トラベル・トラベル・ポケモン世界
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19話目 湖岸の戦場(中)
********
グレイ側
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ギャラドス[呼び方:KK] (無傷)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (無傷)
レパルダス[呼び方:レパ] (無傷)
エレナ側
リザードン (小ダメージ)
チルタリス (中ダメージ)
アブソル (無傷)
ジュカイン (無傷)
********
グレイは、ハピナスが倒された事に焦っていた。グレイにとってハピナスは、ギャラドスに次ぐ新たなエースであったからである。
ハピナスならば、エレナのポケモンを最低1体は倒してくれるだろう。そういう考えがグレイにはあった。
(まあ、姐さんはオレのために全力で戦ってくれたんだ……それでも倒されたもんは仕方ないよな、次のことを考えないとな)
グレイはそう思い、気持ちを切り替えることにした。気分を一新するために周囲の風景を見まわし、そして、ふとエレナの方を見た。
(やっぱり……なんか今日のエレナは、いつもと違うよな……)
エレナの様子を見たグレイは、改めてそう思った。
グレイが最初にエレナの様子に違和感を覚えたのは、ハピナスの放った“メガトンパンチ”に驚いたエレナが声をかけてきた時のやりとりであった。
エレナは真面目な性格で、普段からクールな口調と態度を崩さないが、少しの冗談は通じる人間である。グレイが何か冗談を言っても、呆れた表情で何かしらの言葉が返ってくることが多い。
しかし、グレイが冗談半分で『本当にハピナスかどうかなんて、どうでもいいだろ? こいつは正真正銘のオレのポケモン、『姐さん』さ!』と言った後、エレナは険しい表情をしただけで、グレイに言葉を返してこなかった。
その時エレナは、特別に急いで指示するような状況ではなかったハズである。そもそも先に声をかけてきたのはエレナなのだから。
他にもグレイが違和感を覚える場面は何度かあった。
グレイが冗談半分で軽口を叩いても、返ってくる言葉は冷たく真剣な言葉であり、そもそもグレイが冗談で言っていることに気がついていない様子であった。
また、今日のエレナは、バトルを楽しんでいる気配が一切ない。
普段からエレナは、バトルする時は楽しむ気持ちよりも真剣な気持ちを強く出しているが、それでも真剣なバトルを楽しんでいた。しかし今日に限っては、楽しむ気持ちが全く表れていない。
今エレナを見たグレイは、また1つ違和感が加わった。現在、ハピナスが倒されたことで試合の流れは止まっているにも関わらず、エレナはチルタリスに労いの言葉をかけることなく何か厳しい表情をしている。
グレイはエレナの様子を見て思う。
(なんというか、『勝つことが全て』っていう考え方が漂ってるんだよな……それも考え方の1つだから、オレは別に否定しないが……冷静に判断してその考え方に至ってるなら文句ないが、自分を見失ってる内にいつの間にかそうなってたって言うなら話は別だろ……)
そしてグレイは1つ決心する。
(何があったか知らんが……このバトルを通して、お前の目を覚まさせてやるよ! 覚悟しろよエレナ!)
ポケモンバトルは互いの絆を深める儀式であると、古くから言われている。ポケモンバトルを行うと、トレーナーとポケモンの絆が深まり、さらに戦った相手の事も理解できると言われている。
バトルを通じてエレナの違和感を感じ取ったグレイは、今度はバトルを通じて自分の考えを伝えようとしていた。
グレイは2体目のポケモンとしてビビヨンを出した。虫タイプかつ飛行タイプで、りんぷんポケモン。きれいな翅をもつ蝶のようなポケモンで、翅の一部にドットのような模様があるのが特徴的である。
グレイは、静かにビビヨンに話しかける。
「ビビ、今回はちょっと真面目なバトルなんだよ……バトルを楽しんで、トレーナーとポケモンの意思疎通の大切さを示さないとダメなんだ」
