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幽雅に舞え!

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挑戦!カナズミジム

「え!?ルビーとシリアって兄妹だったのか!?」
 
 カナズミシティまでの間、緊張するサファイアにシリアは穏やかに話しかけその緊張をほぐしてくれた。自分はかつて世話になったトレーナーズスクールに顔を出しに来たこと、そしてその帰りにエメラルドたちを見つけたことなどの話を聞く。そして現在、カナズミに戻るころには普通に話せるようになっていたのだがそこで驚きの事実を告げられる。
「そうだよ、わざわざ言うほどのことじゃないから言わなかったけどね」
「やれやれ。相変わらず妹君は人が悪いですね」
「……何、兄上ほどではありませんよ」
 含みのある笑顔を浮かべるルビー。サファイアにはその感情の底までは読み取れない。
「でもさ、二人は普通の兄妹とは色々違うよな?髪の色とか、名字とか……それに、話し方もなんか他人行儀だし」
「まあ、そこは色々あるんだよ。家庭の事情というやつが。――例によってそれはまだ秘密にさせてもらうけどね。兄上も口を滑らせないでくださいね?」
「ええ、わかっていますよ」
「やっぱりそこは教えてくれないんだな」
「君が思い出すまでは……ね」
 ルビーがサファイアに微笑む。どこか既視感を覚えはするのだが、やはり思い出すことが出来ない。果たして自分とルビーはどこで出会ったのだろうか?
 考え込んだサファイアに、軽くぱんぱんと手を鳴らしてシリアが現実に引き戻す。そしてサファイアにこう言った。
「いやあ驚きましたよ。妹君がこんなに誰かに積極的に関わるなんて……しかも君は僕に憧れてポケモントレーナーになったとか。彼女の兄としても、チャンピオンとしても……サファイア君。君のポケモンバトルを一度見てみたいですね」
「ホントに!?じゃあ、俺、誰かバトルする相手を探してくる!」
「いえ、わざわざ探す必要はありませんよ。せっかくカナズミシティにいるんです」
 近くにポケモントレーナーがいないか探そうとするサファイアをやんわりとシリアは止め、提案する。そしてカナズミシティの中央付近にある――カナズミジムの方向を指さした。
「君のジム戦。見届けさせてもらいましょう」
「ジム戦を……?」
「ええ、特にここのジムリーダーなら……いえ、その話は後にしましょう。では、早速行きましょうか」
「あ、待って!まだ心の準備が……」
 まさか初めてのジム戦がチャンピオン直々に見てもらえることになるなんて思いもしなかった。躊躇いを見せるサファイア。
「おや、怖気づいたのかい?この町についた時はあんなにジム戦を楽しみにしていたじゃないか。兄上の前で情けないバトルをするのが怖いのかな?そんなんじゃ先が思いやられるね」
「そ、そんなことない!今すぐ行ってやってやるよ!頼むぞ、カゲボウズ、フワンテ、ダンバル」
 ルビーにそうからかわれると、すぐに否定する。
 (そうだ、チャンピオンが見ていようと……いやだからこそ、チャンピオンと同じ幽雅なポケモンバトルを貫くんだ)
 そう心に決める。その様子を見てシリアは歩き出した。
「では、早速行きましょうか。カナズミジムへ」

カナズミジムに向かう途中で、ジムリーダーはトレーナーズスクールで最も成績の優秀なものが務める決まりになっていることや、予め決められた岩タイプのポケモンを使って勝負をすることになっていることをシリアから教わる。勝負そのものよりも、トレーナーの実力を見極めることに主眼が置かれているからなのだそうだ。
 
「うーん……よくわかんないけど、手加減されるってことなのか?」
 説明を聞いた後、少し面白くなさそうにサファイアが言う。手加減されるのがわかっているというのは少しすっきりしない。どうせなら全力の相手に勝ちたかった。
「手加減、というのとは少し違いますね。ジムリーダーとして……与えられたポケモンで全力を尽くしてきますから。それを乗り越えたものにこそ、ジムバッジは与えられるのです」
「いつも使ってるポケモンじゃないけど、本気は本気ってことかな」
「そういうことです。さ、つきましたよ」
 
