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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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アポカリプス

 
前書き
少々長くなりました。
サブタイトルの意味は黙示文学ではない方です。
 

 
新暦67年9月23日、20時00分

この夜、ブレイダブリクの外れで一つの小さな葬儀が行われた。プレシア・テスタロッサの葬式だ。

新たに調達された木製の棺桶に遺体を移された彼女は、そこの火葬場で荼毘に付した。もう少し関係者を集める時間があっても良かったのではと思った者もいたが、もし遺体をアンデッド化させられでもしたら苦痛が倍化するのは必然である。故に、早めに埋葬してあげるのが本人の尊厳を守ることに繋がる。その物悲しい光景を娘とその友人、関係者たちは無言で見届けながら黙祷した。

なお、遺灰は砂漠に撒くか、海に撒くか、それとも別の世界で埋葬するか選ぶ事になっていた。しかし別の世界に行って戻る余裕は無いため、フェイトは「母の遺灰は海に撒いてほしい」と答えた。本当ならミッドチルダの故郷に眠らせてあげたいと思っていたが、あまり悠長にしていられないこの状況では仕方なく、むしろこうして葬儀を行う時間をもらえただけ彼女は感謝していた。

「ごめんね、でも時々会いに来れば納得してくれるよね……? 母さん……最期に傍にいられなくてごめん。でも……ありがとう、私を生んでくれて、私を愛してくれて。最後だから改めて言うけど……ずっと大好きだったよ。大丈夫、姉さんは必ず私が助けるから、母さんは何も心配しなくて良いから……。だから……おやすみなさい」

彼女の呟きは弔いの炎と共に夜空へと登っていく、その想いが届くと願いながら。夜の砂漠の冷たい風は、悲しみに濡れる彼女の頬を優しく撫でた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月24日、7時07分

「これで……完成だ……!」

一晩借りたウルズ宮廷の研究室で、マキナはようやく出来たと言いたげな面持ちで真っ白に淡く輝く薬を手に掲げる。それは未完成だったアンデッド化の抑制薬の効果をはるかに上昇させたもので、理論上では完全にアンデッド化する前に刺せば、一週間以内に太陽を浴びることで元に戻れるという、マキナの魂が込められた調合薬。兆候が出る前というラインと比べれば、格段に助けられるタイムリミットが破格に伸びた救世の薬品……銀河意思ダークによる吸血変異から人類を救える、ヒトの生み出した光である。とはいえ完全にアンデッド化した者に刺してもアンデッド・リニスの二の舞になるのだが、それでも暗黒物質に抵抗力が無い人間の命を数えきれないまでに救える革新的な薬であるのは事実だった。

「おめでとう、マキナちゃん……! わ、私……なんか涙が……!」

「なんで作った私より感動してるのさ、シャマル……」

「だ、だって……こうしてマキナちゃんと一緒に作り上げられたのがすごく……すごく嬉しくて……! 先代主の事とか、サバタさんの事とか、ニダヴェリールの事とか、色々あって……私、ずっと責任感じてて……! もう……私達を信じてくれないんじゃないかって……グズッ……嫌われたんじゃないかって、思ってたから……!」

「あ~あ、涙で顔がぐしゃぐしゃでせっかくの美人が台無しだ。湖の騎士とか言いながら、案外涙もろいのな。……昔もらった教科書だけどさ、細かい所もちゃんと説明されてて、かなりわかりやすかったよ。おかげで強力な治癒魔法も覚えられて、旅先で多くの命を救う事が出来た……ありがとう」

「マキナちゃぁぁ~んっ!!!」

「あ、コラ! そんな顔で抱き着くな! せめて涙と鼻水を拭いてからにして!」

徹夜の影響で若干感情的になっているシャマルと、想定以上に時間がかかった事で早く眠りたいマキナだが、この師弟の間には微笑ましい心の繋がりがあった。

「さてと……これを量産して各所に常備すれば、普通の人が吸血変異に脅かされても対処できる。月光仔や太陽仔のような特別な血筋が無い人間でも、未来を諦めなくて済むようになる。材料は次元世界でも屈指の貴重なものばかりだけど、栽培する環境はマザーベースで用意できるから、太陽の果実と並行して育てれば一般人でも手の届きやすい値段にまで下ろせるはず。……これで私も、サバタ様の隣に立てるようになったかな」

「立てるに決まってるわ……! だって世紀末世界の人も次元世界の人もまとめて助けられる薬なんだもの……きっとサバタさんも誇らしく思ってるわ……!」

「そっか……シャマルがそう言ってくれるなら、これを私の……いや、私達の最高傑作と自信を持って言えるね」

「達って、マキナちゃん……! あぁ、どうしましょう……嬉し過ぎて顔が元に戻らない……!」

「八神の所に戻るまでに直しといた方が良いよ、向こうが冷やかしてくるだろうから。……さてと、最後の仕上げとしてこの薬に名前を付けるよ。……よし、“ゼータソル”にしよう」

「ゼータソル……いい名前ね。この薬は、これから数え切れないほど多くの命を救ってくれる……。救われた命がまた新たな命を救っていく、その繋がりを形にできたもの。……まさに感無量よ!」

「それはもう痛いほど伝わってるから……」

何となしにため息をついたマキナはさっさと部屋を出て行き、シャマルも慌てて後をついていく。宮廷の外に出て、既に昇っている朝日を浴びると彼女は徹夜明けの身体を伸ばして凝りをほぐした。

「ふぅ……やっぱり寝てないから身体も頭もだるいや」

「後で少しくらい寝かせてもらいましょうか。作戦決行までそれなりにまだ時間があるもの」

そんな風に談笑しながらホームに帰還すると、朝早くから鍛錬をしているジャンゴとシグナムの姿を見つける。常人では見るだけでやっとの速度で剣舞を行う二人の姿から、剣技の練度が窺い知れた。

「おはよ~お二人さん、朝から鍛錬とは精が出るねぇ……」

そんな最中にマキナが挨拶をした事で、ジャンゴとシグナムは戻って来た二人に気付いて剣舞を止め、挨拶を返した。

「おはよう、マキナ、シャマル。その様子を見る限り、抑制薬は完成したみたいだね」

「おはようございます、ジャンゴさん。おかげさまで嬉しい思い出にもなったわ。ところでシグナム、あなたは少しバトルマニアの衝動を抑えた方が良いと思うわよ。こんな状況なんだもの……」

「ん? ああ……誤解しないでくれ、これはジャンゴ殿に頼まれた事なんだ」

「うん、シグナムは僕の特訓に付き合ってくれてるだけだよ」

「特訓とか理由を付けてもらってるけど、実は手合わせしようと思って来たんじゃないかしら? こんな朝早い時間にわざわざ来てるんだもの、そうとしか思えないわよ」

「ま、まぁ……否定はせん。事実、一度手合わせ願おうかと思っていたのだが、ジャンゴ殿はどうも次元世界の魔法を完全には使いこなせていないようでな。少しばかり指南する流れになったんだ」

「それに……スカルフェイスに勝つためには、僕達もやれるだけの事をしておく必要がある。そこでベルカの騎士の使う魔法や戦術を聞いて、それを自分の戦術と組み合わせられないかと考えた訳だよ」

「あ~そういや今回のゴタゴタのせいでジャンゴさんに他の魔法を教える時間が無くて、まだ非殺傷設定とバリアジャケット、身体強化と武装強化しか使えないんだった。と言っても世紀末世界で培った戦闘経験だけで十分無双してたから、他の魔法が必要な場面はほとんど無かったんだけど……今となってはその“ほとんど”も埋める必要があるんだよね。それじゃあ講義の再開って事で、確かマザーベースでは……ミッド式、近代ベルカ式、古代ベルカ式の特徴云々まで言って、どれを選ぶのかって所までは話したよね」

「うん、マキナが丁寧に説明してくれたから、ちゃんと覚えてるよ」

「なら次は適性の話でもしてみようか。例えば私やシャマルは治癒魔法の適性があるから、自分や仲間を回復する事ができる。なのはは集束魔法の適性があるから、砲撃や誘導弾が普通の魔導師より使いこなせている。要は個人ごとに向いてる魔法の種類があるんだ」

「私の場合、炎熱変換で魔力が炎になるから、それを剣に纏わせる事で威力を向上させているが、一方で回復魔法とかには全く向いていないんだ。ほら、炎で燃やしながら回復とか、どう見ても変だろう?」