真面目に楽しまなければならないバトル。そんな無茶苦茶なグレイの要求に対し、ビビヨンは楽しそうに鳴き声を上げて気合を見せる。
グレイは力強くビビヨンを送り出す。
「じゃあ頼んだぜ、ビビ!」
ビビヨンとチルタリスが、空中で対峙する。
グレイは何度かエレナと戦っているが、最後にエレナと戦った時、目の前にいるチルタリスは進化前のチルットであった。グレイが、エレナのチルタリスの“コットンガード”を見たのもこのバトルが初めてである。
グレイは、相手がさらに新しい技を覚えているのではないかと警戒する。
(前に最後に戦ったときは遠距離攻撃は無かったと思うんだが……)
そう思い、とりあえずビビヨンに遠距離攻撃を命じる。
「ビビ、“サイケこうせん”!」
エスパータイプの特殊攻撃技“サイケこうせん”によって、超能力的な光線がチルタリスに放たれる。
「チルタリス、“りゅうのはどう”!」
チルタリスからは、ドラゴンタイプの特殊攻撃技“りゅうのはどう”が放たれる。
(あんのかよ……遠距離攻撃……)
グレイは落胆した。
「チルタリス! 今、右! 左……1回下がって、右……そこで上がって、今! 攻撃!」
さらに、エレナお得意の的確な回避指示も健在であった。エレナの様子がいつもと違っても、回避指示の腕が鈍ることは無かった。チルタリスは指示に従うことで被弾を減らしていく。
一方ビビヨンは、特性りんぷん、のおかげで命中率が元々高いため、無茶苦茶に激しく動きながらでも遠距離攻撃を撃てる。逆に言えば、攻撃をしながらでも回避に徹しているのと同レベルの動きを維持できるという事であり、この動きによって被弾を減らしている。
特性による恩恵と、トレーナーの指示。両者ともそれぞれ被弾を減らす手段があり、それによって互角の戦いが繰り広げられていた。
ビビヨンとチルタリスによる遠距離攻撃の撃ち合いがしばらく続いた。
ビビヨンは、相手の攻撃をギリギリで避けた時や、自分の攻撃を当てた時など、いちいちグレイにドヤ顔でアピールしてくる。グレイもそれにいちいち反応してやる。さらにビビヨンは、旅の途中にポケモンサーカス団でバイトした時に習得した「虹色の“サイケこうせん”」を攻撃に織り交ぜたりしていた。
ちなみに「虹色の“サイケこうせん”」の効果は、見た目がほんの少しキレイという以外に通常の“サイケこうせん”との違いはない。また、そもそも通常の“サイケこうせん”も虹色なのではないか? と指摘する者も多い。
このようにグレイとビビヨンは、撃ち合いの中でもアイコンタクトで会話し、バトルを楽しんでいた。グレイの手持ちポケモンの中でも、圧倒的にグレイと過ごした時間が長いビビヨンにしかできない事である。
遠距離攻撃の撃ち合いは互角で、ビビヨンとチルタリスはお互い同じくらいのダメージを与え合っていた。
元々チルタリスは、ハピナスの攻撃でダメージが溜っているので、このまま互角に戦えば先に倒れるのはチルタリスである。
そんな中、勝負の流れに変化があった。エレナが、チルタリスをビビヨンに必要以上に近づけてくるのである。
そして、エレナが新たな攻撃を指示する。
「今よ! “みだれづき”!」
「やべえ! 避けろビビヨン!」
突如エレナは接近戦をしかけてきた。チルタリスのクチバシから超高威力の連撃技が放たれたが、ビビヨンはギリギリのところで避けた。ビビヨンがグレイにドヤ顔を見せる。
グレイは『今はドヤ顔してる場合じゃねーだろ……』と思うが、ドヤ顔しながらでも“サイケこうせん”をしっかり放っているビビヨンを見て、つい許してしまう。
エレナはなお接近戦をしかけてくる。ビビヨンもある程度ダメージを受けており、“みだれづき”の連撃をまともに受ければ、あっという間に倒されてしまうだろう。
(姐さんを倒したエレナの方が有利なんだから、そのまま互角に撃ち合うだけでもオレの方が不利な状況で、あえてリスクをとってくるとはな……)
攻撃的なエレナの姿勢を見てグレイはそう思った。
エレナの、圧倒的にグレイを上回って勝ちたいという考えが、なんとなくグレイに伝わってきた。
(なめんなよエレナ! 姐さんを倒されたとは言え、オレはそんなに簡単に負けてやるつもりはねえぞ!)
