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ViVi・dD・OG DAYS

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プロローグ

 太陽は()うに昇り、大地に住まう民へと恵みの光を与えている頃。
 そんな時刻にも関らず、重厚で遮光性の強い――窓に備え付けられているカーテンが存分に役割を果たし、室内はカーテンのほんの(わず)かな隙間から差し込む光程度の薄暗い状態であった。
 そんな室内に、一級品の木製打楽器が奏でる甲高く透き通る音色のような――しかし部屋の主を気遣い、控えめなノックの音が響き渡る。
 中から声が聞こえてきた訳ではないが、扉は声を待たずに重厚で歴史を感じさせる音色を奏でながら開かれ、洗練されたメイド服に身を包み、熟練された立ち居振る舞いと――その道のプロを彷彿(ほうふつ)とさせるほどの足音や物音を一切させることのない体捌(たいさば)きで、1人の女性が入ってくるのであった。
 彼女は知っている。この部屋の主が日頃の激務に追われていることを。
 そして、彼女を起こすのが自分の使命であることを。
 だから声を待たずに、決して安眠を妨げることなく部屋へと入ってきたのであった。
 彼女は窓の方へと歩み寄り、その役目を労うかのように優しく布地に触れると、大地の恵みを受け入れるが如く両側へと開き、薄暗い室内に光を取り込む。
 刹那、目映いばかりの日差しが部屋の中に降り注ぐのであった。

 メイドの膝丈より天井まで伸び、彼女の倍以上ある程の横幅の面積を誇る縦長の大きな窓。
 それが窓の横幅と同じ面積の壁を挟み数箇所設けられている。
 その窓と対極の壁側に設置されている大きなベッド。
 天井まで届く天蓋(てんがい)と、大人が数名寝ても安眠が取れるであろう広さと心地よさを醸しだす高級感漂う代物。
 それほどの大きなベッドですら部屋面積の何分の1に過ぎないほどの広い寝室。
 ベッドの他には小さなテーブルと椅子と棚だけ。 
 質素と思われる部屋ではあるが、使われている家具や装飾品は気品と高級感を併せ持った一流の職人の(わざ)を感じさせる代物ばかり。
 しかし、そんな最高級品を作り上げた職人――否、この地に住まう全ての民は口を揃えて言うのだろう――
「この部屋の主に勝るものなし!」と。
 
 まさに国の宝。それは誰もが認めている事実。
 この国の頂点に立ち、全ての民を掌握して、より良い方向へと導く存在。誰もが崇拝して平伏す立場の人物。それに見合うだけの高貴さや人徳を兼ね揃えている。
 この部屋の主とは、そんな人物なのである。
 しかし、それだけの権力や高貴で圧倒的な支配力を持つほどの存在だとは思えないほどに――
 ベッドで眠るその姿は、とても可憐で、あどけなさの残る小さな女の子なのであった。

 ピンク色の映える髪。愛くるしく人懐っこそうな目鼻立ち。
 女の子らしい華奢な身体。柔らかさと良い香りを感じさせる透き通る肌。
 そして、この国を物語る重要な役割――神の与えし産物であるフサフサの獣耳とモフモフな尻尾。
 未だ夢の中での一時を楽しみ、大きなベッドの中央で小さく寝息を立てるその姿は、あたかも母の温もりに心を(ゆだ)ねてスヤスヤと眠る子犬のようであった。

 今はまだ寝息を奏でるだけの声にならない『声』も、彼女を(たた)える上での重要な魅力のひとつ。
 そう、彼女の歌声はこの国――否、大陸全土の民の宝とも言えよう。
 ひとたび彼女がマイクを握って歌い出せば、瞬く間に広大な会場を埋め尽くすほどのピンク色の光が照らし出され、彼女の歌声が止むと酔いしれた観客の歓喜の声援が会場中に響き渡る。
 俗に言う『アイドル』として崇拝されている文字通りの『歌姫』なのであった。
 当然、人柄も素晴らしく全国民から愛される礼儀正しき心優しい暖かな雰囲気の少女。
 この国に住まう者が口を揃えて「この国の民でいられることに幸せを感じている」と言っていることが頷ける人物なのであった。

 そんな少女を起こしにきたメイドはカーテンを開け、部屋へと降り注いだ先――
 柔らかく暖かな日差しに包み込まれている、ベッドに眠る彼女を優しい表情で見つめ、悲しい表情に変え、そしてまた、普段通りの優しい表情へと切り替えるのだった。
 彼女は少女の純真で無垢な寝顔を見るのが好きだった。例えそれが自分に課せられた使命だとしても、この瞬間は特権なのだろうと感じていた。
 それだけ心休まる寝顔であり、少女の寝顔から本人にとっても至福の時なのだろうと感じているのだった。
 しかし、少女は国の宝であり、国の頂点に存在する人物。
 それは本人が決して望んで得たものではない。
 そう、外見は年齢相応に幼く、とても華奢であった。
 本来ならば、蝶よ花よと育てられ、何も(うれ)うことを知らずに生活できたのだろう。
 だが彼女の目の前に突きつけられた現実。
 突如、課せられた当主としての責務。
 それは少女の意志や意向など聞き届けることなく、時が与えた試練なのだった。
 とは言え、彼女は意志も意向も持ち合わせて責務に臨んでいることだろう。
 だからこそ、これだけの国民からの人望も得られたのだと思う。
 しかし、その意志も意向も本人の野望によるものではない。
 あくまでも『国の為・民の為』と言う大人達の要望を()んだ、優しい気持ちの結果に過ぎない。
 そんな大人達の為に1人の少女は、有意義な少女時代を国の為に費やすことになったのだった。
 
