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音速伝説 エメラルド

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疾走する強者たち

「出てこい、メタング!」
「来いや、股怒我巣!」
 
 自転車で走り出すと同時に二人はポケモンをだす。メタングとマタドガス、二匹の相性ははっきりしている。
 
「へっ、やっぱりマタドガスだったか」
「ああ?」
 
 訝しむホンダに対し、エメラルドは得意げに言う。
 
「連れに言われて思い出したんだがな。てめえの手下は全員ドガース連れてたろ」
「はっ、それで俺の手持ちはその進化系だと思ったってか?見た通りのガキだな」 
「いーや、それだけじゃねえ。もうひとつはてめえのチャリだ」
「・・・」
 
 ホンダの自転車は紫色に煤けている。それがエメラルドの推理の決め手になっていた。
 
「その汚れ、いくらドガースが取り巻きに居るったってそれだけじゃそうはならねえ。ならてめえも毒タイプ、それも煙をだすようなやつを連れてるってことさ」 

 手持ちポケモンをズバリ読まれ、タイプの相性で鋼・エスパーという圧倒的に不利な相手を出されたホンダはーーにやりと、凶暴に笑った。
 
「へっ、小賢しいな・・・だがサイクリングバトルでそんな相性なんざ・・・知ったことか!やれ、股怒我巣!」
「怒っー!」
 
 マタドガスがホンダの後ろにつき、毒ガスをマフラーを外したバイクのような轟音を立てて噴出する。ホンダがその勢いに押され更なるスピードで直進し始めた。そしてーー

「うえっ・・・デカイ屁こいてくれんじゃねえか」
 
 その煙はエメラルドの視界を塞ぎ、その息を苦しくした。本来なら呼吸困難に陥ってもおかしくないほどの毒だが、そこはポケモンのレベルを押さえる装置で抑えられている。

「メタング、メタルクロー!!」
 
 エメラルドも離されないように懸命に自転車を漕ぎながら技を命じる。メタングが少し離れて技をあてにいこうとするがーー
 
「無駄だなぁ!股怒我巣、煙幕!」
 
 今度は黒い煙幕を放ち、その姿を隠す。メタングの爪が空を切った。エメラルドにその様は見えないが、音がしないことからそれがわかる。
 
「ちっ・・・気分悪ぃな」
「そろそろ毒が回ってきたか?なにしろてめえは俺を追い抜くためにいっぱい運動していっぱい息を吸わなきゃ行けねぇもんなあ!たっぷり毒を吸ってふらふらになって俺に負けな!そしてそのあとで・・・地獄を見せてやる」
 
 ホンダはこのバトルだけでエメラルドに対する仕返しをやめるつもりはない。バトルで毒によるダメージを与えた後、直接痛め付けるつもりだ。
 
「どうだ・・・これがサイクリングバトルの恐ろしさだ!てめえのメタングがいくら無事でも、走るトレーナーがボロボロになっちゃ意味ねえんだよ!」
「・・・」
 
 返事もできないエメラルドに勝ち誇るホンダ。勝負は一キロ、もう半分は走っただろう。エメラルドに打開手段がなければ負けだ。そしてメタングには念力が使えるが、直接トレーナーを操る行為は禁止されている。
 
 
「・・・ああ、そうだな」
 
 
 かなり疲労した声でエメラルドがようやく返事をした。昨日はサイクリングロードすべてを走りきっても平気だったのに。毒ガスが効いているのだろう。
 
「へっ、ようやく認めやがったか。だがもうおせえぜ。俺たちを怒らせたこと後悔しな・・・!?」

 息を荒くしながら勝ち誇るホンダだったが、その声がひきつる。
 
(なぜ、やつの声が横から聞こえる?)
 
 そう、もう半分は走っただろう。すでに相当な距離がついているはずだ。なのに・・・
 
「よう・・・また会ったな」
「な・・・!?」
 
 エメラルドは汗をながしながらも、確かにホンダに追い付いていた。その方法とは・・・
 
「て・・・てめえ、まさか煙に隠れて念力で移動しやがったのか!?」
「へっ、俺様がそんなセコい真似するかよ・・・俺はただ、全力でかっ飛ばしたんだよ!」
「な・・・なんだと!?」
 