「ビビ、混乱! やれ!」
ビビヨンが、相手を混乱させる技“ちょうおんぱ”を放つが、チルタリスの“みだれづき”で防がれる。しかし、グレイが指示の最後に付け足した「やれ!」は、それを続けろという意味を含んでいる。グレイと長い付き合いであるビビヨンはグレイの意図を察し、“ちょうおんぱ”をしつこく放ち続ける。
チルタリスが“みだれづき”を放つクチバシをギリギリで避けたビビヨンは、チルタリスに下から近づいて“ちょうおんぱ”をねじ込んだ。
チルタリスは混乱し、訳も分からず自分を攻撃し始めた。
「ビビ、麻痺!」
さらにビビヨンは“しびれごな”でチルタリスを麻痺させた。
「よし! いいぞ、やれビビ!」
ビビヨンはグレイに、「ビビヨン勝利の舞」という謎の踊りを披露しながら無抵抗なチルタリスに“サイケこうせん”を放ち続ける。
「くっ! 戻ってチルタリス! 行ってリザードン!」
「ビビ、麻痺! そんで混乱も!」
このままではチルタリスが倒されると判断したエレナは、急いでポケモンを入れ替えた。しかし、ポケモンの交代をするには相手との距離が近すぎた。再登場したリザードンは、ビビヨンに“しびれごな”で麻痺させられる。
「リザードン、“ドラゴンクロー”! 近づいて!」
さらにビビヨンは“ちょうおんぱ”を放つ。しかしそれは“ドラゴンクロー”に阻まれる。さらにリザードンはそのままビビヨンに近づく。
「ビビ、離れろ! “サイケこうせん”!」
リザードンは至近距離のビビヨンに巨大な爪の一撃を放つ。しかし、ビビヨンはリザードンから素早く離れる。“サイケこうせん”で攻撃することも忘れない。
「リザードン、“エアスラッシュ”!」
エレナの指示で、リザードンは“エアスラッシュ”で空気の刃を飛ばす。
これにより、ビビヨンの“サイケこうせん”と、リザードンの“エアスラッシュ”による遠距離攻撃の撃ち合いに発展した。
************
現在の状況
グレイ側
ビビヨン[呼び方:ビビ] (小ダメージ)
ギャラドス[呼び方:KK] (無傷)
レパルダス[呼び方:レパ] (無傷)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
エレナ側
リザードン (小ダメージ、麻痺状態)
チルタリス (大ダメージ) ※1
アブソル (無傷)
ジュカイン (無傷)
※1 チルタリスは特性「しぜんかいふく」により麻痺は回復している
************
「ビビ、頑張れ! とにかく滅茶苦茶動いて、なるべく避けろ!」
「リザードン! そこで上、一気に前……攻撃! ああ、止まってはダメよ!」
空中で攻撃を撃ち合うビビヨンとリザードン。しかし、リザードンは麻痺しているため動きが鈍く、完璧な動きを求めるエレナの指示通りに動くことができない。“サイケこうせん”の被弾が多くなり、ビビヨンよりも速いペースでダメージを受けていく。
状況を打開するため、エレナが新たな指示を出す。
「リザードン、“えんまく”よ!」
エレナの指示で、リザードンは“えんまく”を発動し、自分の周りに煙幕をばらまいて視界を悪くした。
リザードンは、ばらまいた煙の後ろに隠れながら“エアスラッシュ”を放ち続ける。
グレイはビビヨンに声をかける。
「どうなんだ、ビビ? 相手は見えるのか?」
グレイの問いに対し、ビビヨンは『余裕ですぜ隊長』と言いたげな視線とドヤ顔を返してきた。
ビビヨンのもつ複眼の能力は非常に高く、ビビヨンの視界は煙に隠れたリザードンの姿を捉えていた。ビビヨンは先ほどと変わらず“サイケこうせん”を煙に隠れるリザードンに放ち続ける。
「そうだビビ、相手に近づいたらどうだ? お前も煙の中に入ってこいよ」
グレイが面白そうにビビヨンにそう声をかけた。
ビビヨンはグレイのアイデアを受け、リザードンに近づき、煙に隠れた。
これにより、ビビヨンとリザードンによる、煙が漂う空中での撃ち合いが始まった。
しかし、煙を透かして見えるビビヨンと煙に視界を奪われるリザードンでは、全く勝負にならない。さらに、ビビヨンが煙に隠れて姿を消すことにより、エレナはリザードンに的確な指示を出せずにいた。
状況は圧倒的にビビヨンが有利であった。リザードンが一方的にダメージを受けていく。
「くっ、リザードン! 煙から離れて戦って!」
エレナが指示し、リザードンが煙の漂う宙域から脱出する。しかし、ビビヨンはそのまま煙の宙域に居座って戦い続ける。
先ほど“えんまく”を使った直後のリザードンは、煙の後ろに隠れながら戦っていた。しかし、煙を透かして見えるビビヨンは完全に煙の中を飛びながら戦っている。
エレナとリザードンは、煙の中を移動し続けるビビヨンの位置が捉えられない。それは攻撃を当てられない事と同時に、ビビヨンの攻撃がどこから発射されるか予測できない事も意味していた。
