治っていない)
 未だ揺るがぬ勝利の確信を克己と共に裡へ秘め、
半壊した頭部を擡げた刹那。





 ズシンンンンンッッッッッッ!!!!!!




 有り得ない 「感覚」 が巨竜を襲った。
 己にはまるで無縁な概念だったので、最初イルヤンカは気づかなかった。
 雄渾に大地を踏みしむ己の両脚、そこに掛かる 『重さ』 に。
『な――ッ!?』
 意図を無視して折れ曲がった、己が巨体(からだ)突然の造反に視線を向けた、先。
 幼き神の諧謔(かいぎゃく) のように、高層ビルの一部が横向きになって生えていた。
 巨体(からだ)を支える四肢全て、その先の尾にも。
 一体どういうコトだ!? 痛みは感じなかった、ほんの僅かな違和感すらも。
 ならばどうして今自分は無様に地へと伏している、
王の中でも随一の巨大さを誇るこの “甲鉄竜” が。
 屈辱に対する激高を危難の回避に転嫁し、大爪ギラつく足先で地表を蹴る。
蹴る、蹴る、 “蹴った” なのにどうして身体が動かない? 
否、それ以前に“足自体が” 動かない!?
 横向きのビルから垣間見えた光景、
“治った大地” がその冒涜に対する戒めのように、
足先を全て、大爪ごと呑み込んでいた。
『コ、コレは!? バカな!? この私が、こんなッ!?』
 こちらから逸れた頭部を見下ろしながら、
ジョセフはイルヤンカの困惑を代弁した。
( “治す能力” 名前に騙されてその力を甘くみたな?
“治す” っていうのは、なんでも 「絶対に」 元通りにするって事じゃあねぇ。
スタンドである以上、スベテは “コイツ” の 「気分次第」 ってコトさ。
相手が 「敵」 なら、完全に “元の通り” になるって保証はねぇ。
だからオレは義手までキレイに治ったが、
アンタの周りのビルや大地は別のカタチに “変形” しちまった。
波紋を喰らった顔が治ってねぇのがそのイイ証拠だ。
やれやれ、本当に凄ぇ。正直、グレートな 『能力』 だ……)
 急速落下の(まにま) 、極度に圧縮された時間の中でジョセフは隣のスタンドに語りかけた。
 長い、道のり。長い、戦い。
 互いの戦力、知略、偶然の 『運』 に至るまで、
文字通りスベテを振り絞った死闘。
 その決着が、ようやく、ようやく。
 二つの両手に込められた波紋とスタンドパワー、
それが無防備に晒される巨竜の貌に撃ち出された。





「「ドララララララララララララララララララララララララララララララララララ
ラララララララララララララララララララララララララララララララララララララ
ラララララララララララララララララララアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」」




 空間にダイヤモンドのような光を迸らせて、巨竜を殲滅する双咆吼。
 そのパワーもスピードも、打撃の数もタイミングすら全く同じ。
 故に衝撃は単なる加法に留まらず累乗となって、彼方まで疾走する。
 二人の背景に、その血統が織り成す幾つもの光景が描写された。
 百年前の決戦、五十年前の激戦、そして、先の “未来” の追想までも。 
 時の流れを逸脱して、精神の波濤がただ、コノ一極に集束した。
『莫迦なッッ!! 在り得ぬ!! 
この私が敗れるというのかッッ!?
この “甲鉄竜” イルヤンカが!!
フレイムヘイズでもないただの 「人間」 にッッ!!』
 未だ以て信じられない、嘗ての大戦すら較べものにならない
明確なる死の予感に巨竜は絶叫を発した。
「誰が相手だろうと関係ねえ!!
“不死身の化け物” でも、『究極の神』 だとしてもッッ!! 
『護る者』 が在る限り!!
人間(オレ達)は 【無敵】 だああああああああああああああああぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
 熱量などに換算出来ない、何よりもアツイ叫び。
 それを終極とし、最後の一撃が同時に炸裂する。





「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオリャアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ―――――――
――――――――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」」




 大切なモノのためなら、何にでもなれる。
 どんな不可能でも、可能にする。
 その 『真実』 を、確かに現した双つの咆吼が、
紅世の甲竜を大地ごと吹き飛ばした。
 




 ヴァッッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
ォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――
ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




 自身を上回る巨神の拳。
 事実それだけの極大衝撃をモロに(こうむ) ったイルヤンカは、
爆ぜる波紋の光を全身から振り撒きながら大地を爆砕して仰向けに着弾する。
 神話の中の領域を、現実に転写したような、巨竜の墓標。
 その深く抉れた大陥没の中、漆黒の双眸は白一色に染まり
力無く項垂れた首、先の顎から零れた舌がダラリと土を舐めていた。





