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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
  エピローグ ~Stairway to Eternal~

【1】


 神聖なウォーターブルーの光が生み出すスタンドの幻象。
 白金の光に包まれた青年が、蒼炎の巨獣を討ち倒す処を鮮明に映し出していた。
 荘厳なネオ・クラシックチェアーでその能力(チカラ)を操る男は、
妖艶な微笑を浮かべ真紅の液体で充たされたヴェネチアン・グラスを口元に運ぶ。
 その脇で白い帽子と外套を纏った少女が、透徹の美貌を微かに張り詰めさせていた。
(“男子三日会わざれば刮目して見よ” とは云うが、コレは、しかし)
 少女の対角線上に位置した艶めかしい白い肌の男も、
強靭な意志を宿すアッシュグレイの瞳で眼前の光景に見入っている。
 唯一、そのスタンドの一番傍にいた褐色の麗女だけが、
いつもと変わらない不敵な笑みを漏らした。
 その能力、知性、精神共に最上位に位置する
『スタンド使い』 と “紅世の王” 三者三様の沈黙の中、
その頂点に君臨する全能者が左腕に絡みついた(かずら) を緩やかに振る。
 一分の間も於かず眼前の巨大なスクリーンが立ち消え、
無数の調度品で飾られた瀟洒な室内が開けた。
「……! 失礼しました」
 映像が途切れると同時、我に返った氷の美少女がチェストに於かれた
クリスタルの水差しを手に取る。
 男は別段気にした様子もなく、蠱惑的な芳香を放つ真紅の液体を
グラスで受けながら魂を蕩かす微笑を少女に向ける。
 もし(くだん) のダークスーツの男がここにいたのなら、
嫉妬に狂いまたぞろ眼も当てられぬような惨状になったに違いないが、
幸運 (残念) なコトに今その男はここにいない。
「どうした? “ヘカテー” 微かに心音が高鳴っているぞ」
「!」
 再びグラスを口元に運びながら、眼を合わさず告げられた男の言葉に
少女の可憐が朱に染まる。
 表情には決して出さなかった筈だが、
感情の流れによって生じる身体の微弱な変化から
心の裡まで見透かされたコトに少女は戸惑いを禁じ得ない。
 しかし告げられた事実に不服がある筈もなく、返って彼女の意は固まった。
「統世王様、畏れながら申し上げます」
 クリスタルの水差しをチェストに置き、紅世最強の“自在師”
その真名 “(いただき)(くら)” ヘカテーはDIOの面前に歩み寄った。
「どうか、次の出陣はこの私に任されますよう、切にお願い申し上げます。
必ずや御身の御期待に沿えるよう尽力致します」
 そう言ってヘカテーはDIOの前に傅き、最大級の礼を執る。
 DIOは黙ってそれを見つめ、再度口中を真紅の液体で湿らせた。
「わざわざおまえが出る迄もないとは想うが」
「御心遣いに深謝を。ですが、“アノ二人”
特に 『星の白金』 の成長速度は迅過ぎます。
不完全とは云え、顕現した紅世の王まで討ち果たすほどの能力(チカラ)をこの短期間の内に。
このまま放任すればやがて御身にとって深刻なる災厄と成る事は必定でしょう。
ここは早急にその芽を刈り取り、後顧の憂いを絶ちたく存じます」
 言葉の終わりと同時に顔をあげたヘカテーの瞳に宿る、深層なる大命の炎。
 絶対零度の色彩の裡に秘められた、無限の極熱。
「フッ」
 その彼女の決意を戯弄するような微笑が、死角の位置から届いた。
「何が、可笑しいのですか?」
 普段感情の起伏を殆ど見せない少女が、
珍しく心中を露わにしてその言葉の主、エンヤに問う。
 静かな、しかし凜冽な視線を向けられた麗女は
纏ったショールを梳き流しながら綽綽と告げる。
「“アノ程度の者達に” 怖れを抱くとは、
紅世の 『大御巫(おおみかんなぎ)』 とやらも随分狭量よの?