煙から離れたリザードンであったが、一方的にダメージを受けていく状況に変化はなかった。
“えんまく”で姿を隠して戦うというエレナの作戦は、結果としては悪手であり、ビビヨンの要塞を築いただけであった。
「リザードン、回避に徹して! 煙が晴れるまで耐えるのよ!」
リザードンは“エアスラッシュ”をやめて、回避に神経を集中させた。これにより被弾は少なくなったが、それでも一方的にダメージを受けていく状況には変わりない。
しばらく経ち、ビビヨンが隠れる煙が晴れてきた頃、エレナは再びリザードンに攻撃指示を出した。
これにより、ビビヨンとリザードンの遠距離攻撃の戦いが再開された。
しかし、この戦いは元々、麻痺していたリザードンが被弾が多く不利であるという状況であり、それは先ほどと全く変わらなかった。リザードンの方がやはり速いペースでダメージを受けていく」
「ダメね、リザードン戻って! ジュカイン、行って!」
エレナは再びポケモンを入れ替えた。
************
現在の状況
グレイ側
ビビヨン[呼び方:ビビ] (中ダメージ)
ギャラドス[呼び方:KK] (無傷)
レパルダス[呼び方:レパ] (無傷)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
エレナ側
ジュカイン (無傷)
リザードン (大ダメージ、麻痺状態)
チルタリス (大ダメージ)
アブソル (無傷)
************
ポケモンの入れ替えを行ったエレナは、ジュカインを繰り出した。
草タイプで、みつりんポケモン。二足歩行する恐竜のような緑色のポケモンである。草木の尻尾や、腕についている葉っぱが、草の属性を強調している。
先ほどまでリザードンのいた場所に現れたジュカインは、しばらく無抵抗にビビヨンの“サイケこうせん”を受けてしまうが、たちまち“リーフブレード”で草の剣を右手に生み出し、“サイケこうせん”を弾き跳ばした。
「ビビヨン、“むしのさざめき”!」
「ジュカイン、いつもと同じ! 剣と銃で、まずは遠距離!」
それぞれのトレーナーの指示で、それぞれのポケモンは行動を始める。
ビビヨンは、音波で相手を攻撃する虫タイプの特殊攻撃技“むしのさざめき”を遠くのジュカインに放つ。この新たな技“むしのさざめき”は、以前にビビヨンが使っていた“むしのていこう”よりも威力が高い技である。
一方ジュカインは、“リーフブレード”で生み出した草の剣を右手に握り、“タネマシンガン”を発動して左手を大砲の形に変えた。
ビビヨンの翅から強力な音波が放たれ、ジュカインの左手からタネの弾丸が連射された。
両者の技がぶつかり合うが、“タネマシンガン”の方が圧倒的に手数が上であり、“むしのさざめき”は一方的に打ち消された。ビビヨンにタネの弾丸が次々に襲いかかる。
「ビビ、もっと頑張って動け!」
グレイが声を大きくして叫んだ。
ビビヨンは激しく動きながらグレイに『こりゃキツイですぜ隊長』と言いたげな視線を送ってくる。
ここでエレナが新たな指示を出す。
「ジュカイン! 接近戦!」
ジュカインは左手でタネを連射しながら、右手の草の剣を構え、ビビヨンに向かって距離を詰める。
距離を詰められないようにビビヨンは後退しながら“むしのさざめき”を放つが、ジュカインの“タネマシンガン”に大部分が打ち消さる。さらにエレナの的確な回避指示もあり、あっという間に距離が縮まる。
「今よ! 斬撃!」
エレナの指示と同時にジュカインはジャンプし、空中にいるビビヨンを草の剣で斬りつけた。
タイプ相性的には、ビビヨンは草タイプに対して二重に耐性をもっているのだが、ジュカインの攻撃力の高さと、ビビヨンの元々の打たれ弱さのせいで、タイプ相性の有利さなどもはや消えていた。
「やべえ、ビビ! 水の方に逃げろ!」
ジュカインが砂浜に着地している隙に、ビビヨンは湖の空中へと逃げた。
水上のビビヨンをジュカインは追わず、少し試合の流れが止まった。
ここで、エレナがグレイに声をかけてくる。
「グレイ、さっきのリザードンとチルタリスは、アタシにとっては4番手と3番手なの! そしてジュカインはアタシの2番手よ! どう? 格が違うでしょ?」
グレイも言葉を返す。
「何番手だとか、格だとか、そんなの関係なく1体のポケモンとして、ちゃんと向き合った方がいいんじゃないか?」
「もちろん普段はそうしているわ。でも今は勝負中でしょ。強さを示す場では、強さをもつ者に価値があるの」
エレナの冷たい返答を聞いてグレイは思う。
(『強さを示す場では、強さをもつ者に価値がある』……? つまり、ポケモンバトルは強さを示す場所って訳か? もちろん正しい事なんだが……なんか「強さ」っていう基準に執着し過ぎてる感じだよな……強くなることにとらわれてるって感じだ)
