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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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外伝 煩雑な日常4連発

 
前書き
突然ですが、地獄の連打の合間の息抜きとしてここに外伝を入れます。
 

 
 
 ① ふたりとわんころり。


 オラリオという街は、中央や賑わっているエリアに限って言えば非常によく整備されている。下水道は完備なので中世ヨーロッパのように道路や川が糞尿パラダイスになっていることもないし、夜になると魔石灯が犯罪の温床となる暗闇に睨みを利かせる。無論それは賑わっていないエリアになると所々怪しい部分はあるが、それでも一定の水準は保っている。

 そして、そのように良く整備された街では野良犬や野良猫がウロウロしていることが少ない。野生生物は糞尿悪臭、住民を襲う凶暴性、器物の破損に盗難など様々な害を及ぼす。それが人間の勝手な都合によって勝手に「害」に分類されたのではないかという話はさておき、本当にオラリオには動物が少ない。

 もちろんガネーシャ・ファミリアには魔物以外の動物がいたりするし、畜産関係のファミリアは自分の土地に牧場を持っていることもある。或いは、とにかく動物が大好きで世界中の動物を集めては自分のファミリアにしているという極まった変神も存在したりするが………蛇足はそこそこに、アズは目の前のそれを見つめた。

「わうっ!!」
「………犬だな」
「ベルジアンシェパードドッグマリノア……ベルギー原産の牧羊犬だな。尤もこの世界では確かマノーリャと呼ばれているが。オラリオとは違う大陸の犬だが、物の覚えが早いことから大分輸出されていると聞いたことがある」

 しゃがみこんで犬を眺めていると、後ろからオーネストの補足が入った。よく一度見ただけで犬の種類が判別できるな、と感心する。いや、それ以前に彼は十数年前からこの世界で生きて来たのによく前の世界の犬の種類を正確に覚えているものだ。実は適当に言っていました、なんてのはベタなお約束だが、この男がそんな適当なことを言うような茶目っ気を持っている訳がないのでその名前で正解なのだろう。可愛げの「か」の字もない男である。

「物覚えが早いねぇ……お手!」
「がうっ!!」

 かぷり、と差し出した手のひらに鋭い牙が突き刺さり、アズは悶絶した。

「~~~~~ッ!!ち、ちょっとしたジョークだからそんなに怒るなよぉ……」
「馬鹿、違う。お前の死の気配を警戒して自棄になってるだけだ」

 言われて犬を見てみると、ぐるるる……と唸ってはいるものの、さっきの威勢はどこへやら少しへっぴり腰になっている。そんなにビビらなくても取って食ったりしないのに、とアズはなるべく優しい口調で犬に最接近した。

「ぷるぷる。ぼくこわいてんしじゃないよ?」
「きゃうんっ!?」
「逆効果じゃねえか。脳みそぷるぷるゼラチン質なのかお前は?」

 駄目だった。むしろさっきより警戒されながらビビられている。
 そういえば昔からアズは動物と仲良くなった試しがない。ケガしたスズメを看病した時には散々手のひらをつつかれ、近所の人懐こいと評判の猫には触った瞬間に引っかかれ、ハムスターに至ってはとうとう触る事すらできずに逃走された。加えて今は『死望忌願』まであるのだから、もう一生動物に好かれそうにない。

「……しかしアレだな。この犬って野良か?オラリオって飼い犬に首輪つける文化とかある?」
「一定以上の大きさの動物を飼う場合はギルドによって目印をつけることが義務付けられている。何も身に着けていないところを見ると、捨て犬か何らかの理由で元の飼い主から離れたか……」

 そう言いながらオーネストは犬に近づいて手を差し出す。

「噛まれるぞー」
「噛んだら殺すだけだ」

 ごく自然な、そしてきっと本気の殺害宣告。
 その一言を聞いた瞬間、犬は突然警戒を解いて忠犬の如くびしりとしたお座りの姿でオーネストを迎え入れる。オーネストは何事もなかったかのように犬の頭を指先で軽く撫でる。

「ふむ、毛並みも肉付きも悪くはないな。人と行動を共にした経験もありそうだ………そういえば『新聞連合』の連中が伝書犬を探してたな。頭はそれなりにいいようだし、暇潰しがてら預けてみるか?」
「…………………」

 オーネストの気まぐれをよそにアズが思い出していたのは、昔に読んだ世紀末漫画での暗殺者の性質の話。剛力で覇道をいく兄に対して虎は死を覚悟して飛び込んだが、弟の際は襲わず大人しくしていた。これは暗殺者としての性質を表す試練であり、静かに敵を屠れる後者こそが暗殺者として優れているということらしい。

(……………俺がラオウタイプなの?どう考えてもオーネストがラオウタイプだよね?暴力万歳世紀末タフボーイだよね?なんでそいつの方が俺より動物に受け入れられるんだよ?)