ましてやそのような塵芥に等しき者がDIO様の脅威になる等と、
死を以て恥じねばならぬ進言じゃ。ククク……」
 この挑発的な物言いには、透徹の少女も氷の双眸を鋭くする。
「視ていなかったのですか? アノ者は」
「ソレが “侮辱” だと言っておる」
 頭上から見据えるように、エンヤは言葉を遮り背に掛かる漆黒の髪をかき上げた。
「あんな脆弱な獣如き、我がスタンド 『正 義(ジャスティス)』 ならば」
 空間を撫ぜるたおやかな感覚と共に、ヴェールを彩る銀の装飾が澄んだ音を奏でた。
「十秒で、跡形もなく消滅出来る」
「――ッ!」
 確信と共に告げられた言葉が、漆黒の双眸を透して少女の躰を震わせる。
 虚勢や増長ではない、その妖艶な躰から発せられる冥界の大気のような
存在の力(スタンド・パワー)』 に拠って。
 その力に共鳴するように、少女の躰からも天界の聖気を想わせる
水蓮の炎気が静かに立ち昇る。
 不和の相関なれど味方同士で争うのは本末転倒もいい所だが、
専心せずに向かい合うには相手が強大過ぎ、
本懐を撤回するにはその対象が絶大過ぎた。
「……」
「……」
 言葉には出さねど一触即発の雰囲気で向かい合う、
現世の麗女と紅世の美少女。
 数メートル離れた位置で両者を見据えるヴァニラ・アイスは、
何が在っても対応出来るよう既に戦闘神経を極限まで研ぎ澄ませている。
 その直接の原因であるDIOは興味が在るのか無いのか、
変わらぬ表情でグラスを傾ける。
 豪奢な調度品で彩られた瀟洒な室内にて、
歴代屈指の 『スタンド使い』 と “紅世の王” との決闘が火蓋を切ろうとした刹那。
 バダンッ!
 場違いな音が室内に響き、次いでバタタという軽やかな音が耳に入った。
 DIOを除く全員が瞳の動きのみで両開きの扉に視線を送った先。
 艶やかな撫子色のドレスを身に纏った少女と、
その上に覆い被さった臙脂色のスーツを着た少年が
ペルシャ絨毯の上でジタバタと藻掻いていた。 
「お、お兄様! 押してはなりませんと申したでしょうッ!」
「だ、だって、DIOサマの声よく聞こえないんだもん!」
 メダリオンの意匠の上でドレスを揺らしながら起きあがった金髪の少女が、
合わせ鏡のような風貌の少年を窘める。
 少年の方もその青い瞳に涙の粒を浮かべながら反論を試みる。
 一見微笑ましい光景だが、覗いているのを(DIOを除く)
誰にも覚られなかった事実から、
この二人もまた尋常成らざる遣い手で在るコトが視て取れる。
 そこに。 
「貴様等……」
 両腕、脚部を剥き出しにしたラバーウェアの男が、
己の不覚も相俟って空間を剥るような途轍もない威圧感と共に
同じ髪と瞳を携えた紅世の双児、ソラトとティリエルに迫る。
「ひっ……!」
「……ッ!」
 スーツの少年が細い悲鳴を上げて妹に縋り付くと同時に、
ドレスの少女は慄然としつつも兄を抱き寄せ気丈に男を睨み返した。
“亜空の瘴気” ヴァニラ・アイス
 基本寡黙で慎み深い男だが、一度キレると何をしでかすか
解らない危うさも同時に併せ持つ。
 ましてやソレが絶対的な忠誠を誓う主への非礼ならば尚更のコトだった。
 しかし。
「……何をしとるんじゃ? 貴様等」
 険難な怒りを燃やす美丈夫の前に、
