μ's+αの叶える物語〜どんなときもずっと〜
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第38話 引っかかり
前書き
前回のあらすじ
花陽との和解を経て、新たな大会に向けて一歩進もうと思いきや穂乃果の発言により、また停止することになった大地ら。その帰り道大地に一本の電話が入りその相手は『どこにでもいるしがないスクールアイドル』と名乗った。
大地らの人生は新たな分岐点へと突入していく。
「どこにでもいるような、しがない普通のスクールアイドルよ」
電話先の相手は、自分をしがない普通のスクールアイドルだと名乗った。
当然それだけでは相手が誰なのかわかるわけない。
「あのなぁ、スクールアイドルという抽象的な言い方されても困るのよな。名前とどこのスクールアイドル名乗れよ。んでもってどうやって俺の事知ったんだ?」
「それは企業機密よ~」
「あーそうですか。宗教勧誘でしたらお断りしますそれでは───」
「や~んちょっとくらい話を聞いてくれても、いいんじゃないかなぁ~?」
スマホ越しに聞こえる声は女の子のソレで、やたら甘ったるい声で若干苦手なタイプだ。
俺は向こうに聞こえない大きさで小さく舌打ちをして話を催促する。
「だったら名乗ってくれませんか?俺にも用事ってものがあるんですよ」
「名乗ることはまだできないわぁ。取りあえず午後四時に駅前の”ル・モンド”という喫茶店に来てくれるかしら?そこでお話をしましょうよ」
「......やだと言ったら?」
「そうねぇ~、特にこうするってつもりは無いけれど君に直接会って話がしたいのよ。
μ`sのサポート役さん♪」
瞬間寒気が背中を駆け巡った。
なんでコイツはそこまで知ってるんだ?あ、そういやアレか。
μ`sのプロフィールページに名前だけ載ってあるから知られててもおかしくないか。
「はぁっ。わかりましたよ。四時に駅前の”ル・モンド”っすね」
「そうよぉ。話が早くて助かるわぁ~」
それでは、とだけ言って俺はすぐに通話を切る。
一体どこのだれなんだか知らないけど何が目的でこういうことするんだか見当がつかない。
『話がしたい』としか言ってないけど、本当にそうなのだろうか...?
とりあえず、行ってみない事には何も始まらない。
スマホを無造作にポケットに突っ込んでから目的地を足を運び始めた。
...憂鬱だ。
― 第38話 引っかかり ―
───ル・モンド
音ノ木坂学院を出て20分くらい歩いたところにその喫茶店はあった。
如何にも古ぼけた建物は、男女の密会で使用されそうな...そうでないような?
思い返せば電話越しの相手は女性だったな...まさか密会じゃないだろうな!?
余計な思考をぶんぶんと振って外に振り払い、制服のネクタイをきちっとしっかり締めて引き戸を開く。
ちりんちりんと小さなベルが鳴る。
海外のお店を彷彿とさせるようなブラウンの濃淡を有効に活用し、テーブル一つ一つに観賞用植物がこぢんまりと置かれている。
カウンターでコーヒーを淹れているマスターも結構なお歳だと思うのだが紳士のように皺一つないユニフォームを着こなしている。流石だと思った。
「いらっしゃいませ、お一人ですか?」
「あぁいや、待ち合わせで...」
ウェイトレスにそう告げると、『でしたら、あちらのお客様でしょうか?』とカウンターに座っている女性を指し示す。
確かに女性であるが、名前も見た目も...年も知らないのだからあちらのお客様と言われても困る。
「多分、あの方です」
ウェイトレスとこのまま気まずいままでいるのも嫌なので適当にそう言って店内に足を運ぶ。
遠目ではちょっとわかりづらかったが、あの制服は...私立UTX高校の制服だ。
多分地毛ではない明るい茶色の髪にふわっとしたパーマをかけている。その、俺らと同い年とは思えない洒落っ気づいた髪形に、コーヒーカップを持ち上げる、それだけの仕草で肌に感じるお嬢様たる風格。
真姫とは違う方向で、何故か『真姫とは違くてよかった』と思っていた。理由はわからない。
まぁふと見ただけで決めつけるのもよくない。意を決して背後からゆっくり近づく。
「女の子に背後から近づくなんて悪さでもするつもりかしら?」
「なっ!」
こっちを一度も見ていないのになぜわかったんだコイツは?