 なんだろう、ひどく釈然としない胸の突っかかりは。
 犬の首の下まで撫でるオーネストを見ながら、アズは密かにこの親友の矛盾した性質にツッコんだ。




② THE ☆ 壊滅的食生活


「あの、アズ様………」
「ん?なーに?」

 日が暮れてバベルが深く長い影を落とすオラリオのとある屋敷で、自称メイドとなったメリージアは口の端をひくひくさせながら、言葉を続ける。

「さっきからもそもそ食ってるその粗末なジャンクフードが、まさかアズ様の夕餉だなんて言わねーですよね?」
「え、まさにその通りだけど?」
「アタシの記憶が正しければ、朝飯は食ってねぇでしたよね?昼には何を食い漁ったんで?」
「メリージアの言う粗末なジャンクフードことじゃが丸くんだけど?」

 ジャガイモをこねて油で揚げただけで何の栄養バランス的価値も感じられない単なる炭水化物の塊を1日2回、1度に3つ。それがアズの由緒正しい基本的な食事スタイルらしい。数か月に及ぶメイド修行で食事の何たるかを叩き込まれたメリージアにとってその食事方法は控えめに見てもクソの類である。

 そして、そんなアズを上回るウルトラ問題児がその奥でコップを傾けている。

「で、オーネスト様は夕餉に何を食い散らかすんで?」
「なにも」
「…………は?」
「だから、食うのが億劫だから食わんと言っている。水で十分だ」

 自分の胃袋や肉体に対して何の迷いも呵責もなく仙人のような苦行を強いる変態がいた。栄養という概念そのものを覆しかねない革命的な発想だが、やっぱりメリージアから見たらクソの類である。

「………料理は?」
「ヒマなときに、不定期に。あとたまに外食とか、友達に奢って貰ったり?週1度あるかないかってなペースだね」
「オーネスト様、普段も物を口にしていなかったりします?」
「最近あまり食欲がなくてな。3か月中2か月半は水で済ませている」
「へえ。ほお。ふーん。そうかそうかそうですか…………………も少しまともなメシ食いやがれ粗食通り越して貧食の馬鹿共がぁぁぁああああーーーーーーーッ!!!」

 ――後にも先にもあんなにメリージアにブチギレられたのはあの時だけだった、と後にアズは語る。

 その日から三日間、アズとオーネストは胃袋が破裂するのではなかろうかという量の食事を毎日3食取らされて暫くダンジョンに潜れなくなったという。なお、それ以降の二人は比較的規則正しい食生活を送っているが、やっぱり二人ともメリージアの目を盗んで貧食をやっているらしい。

 ………勿論バレるとメリージアの愛と栄養とボリューム満点の豪勢な食事ラッシュが待っており、お残しの許されない膨大な食糧との持久戦が開始される。

 普通に食っていればいいもの、懲りない馬鹿共である。


 なお、メリージアが屋敷で食事を作り始めた数か月後にオーネストの食欲不振の原因が味覚障害だったことが発覚し、アズが推定レベル7と目される最大のきっかけとなった『バベルの籠城事件』が勃発していたりするが……連日ダンジョンで暴れまわっていたオーネストがあの食事量のどこから必要カロリーを捻出していたのかは未だに解明されていない。




③ファッションチェックするわよ!


