色を無くしたこの世界で
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ハジマリ編
第9話 血
「やぁ、遅かったじゃないか。待ちくたびれちゃったよ」
そう宙にフヨフヨと浮かび上がるカオスの前に【テンマーズ】は並び立つ。
辺りに緊張した空気が張り詰める。
そんな緊張を打ち破ったのは"彼女"の叫び声だった。
「ちょっと待ってくださぁーいっ!!」
「!?」
そう頭上から聞こえて来たのは場違いな程明るく、騒がしい声。
何事かと辺りを見回してみると、空から少女が降ってきた。
「うわっ!?」
目の前に現れた少女は、オレンジ色の髪に黄色と黄緑色のパーカーを着て、頭にインカムをつけていた。
彼女は地面に着地すると何事も無かったかの様に「どうも!」と天馬に挨拶をする。
と、唐突に天馬達に問いかける。
「皆さんっ! 今から試合なさるんですよね?」
「そ、そうだけど……」
少女は天馬の返答に目を輝かせると、「そうですよねっ!」と嬉しそうにその場をグルグル回り始める。
突然。しかも空から降って来た少女に、動揺を隠せずにいると、"彼"が口を開いた。
「誰……? 君等の知り合い?」
未だ嬉しそうに回っている彼女を見て、カオスが訝しげな態度で訪ねる。
「どちらかと言うとカオスの知り合いではないのか?」と思う天馬とは裏腹に、少女は「いえ!」と声を張り上げて話し出す。
「私、実況者『アル』と申します! サッカー勝負と聞いて、遥々やってきたのです!」
そう『アル』と名乗る少女は「よろしくお願いします」と近くにいた天馬にお辞儀をする。
「えっと、よろしく…………って、え……? 実況……?」
アルのテンションに危うく流しかけたが、実況とはどう言う事だろうか。
天馬の言葉に、アルは相変わらずのテンションと大声で話し続ける。
「サッカーには実況が必要不可欠だと聞きまして、私がこうして舞い降りてきたのです!」
それを聞いて天馬は驚いた。
実況って……この試合を?
彼女は天馬の腰程度の身長しか無く、かなり幼く見えるが……こんな子が実況なんて出来るのだろうか……
――てか実況より審判の方が必要じゃないの……?
「どうでも良いけど……試合、始めないの?」
明らかに機嫌の悪そうなカオスが口をこぼす。
自分のペースを崩され、かなりご立腹の様だ。
が、アルはそんな事等気にせず「ですが」とカオスに顔を近づける。
その行動にますますカオスの眉間のシワが濃くなって行く。
「カオス選手のチームのメンバーが揃ってないみたいです。これでは試合は出来ません!」
彼女に言われ天馬達はハッとする。
そう言えばカオスは試合をすると言いながら、一行にチームメンバーを連れてこようとしない。
まさか一人でやるつもりなのだろうか
アルの言葉にカオスはフフッと笑うと、地面に着地する。
「メンバーなんていらない……って言いたい所なんだけど……それじゃあルールに違反しちゃうから……」
そう言うと、カオスはどこからか不気味な瞳模様の付いたカッターナイフを取り出した。
何をするのかと自然と身を構える天馬達をフッと嘲笑うと、カオスは「そんなに身構えないでよ」と持っていたカッターナイフの刃を出す。
「コレで危害をくわえたりしないよ。君等へのお仕置きは試合で……今は、僕の仲間を呼ぶ為だから」
「仲間……?」
そう左手首に巻いていた包帯を外していくカオスを天馬達は見つめる。
シュルシュルと包帯が外れ、今まで隠れていた左腕があらわになる。
瞬間、天馬の全身から血の気が引く。
彼等が見たのはカオスの左腕。
――――それも、無数の切り傷を付けた。
「っ……!?」
カオスの左手首は両手で数えられない程の量の切り傷が並び、傷のせいか手首自体が赤黒く変色してしまってる。
初めて見る酷い傷跡に言葉が出せないでいると、カオスが「ビックリした?」と問いかけてきた。