 カナズミジムにつき、初めてのジムへの一歩を踏み出す。するとジムの奥の方から驚いた声が聞こえてきた。こちらに近寄ってくる。黒髪のお下げを二つにした、気の弱そうな女性だった。
 
「……シリアさん!?どうしたんですかこんなところに。もしかしてこちらにも来られるご予定でしたか。ああすみません、何の用意もしていなくて……」
「いえいえ。特に連絡などは入れていませんでしたから構いませんよ。それより、この少年とジム戦をしてくれませんか?」
「ああっ、そうでしたかすみません!ごめんなさい、せっかく挑戦しに来てくれたのに無視してしまって……」
 その女性はサファイアにもぺこぺこと謝る。すごく低姿勢で気の弱そうな態度は、サファイアの中でのジムリーダーのイメージとはかけ離れていた。
「えっと……この人がジムリーダーなのか?」
「まあ、一番奥にいたしそういうことだろうね」
「その通り。彼女がカナズミジムのジムリーダー……ヨツタニさんです。ヨツタニさん、落ち着いて落ち着いて」
 シリアがそう保証する。気の弱そうな女性――ヨツタニは、ようやく落ち着いてサファイアを見た。
「すみません、私どうしても気弱になってしまって……でも、ジム戦に来られたからには全力でお相手します。どうぞ、奥に来てください!」
 
 ヨツタニについて少し歩くと、階段の上がったところに広い空間があった。ここがジム戦の場所だとサファイアにも一目でわかる。ここから無数のトレーナーたちがジム戦に挑戦し、各々の実力をぶつけていったのだと。ヨツタニの目も既に弱気そうなそれではなく、華奢な体の中に凛とした強さを持つそれに変わっていた。
「ルールはお互い二体でのシングルバトルです。それでは準備はいいですか?」
 ヨツタニがルールの確認をする。サファイアは頷いた。
「ああ、ルールはわかってる……いつでもいけるさ!」
 
「わかりました……出てきて、イシツブテ!」
「いけっ、ダンバル!」
 
 サファイアにとって初めてのジム戦が始まる。選んだのはダンバルとカゲボウズだ。岩タイプ相手なら、フワンテでは分が悪い。
「イシツブテ、岩落とし!」
「ダンバル、気にせず突進だ!」
 イシツブテが岩を放り投げて落としてくるが、ダンバルの体は鋼タイプを有するだけあってとても硬い。ぶつかった岩を砕き、そのままイシツブテに突撃する。
「イシツブテ、丸くなる!」
 ヨツタニの指示で体を丸くするが、そのままダンバルはぶつかってイシツブテは何回も地面をバウンドして転がり、壁にぶつかった。ジム全体に音が響く。
「どうだ!?」
「イシツブテ、転がる!」
 ヨツタニにはイシツブテが瀕死になっていないことがわかっているのか、そのまま命令をする。イシツブテは丸くなったまま床を高速で縦横無尽に転がり、逆にダンバルにぶつかっていった。横から後ろから、強くはないが少しずつぶつかってダンバルの体力を削る。
「くそっ、倒しきれなかったか……ダンバル、もう一度突進だ!」
「--!」
 サファイアが指示するが、ダンバルに突進をさせるがまっすぐ突進することしか出来ないダンバルに対してイシツブテは縦横無尽にフィールドを転がることが出来る。結果ダンバルの突進は当たらず、むしろ壁などにぶつかった反動や転がるイシツブテに当たったダメージが少しずつ蓄積していく。
「しかもそれだけではありません。ヨツタニさんは丸くなるからの転がるを使うことによってその威力を増している……いかに鋼対岩では鋼に軍配があがるとはいえ、これでは少々サファイア君が不利ですね」
 シリアはその様子を冷静に分析してコメントする。そしてそれはサファイアにもわかっていた。

(だったらどうする?この不利な状況、シリアならどうやって切り抜ける……!)
 