「一言で言えば、リンカーコアにも個性があるって事よ。それでジャンゴさんはどんな魔法が感覚的に使いやすいとか使いにくいとか、大体でも良いからわかる?」

「どうなんだろう……リンカーコアの魔力を知ったのはごく最近だから、感覚って言われてもこれで正しいのか判断が付けにくい。ただ……」

「ただ?」

「僕だけかもしれないけど、エナジーを使う感覚と魔力を使う感覚は案外似ている。だから太陽チャージやエンチャント魔法を使ってる時の感覚を、自分なりに流用してるんだ」

「感覚の流用……中々悪くない手法だと思う。ジャンゴさんが身体強化や武装強化の魔法を使用した際、魔力操作がやけに上手く感じたのはそれが理由だったんだね。という事はジャンゴさんって、実はなのはみたいな魔力集束が出来たりする?」

「出来るかと訊かれたら出来るけど、使えるかと訊かれたら使えないって答える事になる。多分言ってる意味がわからないと思うから、とりあえず見てみて」

見せた方が早いと言わんばかりに、ジャンゴはソードに魔力を集める。すると次第に輝きを増していくが、マキナは「ん?」と何かに気付く。

「集められた魔力が片っ端から、剣に染み込んでる……というか、宿ってる?」

「集束自体は出来てるけど、魔力がデバイスの外じゃなくて中に集められてる。これだと魔力の濃縮度が上がって通常より威力を高くできるけど、その分デバイスに相当な負担をかける事になるわ。なのはちゃんの場合……というより本来の砲撃魔導師は集束点が外だし、自分とデバイスで負担を半々にしてたけど、ジャンゴさんの場合は全ての負担がデバイスにかかる訳だから、たった一回でもここから集めた魔力を全部放てば、身体は何とも無くてもその瞬間、間違いなくこの剣が砕け散るわ」

「いくら攻撃力が高くても、戦闘中に武器を失うのは流石にマズいな。一応私も無手でそれなりに戦えはするが、やはり得物が無いと本領が発揮できなくなってしまう。戦場でそれはやはり致命的だろう」

「そう考えた僕は普通のデバイスを一発ごとに使い捨てにすれば使えるかもと思って、これまでの依頼で捕虜にした局員から奪ったデバイスで試してみたんだ。すると……どれも集める段階で壊れた」

「あれま、管理局製の量産品ではジャンゴさんの集束に耐え切れないのか。ブレードオブソルは元々頑丈かつ名剣だったから一発分耐えられるけど、その代わり使うと壊れるんじゃ集束魔法なんて到底使う訳にはいかないか……」

「でしょ? だから魔力集束は出来るけど使えないって言ったんだ」

「だったら高町みたく集束点を外には出来ないのか?」

「試してみたけど出来なかった。僕が魔力をチャージしたら、必ず武器の中に集まるんだ。一応武装強化の効果を上げられるから、全くの無駄って訳じゃないんだけど……」

「普通に強化魔法を使った方が消費も少なくて済むし、効果も高いというね……。ただね、発想をひっくり返すとわかるけど、恐ろしい程頑丈な武器さえあれば、この短所は一瞬で長所へ早変わりするよ。なにせ身体に負担をかけない訳だから、何度使っても疲れない……即ち集めて使う、集めて使うを好きなだけ繰り返せるんだ。そう考えるとこの点は、一度身体を壊す羽目になったなのはより使い勝手が上かもしれないや」

「その代わりデバイスマイスター泣かせになるわね……使う度にデバイスの点検や検査をしておく必要があるもの。インテリジェントデバイスみたいに意思があったらこの戦法は気が退けちゃうから、もしやるならストレージかアームドデバイスの方が強度的にも良いと思うわ」

「しかし今はそれに耐えられる武器が無いから使えないという話をしてるんだがな……」

シグナムの発言に、皆して「はぁ~」とため息をついた。ひとまずジャンゴの集束魔法は専用の武器かデバイスが手に入るまで使用厳禁という扱いになった。

「じゃ、私はこれから寝るから。大事な話がある場合は起こしてね」

「私も次元航行艦にまで戻る気力が無いし、せっかくだから泊まらせてくれるかしら?」

「別に良いよ。一人ぐらい泊まった所で困らないし……ふわぁ~……もう目が閉じそう……」

まるで夜勤明けの朝に帰って来たサラリーマンのような雰囲気を漂わせながら、マキナとシャマルはホームへ入っていく。それを見届けてから、ジャンゴはふと思い出した。

「はやてが中にいる事、伝え忘れちゃった……」

「いや……流石に今日ばかりは主も自重なさるはず……」

そうは言うものの、不安を隠せないシグナムと気まずげなジャンゴはホームの方を心配そうに見上げる。直後、ドタンドタンと騒がしい音がホームの中から響いてきた。

『おっかえりぃ~! マッキナちゃぁ~ん!! ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?』

『どこの新婚気取りだ八神! 何であんたがまだここにいる!?』

『イケずやなぁ~、このこの~♪ マキナちゃんが私の体調を気遣ってオメガソルを飲ませてくれたって、起きた時にヴィータが教えてくれたんや! 相変わらず素直やないけど私の事をちゃんと見てくれてるってわかって、もうたまらなく嬉しいんよ!』

『自惚れるな! どこかの魔砲少女みたいに自滅して、野垂れ死にでもされたら寝覚めが悪いだけだよ!』

『あれ? いきなり私ディスられてる?』

『おかげさんで八神はやて、完ッ全ッふっかぁ~つッ!! 感謝のハグをしに来たでぇ!!』

『あ~もう! 回復したらしたで余計鬱陶しくなった! 八神の頭がアッパラパーだったのは寝不足じゃなくて元からか!』

ホームの中から聞こえてくる騒動にジャンゴとシグナムは目を合わせるなり、ぐったりと脱力して肩を落とした。

「呉越同舟をそのまま体現してるね、あの二人は……」

「すまない……主はやてが暴走気味で本当にすまない……」

互いに申し訳ない表情を浮かべるが、とりあえずあれも彼女達なりのコミュニケーションだと思ってひとまず放っておく事に決めた。別に治めるのが面倒と思った訳ではない……はず。

それからしばらくすると経緯は不明だが簀巻きにされたはやてが窓から放り出されて、慌てて飛行魔法を展開したなのはが頭から落ちる彼女を拾い上げるのだが、なのはの疲れた様子が直接見ずとも気配だけで十分伝わってきて、鍛錬で気を逸らしていた二人はなんか申し訳ないとしみじみ思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月24日、8時31分

「え~、という訳でシャマルとマキナちゃんのおかげで切り札の抑制薬……ゼータソルが完成しました~。はい皆さん、彼女達の健闘に拍手!」

はやてが簀巻きにされた姿のまま景気よく言うが、ホームに集まった者達はそれに賛同せずに注意を促した。

「いや、今やっと寝れたんだから静かにしてあげようよ、はやてちゃん……」

「徹夜明けでようやく眠れたのに、周りがうるさかったら誰だって怒るに決まってんだろ……」

「おいバッテンチビ、お前もロードの暴走ぐらい相棒として止めろっての! アタシだって時には殴ってでも叱るぞ!」

「か、返す言葉もありませんです……。でも、はやてちゃんの手綱を握るのは並大抵の方法では無理なんです……」

「あはは……二人とも主で苦労してるんだね……」

当然の事を注意してからため息をつくなのはに、ヴィータも同意しながら呆れてしまい、アギトはもう少しロードの行動に気を付ける様に説教し、正座でそれを受けているリインの姿に、フェイトは先日説教されてた時の自分を思い出して苦笑した。

なお、ザフィーラは街の外の戦艦で待機中、シグナムも鍛錬が終わるとそっちへ戻って行った。そのためホームには就寝中のマキナとシャマル、ひと汗流してさっぱりしたジャンゴ、朝からツッコミまみれのなのはとアギト、それと管理局側からはやて、ヴィータ、リイン、フェイトがお邪魔している。作戦を行う時が来れば連絡すれば良いだけなのに、なぜか集まっている辺り、彼女達の中でなのはがまたいなくなる不安が拭えていない事を示していた。