いつのまにか来ていたエンヤが片手を挙げ気炎を制する。
 ただそれだけの仕草で傑出した最強のスタンド使いは私憤を諫め、
遠間に位置するヘカテーも双眸を瞠った。
「あ、あの、お茶のお時間なのですが、
エンヤ姉サマが戻ってらっしゃらないので心配になってしまい」
「ボ、ボクも手伝ったんだよ。でも、早くしないと冷めちゃうから」
 無垢な表情でそう語る紅世の双子に、
麗女は片膝を曲げ両手を腰の位置で組みながら端然と告げる。
「今日は軍議が長引くと申したであろう。
貴様等だけで勝手に始めれば良かろうが」
「でも……」
「うん……」
 その返答に、顔を見合わせながら声を先細らせる兄と妹に、
「えぇい、解った、しようのない奴等め。そこで待っておれ。
どのみちもう終わりかけておった所じゃ」
 麗女は似合わない仕草で緩やかなウェーブのかかった髪をヴェールごと掻き毟り
据えられた本革のソファーへ二人を促した。
 ソラトとティリエルは花が咲くような笑顔を同時に浮かべ、
傍に佇むヴァニラ・アイスの前を通り過ぎる。 
 遠間に立つヘカテーも、彼女の意外な一面に呼気を呑んだ。
 そこに。
「フ、フフフフフフフ、ハハハハハハハハハ」
 耳慣れない、若い男の声が到来した。
 ソラトとティリエルが向けられたソファーの、真向かいに座っていた人物。
 肘掛けに背をもたれ、十字架の装飾が付いた幅の広い
レザーの帽子で顔半分が覆われている。
 纏った衣服は黒い、荘重な色彩の司祭平服(キャソック)
それに掛かる薄地の外套。
 胸元は勿論、その装飾に至るまで神の象徴(シンボル)で在る
ロザリオが威光を放っている。
「誰? この人?」
 あどけない表情でソラトが、
「エンヤ姉サマ……」 
脇のティリエルも、ヴァニラ・アイスとはまた異質の只ならぬ気配を覚り、
双眸を張りめかせる。
 荘厳且つ清浄ではあるが、触れただけで己の存在を根底から
『抜き出される』 ような(くら)い霊気を男は称えていた。
「DIO様の客人じゃ。詳しいコトはこのワシも知らぬ」
 そう言ってエンヤはその若い男を一瞥する。
「……」
 男は微笑んだのか口唇を少し曲げ、おもむろに立ち上がった。
「フッ “紅世の徒” という存在。
最初に聞かされた時は少々面喰らったが、
なかなか興味深い者達じゃないか? “DIO” 」
 そう言って男は胸元のロザリオを揺らしながら、親しげな口調で絶対者に問いかける。
「貴様……! DIO様に対しッ!」
「無礼な……!」
 瞬時に激昂したヴァニラとヘカテーが男の前に立ちはだかる。
「……」
 男は最強のスタンド使いと紅世の王の脅威に同時に晒されながらも、
全てを慈しむような微笑を(たが)えずただその場に佇んだ。
 そこに響く、天啓のような声。
「いい。彼は私の “友人” だ」
 それまで黙っていたDIOが、厳かに口を開いた。
「詳しく説明しておかなくて悪かった。何せ急な来訪だったものでな」
 そう言うとDIOは、その知友に艶めかしく微笑む。
 男も同じように、己の友へと微笑を返す。
 間に残されたヴァニラとヘカテーは、呆気に取られたように両者を見つめるのみ。
「まぁ、そういう事だ。二人とも矛を収めてもらえるか?
