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ViVi・dD・OG DAYS

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第8話 指摘をすると言うこと

 冬とは言え、昼近い時間であり、広場には澄み渡った晴れ晴れとした青空から日差しが降り注ぐ。
 そんな日差しの熱により、トレーニングを終えたナナミの肌は、練習を終えたさきほどよりも更に汗ばんでいたのだろう。
 彼女は身体に帯びた熱を冷ますように、日差しを避けようと考えていた。そもそも、私用で少しの間その場に残るつもりでいた彼女。
 避暑と私用に適した場所へと移動する為に、自分の鞄を抱えて目的地へと歩き出していたのだった。 
 広場の端にある1本の大木。その真下に位置する場所。日陰になっているテーブルとイスがある。
 そこにたどり着き、椅子へと座った彼女はハードなトレーニングに喉が渇いていたのだろう。
 脇に置いた鞄の中から持参した水筒を取り出すと口を付け、一気に水分を補給して、一息つくのだった。

(えっとぉ? ……あった、あった)

 彼女は鞄に水筒をしまうと、中からレターセットと筆記用具を取り出し――

(レオ様へ……)

 優しい微笑みを浮かべながら、便箋へと文字を綴り出したのだった。

 彼女は今、遠い異世界に住むレオへと手紙を書いている。
 ――もうすぐ、長期休みに入る。休みに入れば会える。早く会いたい。
 そんな逸る気持ちを抑えながら、彼女は1文字1文字丁寧に綴っていった。

(皆は元気? ……私もシンク達も元気だよ! ……もうすぐ休みになるから、待っていてね……ナナミ――っと? …………)

 書き終わった彼女が自分の書いた文字を見直しをしていると、視界の端に誰かの指が映りこんできた。
 その指はスッと真っ直ぐに伸びていき、彼女が便箋に書いた文字の上で止まり――

「ココの文字、間違っているよ?」

 突然、彼女の背後から声がするのだった。

「うそ? ……あっ、本当だ……。 ――って、えっ!?」

 彼女は指摘された文字を見直して、文字の間違いに気づく。しかし数秒後に、別の驚きが胸にこみ上げ、慌てて後ろを振り向くと――

「やっぱり、ナナミちゃんも――に行ったことが、あるんだね?」

 話しかけながら微笑みを浮かべているトリルの姿が目に入ったのだった。
 彼は途中、辺りを見回しながら『とある単語』の音を消していた。しかし彼女には、彼の口の動きで何を言ったのかが理解できていた。
 たぶん、今なら他の単語だったら理解できなくても、彼の言った単語だけは理解できるのだろう。だから即座に――

「えっ? ……先生、――を知っているんですか!?」

 彼と同じように、単語の音を消して聞き返すナナミなのであった。

 実は彼女が便箋に綴っている文字は、彼女の母国語である英語ではない。それどころか、地球上で使われている文字ですらないのである。
 ナナミはレオの住む、遠い異世界の文字を綴っていたのだった。

 そこに住む友人逹には、自分達が地球の言語を教えている。つまり、こちらの文字を綴っても伝わるはずではあった。
 しかし異世界の友人逹は、決まって地球の言語で手紙を書いてきてくれていた。それが自分達の間に異世界と言う壁など存在しないと言う、遠い地に住む親友の証しだと彼女達は感じているのだろう。
 だからナナミも親友の証しとして、向こうの文字を綴っていたのだった。

 とは言え、最初の頃は文字を覚えていなかった為に、言葉を書いてあるノートを見ながら綴っていた。
 ノートに書かれている文字を見られる可能性を考慮して、最初の頃は外出先では書いていなかった。
 しかし最近は何も見ずに綴れるようになったおかげで、外でも手紙を書くことが多くなっていた。
 仮に誰かに見られたとしても、内容はおろか、文字だとも理解されないのだろうからと。
 周りの人達は、まさか異世界への手紙を書いているなど思いもしないだろう。
『絵か記号を書いている』としか思われないと思う。そう判断しているから彼女は周りを気にせずに綴っていたのだった。

 そんな矢先。予期せぬ指摘に彼女は驚いていた。
 指摘をすると言うことは、自分の綴っているモノを文字と認識していると言うこと。そして文字の意味を理解していると言うこと。
 さらに、トリルが言った――
「ナナミちゃん“も”―――に行ったことがあるんだね?」
 この言葉に、彼が彼女の知っている異世界に行ったことがあると確信したナナミは、驚いた表情で聞き返していたのだった。

