色を無くしたこの世界で
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ハジマリ編
第16話 VSジャッジメント――消滅
『さぁ!! 逆転に追い込まれてしまったジャッジメント! 選手達にも疲労の色が見えてきますが大丈夫でしょうか!? ボイド選手のキックオフで試合再開です!!』
試合再開のホイッスルが鳴ると同時にボイドからパスを受け取ったカオスは、ギロリと自分の前に立つ天馬達を睨み付ける。
不気味に光る鋭い目つきに、天馬達は一瞬ビクッと肩を震わせた。
具合が悪いのか、青白い顔をして左胸を押さえる彼は、それでも荒くなった声を上げる。
「僕が負ける。そんな結末は、あってはならないっ!」
そう叫ぶと、カオスは赤黒い光で自らの姿を包み込む。
弾けた光の中から出現したのは、先ほども見たソウル《フェンリル》だった。
『カオス選手、試合再開直後でソウルを発動!! これは一気に攻め上がるつもりかぁ!?』
フェンリルはそのまま、ゴールに向かって真っすぐに突き進んでいく。
なんとか止めようとするデュプリ達も、ソウルを発動しようとしたアステリをもなぎ倒し、突き進んでいく。
《貴様等ごときに止められるモノかっ!!》
「っっ…………時間は稼いだ……天馬、フェイお願いっ!!」
《何……? ……!!》
カオスのソウルに吹き飛ばされ、地面に倒れ込むアステリがそう叫ぶ。
その声の先にはカオスの行く手を阻む為、並んで立つ。天馬とフェイがいた。
『おぉぉと!! 松風選手にフェイ選手! カオス選手を止める為、ここまで下がってきていたぞー!!』
「デュプリや裏切り者で、あそこまで戻る為の時間を稼いだのか……」
《構わん、突破してやるっ!!》
黒縁のメガネをかけた選手の言葉に、ソウルを発動したカオスがそう叫ぶ。
と、先ほどよりもスピードを上げ、天馬とフェイに向かって突進していく。
『カオス選手! スピードを上げたぁー!! 行く手を阻む松風選手とフェイ選手に向かって突き進んでいきます!!』
――アステリもデュプリ達も、身を挺して俺とフェイが戻るまでの時間を稼いでくれた……
――今度は俺達が頑張る番だ……!
「行くよ、フェイっ!!」
「あぁっ!!」
そう言い放つと二人は身体中に力を入れ、背後から同時に紫色のオーラを発動させた。
オーラの一つは、ウサギの様な長い耳を持った戦士の姿に。
もう一つは白い翼を携えた強靭な肉体を持つ魔神の姿に変化する。
「光速闘士ロビンっ!」
「魔神ペガサスアーク!!」
《化身……ッ!?》
『テンマーズゴール目掛け猛進するカオス選手の前に、二体の化身が立ちふさがるーっ!! 化身VSソウル、果たして勝負は!?』
「これ以上、点はやらない」。そう決意した天馬とフェイの気持ちに呼応するかの様に、二体の化身は同時に拳を突きだす。
突きだされた拳はフェンリルの動きを封じるだけでは無く、その身体をボールごとフィールドの外へと吹き飛ばした。
「ぐぅっ!?」
「やった!」
「よしっ!」
『息のあった二体の化身を前に、さすがのカオス選手のソウルも歯が立たず!! ボールごと、ピッチの外へと吹き飛ばされたぁー!!』
そう叫ぶアルの声を聞きながら、ソウルが解けたカオスは立ち上がる。
目の前には激しい衝突の末、黒く傷ついたサッカーボールが転がっている。
――この僕が、二度もあんな奴等に負けた……!?
信じたく無い現実がカオスを襲う。
それと同時に、先ほどから自身を襲う胸の痛みが……より一層強くなるのを感じた。
まるで心臓を握りしめられている様な、重く……耐えようの無い苦痛に顔を歪ませる。
――まだ、まだだ……
――試合はまだ終わっていない……
――僕が負ける……? そんな事は、絶対にありえない。
――いや、ありえてはいけないんだ。
――今のはきっと、何かの間違い。
――そう、何かの間違いだ。
――間違い……。
――間違いなら……そうだ。
――正さなければ
そう、頭の中で言葉が巡る。
胸の痛みもどんどん酷くなる。
胸だけでは無い。頭もだ。
様々な部位が、重く、響く様に痛み出す。
それは、カオスだけでは無い。
カオスの分身であるジャッジメントのメンバー全員が、その痛みに顔を歪ませていた。
――痛い。
『さぁ、カオス選手のスローインで試合再開です!! 後半戦もまだ始まったばかり! ジャッジメント、追いつけるのかっ!?』
アルの元気な言葉が、声が、カオスとジャッジメントメンバーの痛む頭に突き刺さる。
――五月蠅い。
カオスは痛む身体を引きずる様に一歩ずつ歩いて行くと、目の前で転がるボールを掴み、勢いよく振り上げ、目の前で待つ自らの分身に向かって投げ込む。
ハズだった。
「――――――ぇ…………ッ」
突如。カオスの鼓膜に何かが破裂した様な音が突き刺さった。
どこかで何かが壊れたのかと周囲を見回す。
だが、その考えはすぐに誤りだと悟った。
突然訪れた破裂音は、カオスの身体の中から発せられたのだ。
それを理解したのと同時に身体中から力が抜ける。
自らの意志とは反して、身体は前方に倒れ、地面に叩きつけられる。
倒れた彼を押しつぶすかの様な、強い圧迫感が体を襲う。
――一体……何が…………ッ!?