 馬鹿げてる、とホンダは思った。それでマタドガスで加速する自分に追い付けるはずかない、と。
 
「なあ・・・てめえ、息があがってるぜ?」
「・・・!!」
 
 エメラルドの指摘に、今更ながらホンダは自分の状態に気づく。まだ一キロも走っていないのに彼はバテはじめている。
 
「そう・・・毒ガスを吸ってたのは俺だけじゃねえ。お前もなんだ。俺よりもずっと長い間な」
 
 謂わばホンダは、長い間きつい煙草を吸い続けたようなものだ。彼の肺はすっかり毒ガスに侵されている。
 
「つまりてめえの走る速度は、てめえの思うよりずっと遅かったってことだ!さあ、このまま追い抜くぜ!」
「させるかよ・・・ならてめえのメタングを沈めれば俺の勝ちだ!股怒我巣、火炎放射!」
「てめえはこうも言ったぜ。相性なんざ知ったことかってな!メタング、念力!」
 
 メタングの念力で火炎放射を跳ね返す。マタドガスの体が逆に燃えた。
 
「怒っー!」
「股怒我巣!!」
「よっしゃあああー!!」
 
 二人の距離が、どんどん離れていく。そして一人が、ゴールを切ったーーエメラルドの勝利だ。 
 


一回戦を勝利したエメラルドは、サイクリングロードを戻りアサヒのもとへ戻る。アサヒはエメラルドにタオルを差し出して出迎えた。

「やりましたね、エメラルドさん!」
「へっ、俺様にかかりゃあんなやつ屁でもねえよ」
 
 エメラルドに言わせれば、ホンダはそもそもこのバトルに出てくるような敵ではなかったのだ。要は彼は自分の技で自分の肺を傷めて自滅しただけなのだから。
 
 そう話すと、アサヒは感服したように頷いた。
 
「・・・そうだったんですか。でもあの毒ガスの中を全速力で走るなんて・・・やっぱりすごいです」
「そんなことより、他のやつらはどんな感じだ?」
 
 汗を拭いながら、受付の上にいくつか設置されたちゃちなモニターを見る。そこでは他の面子の試合が小さく写っていた。既に終わったものもあるようだ。
 
「やっぱり凄いのはプロアスリートのレネさんと・・・あと、昨日のあの人です」
「あいつは・・・」
 
 二人はモニターの一つを見る。そこに映ってのはーー
 

「ミミロップ、メガトンキックです!」
 
 
 絶対的な自信を湛えた笑顔で、自らのポケモンに命じるのは、シンオウ四天王の一人、ネビリムだった。彼女は相手の横につき、ハガネールに休み暇なく攻撃を続けさせている。それは美女の艶やかなダンスのように、見るものを惚れさせるものだ。
 
 だが相手も圧倒的な防御力を誇るハガネールの使い手。自転車の回りをとぐろをまく蛇のように、鋼の山のように覆いながらも、走るトレーナーの邪魔をしない動きはよく訓練されたものに間違いない。相手のがっしりした、応援団長のような格好をした男がハガネールの守りごしに叫ぶ。
 
「いくら攻撃を仕掛けようとも無駄だ、貴様では我が風林火山の走りを止めることは出来ん」
「いままで攻撃のひとつも仕掛けて来なかったくせに風林火山とは片腹痛いですね!」
「相手が女とあっては忍びないがそういうのならば見せてやろう。疾きこと風の如し、静かなること林の如し・・・」
 
 するとどうしたことだ、ネビリムの相手の自転車の速度が音もなくスピードアップしはじめたではないか。予想外の動きに、ネビリムは少し距離を離される。
 
「真の走りに音は必要ない。それはエネルギーの無駄を生む」
「今までは手加減してたんですか?この私を相手に」
「そうだ、そして侵略する事火の如しーーハガネール、高速スピンだ」
 