○●○

「いや、そうかなーとは思っていたんだけどね? ……そのキーホルダーを見た時から」

 彼は照れ臭そうに答えると、ナナミの鞄に付いているキーホルダーを指差した。

「それ、―――、―――、―――の特産品だろうな? って、思っていたから」
「――!?」

 確かに、彼女の鞄に付いているキーホルダーは何度目かの文通の際、3国の領主様より3国の勇者へと送られてきた特産品で作られたものだった。
 特産品を見ただけで、3国を言い当てた彼。

「…………」

 真相が知りたい。そんな好奇心旺盛な表情で見つめるナナミに――

「あー、うん。……まぁ、行ったことがあると言うより、その昔に3ヶ月ほど滞在していたことがあるからさ?」

 彼は苦笑いを浮かべて答えるのであった。

 彼の話によると、異世界とは彼女の知る世界以外にも無数に存在するらしい。
 そして、彼の現在の仕事先はミッドチルダと言う場所であり、彼女の知る異世界とは異なる形の魔法文化が栄えているようだ。
 更にその世界には異世界を結ぶ公共機関があって、各異世界への移動も可能なのだと言う。
 彼の話を聞いて、その異世界に興味を持っていた彼女。先日、シンクのおかげで知らない世界を知ることができたばかりの彼女。それが他にも知らない世界が存在する。
 その世界のことが、もっと知りたい。そんな想いが表情に出ていたのかも知れない。
 
「それでさ?」

 説明を聞いていた彼女に、優しく微笑んだ彼は――

「僕自身も久しぶりに行ってみたいんだけど……ミッドチルダに格闘技を習っている子達や、魔法を扱える子達がいるんだよ。だから、異文化交流ができないか、領主様に頼んでみてほしいんだけどね?」

 そんな申し出をするのだった。
 しかし彼女は気づいていなかった。いや、知らない世界に気を取られていたのかも知れない。
 そう、彼女は彼に『自分が領主との関わりがある』とは一言も話していなかった。
 だが彼は、はっきりと『領主様に』と頼んでいた。
 とは言え、事の真相は彼女にとって、本当に些細なことなのだとも思う。

 彼女はその場でシンクとレベッカに連絡すると、それぞれで各領主様へ話を通していた。
 3国の領主様は勇者の紹介に快く承諾して、異世界の来訪者を歓迎する手筈を整えるのだった。

☆★☆

「――こんなことがあったんですよ?」
「そうだったんですかぁ。よくわかりました」
「僕も納得できました」

 所変わって、こちらはフィリアンノ城を目指して歩いているミルヒ達一行。
 トリルからの説明を受けたミルヒとシンクは、同じような納得の笑みを溢して彼に言葉をかけていた。
 横を歩くエクレとリコも笑顔を浮かべて無言で頷いていた。
 そんな納得してもらえた表情に安堵を覚えていた彼の視界に、バツの悪そうな苦笑いを浮かべる高町親子の姿を捉えた彼は、2人に向けて苦笑いを浮かべるのだった。
 そう、ナナミからミルヒ達に上手く伝わらなかったように、こちらの親子にも上手く伝わっていなかったことを思い出す彼なのであった。

○●○

 話は戻り、2人の『O・HA・NA・SHI』が招いたすれ違いの直後――。

「それでね? ……」

 自分の勘違いに気づいていたのはヴィヴィオだけ。なのはは自分のミスも、娘の思考にも未だに理解していなかったのだが、気にする素振りも見せずに自然と説明を続けていた。
 それが『高町なのは』と言う女性だと知っているヴィヴィオは、そこは気にせず彼女の言葉に耳を傾けたのだった。

 ところが、この話自体がトリルからはやてへ。はやてからなのはへの又聞きだったと言う点と、舞い上がっていたなのはからの説明だった為に、彼女には全く理解ができない状態だったのだ。
 そもそも話した本人ですら理解できていない状態なのだと、説明直後の娘の問いで感じていたのだから仕方がない。
 しかし好奇心旺盛な彼女は、疑問を曖昧にするのが気分的にイヤだった。なのはとしても、再び質問されて答えられる自信がなかった。
 その為にヴィヴィオは後日、なのはに内緒でトリルに会いに行き、直接彼から説明をしてもらって理解した。なのははヴィヴィオに内緒で、会話の後にはやてへ説明のメールを送ってもらって理解することができたのである。

 本来、事の顛末をトリルははやてに話をしていたはずだった。
 それはナナミへ話した時と同じ考えなのだろう。
 そして彼女はシッカリと内容を把握していた。その証拠に彼女は、内容違わずにキチンとなのはに伝えていたのだった。
 ところが、はやての話を聞いたなのはがヴィヴィオに伝えた内容は以下の通りだった。
 