 オーネストの屋敷は昔から襲撃者対策用の様々な防犯装置が設置されている。これはオーネストがこしらえたものではなく、元々この屋敷にあったものらしい。とはいってもその性質はブービートラップのような攻撃的なものではなく、むしろ防壁や隠し通路の類が多い。つまり、迂闊に触ったら怪我をするほど危険なものはない。

 しかし、隠し通路というのは悪意ある人間に利用されると厄介な場合もある。
 例えばヴェルトールに「顔だけ美人の性欲獣」だの「万年発情変態生物」だのと散々な二つ名をつけられ、それが何一つ間違っていない夜這い大好き女とか。

「ハァイ、アズー!アタシと一夜のアバンチュールしなぁい?」

 アズの寝室にある隠し扉から唐突に現れたキャロラインの第一声がこれである。
 その服装は見る人が見れば興奮で眠れなくなるほど大胆で扇情的姿なのだが、生憎とこれから穏やかな睡眠に誘われんとしていたパジャマ姿のアズの心には何一つ響かない。フレイヤを目の前にしても欠片も心が動かなかった仙人が相手では分が悪いというものである。

「俺眠いんだけど」
「なら別に寝てもいいわよ!寝たままの相手とヤるっていうのも背徳的で興奮するしっ!」
「………鎖で踏んじばって外に放り出そうか?」
「緊縛がお好みか・し・ら?」
「……………………」

 アズはしみじみと思った。変態とはこんなにも面倒くさい生物なんだなぁ、と。
 寝込みを襲われても困るなぁ、と思ったアズは体にかかっていた毛布をどけてこの迷惑な客に真面目に応対することにした。こんな時でも相手を責めずに真っ向から向かい合う姿勢は、ある意味聖人である。

「ま、いいか。ヒマだってんならなんか飲み物出すよ。ホットミルク好き?」
「白濁したものは基本的に何でも好きよ!!」
「ふーん。甘酒とかヨーグルトとかおかゆとか?」
「や、そういう意味と違うんだけど……というかおかゆは飲み物じゃなくない?」
「カレーだって飲み物なんだ。ごはんだって飲み物さ」
「かれえって何よ?魚?というか白濁したものが好きってそういう事じゃないんだけど……」
「そっかーこっちの世界にはカレー普及してないんか。これは明日から暫く類似料理を捜索しないとなぁ。オーネストなら案外なんか知ってるかも……あ、ところでドスケベさんってスパイス系で辛いの大丈夫?」
「アタシが言うのもなんだけど、あんたと喋ってると時々ため息が出るわ……」

 キャロラインはしみじみと思った。この世にはこんなにもからかい甲斐のない男がいるのか、と。
 ………それはそれで落とし甲斐があってイイかも、とも。彼女もなかなかに懲りない人である。
 ちなみにドスケベさんというのはアズがキャロラインに付けた仇名であり、その名に至るまでにちょっとした小話があったりするのだが……今回の話とは関係がないので割愛させてもらう。

 ミルクを淹れに行くオーネストを尻目に、キャロラインは暇つぶしがてらアズの私物を漁り始めた。男もプライベートも漁る事に躊躇いはないようだが、他人が見れば唯の泥棒である。あわよくば春画の1枚でも出てくれば盛り上がるのだが、生憎と棚の中に仕舞われたアズの私物はどこまでも健全な類の物だった。

 魔石やドロップを入れるための年季が入ったバックパックは少しばかり埃を被っている。その近くにあるのは見る人が見れば大枚をはたいてでも欲しがるダンジョンの貴重なドロップアイテムたち。ただしその大半は何らかの薬の原料になるものと見た目が美しいだけの嗜好品であり、武器の材料になるようなものは極端に少ない。恐らく物珍しさのコレクションと、趣味の薬づくりに使うマテリアルといった所だろう。

 横の棚は物置のようだ。魔物の調教用に使うような大きな首輪(端っこに「アズ♡ロキ 愛の合作」と書いてある)、金属製のトランプ(イロカネ製のアレ)、用途のよくわからないからくり仕掛けのアイテム、高価かつ趣味的なマジックアイテム……数としては多くなく、棚を埋め尽くすほどには詰まっていない。暇を持て余したアズがフーあたりと一緒に作ったりコレクションしたものだろう。

 なかなか興味を惹かれる物が出てこないなぁ、と思いながらさらに隣のクローゼットを開いたキャロラインは、そこでぴたりと体を停止させた。

 ――黒い。クローゼットの中にハンガー掛けで吊るされる寸法もデザインも完全に一致した真っ黒な上質のコートが、十数着にも及んでそこに鎮座していた。どれほど探してもクローゼット内は漆黒に包まれており、他の上着が唯の一着も存在しない。