青ざめた顔のままカオスを見ると、彼は不敵に笑いながら「でも、これ位で驚かないでよね」と呟き、右手で持っていたカッターナイフを左手首に押し当てる。
瞬間、とても嫌な予感が天馬を襲い、そこから連想される情景に身を震わせる。
「! やめっ――」
「じゃあ……紹介するね……。僕のもう一つの力を――――」
そう言うとカオスは押し当てたカッターナイフで
――――手首をおもいきり切り裂いた。
「なっ……!?」
「ひっ……?!」
その場にいた全員が驚愕の声をあげる。
切り裂いた手首からは血が溢れ、カオスの腕を流れていく。
それがグラウンド上に落ち、生々しいシミになる。
それなのにカオスは苦しそうな顔一つせず、不敵に笑い続ける。
「何をして……っ!?」
フェイが動揺した声で叫ぶ。
よく見るとアステリも驚きのあまり自分の手で口を覆ってるし、アルに至っては恐怖からか天馬の後ろに隠れてしまっている。
カオスはフェイの問いには答えず、流れる血を見ながら笑い続ける。
それを見て、天馬の背筋は凍った。
誰しもが聞いた事くらいあるだろう“リストカット”。
自分に対する嫌悪感や不安、周囲に対しての怒りや寂しさから逃げる為――耐える為、自分で自分の身体を傷付ける自傷行為。
傷付ける部位は人によって違い、その部位によって名称も変わっていく。
最近ではニュースや学校授業でも取り上げられる程、世間に知れ渡ってしまったその行為の事を天馬も知っていた。
きっかけは学校での授業だった。
当初は「なぜ痛い思いまでしてそんな事をするのだろう」と疑問に思ったが、それもその時だけで、結局は自分に関係の無い事。
今の今まで気にさえ止めていなかった。
だけど……
(まさかこんな間近で見る事になるなんて……っ)
カオスは大きく天を仰ぐと「さてと」と息を吐きだし、呟く。
地面にはカオスが流した血で小さな血溜りが出来ていた。
「じゃあ、僕の仲間を紹介するね……っ」
「!」
そうカオスが囁くと小さな血溜りがグツグツと煮え立つ様にうごめき出す。
「!? 何!?」
グツグツとうごめき出した血は複数に分裂し、大きさを変えると、二対の手足や人の頭部の様な物を生やす。
呻き声をあげながら最後に色を変えたソレは、まさに天馬達と同じ"人間"そのモノだった。
「これが僕のチーム。【ジャッジメント】のメンバー達だ」
狂った様に目を見開くカオスの後ろには、血から変化した十人の男女が立っていた。
男女の姿は様々で、共通で皆、異様な装飾品を顔や頭につけている。
「血が人に……っ」
「血が人に変化する」そんな異常な光景を見続けた天馬は真っ青な顔をしながら、震えた声でそう呟く。
「これなら文句はないだろ? 実況者ちゃん」
出血も治まった血だらけの左腕に包帯を巻くカオスは、天馬の後ろに隠れるアルに向かってそう言い放つ。
「! あ、は、はいっ! 問題ないですっ!」
そう、慌てた様子で天馬の後ろから出てきたアルの顔色は悪かった。
そりゃそうだ。天馬達でさえこの状況。
彼等より明らかに幼いであろう少女が、こんな残酷で狂った光景を見て平気でいられるはずがない。
それでもやはり実況に対してのプロ根性か、「大丈夫?」と心配する天馬をよそに、アルはスタジアムに設置された実況ルームへと走っていった。
「さぁ、五月蠅い子もいなくなったし試合を始めようか」
「っ……」
不敵な笑みを浮かべるカオスを相手に、天馬は、さっきまで薄れていた不安がまた強くなるのを感じた。
後書き
【アル】
突如、空から降って来た少女。
自称『実況者』であり、試合になるとどんな場所でも必ず空からやってくる。
あくまで『実況者』であり、審判では無い。
『容姿』
髪色:オレンジ
髪型:外側にはねた肩までの短髪。頭の天辺が犬耳の様にハネている。
瞳色:黄色がかったオレンジ色。
常に頭にインカムをつけており。背がかなり低い。(天馬の腰程度の背丈しか無い)
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