混乱する頭の中、唯一動かす事の出来る瞳で辺りの状況をうかがい知る。
フィールドには、次々と地面に倒れていくジャッジメントの選手達と、それを見て動揺するテンマーズの姿があった。
続いて、驚いた様子のアルの声がスタジアム中に響く。
『ど、どうしたのでしょう!? カオス選手を含めたジャッジメントのメンバーが次々に倒れていきますっ!! これでは、試合が続行出来ないぞっ!?』
「何……!? どうしたの!?」
突然の事に、天馬もフェイも動揺の色を隠せないでいる。
試合も止まり、実況者であるはずの彼女さえも、オロオロとフィールド内を見回す事しか出来ない。
「! 天馬、カオスの身体が……ッ」
「え……。……なっ……?!」
震える声でそう告げるフェイの視線の先に、天馬は目をやる。
そこには、色の影響なのか、腕の半分が溶けかかり、苦しそうな顔をするカオスが倒れていた。
「腕が……っ」
「カオスだけじゃ無い……他のジャッジメントの選手達もだよ……」
そう、比較的冷静なアステリに言われ、天馬は後ろで倒れているメンバー達の方に視線を移す。
すると、彼の言う通り。ある者は腕が、そしてある者は足が……
カオスと同じ様に溶け、黒いヘドロへと変貌していた。
「これも……色のせい……なの?」
目の前で起こった異様すぎる光景に、天馬はそう言葉を零した。
その言葉にアステリはコクリと頷くと、口を開く。
「いくら特別とは言え、色の長期接触、力の過激使用……限界が来たんだよ」
「限界……って……」
「このまま彼がこの世界に居続けたら、確実にその身体は消滅する」
アステリの話に、天馬とフェイは絶句した。
――消滅……
話には聞いていたその現象について、天馬もフェイも冗談半分に聞いていた。
体調が悪くなっていたのも、力が弱まっていたのも事実。
だったら"消滅"と言う言葉も、真実であるはずなのに。
天馬とフェイは先ほどまで信じられずにいた。
だけど、今自分達の目に映っている現状がそれを『本当の事』なんだと訴えている。
「どうする? 今はまだ部分的な消滅しか起きていないから……モノクロ世界に行けば……外的な消滅だったらすぐに再生する事が出来る。それとも。自分の身体を犠牲にして、ボク達を潰しにかかる?」
「くっ……ッ」
そう、自分を見下す様に見るアステリの顔を悔しそうな……恨めしそうな瞳で睨み付けると、一呼吸置いて、カオスは「仕方無い」と声を発した。
「力を得る為には他の物を犠牲にしなければならないが……不便な身体だ。こんなの、僕らしくないが…………今回は一時、退散しよう」
「試合の勝敗は君達で好きにしてくれ」と吐き捨てると、カオスは一瞬の内にその姿を消した。
ジャッジメントの他メンバーも同じ様で、後ろを向いてもそこにはもう誰もいなかった。
「消えた……」
「モノクロ世界に帰ったんだよ……一旦帰ってしまえば、溶けた身体も元に戻るからね……」
『ジャッジメントは体調不良を理由に試合を放棄した!! よって、この試合はテンマーズの勝利だぁ!』
そうスピーカーから聞こえるアルの声に天馬はハッとする。
――そうか……俺達、勝ったんだ……
瞬間、カオスが創り出したスタジアムも姿を消し、元の河川敷に天馬達は立っていた。
アルの姿も無くなっていた。
(一体、今のはなんだったんだろう……)
真夜中の河川敷で起こった、不思議で不気味な試合は
相手側の棄権と言う事で幕を下ろした。
最後まで試合が出来なかった事からか……天馬の表情はすぐれない。
薄ら寒い風が頬をかすめ、天馬はふと空を見上げる。
先ほどまで紺色の闇が包んでいた空は、赤い衣を纏ったかの様に明け、白い太陽が顔を覗かせていた。
――もうすぐ朝か……
「とりあえず、一旦木枯らし荘に戻ろう。……アステリにも、色々聞きたい事があるし……」
フェイの言葉に「そうだね」と頷くと天馬は二人と一緒に河川敷を後にした。
「…………………」
そんな自分達を見つめる瞳に
「………………カオス……」
天馬達はまだ、気づかない。
ページ上へ戻る