「そういや作戦前に訊いておきたいんやけど、今のなのはちゃんはどういう立ち位置でおるん?」

「立ち位置……? アウターヘブン社側か管理局側かってこと?」

「せや。まぁ、私らの間だと気にする必要はないかもしれへん。でも任務中だと所属陣営で指示系統の違いがあるからなぁ……そこらへんを明確にしとかんと、指示を出す際に混乱しかねへんのよ」

「そういえばそうだね。確かに管理局は部隊行動とかの規律をしっかりさせてるし、私の立ち位置があやふやなのは政治的にもマズいよね」

「その前に質問いいかな? 私達管理局員はフェンサリルから見れば侵略者同然だから、正直に言って今も恨まれてると思う。だからこそ疑問なんだけど、ウルズの人達はなのはが元管理局員だって知ってるの? 知らないなら別に良いんだけど、もし知ってた場合は何というか……少し言い難いんだけど……」

「今回の戦争の恨みとかが向けられかねへんな。フェイトちゃんが今懸念しとるように、私ら管理局側の人間はこの世界では全く歓迎されてへん。むしろ敵意が燻っとるから、下手すればこの戦争自体が全部管理局の自作自演って見られる可能性もあるもんな」

「それがね、ジョナサン……この国の近衛隊長曰く、実はウルズ国民全員、なのはが元々管理局の魔導師だって気付いてるらしいんだ」

「えぇっ!? それ本当なの、ジャンゴさん!?」

「うん。だけど彼らはなのはを恨んだりなんかしていない。むしろ管理局に追い詰められている境遇がフェンサリルの状況と似てたから、仲間意識に近い感情を持っている。それに……覚えてる? ここに来てすぐに塞がれてた水源を復活させたこと……この国の危機を救ってくれた恩を彼らは忘れていない。だからなのはの優しい人柄もあるけど、アウターヘブン社側にいるのも何か事情があるって察していたんだ。つまり……ウルズはなのはを信じて受け入れたんだよ」

ジャンゴの口から聞かされた事実に、なのはは胸の奥から溢れんばかりの嬉しさが湧き上がってきていた。皆が生き残るために英雄度を稼ぐ……そういう魂胆もあったが、純粋な人助けによる感謝がこれほど大きな喜びを与えてくれるものだと、今になって改めて知ることができたのだ。

「以前、マザーベースでアギトが言ってたね。事件を解決した事で救われた人も、直接見たり会ってないだけでいっぱいいるって。やっとその事が心から理解できたよ……誰かに信じてくれるのって、こんなに嬉しいんだね」

誇らしげにそう呟くと、意を決したようになのはは宣言した。

「決めた。私はこのフェンサリルのゴタゴタが全部片付くまで、アウターヘブン社側に付くよ。本来なら私の正体を知った時点で牢屋に入れられても全然おかしくなかったのに、その上で私の事を信じてくれたウルズの人達の気持ちに報いたいんだ。だから皆には悪いけど……まだしばらくは管理局に戻らない事にするよ」

「気にせんでもええで、今のなのはちゃんならそう言うと思っとったからな。なにせつい最近まで自分や仲間の命を脅かしてた組織に戻るとか、普通に考えて躊躇とか抵抗はあって当然や。むしろ戻ろうとする意思があるだけありがたいもんやろ。せやからここはその気持ちに免じて、なのはちゃんはアウターヘブン社に身を預けたままって扱いにしとくで」

「まだ戻ってきてくれないのは残念だけど、なのはが決めた事なら私もとやかく言わないよ。その間に私達で、なのはがいつでも戻って来られるように管理局の内情をどうにかしておくし、それに……私も個人的なケジメを付けたいから」

「ビーティーか。フェイトは絶対兵士プログラムから解放された頃に、アイツの目的を聞いてるからなぁ……」

「うん。ビーティーの……“クローンの社会的立場の向上”という目的は、正直に言うと私も同意してる。母さんと姉さんが拉致された事で完全版プロジェクトFATEのデータが取られてしまったから、今回の事件を解決しても次元世界ではこれまで以上にクローンが作られる。違法研究などで苦しむ彼らを救うのが私の使命であり目的なんだけど、管理局にいる以上は拠点を見つけないと助けられないし、執務官の資格が無いと自由に動けないのが弱点だった。だからとても悔しいけど、ビーティーが母さんを殺したことは……廃棄されたクローンがオリジナルと創造主を超えたという事実は、結果的に彼らに希望を与えているんだ。私のやり方は命の危機から直接助ける所までで、差別を受ける社会までは改善していない。でも……ビーティーはその社会をぶん殴った。クローンだからって差別するなと、次元世界全てに知らしめたんだ。そしてそれは多分、一つの抑止力にもなると思う」

「一つの抑止力ですか?」

リインが尋ね返した言葉にフェイトは神妙に頷き、その意味を説明する。

「さっき言った通り、これからクローンは更に作られていく事になる。でもクローンにオリジナルや創造主を超える力があるとなれば、違法研究者はそれに着目する一方で反乱の可能性にも気付くはず。要するにクローンを利用するという事は、逆に言えばクローンに自分達が殺される可能性が生まれるという事なんだ。他人の痛みには鈍感でも自分の痛みには臆病な連中にとって、これほど危うい存在は無い。だからこそ反乱を恐れて、クローンを利用した違法研究が減るかもしれない訳だよ」

「なるほど、だから抑止力と言ったのか。確かにビーティーのような存在が自分達を殺しに来ると考えれば、ビビッて及び腰になる奴も出てくるだろう」

フェイトの説明を受けておてんこがイメージした光景を皆も想像する。何でも壊せる力を持つサイボーグが自分を殺しに執拗に狙ってくる光景……キャンプ・オメガである意味プレシアが味わったのと同じ状況をイメージできた者は、そのあまりの恐ろしさに背筋に冷たい汗が流れる。

一方でビーティーの事をよく知らない八神家は、似たようなシチュエーションを考えた。はやては某大作RPGの零式、そのストーリーの最終章で無限に出てくる能面の戦士が現実に自分に襲ってくる状況をイメージし、「これはガチでヤバい、ってかマジで怖いわ」と苦笑いをした。また、ヴィータはとあるSF映画に出てきたクローン兵士が正義側に反旗を翻したシーンを思い出し、リインは某機動戦士のナチュラルとコーディネイターな戦争が思い浮かび、大体の意味を把握していた。

「それにしても……今更なんだが一つ疑問が出てきた。クローンがオリジナルを超えられると証明されたのは良いけど、逆にクローンに超えられたオリジナルはどうなるのかな?」

「ジャンゴさん、それってどういうことなの……?」

「つまりね、クローンに立場を奪われたオリジナルはどんな扱いを受けるのかって思ったんだ。悪く言うつもりじゃないんだけど、自分と同じ姿の人間が自分より強くて賢くて、性格も良くて周りからの評価も高い。自分は出来が悪いのに、相手は自分より高みにいる。そんな状況に置かれたら、本人にはかなり辛いんじゃないかなぁって……」

「あぁ~それは親子か兄弟姉妹が優秀過ぎて、周りに比較されてしまった人に起こる劣等感と似とるな。あの子はとても優秀だったのにこっちは全然……って感じで、どっちも何も悪い事はしとらんのに片方が落ちこぼれの烙印を押されてしまう奴や。まぁ、それは理解してくれる人がいない環境が悪いのがフィクションとかでは多いけど、実際はどうなんやろ?」

「一応、私とはやて、なのはだとマテリアルズがある意味それに該当すると思うけど、比較された事は…………………あったね」

「それ、私も思い当たることがあるよ。昔、アウターヘブン社のことが気に入らない上司から、『あの会社にいるそっくりなヤツより優れた所を見せろ』って無茶振りされたことが何度かあったんだ。あれは本当にイラッとしたなぁ……私は私、シュテルはシュテルで別人だって言ってるのに……」

「視野の狭い奴はどこにでもおるっちゅうことやな。とにかく私達だけでこの話を続けても埒が明かんし、何かが解決する訳でもあらへんから、ここで一旦閉じとこか」

収拾がつくうちに終わらそうとするはやてに皆も一応同意し、ひとまずこの話題は終わらせた。しかし……後にこの問題が本格的に浮き上がってくる事に、彼女達は気付く由もなかった……。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月24日、14時00分

フェンサリル北西部、聖王教会支部。

以前マキナとアギトがスカルフェイスと初めて遭遇したこの場所に、ジャンゴ達は降り立った。S級とはいえ戦艦を用いて真っ昼間に敵地に来ている辺り、管理局の任務は結構強引というか強制捜査に近いやり方だとジャンゴは思った。