   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 



「はぁ……はぁ……終わった……
まさか……勝てると想わなかった……
本当に……死を 『覚悟』 したぜ……
“おまえ” が来てくれる前は……」
 上空からアスファルトに着地したジョセフは、
ここまで走ってきた亀裂の前でそう呟く。
 本当に、カーズにも匹敵する恐るべき相手。
 本来なら、六人全員でかかっても勝てるかどうか解らない男だった。
 ネットに弾かれたボール、神の 『奇蹟』 が、
自分に味方してくれなければ。
『……』
 傍に佇むスタンド、改めて見ると、本当に、本当に小さい。
 イルヤンカの突進すら押し返した超絶の 『能力』
だが、今は自分が支えてやらなければ倒れてしまうような、
儚くか弱い存在に見えた。
「ヘヘへ……よっ、と……」 
 ジョセフはそっと小さなスタンドの前で屈むと、
そのまま脇下に手を入れてゆっくりと抱え上げた。
 嘗て、ホリィが生まれた頃、毎日そうしていたように。
 感謝の印としては些か風変わりだが、何故かそうしたくなった、
どうしようもなく “そうしてやりたかった”
 スタンドは手足を子供のようにバタつかせて抵抗したが、
やがて大人しく、ジョセフのされるがままに宙を遊覧した。
「おまえ、本当に軽いなぁ……「本体」 は近くにいるのか?
オレのコト知ってるみたいだけど、どこかで会ったかなぁ~?
なんだか、初めて会う気がしないんだよ。不思議だなぁ~」
 抱え上げて、その柔らかい温もりを感じていると、
何故だろう、このまま二度と手放したくなくなってきた。
 一体何処から湧く感情なのだろう? 
 イヤ、自分は既に、その 『答え』 を知っているのかもしれない。
「なぁ? おまえ? もしかして……」
 言いかけたジョセフの顔が、蒼白に染まった。
 総身を劈く、途轍もない恐怖感。
『幕瘴壁』 などまるで較べものにもならなかった。
『……』
 抱えられた手の中、淋しそうに項垂れるスタンドの身体が、薄らぎ始めた。
 持続時間の終わり、スタンドは 「本体」 の元へと戻る。
 当たり前の事、解りきった事、にも関わらずジョセフは
そのスタンドが消え去る事に恐ろしい喪失感を抱いた。
「まてッ! まってくれ!! おまえの名前は!! 今どこにいるんだ!!」
 あらん限りの気持ちを込めて、
ジョセフは消え行くスタンドに叫んだ、叫び続けた。
 甦る 「記憶」 と、そして確信。
 絶対そうだ。
“絶対そうだッ!”
「淋しく、なかったか? オレがいないせいで、イジめられたりしてないか? 
今まで苦労しただろう? お母さんは元気か?」
 五年前の、「(あやま) ち」
 妻を心から愛していながらも、
それでもどうしようもなく惹かれてしまった、
“一人の女性” 
 名前以外、何も知らない、アノ夜に、まさか、この 『子』 が……
 死の間際にも感じなかった後悔が、否応なくジョセフを苛んだ。
 先刻負った深手など、この 『子』 が今まで堪えてきた 「痛み」 に較べれば、
存在しないも同然だった。
「ごめんな……今まで知らなくて……本当に、ごめんな……」 
 辛くないわけがないだろう! 
ジョセフは本気でブン殴ってやりたいほどの怒りを己に感じた。
 自分が、 “同じ” だったのだから。
 母親が生きていると知った時、
本当に心の底から嬉しかったのだから。
「知らないでごめんなさい」 じゃすまされない。
 この 『子』 は、スタンドだけになってでも、
遙か遠くから、たったひとりぼっちで、自分に逢いに来たのだから。
『……』
 止め処ない、悔恨の涙、それを、消え行くスタンドの小さな手が拭った。
 光で表情は伺えないが、感じるのは無垢な笑顔、
恨みも憎しみもなく、ただ、ジョセフに逢えた事を喜んでいた。







 そう、そのような感情で、ある筈がない。
 そうでなければ、小さな子供が精神(スタンド)のみで、
 その 「法則」 も無視して此処まで来れる筈がない。
 子は親を慕うもの、その手が届かなければ、せめてその 『精神』 で……







