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低い心

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第五章

「僕はそうした方と会っていたかも知れません」
「そうなっていたというのですか」
「そうも考えています」
「左様ですか」
「はい、そしてこうした心でいられることを」
「神にですね」
「心より感謝しています」
 こうも言うのだった。
「まさに」
「わかりました」
 ジャーナリストはここまで彼と話してだ、そしてだった。
 それまでの意地の悪い笑顔を消してだ、こうゴルシピンに言ったのだった。
「貴方が彼を優勝させたこと、それに」
「それにですか」
「貴方がそうさせる人になったことも」
「どちらもですか」
「よくわかりました」
 実にというのだ。
「まことに」
「そうですか」
「はい」
 真剣な笑みでの返事だった、そして実際にだった。
 彼は低い心のままでいた、そうして演奏も他の活動もしていった。そして常に周囲から賞賛されていたが。
「僕は立派な人ではないからね」
「地の底にいるからなのね」
「そう、そうした人間だから」
 それでというのだ。
「賞賛を受けることもね」
「抵抗があるのね」
「どうしてもね」
 実際にというのだ。
「そうなんだ」
「そうなのね、ただ」
「ただ?」
「そうした貴方だから人は評価するのよ」
「こうした僕だから」
「そう、人は威張っている人は褒めたりしないわ」
 そうしたことはというのだ。
「そして尊敬することもね」
「そういうものかな」
「自分を低いと思って低いと思っている人だからこそ」
 ゴスシピン本人に他ならない。
「そうした評価になるのよ」
「そういうものなのね」
「そう、だからね」
「それでなんだ」
「皆貴方を好きなのよ」
「低い心だから」
「褒められても図に乗る様な人じゃないから」
 それでというのだ。
「そうなるのよ」
「そうなんだね」
「そう、だから前にも言ったけれど」
 ミーシャは微笑んでだ、夫にまた言った。
「その心のままでいてね」
「自然とそうであっていたいね」
「そう思うからこそよ」
 いいとだ、ミーシャはコズイピンに笑顔で言ってその言葉で彼の背中を押した、そしてだった。
 コズイピンはこの日からもだ、シャイコフを見てそうして己を高めに進めようと努力して低い心のままでいた。そしてそれ故に尊敬され賞賛されていた。彼がそれを求めていなくても。


低い心   完


                      2016・4・11 
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