「そもそも魔導師はステルスに向いてないんだよね、魔力が発光する以上。それに管理局の方針が魔法至上主義のせいで無駄に魔導師の力を見せつけるように作戦を立てるから、必然的に“魔導師の戦術=ゴリ押し”ってイメージを植え付けられてるんだよ」

『まぁ、確かに魔導師がゴリ押し多めなのは否定できへんけどな。かといってマキナちゃんみたいにゲリラ戦術をバンバンやってたら、治安維持組織としては体面的にも駄目やろ』

「だからといって部隊統率を重視し過ぎるのもどうかと思うよ。指示や報告をいちいちする必要があると自然と搦め手に弱くなるし、動きも鈍重になる。突然の事件で咄嗟に動けず、結果的に犠牲者が増えるのと比べたら、もう少し自由度を高くしても罰は当たらないと思うんだけど?」

『その点については同意やね。管理局の対応が遅いという事は、入局する前から十分知っとるもん。せやからそれを何とか改善しようと思って私も色々手を回してるんやけど、なぜか頻繁に妨害を受けるんよ。やっぱ保守的な頭の奴が上に多いせいかもしれんなぁ……』

「革新的な思想が中々受け入れられにくいのは世の常だ。アウターヘブン社は王様を初めとして革新バッチ来いな姿勢だから、急速な発展を遂げられたのさ」

『管理局のお堅い連中も、その柔軟な姿勢を見習ってほしいとつくづく思うわ~。……さてと、お互いに目標を観察してみたところ、そっちはどないな感じや?』

「双眼鏡で見る限り、以前と同様に“敵側”の教会騎士が数人巡回している。スカルズはこの時間帯だと恐らく日の当たらない地下にいると考えられる。そっちは?」

『サーチャーを飛ばした所、地上はそっちと同じく教会騎士が数人、地下にごく少数の魔力反応があった。小型の魔導炉か潜伏している騎士か魔導師だと推測はできるけど、見てみない事には断言できへんな』

「なるほど……ところであの騎士達が聖王教会でどこの派閥に属してるか、そっちでわかったりする?」

『すまんけど、まだ調査中やな。管理局ほどじゃないけど、聖王教会でも最近派閥争いが激しくてなぁ……ほら、闇の書絡みで私らの事が気に入らん連中とかもおる訳やし』

「なるほど、変な狂信者というか盲信的な阿呆がいそうだ」

そう言って自虐的に苦笑するマキナ。しかし一同は、彼女もどこか狂信的ではあるが道は外していない事がわかっていたため、同類だとは決して思えなかった。

「しかし彼らの服装は大司教クラス以上の人間直属の親衛隊が着用するものだよ。前回来た時は聖王教会指定の修道服か制服だったから判別が出来なかったけど、あれを見る限り聖王教会の“裏”も一筋縄ではいかないね。なにせ管理局の裏をことごとく始末した粛清を、聖王教会は受けていない。どういう訳か見逃されているんだ。あのカリムよりも上の階級で、なおかつスカルフェイスにあれだけの支援が可能な財力を保有している勢力と言えば、“カエサリオン”か“アルビオン”のどちらかに絞られるな」

『ちょい待ちぃ! カエサリオンって……あの教皇カエサリオンの事を言うとるんか? それは流石に考えられへん。教皇カエサリオンは聖王教会の中で最も敬虔な信徒であると信者の間では有名で、しかも私らやカリム達もいる穏健派の筆頭としても活動してくれとるお方や。昨日マキナちゃんが言っとった孤児院に出資する許可もカリムを通じて彼が出してくれたんやし、管理外世界にも救いの手を差し伸べるその姿勢を買われて、リンカーコアが無くても……いや、無いからこそ教皇に相応しいと推薦された実績のある人が、スカルフェイスの非道な計画に加担する訳あらへんやろ。ただ……一方で大司教アルビオンは確かに私らも怪しいと睨んどる。あの人からはあまり良い噂も聞かんし、穏健派のカエサリオンに何度も毒舌かましとるし、教会騎士をもっと各世界に動員すべきという意見を常に掲げとるから、管理外世界のフェンサリルに教会を勝手に建てた今の状況と符合しとる。ほぼ間違いなく、アルビオンが敵側に付いたんやろな』

「あまり決めつけると視野が狭くなるよ、私は真実を知りたいんだから。さて……とりあえず作戦通りに私達が地下に潜入して調査、その後に八神達居残り組が地上を制圧って流れで行こう。下手にこっちの動きを掴まれると、異常に気付いてデータや証拠が消される可能性があるからね。突撃タイミングはそっちの自己責任で判断して」

『オッケー、任せとき。そんじゃあミッション開始や……グッドラック!』

はやての号令が出た瞬間、潜入部隊は行動を開始。前衛をジャンゴとフェイト、後衛をなのはとマキナが担当し、アギトはいざという時に備えてマキナの服の中で待機していた。
なお、ここに向かう途中の戦艦内でフェイトは「なんでわざわざアギトを隠すの?」と首を傾げ、リインは「最初からユニゾンしていた方が良いと思うですよ?」と疑問を素直に尋ねており、それに対してマキナは「戦力を温存するのは兵法のセオリーだし、伏兵がいると危機を脱しやすい」と返答している。

基本的にロストロギアや魔導師の犯罪者などを相手にする管理局では戦力を隠す意味が特になく、一方、アウターヘブン社では生存率を上げるために搦め手を含める様々な方法で戦術を増やしている。この戦いに対する意見の違いは、「今まで潜って来た戦場での考え方のズレがそのまま出てきただけだな」とアギトは結論付けた。

これまでの潜入任務と同じく、基本的に戦闘は避け、見つからない事を優先して教会の敷地内に入る。表向き4人(伏兵1人)で行動しているため、気配も大きくていつもより見つかりやすくなっているが、その辺は草むらに潜んだり、出会い頭にCQCなどで攻撃して気絶させたり、ラブダンボールを駆使したり、ロッカーに身を隠したり、マキナが修道服でシスターに変装してごまかす事で上手く乗り越えていった。ちなみにフェイトは「ダンボールの中は高級住宅以上に居心地が良い」と絶賛しており、それを聞いたなのはは「また一人、知り合いがダンボール愛に染まっちゃった」と肩を落としていた。

「フェイトって実は胎内回帰願望でも持ってるのかねぇ?」

「どこのシリアルキラーな英霊だっての……ま、解体しようなんて言い出さないだけマシか」

「露出度の高さはどっこいどっこいだけどね」

しかし速度を求めてバリアジャケットの面積を減らしているフェイトを見ていると、いつか本当にあの格好にたどり着いてしまうのではないかと、傍でマキナとアギトの話を聞いていたなのはは危惧する。だが、やがてそれが近い形で現実になる事を、この時の彼女達は知らなかった。

前回マキナが通った道をもう一度進むのは自ら罠に飛び込むも同然だと考え、一行は地下へ行ける別の侵入口を探索する。しかしどれだけ探しても例のタンスの裏以外に地下へ続く階段もエレベーターも見つからず、やはり同じ道を行くしかないのかとなのは達が悩む隣で、ジャンゴは何か思い当たることがあったのか、離れた所にあるレバーを下ろしたり、素早く燭台に火を灯したり、図書館で『こ、と、の、は』に関わる行の本棚にあるスイッチを押したり、教会入り口の石像を破壊したり、赤青黄緑それぞれの色に輝く4つの水晶を拾っては別の場所で謎の穴にはめるなどの奇妙な行動をしていた。

「さっきからジャンゴさん、何をしてるの?」

なのはが正直に尋ねると、ジャンゴは「まあ見てて」と言い、最後に拾った青色の水晶を穴にはめて、傍にある燭台に火を点ける。すると一瞬地響きが起き、礼拝堂に地下へ行ける階段が出現した。

「やっぱりサン・ミゲルの大聖堂と同じ仕掛けだったよ。ヒントパネルも無いし、床絵が浮かび上がってこなかった点も含めてある程度の差異はあったけど、とりあえずこれで解除成功だ」