ポケモンバトルとは、ポケモンの強さを示す場であると同時に、トレーナーとポケモンの絆を深める儀式でもある。
それを完全に忘れているエレナの目を覚まさせる。そのグレイの決意はますます固くなった。
「ビビ、攻撃開始!」
グレイが攻撃指示を出したことで、再び試合が動き出す。
ビビヨンが“むしのさざめき”を放ち、ジュカインが“タネマシンガン”を放つ。先ほどと同じく、直接ぶつかり合えば“タネマシンガン”の方が勝つが、ビビヨンは激しく動き周ることで様々な角度から攻撃し、ジュカインに少しずつ攻撃を当てていく。
その状況を見て、エレナが口を開く。
「アタシのジュカインはまだ本気じゃないわよ。ジュカイン、“こうそくいどう”!」
ジュカインは、自身の素早さを大幅に上昇させる技“こうそくいどう”を発動し、これまでとは比べ物にならない速さで動き始める。
ジュカインは素早い動きでビビヨンの攻撃を避けながら、“タネマシンガン”を放つ。さらに、砂浜を素早く大きく移動し、ビビヨンと同じように角度をつけて攻撃してくる。
これにより、遠距離攻撃の戦いはビビヨンに絶望的な状況となった。
「ビビ、もうダメだ! このままじゃ勝てん! なんとか頑張って近づいてくれ! オレは何もアイデア無いから近づき方もお前に任せた!」
相変わらずのグダグダなグレイの指示に対し、ビビヨンは『いつもの事だよね』と言いたげな視線を返した。
そんなグダグダなグレイの指示に、エレナが反応する。
「グレイ、そんな適当な指示でアタシの2番手に対抗できると思っているの?」
「大丈夫だ。オレたちは絆で通じ合っているからな」
冗談半分で言ったグレイに対し、エレナは何か険しい表情をするだけで言葉を返してはこなかった。
いつものエレナなら呆れ顔で何か言葉を返してくるだろうな、とグレイは思った。
ビビヨンは、ジュカインに少しずつ近づく。それにより、ジュカインから受ける銃撃はますます激しくなる。
ビビヨンが湖の空中から砂浜の空中に移動した瞬間、エレナが声を上げる。
「ジュカイン! 斬撃!」
「やべっ! ビビ、下に逃げろ!」
ジュカインが突然、圧倒的な速さにビビヨンがいる方向に走り出し、ジャンプして空中のビビヨンに迫る。
ビビヨンは、指示を放棄したと思われていたグレイの突然の指示復活に驚きながらも、グレイの指示に従い、下に移動した。
ビビヨンが急に下に移動したことで、高く跳躍したジュカインの斬撃は空振りに終わった。
ビビヨンは下から“むしのさざめき”を放ってジュカインに命中させる。
「ジュカイン! 銃撃!」
「ビビ、ジュカインの周りを滅茶苦茶に飛んで攻撃! 悪い、頑張ってくれ」
ビビヨンはグレイの意思を受け取り、『やってやるぜ隊長!』と言いたげな視線をグレイに送る。ビビヨンは、ジュカインの周りをとにかく激しく動きながら“むしのさざめき”で攻撃する。
ビビヨンには、グレイの「悪い、頑張ってくれ」という言葉に『お前が戦闘不能になるまで、できるだけ相手にダメージを与えてくれ』という非情な意思が込められている事を理解していた。
しかしビビヨンは、そのグレイの非情な意思に従う。全てはグレイのために。
ジュカインは周りを飛ぶビビヨンに“リーフブレード”を放つが、ビビヨンは意地でそれを避けて“むしのさざめき”を放つ。ジュカインは“タネマシンガン”でそれを打ち消すが、その隙にビビヨンはジュカインに密着して“むしのさざめき”をねじ込んだ。
ジュカインが慌てて“リーフブレード”を放つが、今度はビビヨンは一切回避せずに“むしのさざめき”を撃ち続けて少しでもジュカインにダメージを与えようとする。
ジュカインの“リーフブレード”が数回ビビヨンに直撃し、ついにビビヨンは力尽きた。
グレイは、戦闘不能になったビビヨンをモンスターボールに戻しながら、声をかける。
「よくやった、ビビ。よく頑張ってジュカインにダメージを与えてくれたよ」
言い終わり、グレイは1つ後悔の念が生じる。
(そう言えばビビは、チルタリスもリザードンも退かせたんだよな……指示が暇な時にちゃんと褒めてやればよかったな……遅いかも知れんが、後で褒めよう)
************
現在の状況
グレイ側
レパルダス[呼び方:レパ] (無傷)
ギャラドス[呼び方:KK] (無傷)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (戦闘不能)
エレナ側
ジュカイン (中ダメージ)
リザードン (大ダメージ、麻痺状態)
チルタリス (大ダメージ)
アブソル (無傷)
************
「相手は元々弱っていたわ。弱った相手にとどめを刺すだけで、これだけダメージを受けてしまうとは、まだまだ課題が多そうね」
