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復讐法

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第一章

                         復讐法
 議論があった。確かに。
 だが閣議でだ。首相は複雑な顔でこう言った。
「これも仕方ない」
「さもなければ国民も納得しない」
「そうだと仰るのですね」
「そうだ。反対派も根強いがだ」
 そのこともわかっているというのだ。だが、だった。
 首相はその複雑になっている顔でだ。こう言ったのだった。
「しかし世論はそちらが多数派だ」
「目には目を、歯には歯を」
「そうだというのですね」
「そうだ。人を殺せば死刑になる」 
 首相は当然と言えば当然の成り行きも述べた。人を殺すことは罪でありそれへの報いがあるのは当然だ。だがそれでもだともいうのだ。
「しかしそれでもな」
「人権派はあくまで死刑に反対しています」
「そもそも死刑にです」
 所謂死刑廃止論だ。この主張も強いことも事実だった。
「死刑囚であっても更正の余地はある」
「彼等はこう主張しています」
「だからこそ死刑そのものに反対しています」
「ましてやです」
 ここでだ。さらに話されるのだった。今回の問題について。
「この法案はその死刑を殺された被害者の遺族が行う」
「その死刑のやり方も遺族に任せる」
「そう定められています」
「死刑よりさらに踏み込んだものになっています」
 閣僚達は首相の椅子に座る彼にさらに言っていく。それぞれ複雑な顔になっている。
「何しろその死刑執行人は被害者の遺族です」
「しかも死刑の方法まで遺族が決めるのですから」
「これは。人権的にどうでしょうか」
「問題があるのでは」
「わかっている。だがそれでもだ」
 どうかというのだった。首相は苦しい顔で述べていく。
「世論の盛り上がりは強い。加害者の人権についてはだ」
「考慮しなくていい」
「そういう世論ですね」
「そうした論調になっている。だからだ」
 そうしただ。死刑執行とその方法は被害者の遺族が行い定めるという法案が出たというのだ。首相は閣僚達にあらためて話した。
 そして他の閣僚達もだ。そのことを聞いて言うのだった。
「世論は民主政治では絶対です」
「ですから無視なぞできません」
「ですからこの法案はですか」
「閣議としては」
「通す」
 首相はここでも複雑な顔だった。
「そうするぞ」
「この法案の国民での支持率は七割に達しています」
 首相にだ。女房役の官房長官が言ってきた。
「閣議としては通すしかありません」
「官房長官は不本意なのかな」
「死刑自体には賛成ですがそれでもです」
「やり過ぎというのだね」
「そうです。流石にこれは」
「しかしだ。また言うがだ」
 世論、それがあるというのだ。
「仕方ない。我々としてはだ」
「そうですか」
「政治家は万能ではない」
 どの様な国家システムの国家でもそうだが民主政治の国家では特にだというのだ。
「世論が神なのだ」
「その世論には逆らえない」
「だからですね」
「そうだ。世論に従う」
 いささかおもねりであり責任転嫁的な言葉だがそれでも言う首相だった。
「ではこの法案を通そう」
「はい、わかりました」
「それでは」
 こうした議論のうえでだ。そのうえでだった。
 閣議でこの死刑委任法、俗に言う復讐法は通った。死刑の執行は被害者の遺族が行いその方法も彼等が決めるという法案は死刑廃止論、そして人権的な見解からも疑問の声が出ていた。だがそれでも世論は強かった。
 それで議会でもだった。この法案は議論の結果通過した。衆議院だけでなく参議院でも議論は紛糾したがそれでも通ったのだった。
 これを受けてだ。人権派弁護士なり活動家なりがだ。テレビや新聞でしきりに言い出した。
「こんな法案許せませんよ」
「確かに罪は罪だけれどどうなんですか」
「死刑は厳格に定めて行うべきですよ」
「いえ、死刑そのものがです」
 彼等は何とかだ。死刑そのものを否定しようとしていた。 
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