「え?なにこれ………いやマジでなにこれ?」

 クローゼットとはかくも黒き物だったろうか。それともこれはあくまで仕事服のストック的なアレであり、私服は別にあるのだろうか。………キャロラインの記憶が正しければ、アズと彼女が出会ってから彼が黒コートを身に着けていなかった日はない。晴れの日も雨の日も戦いの日も昼寝の日も、絶対に脱がない訳ではないものの完全に身に着けていなかった日がない。

 ――参考までに、『ゴーストフ・ファミリア』でも色々と標準的な方であるガウルが持っている私服は上着だけで6、7着。正装もあれば薄手、厚手など季節で変えるものもあるので同じ上着を持っていることなどない。ちなみにキャロラインは上着だけで100着以上持っていたりするが、それは彼女のお洒落に対する並々ならぬ情熱のなせる業であり、標準的な男性冒険者ならガウルと同じ程度の上着量だろう。

「おーいミルク持ってきたよー………ってなに人の荷物物色してんの?パクるなら何をパクるか先に申告してからにしてねー」
「あのさ、アズ。なんでアンタのクローゼットの中には黒いコートしか入ってないワケ?黒コート専門の店でも開く予定なの?これ全部同じ奴だよね?」
「全部じゃないよ。手前二つはそうだけど、他は耐火祝福済、耐水加工済、超密繊維入り、薬剤系の作業用、風通しのいい特殊素材、荒事なしのお外行き用、冠婚葬祭用……って感じにそれぞれ性質が違うんだよ」
「へーそうなんだー…………って判んないから!穴が開くほど見比べても違いが全然判んないから!むしろアンタが見分けつかないでしょ!?」
「大丈夫、だいたい服の纏う雰囲気で分かる!」
「いやいやいやいや判るかぁいっ!!アンタ本当に仙人なんじゃないの!?」

 試しに作業用と冠婚葬祭用をクローゼットから取り出して見比べるキャロラインだが、いくら見比べてもその違いがまったく分からない。人並み以上に五感の優れた彼女でさえ違いが見破れないとなるとプロの鑑定士レベルの人間を呼ばないと違いを看破するのは不可能だろう。

「何故!?何故変質的なまでに黒コートオンリーのパーティ編成なのよ!?」
「いやーオラリオ来たての頃に『オシラガミ・ファミリア』のキャッチセールスに捕まって買ってみたら意外と気に入っちゃってさ。それに死神っぽい雰囲気にマッチしてるから丁度いいかなーと思って」
「丁度良く無くない!?クローゼットの中を見る限り限界突破してるよね!?明らかにここまで同一デザインで揃える必要性ないよね!?」

 こいつ、どこまで本気なのだろうか。もう夜這いとかホットミルクとか考えていたことが色々と吹っ飛んでしまったキャロラインであった。

 数日後、アズのクローゼットにキャロラインのプレゼントとして白いコートが贈られたのだが、それを着てみたアズをオーネストは見るなり「死装束にしか見えん」とバッサリ両断。以来アズは若干名残惜しそうに白のコートを棚の奥に仕舞い込んでしまったという。




④ 過去を背負って


 その日、『豊穣の女主人』の一角がいつも以上に微妙な空気を醸し出していた。

「…………………」
「…………………」
「…………………」

 無言第一号、別名「静かなる暴君」……というか形容する二つ名が多すぎて定期的に「二つ名認定会議」が開催されているらしいが本人はそんな事は知ったことではない男、オーネスト。普段は必ずアズと相席で食事をするオーネストなのだが、今日彼のテーブルにはアズがいない。その理由は店の端っこでアズがロキと一緒にオクラホマミキサーを踊っていることが原因だろう。

「あれ、ロキたんなんかステップの仕方違うくない?」
「いやいやアズにゃんの足が長すぎんねんて。ホレ見てみ?これ。ナイフ一本分は違うで?ほんまええ足しとるわー」
「って言いながら脇擽るのやめてくんない!?普通にくすぐったいから!ちくしょうこうなったら仕返しだ!!」
「わひゃひゃひゃひゃひゃ!?む、剥き出しの横腹をコチョコチョとは卑怯やろひきょ……ひゃわあっ!?もーあかんてアズにゃん!ウチ以外にやったらセクハラやで!!」
「ロキたん以外にこんなこと出来る相手いないよー!」
「ウチもこーゆーセクハラ許してくれるんアズにゃんしかおらんでー!」
「「えっへへへへ~♪」」