エレナはジュカインにそう話しかけた。
そのエレナの言葉を聞いたグレイは、ため息をつきながらエレナに語りかける。
「何だよその『ジュカインは勝って当たり前』みたいな態度は? ジュカインだって頑張ってビビヨンを倒したんだろ? 少しは労ってやれよ……」
グレイは続けて言う。
「だいたいエレナ、オレの姐さんを倒したチルタリスに一言も声をかけてないだろ! 声をかける時間が無かった訳ないよな!? エレナは、ポケモンへの感謝が足りないんじゃないか!?」
グレイの言葉を聞いたエレナは、一瞬はっとした表情を見せた。
「……そうね、グレイの言うとおり。アタシにはポケモンへの感謝が足りなかったわ」
エレナはジュカインに向かい、語りかける。
「ジュカインごめんなさい……アナタが強いから、アナタは勝って当然だなんて思っていたわ。アナタの頑張りへの感謝が足りなかった……でも、アタシはもっと強くなりたいの。今のままでは、アタシが目指す所には全然届かないの。それは分かって欲しいわ」
ポケモンへ感謝の気持ちを述べたものの、それでもまだ多くを望むエレナ。そんなエレナを見ながら、グレイは思う。
(ダメだな、エレナは強くなることにとらわれている。強さを求める奴に、弱者が何を言っても届かない……エレナの目を覚まさせるには、オレは強者になるしかない。つまり……)
考えながら、グレイは不敵に笑う。
(つまり、まずはバトルでエレナをボッコボコにしなければ、何も始まらないって事だな)
「じゃあ、バトルを再開するぞ?」
「いつでもいいわよ」
グレイは念のため、3体目のポケモンを出す前にエレナに声をかけた。
グレイは3体目のポケモンであるレパルダスを出しながら素早く指示する。
「レパ! “ねこだまし”! “すなかけ”! “みだれひっかき”!」
悪タイプで、れいこくポケモン。紫色で豹のような引き締まった体に、猫のような少し可愛い頭をもった外見。
そんなレパルダスは、一瞬でジュカインに近づき、“ねこだまし”で攻撃した。
突然の“ねこだまし”に驚いて動けないジュカインに、レパルダスは相手の命中率を下げる技“すなかけ”を放ち、砂でジュカインの目をつぶした。
突然に視界が奪われたことと、砂が目に入った痛みでパニックになるジュカインに対し、レパルダスは超高威力の連撃技“みだれひっかき”を放ち、ジュカインの体力を一気に削る。
パニックのジュカインに対し、エレナが冷静に指示する。
「ジュカイン、落ち着いて! まず前進! 振り向きながら斬撃! 3歩後退! 今よ、銃撃! 少し右を撃って!」
エレナの指示で、ジュカインはうまくレパルダスと距離をとり、さらにレパルダスに攻撃することに成功した。
ジュカインが“タネマシンガン”を連射し、レパルダスを牽制する。しかし、目をつぶされて視界が定まらないジュカインは銃撃に隙が生まれる。レパルダスはその隙を見逃さない。
レパルダスは多少の被弾は気にせず、一気にジュカインに近づき、後ろに回り込んで首に噛みつき、“みだれひっかき”をくらわせる。
ジュカインは素早く振り払い、草の剣をレパルダスに振るった。レパルダスをとらえた“リーフブレード”は凄まじい威力であり、レパルダスは大きなダメージを受けて吹っ飛んだ。
ジュカインはすかさずタネの弾丸を連射して追撃する。放たれた“タネマシンガン”もまた、凄まじい威力であった。
砂浜に転がったレパルダスは、素早く体勢を立て直し、ジュカインから大きく距離をとった。
「くっ、ここまで追い詰められるなんて! ジュカイン、気を引き締めて!」
エレナがそう声をかけた。
ジュカインの“リーフブレード”と“タネマシンガン”の威力が急に上がったのは、ピンチの時に草タイプの技の威力が上がる、ジュカインの特性「しんりょく」が発動したからであり、それは同時にジュカインのピンチを意味する事でもあった。
ジュカインは凄まじい威力の“タネマシンガン”を連射してレパルダスを追い詰める。
「レパ! まずは無理せず逃げろ!」
そう指示したグレイであったが、レパルダスはグレイの指示に反してジュカインに近づき始めた。
ジュカインは先ほど受けた“すなかけ”の影響で狙いがずれる。レパルダスはその隙をついて一気に距離を詰める。
「いいぞ、レパ! “みだれひっかき”!」
「ジュカイン、一旦後退!」
それぞれのトレーナーが、それぞれの指示を出した。
しかし、レパルダスはグレイの指示を無視し、“みだれひっかき”ではなく、“おいうち”を繰り出した。
悪タイプの攻撃技である“おいうち”は、逃げる体勢の相手に攻撃する時に特に威力が高くなるという特徴がある。
エレナの指示通りに逃げる体勢をとるジュカインに、レパルダスの“おいうち”がクリーンヒットした。
「よし逃がすな、レパ! “おいうち”」