 もしも彼女が普通の暮らしをしていたのなら? もしも先代が今も尚健在でいたのなら?
 彼女は年相応に自分の好きなことを存分に満喫できているのではないだろうか。
 日頃の激務に追われ、睡眠が唯一の至福の時になっているのではないだろうか。
 自分達大人は、少女の小さな肩に乗り切らないほどの重責を与えているのではないか?
 その重責を少しでも減らすことができているのだろうか。
 そんなことを思いながら表情を曇らせ、少女の寝顔を眺めていたのである。

 だが、メイドはふとベッド脇に置かれているテーブルの上を見つめて表情を和らげる。
 確かに以前の少女は、辛く悲しいことが多かったのかも知れない。
 この国も彼女同様に辛く悲しい日々を送っていた。
 しかし数ヶ月前、少女の前に颯爽と現れた1人の少年によって彼女は――この国は明るい笑顔を取り戻す。心に希望が満ち溢れることとなる。
 それ以降、彼との生活を重ねるうちに次第と昔の様に心からの笑顔を取り戻していった少女。ごく普通の少女としての有意義な時間を過ごせる様になった彼女。
 そんな、ごく当たり前の生活でさえ送れなかった少女を――大人の誰もが救えなかった彼女を、本当の意味で救い出した勇気ある者。
 文字通り、その少年は少女の勇者となったのである。
 そして、彼と出会ったおかげで新たな出会いも生まれた。
 彼の友人2人との出会い。その2人を含めた3人の勇者のおかげで与えられた新たな出会いの数々。
 そして――彼らが繋いだ異世界との交流。
 今の少女には未知なる素晴らしい未来が笑いかけてくれているのだろうと、メイドは思っていた。
 少女を照らす暖かな日差しのように――自分達も少女をいつまでも照らしていきたい。
 そして少女の笑顔を、この幸せそうな寝顔をいつまでも守っていくことを誓いながら、自分の主の寝顔を優しい微笑みを浮かべて眺めていたのだった。
 
♪♪♪ 
  
「……ほぉっ、んん。はぁむ、んっ。おはよう――リゼル」

 降り注いだ日差しで目が覚めたのか、眺めていたメイドの優しい雰囲気を感じ取ったのか――ベッドの中で眠る少女が愛くるしい瞳を薄く開き、言葉にならない声を奏でる。
 やがて意識も起きだしたのだろう。彼女は視界に入るメイド――リゼルを見つめて優しく挨拶をするのだった。

「おはようございます、姫様。今日も良いお天気です」
「……本当ですぅ」

 そんな愛くるしい姿に微笑みを浮かべて、リゼルは少女に挨拶を返す。
 姫様と呼ばれた少女――ミルヒオーレ・フィリアンノ・ビスコッティ。
 フロニャルド大陸南部に位置する、ビスコッティ共和国・フィリアンノ領の領主にして、共和国の代表領主の彼女。周りからは姫様と親しまれており、略称は『ミルヒ』と言う。
 ミルヒはベッドから起き上がり小さく伸びをすると、視界のぼやけた寝ぼけ(まなこ)をこする。すると、その動作に釣られたのかピョコピョコと彼女の耳も、眠気を飛ばすかのように動くのである。
 起き上がった彼女の半身を暖かな日差しが包み込んでいる。
 彼女は完全に目を覚まして窓の外を見つめながら、恵まれた天候を喜ぶかのように笑顔を浮かべて言葉を紡いでいたのだった。

「……あれから、3ヶ月も経ったのですね?」

 彼女は窓の外の暖かい春の陽気を眺めながら、肌寒い去年の冬に訪れた訪問者達のことを思い出していた。
 だが、彼女の思い出している人物とは勇者達の話ではない。
 そう、勇者達は彼女の中では――
 傍で仕えてくれているリゼルを始めとするメイド達。自分を慕い道しるべとなってくれている重鎮(じゅうちん)達。
 そして父や母の様に、姉や兄の様に、妹や弟の様に接してくれている城の者達。
 そんな彼女の周りに存在する者達のように、既に家族のように大事な存在なのであった。
 つまり彼等の場合、思い出すと言う感情よりも待ちわびている感情の方が強いのだろう。
 更に彼等とは密に連絡を交わしているので、実際には『冬の訪問者達』よりも思い入れは強い。
 しかし彼等と同じくらい大事な友人達だと、彼女が感じているのも事実。

 そんな来訪者達のことを思い出しながら、彼女はベッド脇のテーブルに視線を移すのであった。
 テーブルの上には2匹のぬいぐるみと写真立てが置いてある。
 ウサギと豹のぬいぐるみ。遠い異世界に住む友人達の友好の証。
 そして、その奥に置かれた写真立て。
 訪問者達と勇者達。先に帰ることになった訪問者達が帰路(きろ)へ旅立つ日に、集まった全員で撮った写真――。

「……クスッ」

 ミルヒは写真の中に写る全員の満面の笑みを眺めて、あの時の出来事を思い返し笑みをこぼすのであった。

 この物語は時を遡ること3ヶ月前。
 フロニャルドの冬の大地に降り注いだ、とても『色鮮やか』な――寒気を吹き飛ばす夏のような『暑い日々』は、2つの世界を繋ぐ些細な偶然から始まるのであった。

=プロローグ・完=
 
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