「そういう事だったんだね。すごいよ、ジャンゴさん!」

「世紀末世界で解いた事があるから、すぐ仕掛けに気づけたんだ……流石は歴戦の戦士、仕掛けの解除はお手の物ってことかな」

「しかもヒント無しって点を考えると、次元世界出身だけのパーティで来てたら解除方法すら気付かなかったはず……。どう見ても不親切かつ露骨な時間稼ぎだけど、次元世界だとこの仕掛けはまだ通用するから確かに効果的だ」

そう呟くマキナは脳内で「これもまた聖王教会とイモータルの繋がりを示す証拠かな」と、また増えた影の勢力に辟易していた。ともかくこれで地下に進めるようになったため、早速ジャンゴ達は新たに出現した階段を降りていく。タンスの裏の道と違ってこっちは本来の通路であるためか、しっかり整備舗装されており、敵の重要拠点に足を踏み入れたという雰囲気が肌を通して伝わって来た。

通路の端にある青白い明かりを頼りに、若干薄暗い通路を移動する一行。今の所一本道で敵の姿は見当たらないが、不意打ちに備えて警戒を怠る事はしなかった。やがて少し広い空間に出ると、そこは何かの倉庫のようでたくさんの小さなコンテナが積まれていた。

「ん? な~んか見覚えがあるような……」

「マキナ?」

訝し気に思ったフェイトは、マキナが唐突に近くのコンテナの上に乗り、蓋を引っぺがすのを黙って見守る。そしてコンテナの中に手を突っ込んだマキナは、そこから小さな物体を取り出し、フェイトに投げ渡した。

「わっと! これって……缶詰?」

「思った通り、これは管理世界で広く流通している加工肉の缶詰だよ。安くて長期保存が効くって名目で大量に販売されてて、管理局でもレーションとして採用されている。長期出張した事がある局員なら誰でも口にした事があるぐらいのね。ほら、塩漬け、味噌煮、焼き鳥のタレ味、まだまだあるよ」

「待って、そんなポイポイ投げないで!? そ、それよりこれだけの缶詰がどうしてこんな所にあるんだろう?」

「さあ? アンデッドやスカルズの餌にでもしてたんじゃないの? いくら不死者でも維持させるためには食料が必要でしょ。こういった大量生産品なら多く買い占めた所で何らかの長期出張に備えてるだけだと思われるし、経費も安く済むからね。とはいえ、これほどの量を怪しまれずに搬送できたのは、復興支援という名目を使ったからなんだろう」

「以前、復興支援として物資や食料を運び込んでるって話を聞いたことがあるんだけど、まさかそれすらもカモフラージュに利用されてたなんて……」

「……あぁそうそう、カモフラージュと言えばフェイト。違法研究所でクローンが実験に使われてる場合、餓死させないためにこういった安物の食糧が仕入れられてる場合があるから、捜査の時は商品の流通ラインも見ておけば目安が付けやすくなるよ」

「そうなんだ……教えてくれてありがとう。執務官になるには、私もまだまだ学ぶことが多いね……」

マキナの考え方や行動は執務官にも通じるものがあるため、フェイトは些細な指摘をしっかり受け止めて自らの糧とした。

作戦前に昼食は済ませているため、これを食べるような真似はしなかった一行は、この食糧倉庫を通って先に進む。しかしそこで見たのは、食糧倉庫で見た缶詰がガラスで密閉されたベルトコンベアで流れながら生産されている光景だった。

「あれ? ここって、缶詰の生産工場だったの?」

「じゃあさっきの倉庫にあったコンテナは、ここで作った缶詰を輸送するために一時的に置いてただけ?」

「いや……おかしい。この教会が作られたのはごく最近なのに、ここで大量生産しているはずがない。それに、生産ラインも1つしか無いなんて変だ。……よく見ればベルトコンベアに使われてるゴムが全く摩耗していない、つまりここの設備はつい最近稼働し始めたことになる。だから倉庫にあるのは間違いなく輸入品なんだろうけど……、……ッ! ……もしかして……」

突如マキナが険しい表情を浮かべるが、「ま、まさかね……」と呟いて悪い予感を振り切るように首を振った。

「行こう、もっと先に行けば何かわかるはず」

ジャンゴの声で彼女達もひとまず意識を切り換え、調査を再開した。施設のコントロールルームは別の場所にあるらしく、とりあえず通路の道なりに進むことでベルトコンベアをさかのぼっていく。そして最初の作業工程が行われている部屋に続く扉の前に一行は着き、隣でガラス越しに見える血の滴る生肉になのはとフェイトは嫌そうな目を向ける。

「うぅ~……作ってる所は見たくないよ……」

「あれって、なんの肉なんだろう……」

「………………」

「姉御、さっきからずっと顔色が悪いけど、大丈夫か?」

「もしかして体調でも崩した?」

「…………え? あ、ううん……ちょっと考え事してただけ。心配してくれてありがとね、アギト、ジャンゴさん。私は、大丈夫だから……」

そう言いながらも、マキナは悪寒が拭えずにいた。管理局のレーション、食糧倉庫の缶詰、一つしかない生産ライン、同じ缶詰……これまでに把握した無数の点と点が繋がっていき、彼女はある恐ろしい想像に達していたのである。

「ねぇ、早く次の部屋に……」

「待つんだ、なのは」

「え、マキナちゃん?」

「急に呼び止めてごめん。ただ……今の内に覚悟しておいた方が良いと思って。特にフェイト」

「私?」

「この先に何があるのかは私もわからない。だけど……だけどもし私の予想が正しかったら、この先には地獄が待っている。その衝撃はリニスの時に匹敵……いや、それをも越えるかもしれないんだ」

「珍しいね、マキナがそんな怯えるような事を言うなんて。……わかった、私も覚悟しておくよ」

忠告を聞きいれてなのはとフェイトは深呼吸し、自分の心を鎮める。覚悟を一通り済ませた一行は意を決して、その扉を開けた。そして……地獄を見た。

「こ、これは……。ま、まさか……」

「そんな……。うそでしょ……」

ベルトコンベアで加工機械に運び込まれていたものの正体を見て、一行は耐え難い衝撃を受けた。口を覆い、吐き気を催し、全身が冷たくなる錯覚を抱き、先程の覚悟が木端微塵に砕かれる感覚に襲われた。

ヒトだ。

ヒトだった。

ヒトだった塊が運ばれていた。
機械で……グシャァっと加工されていた。

次から次へと……生産されていった。

「うっ………」

「な……何なの……。こ……これは……一体何なの!?」

たまらずうつ伏せになって嗚咽を漏らすフェイトと、残虐過ぎる光景になのはが理解できないと訴えるように尋ねる。脳のキャパシティを超えた衝撃にたまらずなのはは叫んでしまうが、それを止める者はいなかった。

「オイ……こいつら、微弱だが生命反応があるぞ。だけど……脳波が無い」

『つまり脳死状態ということか。既に意識が消失している以上、痛みや苦しみは感じずに済むのだが……』

だからと言ってこんな事が許されるわけではない。そう続けたバルディッシュの言葉に、アギトだけでなく皆も同意した。

「……世界解放虫。それは髑髏虫とは違い、空気感染する寄生虫」

「マキナ……?」

「管理局のレーションとして大量に生産されている缶詰、それは数千個単位で管理局に納品されている。戦艦一つで、さっきのコンテナを数個は常備できるぐらいの量を。その数千個に、ここで作ったコピー品が一つ二つ混ざった所で、すぐに見破れるわけがない。木を隠すなら森の中、缶詰を隠すなら食糧庫の中って感じで……。そして、一人でも感染してしまえば、たちまち世界解放虫は爆発的に広がっていく。缶詰の中身を食べるだけ……いや、開けるだけで感染してしまうかもしれない。その戦艦にいる全ての人間が感染者予備軍となり果てる。ヒトを材料にしているのは虫が牛や豚などの家畜には感染しないからか、それとも……完全版プロジェクトFATEの技術が手に入った事で、これまでのクローンを廃棄するついでに利用しているのか……」

「クローンが……食糧に……缶詰に……」

「そして感染は最初の一人から始まり、十になり、百になっていく。謎の病魔で人間が次々と変異または死亡していく状況に、医者や学者達が威信をかけてその解明に挑み、やがてある共通点を見出す。感染者には全員リンカーコアがあると。それを受けて世論は、魔導師に近づくだけで死ぬ、という無意識の嫌悪感も入り混じった感情が溢れ出し、全ての魔導師は迫害されながら死に至る。……まいったねぇ、確かに魔導師だけを殺す点においてはあまりに効果的だ。……うん、効果的過ぎる。今だって、もし一つでも既に輸出されていたら、そしてそれが解放されでもしたら、いとも簡単に魔導師が生きられない世界に作り変えられてしまう。高ランクであればある程死にやすい世界……スカルフェイスがこれ以上手を下さずとも、たった一つの缶詰だけで魔導文化は終焉を迎える……」

