| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

フロンティアを駆け抜けて

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

歪んだ慕情

ジェムが目を覚ますと、ベッドに横たえられていた。もう日は登り切ったのか、日差しが部屋を照らしている。

(あれ、私……?)

 散歩に出たつもりだったけど、寝てしまったのだろうか。記憶をたどり、思い出す。そうだ、自分は確かに部屋を出た。そして自分のファンだと名乗る少女に出会い……

(あの子は、どこに?)

 そもそもいったいここはどこなのか、自分にあのお茶を飲ませた彼女は今何をしているのか。『眠り粉』と『痺れ粉』の効果は大分薄れたのか、少し頭に寝起き特有の痺れはあるものの、体を動かすには問題はない。

「あら、お目覚めですか」

 それと同時に、ジェムのファンを名乗った少女――アルカが話しかけてきた。体を起こしたジェムの真正面、椅子に。背後には、マスキッパとウツボットがアルカを守るように立っている。

「……ここはどこ?あなたたちは、私をどうするつもりなの?」

 自分の意識が落ちる直前、彼女は自分をアマノの関係者だと言った。故にジェムは、あなたたちと呼ぶ。それを聞いて、アルカはため息をついた。

「無粋ですねえ、今のあなたにはもっと気にすることがあると思うのですよ」

 アルカはジェムの体を穴のあくほど凝視する。そして頬に手を当て、顔を赤らめた。恍惚としているといってもいいだろう。

「ああ……やっぱりかわいいのですよ。昨日徹夜して見繕った甲斐がありました」
「……?」

 ジェムは自分の体を見る。それはいつものパーカーではなく、人形が着ているような綺麗なゴシックロリータの服だった。サイズもぴったり合わせられている。こんな事態でなければ鏡の前でゆっくり眺めて、着せてくれたことにお礼も言うかもしれないが、生憎そういう状況ではない。むしろ不気味さしか感じない。

「これ、あなたが着せたの……?」
「はい。ついでにすべすべお肌も堪能させていただいたのです」

 アルカはジェムと同じ女性である。だがアルカの邪な視線にジェムは身震いした。思わず自分の肩を抱く。

「あら、ドン引きされてしまったのです。……まあそれはそれとして、あなたはどうしたいですか?」
「……このまま何もせず返してくれたら、嬉しいけど」
「お断りするのです」

わざわざ拉致した以上、当然の返答だろう。ジェムは腰につけているモンスターボールに手をかけようとして……自分がボールを一個しか持っていないことに気付いた。

「あなた、私のポケモン達は!?」
「それならここですよ」

 アルカは背後に控えるウツボットの頭の葉を見せる。そこには5つのモンスターボールが乗せられていた。ジェムの眉根が釣り上がる。あれは間違いなく自分のものだ。

「……返して」
「返しますよ?あなたがわたしの言うことを聞いてくれると約束すればですが。もし断れば……わかりますよねぇ?」

 アルカはウツボットの体を指さした。ウツボットの体の中は溶解液で出来ている。頭の葉からボールを落とせば溶解液の中に落ち、ボールは溶ける――中のポケモンも一緒に。それを想像してしまい、怖気が走る。ジェムの様子を見て、アルカは満足げに微笑んだ。

「安心してください、今のは冗談なのですよ。そのつもりなら、わざわざ一個だけ残すなんて真似はしません」
「だったら、なんで」
「私達はあなたのチャンピオンの娘としての地位と、バトルの実力を買っているのです。……あなたのポケモンを殺してしまったら、意味がないでしょう?」

 それにあなたとは仲良くしたいですからね。などといけしゃあしゃあと言う。だから、と続けて。

「バトルしましょう。わたしが勝ったらあなたはわたしに協力する。あなたが勝ったら、ここから出ていって構いませんし、もう二度とこんなことはしないと約束するのです」
「本当に?」
「疑うのなら、わたしをその子で殴り飛ばして出ていけばいいと思うのですよ」

 ジェムに残されたたった一個のモンスターボール。その中にいるのはマリルリだった。

「……もし私が負けても協力しないって言ったらどうするの?」
「おや、あなたは約束を反故にするような人なんですか?まあ、それならそれで構いません。むしろ……」

 アルカの目つきが鋭くなる。鼠を捕えた、もがくのを抑えつけて楽しむ猫のような目をしている。

「どうしても役に立ってくれないというのなら、あなたは計画には要りません。もっと強力な毒につけて、死してなお朽ちることのない人形として、私のコレクションに加えてあげます。むしろ私個人としてはそうしたいのですがね」
「……!!」

 冗談には聞こえなかったし、何よりその言葉には慣れがあった。人間を毒殺して、収集する。ジェムの理解を優に超えたことを、自分とそこまで年が離れていないであろう目の前の少女は平然と行う。そんな人物と相対していることに恐怖感を覚えざるを得ない。

「ルリで、あなたに勝てっていうのね」
「ええ、そういうことですよ?何しろあなたはチャンピオンの愛娘。一方わたしは親の顔すら知らない一般トレーナー。それくらいのハンデはないと勝負になりません」

 ただでさえ1対2。マリルリのタイプは水・フェアリー。そして相手は草タイプに、ウツボットに至っては毒タイプまで備える。水は草に弱く、フェアリーは毒に弱い。相性は最悪だ。親のことを引き合いに出したのは、羨望か、嫉妬か。

(……それでも私は、怯まない)

 昨日の自分なら怯え、彼女の言うことに恭順にしていたかもしれない。だけど、今は自分の仲間を傷つけるもの、自分の力を悪用しようとするものに抗う覚悟がある。故に、彼女は決意する。


「そのバトル……受けて立つわ。勝つよ、ルリ!」


 残されたたった一つのモンスターボールから。マリルリを呼び出す。出てきたマリルリは自分の仲間たちが敵の手に渡っている状況を理解して、アルカ達を睨んだ。

「ああ……楽しみですよ。わたしに負けたあなたがどんな顔をするのか。ご両親のことを随分誇りに思っているみたいですから……自分が過ちを犯すことにさぞ罪悪感を覚えるのでしょうねえ」
「……私は負けない」
「でもその良心も、両親への思いも……すべてわたしの毒で、情で塗りつぶして、わたしのことしか考えられないように塗り替えてあげるのです。さあ、始めましょうか!」

 自分には与えられなかった愛情を力で消し去り、我がものにしようとするアルカと、そんな思いを知ってか知らずか恐れてなお臆さず立ち向かうジェム。二人のバトルが今、始まる。  
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