ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~
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アインクラッド編
11.ギルドリーダーの我が儘に
夜桜騎士団に入ってから、俺は攻略組のいる最前線と、その7層ほど下、ミーシャ達のいる層を行き来するようになった。意外なことに、時間は一人だった頃よりも速く過ぎていった。
***
「海行きたいなぁ~・・・」
床にゴロゴロ寝転がっていたミーシャが呟く。突拍子もないミーシャの言葉に、アンは首をかしげた。
「海行きたいって・・・アインクラッドに海ないじゃん」
「ああそうか・・・ってそうじゃなくて!」
レンタル宿屋の床を思い切り叩いてミーシャは跳ね起きた。突っ込みをしてきたシルストに詰め寄り、ガシッと手を握る。
「だってもう夏なんだよ!泳ぎたいの私は!海でも湖でも川でも!」
「気持ちは分かったけん・・・寄るな暑苦しい!」
「どはっ!」
シルストのボディーブローを食らってミーシャは再び床に転がった。そのまま起き上がることはなく、ゴロゴロと床を転がりまくる。
「ねぇどっかいいとこ知らないの~?冷たくて気持ちよくてモンスターもでないハワイみたいなところがさ~」
なおも言い連ねるミーシャを見て、アンはシルストと顔を見合わせて苦笑した。
このアインクラッドで、水泳をするというのは意外と難しい。大体の川や池は、水生モンスターと鉢合わせする危険があるのだ。どんなに低級のモンスターでも、泳ぐとなれば丸腰な訳で、そんな状態で泳ぐのは楽しむどころではないだろう。勿論圏内にも泳げそうな場所はあるが、どんな過疎地でも他のプレイヤーが必ずいる。さすがにアンは赤の他人の目の前で泳げるほど豪胆ではないし、ミーシャだってその筈だ。
まぁ、泳ぎたいのも分からなくはないけど、と胸中で呟く。アインクラッドの気象設定は律儀すぎて、ここのところベタベタした暑さが続いている。まさに日本の夏だ。
「別にさ~日本の夏を再現しなくてもいいと思うんだよね~。そもそもアインクラッドは日本じゃないんだしさ~」
全くだ。まぁ今年のアインクラッドの冬は日本とは思えないぐらい寒かったけど。季節感のある層限定だったけど。
「そんなに泳ぎたいんならさ、アルトに聞いてみれば?アルト何でも知っとりそうだし」
「それも確かに・・・お、噂をすれば!」
どうやら男子勢が帰ってくるらしい。ギルドだけにある位置情報システムで彼らの居場所を確認したミーシャがのっそり体を起こす。
アンもウインドゥを開く。男子勢もだが、どうやらあのカップルもそろそろ帰ってくるようだ。
「ただいまッス!」
「ただいま」
入ってきたのは3人だが、聞こえた声は2つ。最近ようやく喋るようになってきた彼も、こういうところはまだ習慣付いていないらしい。
「お帰りナツ、タクミ、アルト!」
「・・・」
「お帰りアルト!」
「・・・ああ」
「ああってなんだ」
「シルストうるさい」
アルトがなかなか返事をしないのも、シルストが少々厳しい突っ込みをするのも、それを聞いたタクミがシルストを叱るのもいつもの風景になっていた。
「泳ぎたい、だと?」
「そりゃあまた、突拍子もないこと言うねぇリーダー。ハワイでバカンスってか?出来たら面白そうだけど、まぁ無理だろ」
「そうねぇ、無理じゃない?」
ウインドゥを広げてアイテムを整理していたアルトが不審そうな声をあげた。男子勢に数分遅れて帰ってきたリヒティとクリスティナも頭を振る。
「ええ~何で皆乗り気じゃないの!?楽しそうじゃない!」
「あのねぇミーシャ。いくらこのギルドの方針がアインクラッドを楽しむことでもね、限度ってもんがあるん。分かるじゃろ?」
「分かる・・・分かるけどぉ」
「4層の水路で泳ぐ?」
「それは嫌」
「なら諦めな」
ミーシャは拗ねて頬を膨らませた。こういう時の彼女はとても我が儘だ。なおも泳ぎたい泳ぎたいと文句を言うミーシャを宥めるべくアンが口を開く、その寸前に。
意外な人物―――ある意味では最も予想していた人物―――が口を開いた。
「あるらしい」
「・・・何が?」
皆の気持ちを代弁してタクミが尋ねると、アルトはウインドゥを可視化してメンバーが見えるように動かした。表示してあるのは第27層、最前線より6つ下の層だった。
「今≪鼠≫に聞いた。彼女自身が行ったことはないらしいが、クエストをクリアしたときに泳げそうな場所があるという話をNPCがしてくれたそうだ。ただ、ポップするモンスターが難敵で諦めたと言っている。どうす」
「行こう!」
アルトの話を途中で遮って、ミーシャが叫んだ。何と言うか、もう予想通りだ。アルトもやっぱりな、と言いたげな表情をしている。極端に表情を変えないアルトをここまで反応させるのだ。ミーシャは何かしら才能を持っているに違いない。
「あんたいい加減にしねミーシャ。アルトの言っとること聞こえんかったんか?」
「そうよミーシャ。せめてもうちょっとレベルを上げてからじゃないと」
「アルゴが難敵って言ったってことは相当難敵」
シルスト、クリス、タクミに口々に攻められて、ミーシャはムッとした表情になった。暫くじっと考え込んでいたが、やがてニヤッと笑った。
「アルト、その難敵ってどれくらい?」
「この前戦った26層のネームドモンスターをもう少し強くしたくらいだと考えれば良い」
「アン、今レベルいくつ?」
「え、えっと37・・・」
「よし、じゃあ今日が水曜日だから、土曜日までに皆3つずつレベルを上げよう。んで日曜日に泳ぎに行こう!」
「ええぇぇぇぇぇ!!」
「まぁまぁ、皆ギルドリーダーの我が儘に付き合ってよ!頑張ろう!」
ミーシャの決定に声も出せなくなったシルストやタクミの代わりに、アルトが低く呟いた。
「我が儘は自覚があるんだな」
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