「そんな……」

「それとね、丁度良い機会だからフェイトにはもう一つ大事な話をしておく。ビーティーがなぜプレシアにあそこまでの憎悪を抱いてるのか、なぜ私達が来る前からこの世界で戦っていたのか、その答えがこれだよ。復讐に身を焦がしていた彼女だが、プレシアとアリシアがフェンサリルに拉致されてきた事はそもそも知らなかった。フェイトと遭遇したのも本人にとっては全くの偶然だった。じゃあなぜフェンサリルにいたのか、それは独自のルートでクローンが利用されている情報を掴んだからなんだ。そして上手くいけば救出、もしくは楽にしてやるつもりで戦ってきた。そこに核兵器の話を聞いた私達が割り込んできて、状況的にスカルフェイスを優先させてしまったが、元々彼女も彼らクローンを救うために来ていた訳だよ。フェイトの信念と同じように……」

「私と同じ……。ビーティーも……同じことをしていた……」

「フェイト、ビーティーは確かにプレシアを手にかけた。だけどクローンを救いたいという信念は同じ……むしろビーティーの方が強いと思う。自らの手を血に染めてでも、彼女は信念を通そうとしているんだから。あぁ、別に理解しろとも恨むなとも言わないよ、母親を殺された事で納得しがたい気持ちは察せるからね。だけど……いや、だからこそフェイトはビーティーの事をもっと知る必要がある。同じ信念を持ち、別のやり方を見出した者としてね。なにせ彼女が彼女なりに救おうとした者達こそが、目の前にいる彼らなんだから。……さあ、立つんだ二人とも。立って、そしてもう一度見るんだ……」

マキナの言葉を受け、フェイトとなのはは何とか気を取り直して再びベルトコンベアの方を見る。何度見ても吐き気のする光景……少女達の心が壊れかねない真実に、ジャンゴは「こんなのってあるの……」と辛そうな声で呟いた。

「……これが次元世界の現実なんだ、ジャンゴさん。次元世界は……間違いなく狂ってる、歪みきってしまっている。その歪みに私も、私の故郷ニダヴェリールも、そしてサバタ様まで巻き込まれた。私達はその歪みを正そうと必死に足掻いてきたけど……正直、ゴールが見えないんだよね……」

「マキナ……」

「変だよね……おかしいよね……誰だって平和に暮らしたいだけなのに、なんで世界にはこんなことを平気な顔でする連中がいるんだろう? 私達がそいつらの手から生き残るためには……大事な人を守るためには、全部我慢して戦いに身を投じるしかない。歯を食いしばって、どんな痛みも堪えて、引き金を引き続けるしかない。いつか終わるその時まで、私はずっと……戦って戦って戦い続けて、何があっても決して諦めなかった。……でも……」

―――いつかっていつ?

―――いつになったら終わる?

―――いつまで戦えば自由になれる?

小さな声でそう吐露するマキナ。ジャンゴはこの時、彼女の姿がいつもと違ってやけに小さく見えていた。つい手を伸ばして何か慰めの言葉をかけようとした次の瞬間、「ごめん、変な所を見せちゃった。気にしないでね」といきなり空元気を見せて、マキナは暗い表情のなのはとフェイトを連れて先に進んで行った。ジャンゴは今のやり取りで、マキナの“仮面”が一瞬はがれていた事には気付いていたが、結局どうしてあげたら良いのかわからなかった。

「ジャンゴ、さっきの姉御を覚えていてくれ」

「アギト?」

「さっきの言葉、あれこそが姉御の本心だ。回復魔法とか薬学とか、そんな風にヒトを救える知識を学んでる辺りからも、姉御が本心から戦いを望んでいないことぐらいわかるだろ?」

「うん、それは気付いてる。マキナってああ見えて本当はすごく優しい子だって事も、この光景に自分もショックを受けながら二人を気遣ってる事も、昨日はやてを気遣って特別製のドリンクをあげたりした事も、そして……サバタのためにずっと頑張ってきた事も、たくさん良い所があるって知ってる。正直、なんで彼女が月下美人になれないのかって疑問に思うぐらいだよ」

「逆だよ。月下美人じゃないからこそ、姉御はアタシらと同じ目線でいられる。世界に一人だけみたいに特別な人間じゃないからこそ、皆の苦痛が自分の事のように理解できる。本当ならもう、姉御は戦いなんてやめてもいいはずなんだ。なのに姉御は戦ってきた。故郷も家族も友人も憧れの人も失って、それでも頑張るしかなかった。そうしなきゃ殺されるから……姉御が生きてる事を不都合に思う連中が自分を、仲間を狙ってくるから、それに負けないために銃を撃ち続けてきた。だけどさ……やっぱりどうしようもなく壊れちゃうんだよ。姉御の心も、そろそろ限界なんだよ。なのはやジャンゴ、マテリアルズの皆と一緒にいる事に幸せは感じてるけど、ゴールの見えない戦いで心が消耗していくのは話が別だ。だからファントム・フォームなんて馬鹿な真似までしちゃうんだ……」

「大切な人が命を狙われるような事が無ければ、マキナは銃を置ける。でも次元世界がそれを許さない状況にある……平穏な場所で暮らせるのが、マキナにとって一番なんだろうね……。…………アギト、次元世界が駄目ならいっそのこと世紀末世界に住むってのはどうかな? サン・ミゲルなら彼女を受け入れられるし、シャロンと一緒にいられる。外敵だって僕が何とかするし、それに……治療できる人がいてくれたら街の皆も安心できるからね」

「ん~どうなんだろ? 個人的にはアタシもそうした方が良いんじゃないかって気はしてる。決めるのは姉御だけど、今度訊いてみたらどうだ?」

「わかった。その時はアギトもよろしく頼むよ」

ちょっとした長話になったが、おかげで少し絆が深まったジャンゴとアギトは、別の部屋へ通じる扉の前で待っていたマキナ達の所へ駆け足で向かった。

「遅いよ、ジャンゴさん。早く行こう」

一刻も早くこの場から去りたい気持ちが隠せないなのは達の様子に、ジャンゴも同情する。そして扉を開けて工場を後にした一行は、奥の方から漂ってくる濃厚な霧により、得体のしれない怪物が息をひそめて自分達を狙ってるかの如くゾッとした寒気が忍び寄りながらも、その先にあった鉄格子を超えて体育館並の広い空間に足を踏み入れる。

TRAP!

『スカルズを全て倒せ!』

「まさかこんな時にスカルズと正面から戦う事になるなんて……!」

「どうやら以前私がここで戦ったのと同タイプみたいだ。気を付けて、敵は他のタイプより防御力が低い代わりに素早い。背後を取られないようにしながら、上手く攻撃を当てていくこと!」

「要するにフェイトちゃんと同じスタイルって事だね。それなら慣れてるよ!」

「あんなのと一緒にしないで欲しいんだけどなぁ……」

部屋の隅から現れた4体のスカルズは、緑色の粒子らしきものを纏いながら瞬間移動じみた速度で襲撃。即座になのはが展開したビッグ・シェルに連中のマチェットが弾かれた直後、ジャンゴ達も反撃を開始する。

室内という事でマキナの跳弾が縦横無尽に飛び交い、敵が手元に構成したマシンガンを発砲する直前、逆に先制攻撃で破壊する。マチェットに武器を切り換えた所をなのはのシューターがすかさず追撃、四方に散開した敵を追い、前衛のジャンゴとフェイトが斬りかかる。しかしその二人を狙って他のスカルズが瞬間移動で跳躍し、マチェットを振り下ろしてくるが、咄嗟の機転でジャンゴは剣で受け流し、フェイトはディフェンサーで逸らす。それで隙を生み出したスカルズを前衛の二人が蹴り飛ばし、そこに後衛の二人がヘッドショットで頭をグシャッと潰して2体撃破。
その勢いを殺さず、ジャンゴは太陽魔法ダッシュ、フェイトはミッド式ゼロシフトを用いての高速移動で、最初にターゲットにしていた2体に肉薄するなりメッタ斬りにする。斬られたスカルズは反撃すらかなわず、その場に倒れた。