気づかれたし、いつまでもアホみたいなことしているわけにもいかない。
俺は相手に聞こえないように軽く舌打ちをする。
「初めまして...で、俺に何か用ですか?」
「初対面の相手に対して随分な態度ですね、笹倉さん」
「そうですね、いきなり電話でああいう不快な言い回しされてはこういう態度にもなりますよ。なんで貴女は俺のこと知ってるんですか?」
俺は何気なく、ごく自然体で彼女の隣に座る。横顔をチラリと見る。
瞬間ギョッと目を見開く。そのリアクションに気づいて、それが面白かったのか指を口に当ててふふふと笑う。
「君のその驚く顔を見たかったわぁ。流石”μ`sのお手伝いさん”ね」
「...あ~マジか。なんで貴女様がここにいらっしゃるのでしょうかね”優木あんじゅ”さんや」
───優木あんじゅ
スクールアイドルの頂点の頂点であり原点。
μ`sのリーダー、高坂穂乃果も影響を受けてスクールアイドルを始めるきっかけを与えたグループ。
まさかここで出会うとは思わなかった。多少の緊張と驚きはあるけど、にこや花陽みたく夢中になれるような神経は持ち合わせていない。
「だから笹倉くんに話が合って今日はここに来たのよぉ。まぁ気軽に話を聞いてね?あ、ここは私が出すわ。マスター、いつものお願い」
「かしこまりました」
「いや待て、自分で出しますから」
人の話を聞かずにポンポンと話が進んでいく。
困る...どこぞの誰かみたく、ほんと困る。それがいつも仲良くしてるメンバーならそこまでではないんだが、初対面なこの人からされると不快しか感じない。
「はぁ...で、話とは」
「まぁまぁそんなに急かさなくてもいいのに~」
「俺にも用事というものがあるんですから。それくらいは考えてほしいものです」
マイペースな口調でカップの中の珈琲をスプーンでくるくる回しながら優木は「ちぇっ」と呟く。
俺の中で彼女の印象は最悪だった。更に付け足すと、”A-RISE"そのものがこうなんじゃないかという気持ちになってしまう。
「どうして笹倉くんはあの子たちのサポートしてるのかな?」
「どうして優木さんに話さなければならないのですか?」
「いいじゃないのぉ話してくれても。同じスクールアイドルに関わる身としては知っておきたいじゃない?」
「俺はそこまで貴女方に興味はないです」
実際そう思ってる。
人気があるのは客観的に見て頷ける。曲調、歌詞、衣装、振り付け。
全てにおいて今の若者を惹きつける。三人とも可愛いのは否定できない。
僕の隣にいる優木あんじゅもこうして近くで見ると綺麗さと可愛さが増して見える。気のせいだと思いたい。
「酷いなぁ~も~。私たちはあの子たちに興味持ってるのにぃ~」
「は?優木さんが...あぁいや、A-RISEが?なんで」
彼女たちは一位、対してμ`sのみんなはなんとか上り詰めたまだまだ新参者だ。
だからこの人が、彼女たちに注目する理由が理解できない。
疑問符を浮かべる俺とは裏腹に優木あんじゅは、意味ありげにふふふと頬を釣り上げて微笑む。
「なんでって、当然の事よ。たった数か月で上位に入り込んで、『私たちのライバルになるかもしれない』と思われていたグループがラブライブ!直前になって辞退した。理由はわからないけれど、そういった行動が目に付いたってことよぉ」
「あーそうですか」
「なによぉ、つれないわね」
俺のそっけない態度につんと口をとがらせる優木。確かに優木あんじゅの言う通り結成して僅か数か月でこの上がりようは普通じゃない。どんなことであれ、始めてすぐに成果を出すのは容易なことじゃないし、普通に考えて裏があってもおかしくないし、仮に俺が優木あんじゅの立場だとしても同じことを考えるだろう。
「聞かせてもらってもいいかしら?」
「...企業秘密」
「そう」
「優木サンも同じこと言ってましたからね。話したくないことなので謹んで遠慮させていただきます」
無表情で珈琲を啜る。よく、失敗は成功の基とよく謳われるが、それは自慢げに話すことでもないし話したいとも思わない。しかも見ず知らずの女性の話すとなるとなおのこと話したくない。どんなに有名なアイドルなのか知っているけど、人格に乏しいものを感じた。
「まぁそれはいいわ。本題はここからよ」
優木あんじゅもさほど気にしているような様子もなく紅茶に更に角砂糖を2,3個入れてかき混ぜる。うわ、甘ったるそうだ。甘いものを苦手としているわけではないが胃もたれ起こしそうな角砂糖の多さだ。いつかこの人糖尿病になるんじゃないかとどうでもいいことを考える。