縦横無尽に転がるイシツブテを見る。何かダンバルの攻撃をぶつける隙はないか……そして、方法を見つける。
「ダンバル、ストップだ!その場でじっと!」
 なおも突進を続けるダンバルを止める。フィールドの中央で止まったダンバルは、その鉄球の目をきょろきょろさせてイシツブテを目でとらえようとするが。
「目を閉じろ、ダンバル。俺を信じてくれ!」
 それも止める。ダンバルは少し迷うしぐさを見せた後ぴたりと停止した。それをみたヨツタニが言う。
「……二体目のポケモンにチェンジですか?」
「いいや、違うさ」
「わかりました……それでは、そのまま転がるです!」
 ダンバルの右から、左から、後ろからイシツブテの転がるが命中する。ダンバルの浮遊するからだが徐々にふらついていく。

(まだだ……まだ耐えられる)

 ――そしてついにチャンスが来た。それは、目を閉じたダンバルの真正面からの攻撃。
 
「今だダンバル!思いっきりぶつかれ!」
「--!」

 ダンバルが目を見開いて、真正面から猛スピードで転がってくるイシツブテに突進する。お互いの出せる最高速度同士でぶつかり、金属と岩のぶつかり合うすさまじい激突音がジムに響いた。

「……戻って、イシツブテ」

 イシツブテは転がる勢いを失って倒れる。そしてダンバルも何回にもわたる攻撃を受けて既に限界寸前だった。突進の反動で、地面にごとりと落ちる。
「……ありがとな、ダンバル。信じてくれて」
 サファイアとダンバルはまだ出会ったばかり。フワンテのように自分の意思でサファイアの手持ちになったわけでもないから自分の言うことを聞いてくれるか不安だったが、しっかりと答えてくれたことを褒めた。
「でも、ここからが本番ですよ……出てきて、ノズパス!」
「頼むぞカゲボウズ!」

(シリアの見てる前で……負けられない!)

これでお互い残り一体。恐らくこのノズパスはさっきのイシツブテよりも強いのだろう。だけどサファイアは負ける気がしなかった。

「ノズパス、岩落とし!」
「カゲボウズ、影分身!」

二人が同時に指示を出し、カゲボウズがノズパスの岩落としを避ける。さっきも見た技だけに回避は容易だった。
「カゲボウズ、鬼火だ!」
 揺らめく炎がノズパスに飛んで行く。ノズパスの動きは見るからに重たそうで、とても避けられるとは思えなかった。
(相手を火傷にすれば、祟り目の効果で状態異常の相手に対して威力を一気に上げられる。それで勝負を決めてやるぜ!)
「させません。ノズパス、岩石封じ!」
「!」
 ノズパスとカゲボウズの間に巨大な岩が鬼火の進路を封じるように降り注ぎ、鬼火はノズパスに当たらない。だが、その程度なら予想の範囲内だ。
「岩を壁に……ならカゲボウズ、分身に紛れて近づけ!」
「ノズパス、続けて岩石封じ!」
 カゲボウズが位置を気取られないように左右にふらふらと揺れながら近づいていく。岩石封じが飛んでくるが、分身に当たるだけで本体にはかすりもしない。十分近づいたところで、サファイアは命じる。
「よし、鬼火だ!」
 カゲボウズの本体が現れたのはノズパスの真後ろ。至近距離まで近づいているがゆえに、岩の壁は張れない。今度は確かに鬼火がノズパスにヒットし、岩の体が赤くなっていく。が。
「ノズパス、放電です!」
「なんだって!?」
  電気が全方位に放たれ、真後ろにいたカゲボウズがまともに浴びて吹っ飛ばされる。カゲボウズはすぐに起き上がったが、その体の動きが鈍くなっているのが遠くからでも見て取れた。
「麻痺か……いけるか、カゲボウズ」
「~-~」
 普通に聞いただけでは意味をなさない鳴き声。だがカゲボウズの鳴き声にやる気が満ちているのが、サファイアにだけは伝わってくる。
(麻痺したから、カゲボウズの素早さはノズパスよりも低くなってると思う……今から指示を出してもまず先手は取られる)
 
(だけど、こんな時だからこそ、シリアのバトルを貫くんだ!)
 サファイアが笑みを浮かべる。勝利への作戦は整った。自分が不利な状況だからこそ、見ている者を惹き込むための笑み。
 