「ぁ……」
 羽根が生えたように、スタンドの身体がジョセフの手から離れて空に浮かぶ。
 煌めく光に溶け込みながら、その 『子』 は静かに手を振っていた。
 たった一つの言葉を、何度も何度も呟いて。
 届かない手、それでも伸ばす、失わない、失えない、
だから、懸命に叫ぶ。
「必ず! 必ずおまえをみつけてみせる! 
この世界のどこにいようとも!! 例え何があろうとも!!」
 恐らく、この 『子』 も、ホリィと同様
“DIOの呪縛” に蝕まれている。
 だから、自分に逢いにきた、これが “最後かもしれないから” 
 そんな事は絶対にさせない!!
「護ってやるからな!! お父さんが、必ず助けてやるからな!!
だから! 死ぬなよ!! 生きてろよ!!」
 頼むから……お願いだから……!
 苦しめるなら、過ちを犯したオレに罰を下せ、
何の 『罪』 もないこの子まで巻き込まないでくれ。
『神』 アナタという存在がいるのなら。
「 『約束』 だ!! おまえとの 『約束』 だッッ!!
絶対また逢おう!! DIOの脅威がなくなったこの世界でッッ!! 」
 幻 像(ヴィジョン)が消え去る刹那、その 『子』 が頷いたような気がした。
 二人の 『約束』 を果たす為に、 “未来” で必ず逢う為に。
 余韻も残さず消えたスタンド、その荒涼とした空間を、ジョセフは見上げ続けていた。
 血が滴る程に握り締めた拳、アイツが逝った、その時に以上に燃え上がる決意。
 我が子の為に命を賭ける、それこそが 『男』 だと、改めて悟った。






 S市杜王町総合病院、集中治療室 (ICU)
 夥しい数の生命維持装置が一人の少年に繋がれ、
無機質な電子音が断続的に響いている。
 病室を隔てる、分厚い強化ガラスの向こう、
衛生服を着た若き母親が衰弱しても尚倒れぬ
気丈さで息子を見つめている。
 傍らで、警察官の制服を着た彼女の父親が、そっと肩に手を置く。
 原因不明、意識不明、何もかも理不尽だらけの絶望が息子を襲ったのは、十日前。
 昨日まで、あんなに元気に遊び回っていたというのに――
 突如高熱を出して倒れた息子は、そのまま声を発する事もなく
生と死の境目を彷徨い続けていた。
 一体どうしてこんな事に? 
 妻子ある事を知りながら “彼” を愛してしまい、
その子供を産んだ事に対するこれが 【罰】 だというのなら、酷すぎる。
 変われるなら、今すぐ変わってやりたい。
 この子が助かるなら、自分は命もいらない、地獄に堕とされても構わない。
 傍にいて欲しいと、想った。
 太陽のような笑顔を浮かべる、心の底から頼り切れる “彼” に。
 ずっといて欲しいなんて望まない、でも、ただ、今だけは。
 出口の見えない闇の中で、心が折れてしまう前に。
「助けて……ジョセフ……」
 憔悴という言葉も生温い、生きる希望を殆ど失いかけた表情で母親は言った。
「私達の 『仗助』 を助けて……お願いジョセフ……
おね……がい……ジョセ……フ……」
 涸れ果てた双眸からなお涙を溢れさせ、母親は崩れ落ちた。
 何十本ものチューブとコードが伸びるベッドの上で、
少年の瞳から一筋、涙が零れた。
 想いの結晶の中に、幸福な記憶が映っていた。