 何をやっているのだあの阿呆二人は。オラリオ中見渡してもあそこまで神と仲がいい馬鹿も、その馬鹿に付き合う馬鹿も珍しい。勇名轟かす『ロキ・ファミリア』の面々もあまりにヒドイ主神の姿にあっけにとられ、リヴェリアに至っては無表情で辞表を書き始め必死な表情のレフィーヤに止められている。
 アズは決して酒では酔わないが、ロキがいると場酔いしてしまう傾向にある。『向こう側』に居た頃は心を許している相手が碌に居なかった反動なのかもしれない。

 閑話休題、ではオーネストのテーブルに誰がいるのかというと。

「………………むぐむぐむぐむぐむぐ」

 凄い勢いで料理をハムスターのように頬張る金髪金眼の少女――アイズ・ヴァレンシュタインである。

 アイズとオーネストの関係には昔から周囲の憶測が飛び交っている。
 同じ金髪金眼で来歴が不明。行動だけを見ると互いにダンジョンに異常なまでに執着しており、凄腕の戦士であることも共通している。また、二人とも浮世離れした美貌を持っており、その顔立ちも瓜二つとはいかないまでも似てはいた。
 ともすれば周囲が「実は血縁関係なのではないか」と邪推するのは当然の流れであり、更に誰にも物怖じしないアイズがオーネストの前でだけはどこか普段と違う雰囲気を醸していると来れば誤解が生じるのも無理はなかった。

 だが、実際には血縁関係があるかどうかはありえなくはない程度の確率でしかなく、兄妹という線に至ってはオーネスト・ロキ連名で「ありえない」という結論が出ている。つまり、二人が似ているのは他人の空似という奴である。
 ついでに言うとアイズはオーネストに特別な気持ちを抱いているが、それは家族愛とか恋心などの浮ついた想いではなくもっと曖昧で暗いものである。要するに態度が違ったのはアイズが一方的に気まずがっていただけだ。

 なお、無言3号はオーネストとの口論でこの店の名物メイドとなりつつあるリュー・リオンその人である。彼女はいつもオーネストと言い争っているイメージがあるが、どこか純朴そうなアイズを気にしてか今日はただメイドとしての役割を全うしているようだった。

「………追加注文、致しますか?」
「アイズ、まだ食べるか?」
「ううん、腹八分」

 と言いながら3人前は平らげているアイズは、口元にライスの粒が張り付いたまま首を横に振った。まだ飲み込み切れていない食べ物が両頬を膨らませ、普段の大人しいイメージから一転小動物のような愛らしい雰囲気に変貌している。
 彼女は普段あまり表情が顔に現れないが、割と浮き沈みのある性格をしている。なので助けた相手に悲鳴を上げて逃げられれば傷つきもするし、優しくされれば喜びもする。勿論、今のアイズは上機嫌の部類である。

 実はオーネストの席でアズが注文した料理が届くより前に当人がロキと遊び始めたので料理がかなり余っていたのだ。オーネストはそれを全部食べる気など全くなく、偶然居合わせた『ロキ・ファミリア』に押し付けようとしたところ、偶然好物の料理が複数あったということでアイズが仲間になりたそうにこちらを見て来たので席に招いた。よってアイズは上機嫌なのである。……普段冷たく話しかけてこないオーネストに「食うか?」と問われてちょっと嬉しかったというのもある。

 ――なお、この光景を見ていたベートはアイズを横取りされた嫉妬とオーネストの意外すぎる一面を見た驚きで一人百面相をしていたが、「オーネストの野郎がアイズに手を出す筈がねぇ」となんとか自分の中で折り合いをつけた模様である。周囲にものすごく笑われて結局キレたが。

 オーネストはかなり人でなしで暴君だが、それは自分の我儘を一方的に押し付けるはた迷惑なものとは性質が異なる。故に、普通のことを当たり前にすることだってある。そんな普通の雰囲気でいつもいてくれればいいものを、とリューは内心で溜息をつくが、こうして静かに隣席で座っている彼の顔がほんの僅かにリラックスしていることに気付き、思わず頬を緩ませる。
 
(昔は些細なことでも拒絶意志の防壁で心を封じ込めていたのに……少しずつ、変われているのですね)
「アイズ、お前口元に飯粒がついているぞ」
「えっ、ホント?」
「あ、私が取りましょう。ほら、じっとしてて……」
「ん………」