「さあ――いよいよこの勝負もクライマックス!麻痺した状況からの華麗な勝利をお見せします!カゲボウズ、一旦下がれ!」
 
 サファイアの指示と今までとは違った言葉の調子にジムリーダーが目を丸くし、ルビーはやれやれと笑う。そしてシリアは、へえ……と興味深そうな反応を示した。
「なんらかの陽動のつもりでしょうが……全方位に放たれる電撃からは避けられませんよ!ノズパス、放電!」
 ノズパスの体が再び赤みが強くなり、電気を放つ準備をする。確かに、ジム全体にまで届きそうな電撃から逃れる場所はないように思える。が。
「カゲボウズ、岩石封じの岩に隠れろ!」
「!!」
 ジムリーダーの驚いた顔が一瞬見え、直後に電撃が放たれた。電撃はジムの全体に広がっていったが――ノズパス

自身が先ほど鬼火を防ぐために降らせた岩が、今度はカゲボウズを電撃から守る壁として機能したのだ。
 ノズパスの素早さはかなり遅い。麻痺しているとはいえ、一発凌げば反撃の一手を打つには十分。
「これで、終わりです!カゲボウズ、祟り目!」
「---!!」
 カゲボウズから放たれる闇のエネルギーが、岩を砕いてノズパスに直撃する。相手を状態異常にしたうえでの祟り目の威力は絶大で。火傷のダメージと合わせてノズパスを戦闘不能に追い込むには十分だった。岩の体が、真後ろにバタンと倒れたのを見て、サファイアは歓喜に飛び上がる。

「やった!まずは一個目のジム戦、勝利だぜ!!」
「……お見事。よく放電の隙に気付き、ノズパスを倒しました。しかしまさか一撃で倒すとはさすがチャンピオンが見込んだだけのことはありますね。ですが、さっきのは?」
「俺、シリアみたいなポケモンバトルが出来るようになりたいんだ。だからちょっと、俺なりに真似してるんだよ」
「そうなんですか……あ、すみません!私に勝った人にはジムバッジを渡さないと……ですね」
 ヨツタニが腰のポーチからジムバッジを取り出す。それを、宝物のようにそっとサファイアに手渡した。
「これがストーンバッジです。8つ集めることでポケモンリーグ……チャンピオンのシリアさんに挑戦する資格を得る証。その一つ、確かにお渡ししました」
「ああ、確かに受け取ったぜ。今度やるときは本当に本気のあんたと戦いたいけどな」
「……シリアさんに聞いてるんですね、ジムリーダーの事。私もその時を楽しみにしています」
 岩のようなバッジをしばらく眺めた後、自分のバッグに大事にしまう。
「やあ、お疲れ様だね。ま、ともかくおめでとう…と言っておくよ」
「ええ、本当におめでとう。僕に憧れてくれている、というのは本当の様ですね。こう言うのもなんですが、良いバトルでしたよ」
 その間に近づいてきたルビーとシリアが、それぞれの言葉でサファイアにねぎらいの言葉をかける。
「ありがとう!シリアに褒められるなんて、なんだか夢みたいだな……」
 サファイアが何気のなしにそう言うと、シリアはわずかに目を細めて
「ですが今度は、『君だけの』ポケモンバトルが見てみたいですね。そういずれ……君がポケモンリーグに挑戦するときにでも」
「シリア……?」
 その言葉の意味は、サファイアにはよくわからなかった。考えていると、ルビーがこう切り出す。
「さて、サファイア君の番が終わったところでボクもジムリーダーに挑ませてもらっていいかな?ジムバッジは集めないといけないからね」
「はい、構いませんよ」
「ルビーのジム戦か……ゆっくり見たいけど、俺はまず頑張ってくれたポケモンたちを回復させてやらないとな」
「気にせず言って来ればいいよ。別に見てもらったところで面白くもないだろうしね」
「わかった。じゃあ頑張れよ!」
 サファイアはジムの外へと駆け出す。戻るころにはもう終わっているかもしれないけれど。ルビーならきっと大丈夫だろう。そう思った。
「……妹君は素直ではありませんねぇ」
「何の事だかわかりませんね、兄上」
 そんなやり取りが聞こえたが、そんなことは初めてのジム戦に勝利した喜びの大きさがかき消した。思わず走る足に力がこもって転びそうになるのを必死に抑える。
「これで一歩……シリアに近づけたんだ!」
 
 


 