 はやての話によると、トリルが教えているアスレチック競技と棒術の教え子に『ナナミ・タカツキ』と言う女子高生がいるらしい。
 彼女が異世界へ手紙を書いているのを偶然見つけた彼が声をかけた時に、彼女が異世界に数回ほど行っていることを知った。
 彼が彼女に異世界へ遊びに行けるように頼んだら、向こうから了承されたので、自分たちにも話が回ってきた。
 これが、なのはがヴィヴィオに伝えた内容だった。

「……ナナミさん? ……タカツキさん??」
「あぁ、コッチと同じだよ?」

 ヴィヴィオがナナミの名前に困惑していると、なのはが優しく教えてあげたのだった。
 ヴィヴィオの名前は、高町ヴィヴィオ。母親のなのはが日本式の呼び方だから、自分も同じ呼び方をしている。しかし、ミッドチルダは地球の英語圏スタイルだった為に、どちらが名前かを困惑していたのであった。
 本来ならば、ナナミは高槻七海――日本式の名前であるのだが、イギリス在住の為にナナミ・タカツキ。英語圏スタイルを使っているようだ。

「ナナミさん?」
「そうそう」

 基本、ヴィヴィオは相手を名前で呼ぶ。それを知っているなのはは、笑みを浮かべて彼女の問いに肯定したのだった。
 確かに内容的には間違ってはいないのだが、かなり曖昧な説明であると同時に、肝心な部分を聞いていないことに気づいたヴィヴィオは彼女に向かって質問をした。

「それで、ママ? 異世界って、何処なの?」
「……あれ?」
「ママ?」
「…………」

 彼女は娘の問いに疑問の声をあげる。そして微笑みを崩さずに、無言で通信画面を開くと何処かへ回線を繋いでいた。
 暫しの沈黙のあと、回線が繋がり画面の向こうに1人の少女が現れたのだった。

「ハイハーイ……あっ、なのはさん?」
「久しぶり、リィン。はやてちゃん、いるかな?」
「お久しぶりです……ちょっと待ってくださいね?」

 リィンと呼ばれた少女は画面から消えていった。

「…………」

 横で2人の会話を聞いていた彼女は、全てを察知して苦笑いを浮かべていた。
 なのはが今、はやてに連絡をする理由。彼女自身が異世界の場所を知らなかったのである。

「なのはちゃん、お待たせなぁ」

 画面に1人の女性が現れた。

「あっ、はやてちゃん……たびたび、ごめんね?」
「別に、えぇよ……ヴィヴィオは、久しぶりやー。アインハルトは元気しとる?」

 はやては彼女の横にいたヴィヴィオに挨拶する。

「お久しぶりです。はい、元気です」

 ヴィヴィオは、笑顔で返答した。
 そんなやり取りを微笑ましく横で見ていた彼女は、はやてに向かって間髪入れずに本題に入ろうとしたのだが――

「それでね――」
「異世界が何処なのか? ……やろ?」
「えっ!? ――なんで、わかるの?」
「いやなぁー? なのはちゃん……異世界って言った途端に目を輝かせていたから……たぶん聞いていないんやろなーって思ってなぁ? あとでメールしとこ思っていたところなんや」
「にゃはは」

 さすが小学生時代からの付き合いである。自分の行動など見透かされていたことに、苦笑いを浮かべる親友なのだった。
 そんな彼女に微笑んで――

「異世界の名前は、フロニャルドや」

 はやては優しく、そう伝えたのだった。
 満面の笑みと苦笑いの笑み。そんな対照的な2つの笑みを見ながら、経緯は不明瞭ではあるものの、単純にフロニャルドと言う新しい知識の吸収を待ち望むヴィヴィオなのであった。

 ちなみに、ヴィヴィオもはやてに、トリルとナナミの話を聞いてしまえば早いのではあるが、母の立場と、はやての気苦労を考慮してトリル本人に聞いてみることにした、とても心優しい女の子であることを追記しておこう。

☆★☆

 そんな経緯があったことを、説明を聞きにきたヴィヴィオが話してくれていた。そのことを思い出しながら、苦笑いを浮かべる高町親子に苦笑いを送るトリルだった。
 彼は未だに会話に花を咲かせる少女達を横目に、目の前の少年。そして、この出会いを与えてくれた少女。
 そんな2人の親友であり、彼にとってはシンク達と同じくらい大切な少女。今はフィリアンノ城を目指しているであろう少女に、思いを馳せながら歩き続けているのであった。 
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