「………? 倒したのにトラップが解除されないって事は……!」

「全員、気を抜かないで! 次、来るよ!」

今度は全身を岩状に覆う防御力の高いタイプが4体現れる。なのはにマチェットが振り下ろされる所に割り込んだマキナはスタンナイフでそれを受け止めると同時に奪い取り、逆に相手の首筋にぶっ刺した。よろめいてる状態の内にマキナとなのはが怒涛の攻撃で鎧を破壊し、そのまま体力を削り切って目の前の1体を撃破。
一方でジャンゴとフェイトはマシンガンもマチェットもシノギで防御と反撃を繰り返す事で、襲ってくる相手に着実にダメージを蓄積させていた。その徹底した防御戦術によってスカルズの鎧が先に崩壊、そのタイミングを見逃さず二人は凄まじい速度で一気呵成に叩き斬る。残った1体はなのはがバインドで動きを封じた所にマキナが連射、鎧が壊れた直後にジャンゴとフェイトの交差斬りによって細切れにされた。

「ふぅ……これで終わり?」

鉄格子が上がったため、とりあえず危機は去ったと思い、全員一息ついた。エナジーで倒した事でこの部屋にいるスカルズは浄化されていき、一応は敵の姿が無くなった。

「そういえば地上の方はもう制圧した頃だろうか?」

「ひとまず八神に連絡取ってみるよ」

ジャンゴに尋ねられてマキナは通信をはやてに繋げる。モニターが展開されると、そこでは何やら霧に紛れて襲ってくる敵との交戦が行われていた。

「もしかして、そっちも?」

『お察しの通り、こっちもスカルズの襲撃を受けた。サーチャーで見た所、敵は女性を基にしたスナイパー4体や。頃合いかと思って聖王教会の制圧に向かおうとした途端、急に霧が出て狙撃してきよったんよ』

「手助けは必要……でもなさそうだ」

『せや、私の家族は伊達や酔狂で騎士は名乗っとらん。霧で姿を隠しとるのが面倒やけど、敵本体の強さ自体はぶっちゃけマキナちゃん程やないし……ってうわ!? 教会騎士からの攻撃もきよった!』

「なんだ、楽しそうにドンパチしてたのか。まさにレッツ、パーリィ?」

『確かに爆発が飛び交う危なっかしいパーティーやな! 残念ながら私は六本も刀使えへんけど』

「一応言っておくけど火傷はしないでよね、治療が面倒だから。それに、お肌の大敵だし」

『言われんでも女にとってスキンケアは大切って事ぐらいわかっとるわ!』

「でもヴォルケンリッターは姿が変わらないから肌の手入れしなくても全然平気という……」

『それ言われると、なんかずっこく感じてきた!』

「とりあえずこっちは予定通りこのまま先に進む。まぁ……適当に頑張れ?」

『疑問形か! 全くもう……おかげで肩の力がスゥ~っと抜けたわ。早速、敵の教会騎士達に一発かましてくるで!』

「そう言って横から狙い撃ちされないように。狸鍋にされたくないならね」

通信終了。マキナとはやての戦闘中だというのにいつものド突き合い漫才じみたやり取りを交わす光景に、先程の工場を見てからずっと強張っていたなのはとフェイトは安心感のようなものを抱き、つい苦笑してしまった。

丁度いい感じに休息を取れてなのは達の肩の力も抜けたため、一行は探索を再開する。次の部屋にあったのはコントロールルームで、傍に工場の動力源として使われている小型の魔導炉があった。

ここなら目的のデータ収集ができると思い、マキナはレックスを端末に繋いでセキュリティを解除、いくつかの研究資料や記録などを根こそぎ集めていった。その間、ジャンゴ達は周囲を警戒して、何が起きてもすぐ対処できるようにした。

「うわぁ、ここのデータベース、漁れば漁る程“裏”の記録が出てくる。それに……なんか奇妙な情報まである。え~と、最古のロストロギア、原初の魔導師、鍵の喪失、存在回帰……ん~どれも断片的でよくわからないや。それより……やっぱり完全版プロジェクトFATEのデータも、キャンプ・オメガから拡散されてたらしい。フェイトには残念な話だけどね」

「うん……まぁ予想はしてたから大丈夫。母さんのレガシーを何とかするのは私の役目だから」

「でも、ここにあったデータの中に興味深い研究資料もあった。まず、“クローン生成は繰り返すほど弱体化する”。つまりクローンからクローンを生み出しても、そのクローンは非常に弱くなるってこと。一人の遺伝子から複数のクローンを生み出し、その中で最も優れたクローンからまた新たなクローンを……なんて蠱毒みたいな手法はしても無駄だって証明されたわけだ。次に“アンデッドからクローンは作れない”。要するにグールやイモータルのクローンを作ることはできないってわけ。まぁ、普通のクローンに暗黒物質を注いでアンデッドを増やすって手法もあるにはあるけど……稀に変異体が発生する事もあるから、どちらにせよ安定した生成は出来ないね。それと……次の奴はデリケートな問題だから、とりあえず順番に話していくね。ちょっと古い資料だけど、“エナジー能力を持つクローンの生成実験”なんてものがあったんだ」

「それって……どういう内容なの?」

「文字通り、エナジーが使えるクローンを生み出そうとした実験だ。サバタ様やジャンゴさん、サン・ミゲルの人達や向こうにいるシャロンと、行方不明のエレンさんを除き、次元世界でエナジーが使えるのは、私、シュテル、レヴィ、王様、ユーリ、なのは、フェイト、アリシア、すずかの計9人。このうち地球にいるすずかと、個人の戦闘能力は無いにも等しいアリシアは除外するとして、基本的に私達7人のみが通常、次元世界に現れたアンデッドを倒せる存在となる。この広い次元世界でどこにでも出現するアンデッドに、この人数で対処しきれるかと言われれば、管理局にしてみれば当然不安を覚えるだろう。だからこの実験がある事自体は想定できたんだけど……」

「だけど……?」

「なんていうか……ほら? 実験の遺伝子を確保しようにも私は次元世界中を旅してたし、マテリアルズに手を出したら制裁を受けるのは目に見えてるし、アリシアは精霊で既に違う存在だし、すずかは地球から出ない上に手練れの護衛もいるし、フェイトもさっきの資料を見るにクローンからクローンを作る意味が無いって判明した。だから結果的に対象は絞られて……」

「実験にはなのはの遺伝子が使われた……?」

「資料にはそう書いてある。また、基礎人格と記憶の転写もリンカーコアのコピーも成功、見た目も内面もほぼ完璧に同じ人間を作り上げたらしい。しかし生成に使った技術が未完成のプロジェクトFATEだから、例に漏れずそのクローンも身体に欠損が生じた。ここからが問題というか……すごく重要な内容になる。フェイトもそうだが、なのはは特に心して聞いて。その欠損の場所は………………左腕だったんだ」

『ッ!?』

思わず全員なのはを、具体的にはなのはの左腕の義手を凝視してしまう。なのはも自分の左腕を見つめ、そしてまさかと言わんばかりの表情を浮かべた。その時、

「フフ、驚いているようだね……」

皆が動揺している最中に突然聞こえてきた声に、ジャンゴとマキナはハッとして振り向く。なぜならそれは聞き覚えのある声……地球で戦ったイモータルの声だったからだ。

「久しぶりだね、太陽の戦士、闇の書の先代主の娘、そして眠り姫」

「また会えるのをずっと楽しみにしていたわ……」

「ポー子爵……エドガーとヴァージニア!」

「もう少しで全部のデータを収集できるのに……このタイミングで!」

「そう熱くならないでくれ。戦闘なら相応しい場所を用意してある、焦る必要は無いよ」

「アナタ達が集めている記録は、パーティーに間に合ったご褒美よ。そのまま集めて持って行くと良いわ……」

目の前で対峙しながら余裕綽々と微笑むポー子爵。まだデータの収集中である以上、下手に戦闘になって記録が壊れでもしたら目も当てられないため、ジャンゴ達も今は戦闘に踏み切る事が出来なかった。