 従業員としてそこまでする必要はないが、どこか子供っぽいアイズは不思議と見ていて世話を焼きたくなる。紙ナプキンを手に取ったリューはアイズの口元を丁寧に拭い、アイズはそれに身を任せる。まるで母親に世話される娘のようだ。
 というか、このやりとりがまるで一般家庭のワンシーンのようである。もちろんそれにオーネストとリューも途中で気づいたが、言葉に出さなければそのまま流せる。からかわれるのが嫌いな二人はさりげなく周囲を盗み見たが、幸い目線はアズとロキが集めてくれているようだった。

 まぁ、こんな瞬間があっても悪い事ではない――そう思い、オーネストが席を立とうとした矢先に……それは起きた。

「なんだか、パパとママがいた頃みたい……」
「「!?」」

 ぼそりと、消えてしまいそうなほどか弱い声。両親を亡くして尚戦い続ける少女、アイズ・ヴァレンシュタインが漏らしてしまった色々と致命的な本音であった。その言葉にオーネストとリューがかちんと固まっているのに気付いたアイズは、申し訳なさそうに頭を下げる。

「……ごめん、なんでもない」
「い、いえその……」

 リューが狼狽える。彼女からすればアイズは子供だ。ファミリアは家族同然とはいえ、血縁の家族をアイズが持たないことも知っているリューからすれば、その言葉は余りにも重く悲しい呟きだった。

(こ、こんな時にはなんと言えばいいんですか……)

 何か慰めの言葉の一つくらいはかけてあげたいのに、言葉が見つからない。誰か何でもいいからフォローを……そんな気まずい沈黙を破ったのは、何故かこんな時だけ真面目になってしまうあの男。

「………アイズ、謝るな」
「え……?」
「二度と戻れない思い出は誰にでもあるものだ。それに縛られることも、戻れないという事実を悲しく思うことも、人間ならばある。だが、だからこそ俺たちはその弱さを仕舞い込む。前に進むとき、過去に引き摺られないようにな」
「オーネストにも、あるの………?」
「ああ。……過去は楔にも重石にもなるし、時には人の運命を決定づけることもある。だがな、過ぎ去った事実は後でどんな行動を取ろうと変えることはできないし、無かったことにもできない。それが今を生きる人間の一部となって積み重なり、人の形を成していく。だからお前のその弱音も過去も、お前だけが持つお前の一部だということを忘れるな。さっきの謝罪はまるで自分の過去を否定しようとしているようだった。それは、辛いことだぞ」
「…………オーネストは、違うの?」
「俺はいいんだよ。お前の話をしてるんだから」
「……その逃げ方、パパっぽい」
「その様子だと俺の杞憂に終わりそうだ」

 フッ、と一瞬だけ微笑んだオーネストは、席を立ってバカ騒ぎするアズとロキに手加減居合拳を叩き込む。アイズはそんなオーネストの方を見送り、一度強く頷いた。先程の弱弱しい彼女はどこにもいない。オーネストの言葉で何かが吹っ切れたようだ。

 その一方で、リューは励ましの役目を一番似合わなそうなオーネストに取られるという言葉にできない屈辱に打ち震えていたのだが。
 何故、よりにもよってあの男が――とも思うが、元々オーネストは他人の心情の機微にはかなり鋭い方なので納得はできなくもない。できなくはないのだが、なんか悔しい。あのくそガキにコミュニケーション能力で劣ったのがやたら悔しい。その口惜しさを吐き出すように、リューは呟く。

「人の事言えないくらい過去に苦しんでる癖に………自分事はいつも後回しなんだから」
「リュー、さん」
「え……あ、何でしょうか?」

 不意にアイズに名前を呼ばれたリューはハッとして彼女の方を向く。
 直後。

「今の言い方、ママっぽかった」
「―――……………」

 アイズの特に深い意味のない一言に、リューは「よりにもよってオーネストと!?」と全力で否定したい反発心とまだ幼さを残す華奢なアイズへの気遣いとの葛藤に板挟みにされ、数時間ほど顔に張り付いた営業スマイルが取れなかったという。
  
 

 
後書き
天然娘アイズの爆弾に翻弄されるリューさんであった。
なお、最終的にはオーネストが悪いことになる模様。

外伝が終わったら、戦いが待っている……。 
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