「今度のラブライブ!の予選はもちろん出場するかしら?」
「あー」
優木あんじゅの問いに思わず言葉が詰まる。なにせ、9人のうち1人だけ不参加の意思を示すという現状であるため、『出る』とも『出ない』とも言えないのだ。立場と俺の人格上、強制なんてできるわけない。したところで自分の意思で参加するラブライブ!じゃないから意味なんてない。上品にあの甘そうな紅茶を啜る優木あんじゅを横に渋い顔をして俺はため息をつく。
「まぁ、現在検討中ということで」
「そうなのぉ?彼女たちならすぐに参加すると思っていたのに」
「何を知ったようなことを言ってるんですか」
「調べたもの」
「...そうですか」
調べた、とあっさり言うものの調べられる情報なんて限られてくる。ラブライブ!運営委員会が経営しているウェブサイトに掲載したμ'sの情報や通行人が見かけてサイトに上げた細々な情報。とはいえ、彼女達の表向きだけ知ったところで、それが第2回ラブライブ!に絶対参加するという確信には至らないはずだ。それをこうもあっけらかんと言うこの人の態度が鼻につく。
「どこまで知ってるのか知りませんが、俺の口からは言うことはありません。なので、俺はこれにて失礼します」
早急にこの場から離れたい。
その一心が強く、俺は残りの珈琲を口に含んで立ち上がる。代金は当然カウンターの上に置いて。
「待って。それだけじゃないのよ、まだ要件があるわ」
「要件ですか?俺にはそんなのありませんよ」
「むしろこっちの方が重要な話なのよ」
ぴくり。
その発言に頭が、体が、思考が止まる。今までの話が前座だとでも言うかのような発言に、ゆっくり俺は振り返る。その表情はさっきまでのお嬢様らしいものは無くて、鋭いナイフのような鋭さを帯びた目つきが、俺を刺していた。今までにこや花陽経由で観ていたA-RISEの映像のどこでも見たことが無いA-RISE、優木あんじゅの別の意味での本気の目。
「...マスターさん、珈琲もう一杯追加で」
俺はマスターに見向きもせず注文すると、優木あんじゅは表情を崩して足を組み直す。ハメられた...なんて頭の片隅に考えなければやってられない気がしてきた。
「優木サン、メインディッシュは?」
「まずは落ち着きましょ、肩が上がってるわよ?」
「.....」
完全に乗せられているなとわかった。椅子に腰を下ろして気持ちを落ち着かせる。確かにいつもより冷静さは欠けているし、よくよく考えてみればここは喫茶店。大声ではないとはいえそれなりのボリュームで話していた俺を見ているのは、同じく喫茶店で静かに満喫している主婦やサラリーマンや学生。急に恥ずかしくなり、誤魔化すように咳ばらいをしている俺の隣で優木あんじゅはクスクス、笑っていた。
「何が面白いんですか。俺が周りから痛い目で見られていることですか」
「違うわ、私が想像していた人よりもずっと人思いな男の子だと知って嬉しかっただけよ?」
「....」
「彼女たちのことになると冷静さを失うみたいね」
自覚はありますよ、と短めに答えて、俺は目の前に差し出された珈琲に口をつける。つけてはいるものの、それを口に中に含むことなく優木あんじゅが語りだすのを待ち続ける。そんな彼女はずっと優雅な振る舞いを崩さずに新たに、追加注文したガトーショコラにフォークを加える。いつの間に注文したのかは定かではない。
「俺に...何を話すつもりでいたんですか?」
「綺羅ツバサって子は、知っているわよね?」
「名前と顔だけ、ね」
「あの子に会ったことはあるかしら」
名前と顔だけと言っているのにどうしてこの人はそんな回答の決まった質問をしてくるのだろうか。もちろん表情を崩さずにガトーショコラを頬張る優木あんじゅ。
「....あるわけないじゃないですか」
「...そう」
瞬間、僅かに。
優木あんじゅのことを注意深く観察してないとわからないくらい、一瞬、ごく僅かに顔を顰めた。なんでアンタが顔を歪めるんだよ...。だけど、優木あんじゅのおかげで、俺は何かを見落としていることに気が付いた。だけどそれが何なのかはわからない。ずっと奥歯に挟まった何かがすっきり取れたような気分にさせたのは何だ?これまで幾度となく感じた見落としを、まさかこの人が握っているとでもいうのだろか。
「その子がさ、君に会いたがっているのよ。当然μ`sのみんなにも会いたがっていたわぁ」
「...何か隠してませんか?」
今度こそ、彼女の眉が動いた。