「ジュカイン、斬撃よ!」
エレナは、逃げれば“おいうち”でさらに不利になると判断し、ジュカインに攻撃命令を出した。
しかし、レパルダスはまたもやグレイの指示を無視し、今度は“みだれひっかき”を繰り出した。目がつぶれているジュカインの攻撃の隙をつき、レパルダスは超高威力の連撃技をジュカインにくらわせた。
ジュカインは体力が尽きて倒れた。
「レパ、よくやった! 頑張ったな!」
グレイはレパルダスに労いの言葉をかけた。
グレイには、自分の指示が無視された事への怒りは無い。レパルダスが相手を騙すためにあえて指示と違う行動をとっている事はグレイは知っている。グレイはレパルダスのその行動を不快とは思わず、受け入れていた。
************
現在の状況
グレイ側
レパルダス[呼び方:レパ] (中ダメージ)
ギャラドス[呼び方:KK] (無傷)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (戦闘不能)
エレナ側
リザードン (大ダメージ、麻痺状態)
チルタリス (大ダメージ)
アブソル (無傷)
ジュカイン (戦闘不能)
************
「まさか、ジュカインがやられるなんて……」
エレナは唖然とした様子でつぶやいた。
それを聞いたグレイは、エレナに話しかける。
「元々ジュカインはダメージを受けてた。驚くような結果じゃないだろ? レパにそれなりにダメージを与えてから倒れた。それだけの話だろ?」
「それなりのダメージではダメなのよ! レパルダスを倒すぐらいでなければ!」
エレナのその言葉を聞いたグレイは、聞き捨てならないという様子で強めの言葉でエレナに話しかける。
「おいおい、それはオレのレパルダスが弱いって言いたいのか? さっきから思ってたんだが、この勝負、エレナはオレに圧勝したいって思ってるだろ!? 『グレイ程度に苦戦するようではダメだ』っていう考えが伝わってくるんだよ!」
グレイの言葉に対し、図星をつかれたエレナは黙ったままであった。
「エレナがオレを格下と思ってるなら……まずはその認識を改めてやるよ……!」
グレイは静かにそう言った。
エレナはリザードンを繰り出した。
「リザードン、“はじけるほのお”! そのまま水の方に逃げて!」
エレナの指示により、リザードンは“はじけるほのお”を発動する。
ピンチの時に炎技の威力が上がる特性「もうか」により、リザードンの放った“はじけるほのお”は凄まじい威力となってレパルダスに襲いかかった。
迫りくる炎を避けたレパルダスであったが、放たれた炎は砂浜に着弾した瞬間、四方八方に激しく弾け飛んだ。
レパルダスが飛び散る炎に手間取っている間に、リザードンは水上に飛んで移動した。
エレナが指示を出す。
「リザードン、そのまま“はじけるほのお”で攻撃し続けて!」
砂浜に立つレパルダスに向けて、リザードンは一方的に攻撃を放つ。
しかし、リザードンは麻痺している影響で、一瞬動きが止まった。レパルダスはその隙を見逃さず、一気に走り出して跳躍し、リザードンに向かって飛びかかる。リザードンの翼に噛みつきながら、レパルダスは“みだれひっかき”で攻撃した。
リザードンは力尽きて飛ぶ力を失い、レパルダスと共に湖の中に落ちた。
「リザードン!」
エレナが叫んだ。
一瞬後、力尽きたリザードンを背中に乗せながら犬掻きで泳ぐレパルダスの姿が見えた。
レパルダスは、多少強引にリザードンの体を引きずり、駆け寄ってきたエレナの前に差し出した。
「リザードン! ああ、良かった……尻尾の炎はちゃんと燃えているわ……」
安堵した様子でリザードンを抱きしめるエレナを見て、グレイは思う。
(さすがに、この状況で「もっと相手にダメージを与えられたでしょ、役立たずね」とか言う程にエレナがこじらせてなくて良かったぜ……)
リザードンを救助したレパルダスは、グレイに『敵を助けるウチ、イケメンやろ?』と言いたげな視線を送ってくる。
「ああ、レパは立派な奴だ。それに、よくリザードンを倒してくれたよ。ありがとな」
そう言いながらグレイはレパルダスを撫でる。
ただし撫でながらでも、悪戯好きなレパルダスに荷物の中を漁られないようグレイは決して油断はしない。
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現在の状況
グレイ側
レパルダス[呼び方:レパ] (中ダメージ)
ギャラドス[呼び方:KK] (無傷)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (戦闘不能)
エレナ側
チルタリス (大ダメージ)
アブソル (無傷)
ジュカイン (戦闘不能)
リザードン (戦闘不能)