 「おまちどうさま!お預かりしたポケモンは、みんな元気になりましたよ!」
 息を切らしながらポケモンセンターにたどり着き、カゲボウズとダンバルを回復してもらう。まだまだ興奮冷めやらない中、ふとテレビを見上げる。
「……デボンコーポレーションは五年前の社長の死によって業績が低迷しており―――」 
 ニュースを放送していたテレビの画面が一旦ブツン、と切れ、徐々に違う映像が映し出される。
「……あいつは!」

『あーあーあー……ハッーハッハッハ!とぉーくと聞きなさい一般市民たちよ!これからホウエンの地に轟く美しき我が!ティヴィルの言葉を!』
 痩せぎすの体に、研究者じみた白衣の男の狂気じみた甲高い叫びがテレビから響く。突然の出来事に周りの人はぽかんとしてテレビを見ていた。サファイアにも、ただテレビを見ていることしか出来ない。
『ンーフフフフ、突然の登場に恐らくあなたたちには理解がおぉーいつかないでしょうが……私の目的はずばり!このホウエン地方に多く存在するとある石の謎を解明し!そのすべてを頂くこと!』
(とある石……?)
 何故かそこでもったいぶるように言葉を止め、謎の一回転を決めた後、博士は演説を続けた。

『その石とぉーは……ずばり、メガストーン!』
「!!」
『このホウエンにのみ数多く現存し、チャンピオンを初めとする強力なトレーナーが持っているアレです。あれはそこぉーらのトレーナーが持っていていいものではありません。私こそが!メガストーンという強力な力を支配するべきなのですよぉー!』

 メガストーン。ポケモンに通常の進化とは異なる『メガシンカ』という力を与える不思議な石。なかなか見つかるものではないがそれでも他の地方に比べると圧倒的に存在する数は多いという。
『そのために私は悪の秘密組織……【ティヴィル団】を設立します。そぉーしてその目的は!一つ、この地に眠るメガストーン、及びメガストーンの研究施設の機械、データをいただくこと!二つ、メガストーンを持っているトレーナーからメガストーンを奪うこと!』
 無茶苦茶を要求を真面目に、狂気的に言うティヴィルの態度はまるで昔ゲームに出てくるような『悪の博士』そのもののようにサファイアには思えた。

『そうそぉーう……これも言っておかなければいけませんねぇ。つまりそういうことぉーなので……私、いや。【ティヴィル団】』は、チャンピオンに宣戦布告をさせていただきます、彼を倒した時、このホウエン地方はこのティヴィルの元に跪くでしょう』
 確かにチャンピオンのシリアを倒せたならそれはホウエンの人々にとって大きなショック足り得るかもしれない。だがティヴィルの言葉の響きには他にも何か意味が含まれているような気がした。
(でも……シリアがあんな奴に負けるはずがない。現にあの時もあっさりやっつけてたじゃないか)
 そう思うサファイアだったが、博士は更にこんなことを言い出した。
『すでに第一の刺客はチャンピオンのもとに送っています……ンーフフフフ、もしかしたらあっさり倒してしまうかもしれませんねぇ。

と、話がそれましたが……ともかくそういうことなので、特にホウエンの研究者、及びトレーナーの方々は速やかにメガストーンを明け渡してくださるとひじょーに助かりますねえ。それでは……今日はこの辺で。我々の活躍をお楽しみに……』
 ブツン、という音がしてテレビの画面がさっきのニュースの続きに戻る。
「なんなの、あの人……」
「いい年して痛いおっさんだなぁ」
「つーか今のってテレビジャックじゃね?」
 周りの人たちの反応は、ティヴィルを恐れているというよりも、よくわからないものとして困惑、または流しているようだったが、サファイアは彼が本気で悪事を働く人間だと知っている。
「……急いでシリアのところに戻らないと!」

 サファイアはポケモンセンターから出てカナズミジムへと焦りを覚えながら
再び走り出す。ティヴィルが言っていた第一の刺客はすでに送ったという言葉が本当ならば、もうその刺客はシリアと戦っているのかもしれない。それにそこにはジム戦で戦っているルビーもいるのだ。彼女を巻き込みたくはなかった。


(ルビー、シリア……無事でいてくれ!)