「何も隠してないわぁ。私は特に何も聞かされていないしぃ、ただツバサから『会いたいから連れてきて』としか言われてないものぉ」
「そう、ですか」
あくまで具体的なことは語らない優木あんじゅ。こっちに見向きもせずにただカップとガトーショコラを腹に収めることに手いっぱいで、というわけでもなく言いたくなさそうにしている。つまり何かを知っているのは、かの有名な綺羅ツバサということだ。なぜあの人が関わっているのかわからないけれど、とにかく進めるためにはあの人と会わなきゃいけない気がして。
「あの人に...会えることはできますか?」
無意識にポツリと呟いていた。
特段驚くことなく、寧ろこうなることが分かっていたかのような笑みを浮かべて。
「もちろんよ。というか、これからここに来るのよ?μ`sの皆さんと一緒に」
「....は?え、あぁいや...は?」
「うふふ、その表情可愛らしくて素敵よ♪」
遊ばれているのはひとまず置いといて。
「もしかして、優木サン、こうなるってわかってました?ああいや、こうなるように企てましたね?」
「あら、なんのことかしらぁ~」
その一言に、俺は大きくため息をこぼす。
やはりこの人は苦手だ。完全に俺らを嵌めやがった。かといって愚痴るのも気が引けるので、大人しく珈琲を啜ることにした。
....しばらくして。
カランコロンとぞろぞろ大人数で喫茶店に押しかけてきたのは予想、というよりほとんど綺羅ツバサと優木あんじゅの策略に見事はまってしまったμ`sの各メンバーでございましたとさ。おかしい、二時間ほど前に別れたばかりなのにまた会うことになるとは。
いつもどおりの顔ののぞまきと、伝説というか英雄のごとく崇められているA-RISEを前にして興奮を抑えきれていないにこぱな。訪れた喫茶店の豪奢な雰囲気に圧倒されていることうみ、それと絵里は平常運転。いまだに現実を受け入れ切れていなさそうな間抜けな顔で照明を見上げているのはバカコンビのほのりん。
そして、その後ろには。
「あんじゅ、お疲れさま!助かったわ」
「いえいえ~どういたしまして~。この子早く帰りだそうとするから引き留めるの大変だったのよぉ。おかげで大事なことなんて大袈裟に言ってしまったわぁ」
「おまっ!?やっぱてめぇそんな大した事じゃなかったんじゃねーか!ふざけんな、焦っただろ!」
「だってぇ~私には本当に大袈裟なことじゃななかったしぃ」
A-RISEのリーダー、綺羅ツバサが立っていた。映像で見た時よりも小さいなと思った。どこがとはいわないけれど。そんなことを考えていたなんて本人はつゆ知れず、俺の前に歩み寄るといきなり右手を差し出してきた。
「はじめまして、というのも変かしら?A-RISEリーダー、綺羅ツバサよ。よろしくね笹倉大地くん」
「あ、あぁ。初め...まして」
俺と綺羅ツバサは握手を交わす。俺より背の低い彼女だけど、存在感や身に纏うオーラは断然俺よりあって、自信に満ち溢れた表情は、俺に”劣等”という感情を引き起こさせた。だけど、なぜ俺はこの人にそんな気持ちを抱いたのかわからない。
───だってこの子はいつも俺に負けると帰り際に捨て台詞を残して立ち去って行って、そんでいつでもどこでも勝負を挑んでくる子だった。赤の他人ではあるが負けん気な妹みたいな感覚で接していたんだ。その子の名前はーーー
......は?
俺は、今何を考えた。
「どうしたのかしら?なんか具合悪そうに見えるけど」
「いや、なんでも、ないです」
俺は心にもないことを言ってテーブルに手をつく。
「すいません。横、失礼します」
彼女が、穂乃果が普段は見せない顔で綺羅ツバサの横を通り過ぎ、俺の肩を支える。『なにツバサさんの横を堂々と通ってるのよ礼儀知らず~!』などと俺にまで聞こえるくらいの声でにこが言っていたけど、それにかまっている余裕もない。やたら鼓動の早い胸がぎゅうっと締め付けられるような痛みを感じる。だれだ...
「お前は...誰だ?」
さっき名前を聞いたばかりなのに尋ねる。そうでもしなければ自分を保てる自信がなかった。間違いない、目の前に立つ綺羅ツバサは...幼少期の俺を知っている。逆に、幼少期の彼女を俺は知っている。なのに彼女はずっと表情を変えずに俺と穂乃果を見比べて呟いた。
含みを入れずに、ただシンプルに一言。
「....やっぱり、貴方達だったのね」
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