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「チルタリス、頼んだわ!」
エレナはそう言い、チルタリスを繰り出した。
「レパ、“みだれひっかき”!」
「チルタリス、“りゅうのはどう”よ! そのまま水の上に移動」
先ほどのリザードンと同じく、エレナは水の上から一方的に攻撃する戦法をとった。
チルタリスは遠距離攻撃でレパルダスの進攻を防ぎながら水の上に移動した。
先ほどのリザードンとは違い、チルタリスは特性「しぜんかいふく」によって麻痺が治っており、レパルダスに隙を見せない。
「レパ、退け! 砂浜の奥に移動しろ」
水際で相手の隙を伺っていたレパルダスは、グレイの指示に従って水際から離れ、砂浜の奥へと移動した。
しかし、チルタリスはそれに釣られて前進することは無く、変わらず水上から“りゅうのはどう”で遠距離攻撃してくる。
両者の距離が離れたことで、チルタリスの攻撃はレパルダスに到達しにくくなった。
「レパ、お前はよくやってくれた。少し休んでくれ」
グレイはそう言い、ポケモンの入れ替えを行った。
今までレパルダスがいた場所に、新たにギャラドスが現れた。
水タイプかつ飛行タイプの、きょうあくポケモン。長い胴体をもつ青い龍のような外見をしながらも、体の一部にヒレがあったりして魚の特徴が残っているのが印象的なポケモンである。
「KK! 突撃!」
ギャラドスは、チルタリスが“りゅうのはどう”を放ってくることもお構いなく、一直線に水上にいるチルタリスに向かって飛行して近づく。
ギャラドスは、水をまとって相手に突撃する水タイプの攻撃技“たきのぼり”を発動し、チルタリスの“りゅうのはどう”を一方的に打ち消し、チルタリスを吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされながらも、チルタリスは“りゅうのはどう”でギャラドスに抵抗する。
しかしギャラドスは、長い胴体でチルタリスの首にまきつき、締め上げ、そのまま下の湖の中にチルタリスを引きずり込もうとする。
“みだれづき”で抵抗するチルタリスであったが、ギャラドスはチルタリスのフワフワな翼に噛みつき、引き千切る程の勢いで下方向に全力で引っ張る。
翼を封じられたチルタリスは、なす術なく水中に引きずり込まれた。
進化する前は魚のポケモンであったギャラドスは水中も自由に動ける。元々弱っていたチルタリスは、水中に引きずり込まれた後はギャラドスに一切抵抗できない。
突如、湖に巨大な水柱が発生した。ギャラドスがチルタリスを、“たきのぼり”で天高く突き上げた時に発生したものである。
とどめ、と言わんばかりにギャラドスは尻尾でチルタリスを叩き付け、チルタリスを砂浜に墜落させた。
チルタリスは戦闘不能となっていた。
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現在の状況
グレイ側
ギャラドス[呼び方:KK] (小ダメージ)
レパルダス[呼び方:レパ] (中ダメージ)
ハピナス[呼び方:姐さん] (戦闘不能)
ビビヨン[呼び方:ビビ] (戦闘不能)
エレナ側
アブソル (無傷)
ジュカイン (戦闘不能)
リザードン (戦闘不能)
チルタリス (戦闘不能)
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「チルタリス、このままでは、まだアタシの目指す場所には届かないわ。でも、アナタだって頑張っているのよね。アタシのために戦ってくれてありがとう」
エレナは、チルタリスをモンスターボールに戻しながらそう言った。
さらにエレナは、グレイに向かって話しかける。
「アタシ最近、もっと強くなるために鍛錬を厳しくしていたの……その中で、ポケモンがアタシのために戦ってくれる事が当たり前じゃないって事を忘れてしまっていたわ。グレイ、その事をアタシに思い出させてくれて、本当にありがとう」
エレナの言葉を聞いたグレイは思う。
(確かにポケモンに対して、労いと感謝はしてるが……それでもまだ何か強くなる事にとらわれているな……)
グレイは、エレナに語りかける。
「エレナ、お前が何を目指していて、どこを見ているのか知らないが、これだけは言っておく……今、目の前のバトルに向き合わない限り、KK……オレのギャラドスには絶対に勝てないぞ」
そしてグレイは、自分がやるべき事を確認する。
(エレナが、強くなることにとらわれ過ぎている事に自分で気づけるかどうか、それは本人の問題だ……今のオレにできることは、このバトルを通してエレナに語りかけること、これだけだ)
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