 命じられるまま、ハガネールがその巨体を音もなく回転させ始めるーーレベルの制限がかかっているため滅茶苦茶な速度ではないが、大きさが大きさだけにそれは立派な脅威だ。
 
 そして相手は自らの車体をネビリムに近づけ始める。回転する巨体がネビリムに迫る。
 
「くっ・・・一旦下がりますよ、ミミロップ!」
 
 たまらずネビリムが減速し、相手から距離を取る。あんなものが直撃すればさすがにただでは済まない。
 
「どうだ、これが我が風林火山の走りよ。俺自身が風の如く、林の如く走り。ハガネールが火の如く攻め、山の如く守る。我らに一分の隙もありはせん」
 
女相手に本気を出すのが不本意なのか、憮然と言う相手。それに対しネビリムはやはり笑顔を崩さなかった。
 
「あと300m」
「なに?」
「あと300m で、あなたを追い抜きます」
「馬鹿なことを」
 
 相手は取り合わず、音無き走りを続ける。ネビリムも追走するが、ハガネールの守りと攻めを一体化した動きを攻略しなければ勝機はない。
 
「まさか一回戦からこれを使うとは思いませんでしたーーいきますよ、ミミロップ!」
 
 ネビリムの髪留めと、ミミロップの体が光り輝く。それを見た相手の自転車からわずかだか一瞬音がした。
 
「なぬ?それはまさか」
「ええ、メガシンカです。その強さは巨人を倒し、その可愛さは天使に勝る!今このステージに降臨しなさい、メガミミロップ!」
 
 ミミロップを覆う光が消え、体を一回り大きくしより鍛えられた体になったメガミミロップがネビリムの隣を並走する。
 
「さあ行きますよメガミミロップ!飛びひざげり!」
「受け止めろ、ハガネール」
 
 助走をつけてメガミミロップが回転するハガネールに突っ込んでいく。鋼としやなかな筋肉の激突ーー結果は。
 
「ふん、やはり無駄だったようだな」
 
 ハガネールの体は、崩れない。むしろ鋼鉄のボディに思い切り膝をぶつけたメガミミロップが膝を傷めている。そうしている間にも、100m が過ぎていく。
 
「見たところ、貴様のミミロップも雌であろう。女の体は傷つけたくない。これ以上の攻撃はやめるのだな」
「・・・安い台詞ですね」
 
 ネビリムがメガミミロップをちらりと見る。メガミミロップは膝を気にすることなく頷いた。
 
「メガミミロップ、もう片方の膝で飛びひざげり!」
「なんという愚かな・・・」

 もう一度、同じ攻撃が繰り返される。そして結果も一緒だった。メガミミロップが両膝を痛めて、流石に走りにくそうにする。200mが過ぎていく。
 
「・・・これ以上やれば、貴様のポケモンの無事は保障せんぞ」
「あなたに保障される謂れはありません。メガミミロップーー今度は両膝で飛びひざげり!」
 
 三度、飛びひざげりが放たれる。バキン、と何かの砕ける鈍い音がした。恐らくはメガミミロップの膝の骨が砕ける音だろう。相手は残念だと思いながら、後ろのネビリムを睨む。
 
「自らのポケモンへの配慮を忘れた愚かなトレーナーよ。せめて同じ道をたどり、悔やむがいい。アイアンテールだ」
 
 一度痛い目を見なければこの女は暴挙をやめるまい。そう判断した相手はもはや容赦なく、ハガネールに鋼の尾を振るわせ叩きつけようとする、がーーその鋼の巨体が動かない。回転が止まり、自転車に覆い被さる。
 
「ぬおおおお!」

 そうなってはもう走りようがない。その横を、ネビリムが追い抜くーー
 
「300m、追い抜かせてもらいましたよ!」

 膝を引きずるようにしつつも懸命に走るメガミミロップとともに、ネビリムがゴールを潜り抜ける。戦闘不能になったハガネールから、相手の自転車が出てくることはなかった。
 
 
 
 
 モニターから目を離したエメラルドは、ふーんと退屈を装って言う。
「・・・はっ、どんなもんかと思ったら相性とパワーの力押しじゃねえか」
「エメラルドさんが言うことではないような・・・」
「なんか言ったか?」
「なんでもありません。・・・でもハガネールの防御力ってすごいんですよね。どうして倒せたんでしょう?」
 
 疑問を呈するアサヒに、エメラルドが答える。
 
「さっきも言ったろ、相性だ。・・・ミミロップはメガシンカすると格闘タイプがつくんだよ。タイプ一致、高威力、効果も抜群とくりゃ流石にきつい、それに」
「それに?」
「・・・あとは、レベル制限のせいだな。いくらハガネールの防御力が高くても、それは抑え
られちまってる。ミミロップのも同様だか、逆に言えばそれだけ技自体の威力が大きなアドバンテージになるってことだ」
「なるほど・・・どうですかエメラルドさん、彼女と戦って勝てそうですか?」
「当然だろ」
 
 自信満々の風で言うエメラルド。だがその後ろから、若い男の声が聞こえた。


「いいえ、君では難しいでしょうねーー」 
  
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