戦国御伽草子
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肆ノ巻
御霊
3
あたしはごくりと息を呑んだ。
徳川家の悠姫…。
知らない。あたしは、そんな姫知らない。
知っているのは、徳川家で唯一知っているのは…。
亦柾。
徳川家の嫡男だという徳川亦柾。その字は果たして何だった…?
『洪一郎』と呼ばれていた悠の愛した『兄上』。この戦国の世では、その『兄上』のように、正室を娶る前に側室を迎えるようなことは普通、やらない。失礼に当たるからだ。正室は一の妻。一番身分が高い姫を輿入れさせる前に、身分の低い側室をぼろぼろそばに置く…なんて普通しないわよね?大体初めての妻は正室になることが多いことからも、側室がいるのに正室がいないなんてホント滅多に聞かない。
けれど、勿論例外もある。そう、例えば、証文で初めから正室が決められていた時、とか…。
「あんたの…兄の名は…?」
あたしはもう嫌な予感しかせずつばをのみこみのみこみ、言った。
ずっと心のどこかで、もし本当に誰かに呪われているとしても、逆恨みか人違いか何かだと結構楽観的に考えていた。けれど…。
「我が兄の名は、亦柾!徳川洪一郎亦柾。おまえなら、知っているはずだ!」
女童、いえ、徳川の姫、悠の声は高らかに響いた。
ああ…やっぱり…。
「亦柾…」
「亦柾どの…」
苦虫を噛み潰したように呻くあたしと高彬の声が重なる。
「おまえが…おまえごときが…」
悠は髪を振り乱し、空を掴む拳を激しく握りしめ、ぎらぎらした目をあたしに向ける。その様は絵物語に出てくる悪鬼そのものだ。
「-…だから-…」
悠が、ぴたりとその人差し指をあたしに向けた。
「だから、あなた、死んで下さいな?」
「いや、ちょっと待ちなさいよ。そもそも、あたしは亦柾なんてどーーーーーーーーーっでもいいの!あんたから亦柾をとる気もゼロ!あたしは亦柾の正室になんてならないし、そ、そうよ、あたしこの高彬の妻問い受けたから!佐々家に入るから。それに亦柾だってあたしのことなんとも思ってないし!」
あたしは隣の高彬の胸を誇示するようにバンバンと叩きながら言った。
「る、瑠螺蔚さん…痛い…」
「おまえがどう思っていようと、兄上はおまえのことを…」
「だーーーーっ!あああ、もう!亦柾はね、あたしのことなんッとも思っていないんだってば!わかるの!女のカン!あたしだって曲がりなりにも女の端くれ、そのひとが本当にあたしのこと好きなのか、そうじゃないかぐらいはわかるのよ!あんたはわからないの?悠!それにもっと大事なことがあるでしょう。あんたは亦柾に、ちゃんと、自分の気持ち伝えたの?まずはそこからでしょう?他人に嫉妬するのも、呪うのも、あとのことはそれから考えればいーの!わかった?わかったらいくわよ!」
「自分の…気持ち?」
悠はまるで思ってもいなかったことを言われたかのようにポカンとした。そんな悠の腕を掴んであたしはぐいと引く。
「高彬も!何二人ともおんなじ顔して。善は急げ、サッサと行くわよ!」
「瑠螺蔚、さん…?行くって、ええと、どこへ…?」
「え?なんでこの話の流れでわからないかなー。決まってるじゃない。徳川家よ!」
「ええっ!?」
「い、行ったところで、わたしには、体が無い…!」
徳川家に行くと言った途端に悠が急にマゴマゴし始めた。その姿は恋する乙女そのもので微笑ましいが、相手は霊体。確かに、亦柾に会ったところで亦柾に悠が見えるかも分からない。
「ああ、体?体があるかないかの問題?体があったらあんたは亦柾に好きって言うの?」
「体がないもの…」
「だから、あったら言うの?ちゃんと」
悠は一瞬怯んだ。でも、死人に体が戻ってくることなどあり得ないとわかりきっているかのように諦めたように頷いた。
「…いいわ」
ふん、言ったわね!言質はとったわよ!
「じゃあ、あたしの体、つかって良いわよ」
「瑠螺蔚さん!」
あたしは何でも無いことのようにへろりと言った。高彬の焦り声が矢のように飛ぶ。ぴたりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた悠の瞳が、きらりと光った。
そこからの記憶は、無い。
後書き
こんにちは。お久しぶりです。50まいです。大変お待たせ致しました。
いつもいつもいらして頂いて有り難う御座います。励みになっております。果たしてまだ読んで下さっている方はおられるのでしょうか…?
今回は短くてすみません。もとの章分けで書いているとこういうことになってしまいます…。切れが良いところを狙っているのですが、なかなか均等とはいかないですね。それにしても二万字と二千字は大分差が多いような…。
悠に体あげるよ~っていってしまった姫。
石山編は次回で終わりですかね~。
そして!遂に!あの兄弟が出てくる…!?
わああ、書くの楽しいですけど書いても書いても終わらないぃ~…!
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