サファイアがカナズミジムから出ていったあと。手持ちの回復を終えたヨツタニと、次の挑戦者であるルビーはお互いジム戦のフィールドから少し離れたところに立っていた。
「それでは、これより挑戦者ルビーとジムリーダーヨツタニのジム戦を開始します。――始め!」
「ロコン、出番だよ」
「出てきて、イシツブテ!」
 チャンピオンであるシリアの号令の後、ルビーとヨツタニが同時にポケモンを出す。先手を取って動いたのはやはりルビーのロコンの方だ。俊敏な足取りでイシツブテの前へと出る。
「鬼火」
「コン!」
 呟くようなルビーの指示を聞きとり、鬼火を至近距離を打ちこむ。確実にイシツブテに火傷を負わせた。
「イシツブテ、岩落とし!」
 だが、当然真正面から近づいて技を打ち込めば隙も出来る。ヨツタニもそれを見逃さず、ロコンの体に石を落とした。弱点である岩タイプの攻撃を上から受けて、ロコンの体が倒れるが、ルビーの表情に変化はない。
「いけるね、ロコン?」
「コォン!」
 ロコンが元気に鳴く。火傷の状態異常によって攻撃力を半減させたため、ダメージは大きくない。とはいえ無傷ではないのだが主人に褒めてもらおうと自分を元気に見せているのだ。ルビーもそれを理解して苦笑する。
「やれやれ、よそ見はしないでおくれよ?じゃあ、影分身」
 ロコンの体が陽炎のように揺らめき、蜃気楼を見せるようにその体が分身していく。
「……イシツブテ、丸くなるからの転がる!」
 ヨツタニが指示を出し、イシツブテがサファイアのダンバルにした戦法を見せる。だがあの時と違うのは、ロコンの体は影分身しているということ。姿の定まらないロコンに、イシツブテは虚しく明後日の方向に転がることしか出来ない。
「丸くなるからの転がるは確かに強力な技だよ。だけど、その威力が発揮されるのはあくまでも相手に当たり続けてこそ。

……だよね?」
 ロコンが分身を続け、その間に火傷のダメージは蓄積していく。ルビーの確認がとどめになったかのように、イシツブテは限界に達して転がったまま戦闘不能になった。ヨツタニは頷いて、イシツブテをボールを戻した。

「お見事ですが……私のノズパスにそれは通用しませんよ!出てきて、ノズパス!」
「ロコン、このままいくよ」
 ノズパスが出てくるが、既にロコンの体は無数に分身している。岩落としや岩石封じを当てるのは不可能に近いことは明白だった。
故に、ヨツタニの思考は一つに絞られる。
「ノズパス、放電!あの分身を全て吹き飛ばして!」
「……かかったね」
「え?」
 ノズパスが体に電気をためると同時、ルビーは少し悪い笑顔を浮かべた。そしてそれは、勝利を確信している者の顔。


「ロコン、炎の渦」


 ノズパスが電気を全方位に放つよりほんの少し早く、その周囲を取り囲むように炎の渦が出現する。炎と電気はノズパスの周りでぶつかり合い――――ノズパスを中心に大爆発を起こした。その衝撃でロコンの影分身が消えていくが、中心部にいるノズパスが無事で済むはずがない。

「私のノズパスが……こんな簡単に」

 爆発が消えた後、ノズパスは爆心地の中心で倒れていた。チャンピオンのシリアが手を上げる。
「イシツブテ、ノズパス、ともに戦闘不能。よって、挑戦者ルビーの勝利です」
 サファイアとは違って、勝利を手にしたルビーの表情に特段の喜びはない。ただ、バトルを終えて自分の元に走ってくるロコンを優しく受け止めた。褒めて褒めてと、全身でアピールするロコンを撫でる。
「よく頑張ったね、ロコン」
「コーン!」
 撫でられて満足したロコンをモンスターボールにしまった後、ルビーはヨツタニに向き直る。その表情からはさっきの優しさは消えていた。
「さ、ジムバッジを貰おうか」
「……ええ、まさか一体に簡単に倒されるなんて思いませんでした。さすがはシリアさんの妹さんですね」
「……」
 シリアの妹、と言われたルビーの表情がわずかに曇った。それについてシリアは何も言わない。
「ああ、すみませんすみません!私ったら何か失礼なことを言ったみたいで……」
 ジムに来た最初の姿勢に戻ってしまったヨツタニを、シリアが近寄ってフォローする。
「はいはい、ジムバッジを渡すまでがジム戦ですよ」
「あ……そうですね!ではルビーさん、ストーンバッジを受け取ってください!」
「はい、ありがとう。確かに貰ったよ」
 あっさりとジムバッジの授与は終了し、ルビーがバッジをポケットにしまう。その時だった。