まだ若い、至らぬ点は私が侘びよう」
「い、いえッ!」
「そのような事は……決して……」
 DIOの想わぬ返答に、両者は戸惑いながらも即座に戦闘状態を解除する。
「失礼」 
 司祭平服(キャソック)の長い裾を揺らしながら、
その男は悠々と二人の間を通り抜けDIOの前に立った。
「何か飲むか? “プッチ” 」
 DIOはそう言って精巧なヴェネチアン・グラスを傾ける。
「戴こう」
 プッチと呼ばれたその若い男は、緩やかな仕草でDIOの手からグラスを取り
ソレを口元に運んだ。
 その部屋にいる全員の視線が、正と負あらゆる感情を織り交ぜて男の背に突き刺さる。
 プッチはそのコトを意に介さず飲み干したグラスをチェストに置き、口を開いた。
「それにしても、人が悪いな? DIO。
このような楽しいコトを行っているのなら、
どうしてこの私を呼んでくれない?」
 そう言うとプッチはDIOの背後に廻り、椅子の背もたれに両腕を絡めた。
「フッ、そろそろ呼ぼうと想っていた処だ。
空条 承太郎とその片割れ、
私の想像を超えて 「成長」 している為、面白いコトになりそうなのでな」
「フム、君と私の 『スタンド』 には及ぶべくもないが、
だが “アノ二人” 確かに使えるかもな。
私と君が目指す 『天国』 の “実験体” として」
 そう言うと知友である両者は、互いにしか解らない微笑を(つぶさ) に交わす。
「これから先の戦い、途中で死ぬならソレもよし。
“だがもし生き延びたのなら” ……フ、フフフ……」
「私達の最終目的の “鍵” は、己が 『宿敵』 か……
コレも 『運命』 そして “引力” だというのならば……実に興味深い。
いいだろう、完璧を期すため、是非この私も協力しよう」
 プッチはそう言って、DIOの眼前に翳した手を半円状に振る。
 次の瞬間には、その指の隙間に輝く無数の “DISC” が出現している。
「!」
「!」
 最強クラスのスタンド使いの眼にも、いつソレが現れたか解らないほどの行使力。
 その能力の名が、プッチの口から静かに告げられる。
「我がスタンド。この 『ホワイト・スネイク』 でな……」
 そう言って微笑む男の顔は、煌めくシャンデリアの下、
この世の何よりも神聖で何よりも邪悪に映った。









【2】

 間断なく響き渡る潮騒と吹き抜ける海風。
 緩やかな陽光が波間で煌めき、
たくさんの若葉を茂らせる街路樹を青々と映えさせる。
 そんないつもと変わらぬ異国の風景の中、
無言で真正面から向かい合う男女の姿が在った。
「どうしても、行くの?」
「はい」
 胸元の開いたタイトスーツの美女がバレルコートのような学生服の青年に問い、
彼も静かに答える。
 此処は、この二人が初めて出逢った場所。
 波音が残響(エコー)と成って棚引き、
一迅の風が結っていない栗色の髪と長い学生服の裾を揺らした。
「昨日お話した通り、ボクは “ある男” を(たお)さなければなりません。
その男は万物を支配するべくして生まれ、
この世のスベテを滅ぼす為に深海の淵から甦った“邪悪の化身” なのです。
同じスタンド能力を持つ者として、
その男の野望を阻止するコトがボクの 「義務」 であり
乗り越えなければならない 『宿命』 なのです」
「……」
 穏やかではあるが、確乎たる決意と尋常成らざる覚悟をその裡に秘めた言葉。
 一見少女のように儚く視えるこの少年の一体どこに、
このような熱く烈しい感情が眠っているのか?
 もっと知りたいと想った。
 昨日の夜、自棄酒でまた酔い潰れた自分を優しく介抱してくれた彼の心を。
「もう終わった」 という一言に何も聞かず、ずっと傍にいてくれた胸の裡を。
「そんなの、他のヤツに任しときゃあ良いでしょう。
なんでアンタがそんな重荷をわざわざ背負わなきゃいけないのよ。
誰に頼まれたわけでもない。フレイムヘイズでもないアンタがどうして」
 後半は強い口調になってしまったが、言ったコトは本心だった。
 そんな、誰も誉めてくれない、認めてくれない無意味な苦難に立ち向かう位なら、
その存在を必要としている、自分と…… 
(!)
 そう言いかけた自分に、彼は微笑んだ。
 少し困ったような寂しそうな、でも強く優しい、アノ娘と同じ笑顔。
「そうですね。改めてそう問われると、
自分でも何故そうしようとしているのか?
よく解りません」
 そう言って彼は腰の位置で細い両腕を組んだまま、琥珀色の瞳を閉じる。
「でも、家族、友人、ボクにも護りたい人がたくさんいて、
ソレは、この世界に生きるスベテの人々が同じで、
だから、その為になら、自分に出来る事はなんでもやろうって、そう想ったんです。
同じ世界を生きる、“貴方の為” にも」
 そう言って吹き抜ける海風の中、爽やかに輝く彼の風貌。
「ノリ……アキ……」
 予想もしていなかった返答に、言葉が詰まる美女。
 彼の行く先に待つのはきっと、逃れようのない苦痛と苦悶が絶え間なく降り注ぐ、
凄惨なる戦いの日々。
 いつ死んでしまってもおかしくないのに、
明日生きられる保証すらないのに、
どうしてこんな風に笑う事が出来るのか?