「さて……眠り姫こと高町なのは。今の話を聞いて、キミはもう理解しているんだろう? 自分が何者であるかを」

「…………」

「認めたくないの? それとも驚きのあまり、頭の中が落ち着かないの?」

「…………」

「まあいいさ。人間、自分の存在が怪しくなれば動揺の一つもして当然だ。よくある出来事だから周りの目は気にしなくていいよ」

「人間って不思議よね。自分がこの世に生まれた方法ですら気にするんだもの……その時の記憶もないのにどうしてかしら?」

「その点、ボク達は気にする意味が無い。アンデッドには生まれ方や人種の差別なんて概念がないからね。皆平等さ」

「ほんと……人間は自ら争いの火種を作ってるようにしか見えないわ。相手が自分と違うからと言って傷つけあう愚かな存在……」

「違うから争いを生むというなら、皆同じ存在になれば争いなんて起こらない……」

「進化を止めれば、皆同じ場所に立てる……」

「銀河意思はそのために吸血変異を起こした。銀河の存続のために……」

「ヒトはアンデッドになってこそ、真に手を取り合えるのよ……ねぇエディ?」

「その通りだね、ジニー。管理局なんかに任せていては、遠からず世界は破滅する。銀河意思の下でこそ、ヒトも世界も正しい姿になれるんだ」

まるで誘蛾灯のように惑わす言葉を交わし合うポー子爵。彼らから放たれる言葉は存在意義を見失い、心を砕かれた者から見れば甘美に聞こえるだろう。傍で聞いていたフェイトも、2年前のジュエルシード事件でもしサバタもいない状況でこのような言葉を言われたら、つい頷いてしまいそうなぐらいの誘惑性があると感じていた。無論、今のフェイトは同意する気などさらさら無いが、今のなのはには現在進行形で漂ってくる以上、心配してしまうのも無理はなかった……が、それは一人の笑い声によってかき消された。

「フフフ……あっはっはっは! アンデッドになれば手を取り合える? 同じ存在になれば争いは起こらない? なにそれ、馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうね! フッハッハッハッハッハッ!!」

「マキナ……?」

「だってさ、言ってる事はともかく、やってる事はただの洗脳や人殺しじゃないか! それこそ管理局の全体主義がイモータル風になってるだけで、突き詰めれば自分達の邪魔者を排除してるだけ。いかにもって顔で平和の使者ヅラしてるけど、結局のところ世界を管理、支配するのが管理局か銀河意思かの違いしかない。これを笑わないでどうするのさ!?」

「いや、管理局は次元世界の秩序のために行動してるから……あ~でも今はその理念も薄くなってて説得力が全然無いね……」

管理局に属している者として、マキナの言い分に訂正を加えようとしたフェイトだったが、ニダヴェリールやフェンサリルで管理局がやらかした事を考えると、その言い方も尤もだとつい納得していた。そんな彼女の迷走は露知らず、マキナは反論を続ける。

「平和だとか秩序だとか偉そうにのたまってるけどさ、選んで殺すのがそんなに上等か? 自分勝手な都合で他人の故郷を焼き払ったのが許されると思う? 正直イライラするんだよ、そんな風に『世界秩序のために頑張ってる私エライ!』みたいな考えで人殺しを正当化されたら。私からしたら、管理局も銀河意思も同じに見える。自分と違う存在を……相手を認められない、違う事を受け入れられない考え方こそが世界を終わらせるんだ。相手が自分と同じになれば良いとか、それって自分が相手に合わせられない事に対する安易な逃げ道にしか聞こえない。まぁ極端な話、人間とアンデッドは相反する存在だから、まるで互いの手を取り合わせようとするこの言い方にも無理があるのはわかってる。でも、それならそれで折衷案でも出せばいいじゃん。そんな考えすら出てこない時点で、私にはあんた達の言葉が空虚にしか感じられないっての!」

ビシッと指をさして断言するマキナの姿に、ジャンゴ達どころかポー子爵もつい呆気にとられる。だがジャンゴもフェイトもアギトも、彼女の言葉に込められた意志に同意し、思わず微笑む。

「それとね、なのは。私はマザーベースで意思を見せたあんたを認めた。オリジナルとかクローンとか知ったこっちゃない、目の前にいるあんた個人の心意気に力を貸そうと思ったんだ。……ウルフドッグは野性味が強いため警戒心も強いが、仲間と認めた者とは家族同然の関係を築ける。ここまで共に来て今更、私が離れるとでも思うなよ?」

「マキナの言ってる事には僕も同感だ。僕は昔のなのはを知らないけど、ここにいるなのはが大事な仲間だって事に変わりは無いよ。なのはが本当は何者だろうと、僕は決して裏切らないから」

マキナとジャンゴの心からの言葉。それを受けて先程から俯いてたなのはは……、

「……はは」

静かに笑った。ゆっくりと顔を上げた彼女の目は、強く優しい力を宿していた。

「ほんと……かなわないなぁ。二人にそこまで言われちゃったら、もう嬉し過ぎて自分の正体なんてどうでもよくなっちゃうよ……!」

彼女の心が再び太陽の光のごとく輝くのを目の当たりにし、エドガーは「勧誘なんて慣れない事、するもんじゃないね」と苦笑して、ヴァージニアは「これはこれで楽しめるからいいかしら……」とやせ我慢を見せた。

「よし、良いタイミングでデータ収集完了!」

「待たせたな、ポー子爵。さあ、決着をつけよう!」

「いいよ……ではボク達はこの先の部屋で待ってるから」

「せっかくだもの、とびっきり盛大なパーティーにしましょう……」

そう言い残してポー子爵は転移した。この先にある戦闘に相応しい部屋にて待ち受けるために。レックスを端末から取り外したマキナとそれを見守るアギト、地球で太陽銃を壊された雪辱に燃えるジャンゴ、そして彼らと共にある事に喜びを感じているなのは。彼女達の間にある強い絆を見ていて、フェイトはかつて自分がサバタに存在を肯定され、はやてとすずかに心を支えてもらった時の事を思い返していた。

「(さっきのマキナとジャンゴさんの言葉、本当は私も嬉しかったんだ……。オリジナルとかクローンとか関係なく認めてくれる人がいるって事は、私達にとってすごく励みになるから……)」

 
 

 
後書き
ゼータソル:ゼノギアス アイテムの一つ。戦闘不能のキャラを蘇生します。ゼノギアスにはレッドラムみたいに即死攻撃をしてくる敵が多く、非常にお世話になったアイテム。
ジャンゴの集束魔法:約束された勝利の剣(エクスカリバー)みたいな攻撃ができます。しかしやると剣が壊れます。
能面の戦士:FF零式のルルサスの戦士のことです。リアルであれが自分を延々と追いかけてくる状況を考えたら、怖いと思いませんか?
大聖堂:ゾクタイ 最初のイモータルダンジョン。サン・ミゲルでは白きドゥネイルが封印されていた場所です。
人肉缶詰工場:ゼノギアス 屈指のトラウマシーン。食べた後に現場を見せるという鬼畜眼鏡……。マップの端の加工機械に寄れば叫び声も聞こえます。ちなみにフェイト達は今後、肉類や缶詰を見るたびに抵抗感が湧いたり、食欲が減退したそうな。
ダッシュ:ゾクタイ 太陽魔法の一つ。太陽光の強さに応じて速度が上がりますが、移動中に受けたダメージが倍になります。使い勝手が良いのでプレイ中、着けっ放しにしてる方も多いと思われます。

アポカリプスには選ばれた者への”秘密の暴露”という意味もあります。


Q.マキナが弱音を見せた時、ジャンゴがちゃんと声を掛けたらどうなっていましたか?

A.マキナの好感度がかなり上がります。好感度ってパワポケではかなり重要なんですよね。なお、現状ではなのはの好感度がトップです。……誰かを救うということはね、他の誰かを救わないことなんだよ……。


突然の次回予告

リンネ「フッ……! クッ……はい? なんでそんなに鍛えてるの、かっ、ですか……? 決まってます……ンッ……強くならなけれ、ばっ、……何もかもっ……失くしてしまいます。グッ……だからこうして……ふんっ! 鍛えてるん、です……! 現にマキナって人も……ヌッ! 私と同じような考えを……ハッ、してるじゃないですか。強く、なければ……生き、残れない……! 世の中って……そういうものでしょう? 次回、リリボク……『ピースウォーカー』。平和は……歩いてはこない!」


……すみません、一度で良いので筋トレ予告をやってみたかったんです。リンネなら筋トレシーン多かったので行けるかと思って……。 
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