「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」



 一方、カナズミシティの西側から自転車を走らせながらポケナビでテレビを見ていたエメラルドは(良い子は真似してはいけません)突然テレビをジャックして出てきた映像に思い切り噴出した。何せさっきぶっ飛ばしたばかりのわけわからん博士が平然とテレビに出てきているのだから。

「あんにゃろ、平気でいやがったのか……!」

 まずそこを気にするあたり大概悪党じみているエメラルドだが、ティヴィルのメガストーンを頂くという言葉には、悪だくみを思いついた顔をして

「なるほどな……つまり俺様がメガストーンを手に入れれば、わざわざこっちから探すまでもなく向こうからやってくることか、おもしれえ。こうなりゃすぐパパに連絡だ!」

 テレビでの放送が終わると、エメラルドは早速自分の父親に電話をした。エメラルドの父親はデボンコーポレーションのかなり上の方の役員をしていて、エメラルドのことをたいそう甘やかしている。エメラルドもそれをわかっていて、父親の前では猫をかぶっているのだった。一人称も『僕』である。

「パパ!今の放送見た?なんか悪い奴らがメガストーンを集めようとしているって!」
「……ああ。それがどうかしたのか、エメラルド?」
「僕、あいつらの悪事をするのなら、ほっとけない!だから――僕に一つメガストーンを渡してほしいんだ!あんな悪い奴ら、僕の力でやっつけてやる!」
「なに?だが……それは危険だ」
「大丈夫だって!僕の強さは父さんも知ってるだろ、だからさ!」
「……わかった。可愛いお前の頼みだからな。すぐに届けさせよう」

故にメガストーンだろうが何だろうが頼んでしまえばすぐに届く確信があった。勿論、エメラルドの目的は勧善懲悪などではなく自分に恥をかかせたあの博士を今度こそ自分の力だけでぎゃふんと言わせることである。

そしてその場で待つこと数十分。バラバラというヘリの音が聞こえてきて。空からトレーナー側に必要なキーストーンと、ポケモンに対応するメガストーンが――3つ、送られてきた。エメラルドは父親に連絡する。

「パパ、しっかり届いたよ!3つメガストーンが届いたけどもしかして……」
「ああ、お前の今持つ3匹のポケモンは全員メガシンカに対応しているのだ。尤も、最終進化を終えなければその力を発揮することは出来ないが……ともかくエメラルド、無茶はするなよ」
「わかってるって、パパ!愛してる、ありがとう!」

 エメラルドは電話を切る。対父親用の笑みを悪ガキのそれに変えて、エメラルドはさっき来た道を引き返した。

「よぉし……なんか第一の刺客とやらがシリアの元に向かってるっつってたな。ここは飛ばすぜ!」

 愛用のマッハ自転車を全速力で漕ぐ。チャンピオンのいるカナズミシティへ向けて。






「大変だ、ルビー!シリア!今さっき、テレビで……」
 息を切らして、サファイアはカナズミジムへと戻ってきた。その様子からただならぬものを感じたのか、シリアの表情が真剣になる。
「どうしたのですかサファイア君?落ち着いて、ゆっくり話してください」
 シリアに諭されて、サファイアが一旦息を整える。頬を伝う汗をぬぐって、話し始めた。
「……さっきの博士、ティヴィルがテレビをジャックしてこう言ったんだ。