【2】



「まだ……生きてるかい?」
『あぁ……』
 静寂に包まれた破壊痕の中心で、二人の男は言葉を交わした。
 周囲から立ち昇る、波紋傷の煙、しかし苦痛も苦悶もなく、
巨竜は穏やかな表情を浮かべていた。
『アノ、 “子供” は……?』
「消えた……でも死んだわけじゃあねぇ。
必ずオレが救ってみせる。
そして、絶対に見つけだす……!」
 助けられたのに救う? 
異なと想いながらも巨竜はすぐその理由に至った。
『そうか……貴様の 『子』 か……』
「……」
 無言が肯定だった、ならば自分が敗れたのも、幾分合点がいく、
“アノ方” も、きっと同じように……
『貴様の勝利だ……波紋の戦士……
敗れた私が言うのも妙だが、見事な戦い振りだった……』
「 “引き分け” さ……アイツの 『能力』 がなかったら、
オレは途中で死んでた……」
『フッ…… “全ては結果” だ……
アノ 『子供』 が現れたコトも含めて、な……
さしもの巨竜も、泣く幼 子(おさなご)には敵わなかったという事だ……』
 頭を掻く男の前で、消滅する、己の巨体(からだ)
 光と共に全身に廻った波紋は、着実に存在を融かしていく、
 思い焦がれた 『壮挙(ユメ)』 と共に。
 でも、不思議と後悔はない。
 まるで “こうなる為に” 甦った、
そう想える、奇妙な実感と共に。
『終わって……いたのだな……私の望むスベテは……
五百年前のアノ時に……
アノ方が逝かれた……ソノ時に……』
 頭の片隅で、形無く漂っていた想い、
ソレを認めたくなくて天使の囁きに応じた、
悪魔の(いざな) いだと、充分に承知していながら。
 壊れた 『器』 を、必死に元に戻そうと、
その破片を拾い集めていた。
「 “花は、散るから美しい” 」
 傍で腰を下ろした男が、おもむろに呟いた。
「オレの、親友(ダチ)が、好きだった言葉だ。
本ッ当にキザったらしくて、イケ好かないヤローでよ」
『フッ……どこも、似たようなモノだな……』
 口元に笑みを浮かべるジョセフに、イルヤンカも微笑で応じた。
 死力を尽くした男同士だけに生まれる、純粋な感応だった。
『……それも、悪くないやもしれぬ……
私が取り戻そうとしていた “鐘” は、
別の 『と む ら い の 鐘(トーテン・グロッケ)』……
仮に宿願果たせたとしても、アノ時と同じ音色は、
もう、聴こえぬのであろうな……』
 どんなものでも、命は一つ。だから存在も、たったの一つ。
 消えたものは戻らない、もう二度と、取り返しはつかない。
 でもそれ故に掛け替えがなく、儚いから美しいモノ。
 舞い散る花片(はなびら)の中、幾つもの追憶が、巨竜の心中に過ぎった。
 スベテは、終わった。でも、最後の最後、ようやく気づく事が出来た。
“自分が何も失っていなかった” というコトを。 
『……奇妙な安らぎの中に……私は……いる……
もう……微塵の後悔も、無念もない……
我が主の元へ……旅立とう……
この最後の戦いを……誇りとして……』
 これでもう、二度と瞳が開く事はないだろう。
 遺恨に縛られた魂は、解放される。
 そして、現世でも紅世でもない、 『別の場所』 へ。
 閉じた瞳に、アイツ等が浮かんだ。
その中心に、アノ方がいた。
何よりも大切な、一人の少女を、傍らに。 
『最後の相手が、御前(おまえ)で良かった……
己が存在を、(まっと) うする事が出来た……
感謝、するぞ……ジョセフ……ジョー……スター……』
「同じ、だよ……アンタがいたから、
『アイツ』 に逢えた……」
 気流に散っていく、巨竜の亡骸を、ジョセフは穏やかな瞳でみつめていた。
 敵であるイルヤンカは、もう敵ではなかった。
 死に逝く戦友(とも)を看取るように、孤独ではないように、言葉をかけ続けた。
 これもまた 『運命』
 一人は過去との決着を、もう一人は未来への決意を、
それぞれ掴み取る為に “出逢うべくして出逢った”


「……で、よぉ、ハッタリで上手くワムウをハメたまでは良かったんだが、
その後毒入りのリングを心臓に埋め込まれちまってな、しかも二つ!
あんときゃあ本当(マジ)にビビったぜ。
手術でも取り出せねぇって言うしよぉ~。
……なぁ? まだ、聞こえてるか?」
 本当に、甘い男だ。
 敗れた敵の事まで、想い遣るとは。
 こんな甘い男、弱卒のフレイムヘイズにもいない。
 でも、だからこそ。
『…………私……は…………御前に…………逢う…………ために…………
よみが…………えっ…………た…………の…………かも…………
しれ…………ぬ……………………』
 囁きよりも小さい、巨竜の声。
 でもジョセフに耳には、確かに届いた。
 死して尚、己が矜持を貫こうとした、誇り高き男の声が。
「イルヤンカ?」
『さら…………ば…………だ…………
ジョ………………ジョ…………………』
 零れた名前と同時に、イルヤンカの存在は一斉に散華した。
 煌めきを伴って天に昇る、鈍色の炎。
 アレほどの存在が嘘のように、脆く儚く、散っていく。
 後に残るは、寂滅の風。
 一人の男の死を、冷たい風だけが静かに悼む。
「……」
“アノ時” と同様、立ち上がったジョセフが無意識にとっていたのは、
「敬礼」 の姿であった。  
 涙は流さなかったが、無言の男の詩があった、奇妙な友情があった。
 二つの世界が折り重なる、 『運命』 の中で。



 紅世の王 “甲鉄竜” イルヤンカ
 完全消滅。


←TOBE CONTINUED… 





















“散りゆく時を知りてこそ 花は花、人は人”
















 
 

 
後書き

はいどうもこんにちは。
ダメですネ、自分で描いときながら何回読んでもこの回は・・・・
正直死なせたくはなかったのですが
(描きながら彼の事がドンドン好きになっていったので)
しかしジョセフと和解しても仲間になっても、
結局「死」しか後には残されていないので
最初から「終わる事」が前提の関係だったのだと想います。
ならば彼の「誇り」が損なわれずに済んだだけ、
「幸福」な最後だったのかもしれません。
(一部のジョナサンのように)
さよならイルルン。またアシズと逢えるといいね・・・・(T-T) 
 
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