このホウエンにあるメガストーンを全ていただく。勿論トレーナーの物も……シリアの物も。それで刺客をすでに送ったって……それで、慌ててきたんだ。

無事でよかった……」
「……なるほど」
 シリアは頷いたが、ヨツタニとルビーは話についていけていない。
「……待って。一体どういうことなんだい?その説明だけだと良く目的がわからないんだけどね」
「私も初めて聞きました。そんな話……」
 サファイアは二人に詳しくティヴィルの言っていた内容を話す。サファイアの様子もあって、一応二人は納得した。
「……馬鹿げているね。そんなことを事前にテレビジャックまでして公表する意味が分からない。目立ちたがり屋というだけでは済まされないものを感じるんだけど」
「でももし本当に何かしらの事件を起こすつもりならジムリーダーとしても対策を練らないと……!」
「そうですね。これは由々しき事態です。チャンピオンとしても、放っては置けません。ホウエンリーグに一度私は戻ります。二人とはしばらくお別れですね」
 ジムリーダーやチャンピオンにはホウエンを守る義務もあるのだろう。ヨツタニは早速どこかに連絡を取り始めた。シリアもジムの外に向かう。
「……ちょっと残念だけど、仕方ないよな」
「まあ、子供のわがままが許される場面ではないだろうねえ。」
「そうだよな……」
 そんな会話をしながら3人でジムから出た。するとシリアがマジックのようにどこからか手に三つの物を取り出した。

「それでは妹君、そしてサファイア君にはこれを渡しておきましょう。まずは妹君、これを」

 シリアはルビーに黒くて、どこか魂を惹き込むような美しさのある布を渡す。ルビーはそれを知っているようで、これは……と呟いた。
「霊界の布、と呼ばれる道具です。いずれ妹君の力になるでしょう。……そして二人に、これを。受け取るかは任せます」

残りの二つ――それは紛れもなく、今話題になったメガストーンの一種、キーストーンに違いなかった。サファイアが驚き、ルビーが嫌そうに目を細めた。
「……どういうことです兄上?ボク達を巻き込もうと?」
「だから言っているんですよ、受け取るかは任せると。……あの博士と出会った時の様子、そしてテレビジャックを伝えた時の様子を見るに、サファイア君は自分からこの事件に関わろうとするでしょう」
 図星を突かれて、サファイアはどきりとした。確かにあいつらの悪事は放っては置けない。それを見て、ルビーはため息をつく。
「……どうやらそのようですね。毒を食らわば皿まで、か」
「まあそういうことです。どうせ巻き込むなら、せめて巻き込まれても大丈夫なようにするのがいいでしょう。その為の餞別ですよ、これは。

――さあどうします?」
 キーストーンを受け取り、この事件に積極的に関わるか。受け取らず、知らぬ存ぜぬを通していくのか。無論後者でもシリアは落胆も怒りもしないだろう。ただの一トレーナーのサファイアとルビーに関わる義理は全くないのだから。
 サファイアはちらりとルビーを見る。ルビーは肩をすくめた。どうせ止めても無駄だとわかっているからだ。
「もらうよ、シリア。……ありがとう」
「仕方ないですね……解せないところはたくさんありますが、もらってあげますよ。兄上の我儘には困ったものです」
 二人はそれぞれキーストーンを受け取る。それをシリアは笑顔で見届けて。移動用のオオスバメをボールから呼び出した。その時だった。

「フッフッフ……見つけましたよ、ホウエンチャンピオン・シリアッ――!!」

 上から、どこかあの博士に似た、だけど若い女性の叫びが聞こえる。サファイアが上を見上げるとそこには――ミミロップの背に乗って、サファイアやルビーより少し年上の少女が急降下してきていた。
「シリア!空から女の子が!」
 サファイアが警告し、シリアがその身を何とか避ける。向こうも元々狙いはオオスバメの方だったようで、その身に思い切り空中からのとびひざ蹴りを直撃させた。オオスバメはあまりの一撃に泡を吹いて倒れる。そして柔軟なミミロップの体は地面におりた衝撃を殺して、すとんと着地した。
 その少女は、薄紫の長髪をストレートにしているけど少し前髪が動物の耳のようにぴょこんとはみ出ていて、服装は紺のブラウスに小豆色のロングパンツを履いている。目つきはどこかにやりとしていて、かつ自分に絶対の自信を持っているもののそれだった。
「やれやれ……刺客と聞いてどんな人が来るのかと思えば、あなたでしたか」
 シリアが珍しくため息をつく。その仕草はやっぱりルビーと兄妹なんだなと感じたが、それどころではない。
 空から降ってきた、少女を見やりシリアはこう言った。


「シンオウ地方の第一四天王……ネビリムさん」
 
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