 本当は、彼が何を言っても無理矢理連れ出してしまうつもりだった。
 最初に逢った、アノ時と同じように。
 でも、出来ない。
 そんな事を言われたら、そんな顔で微笑まれたら。
 でも……
「ノリアキ……」
 マージョリーはそっと花京院に歩み寄り、細い首筋に両腕を絡めた。
 仄かな果実の香りと、甘やかな吐息と、躰から伝わる体温が、
“別れ” を否応なく実感させる。
 離したくない、離れたくない。
 叶わぬ願いだと解っていても、そう想わずにはいられない。
 互いの鼓動が躰を通して交わる中、自分も彼の腕で強く抱き締められた。
「ノリアキ……! ノリアキ……ノリアキ……ノリアキ……ッ!」
 もう何を言ったらいいか解らない、だから懸命に彼の名前を呼んだ。
 全身を駆け巡る熱く強烈な感情と共に、彼の存在を刻み付けるように。
 この瞬間は、きっと、 『永遠』 だから。
「死なないで……必ず……帰ってきて……私の処に……」
「解りました……「約束」します……ミス・マージョリー……」
 誰よりも近い距離で再会を誓い、
その証をねだるようにそっと閉じられる、美女の瞳。
 数拍の後、口唇に重ねられる、温かな感触。
 互いの存在を、今二人がここで生きているという事を確かめ合うような、
深い口づけ。
 躰を包み込む多幸感と共に、間違っていようがない確信と共に、
マージョリーは、答えの出なかった疑問が氷解していくのを感じた。
 どうして、あの時自分だけが生き残ったのか?
 どうして、暗い闇の中を今日まで這い擦り廻ってきたのか?
 きっと。
 きっと……




“この瞬間の為だったんだ” 




 もう辛くない、少しも哀しくない。
 それでも止まらない涙と共に、マージョリーは胸元で光るロザリオに心から祈った。
 コレが、最初で最後の恋で在るようにと。








【3】


 青く澄んだ海原と高層ビルの立ち並ぶパノラマを背景に、
海猫の鳴き声と甲高い警笛が響く埠頭。
 視線の先にマストを畳んだ全長100メートルを越える全装帆船が
出航の時を待ちながら聳立する。
 その周囲には服と帽子にSPWの記章が入った作業員達が間断なく動き、
大量の積み荷を船倉へと運んでいた。
 それを遠間に見据える4つの人影の傍に、
学生服の裾を靡かせながら一人の青年が合流する。
「おやおや、放蕩息子の御帰還だ」
 その4人の中の一人、ジョセフ・ジョースターが軽口混じりにそう言う。
 同時に、他の3人も彼に向き直った。
「朝帰りかね? 君にしては意外だが」
「フフ、昨夜お伝えした通りですよ。
無事父親と再会出来たので、そのお礼として歓待を受けまして」
 電話で詳細 (無論ウソ) を伝えていた為、
悪戯っぽく茶化すジョセフに花京院は穏やかに応じる。
「ジョースターさんの協力にも非常に感謝していました。
くれぐれもよろしくと言われましたよ」
「イ、イヤ、気持ちは嬉しいが、
ワシは生涯妻しか愛さぬと誓いを立てておるのでな、
確かに彼女は美人じゃしスタイルもグンバツじゃがしかし」
「そういう意味ではないと想いますが」
 何を想像したのか、赤面しながら両手を振るジョセフを花京院は静かな視線でみつめる。
 まぁ実際には 「あのジジイにもアリガトって言っといて」 と
昨日の夜マージョリーから素っ気なく伝えられただけなのだが、
それは言わなくていいだろう。
「それにしても、すまなかったね? 空条。
こっちの人捜しが想いの外難航してそっちを手伝えなくて」
 両手をズボンに突っ込んで埠頭に佇む無頼の貴公子は、
特に気にしていないのかいつもの様子で返す。
「別に構わねーよ。シャナと二人でケリは付いた。
で、そっちはどうだったんだ?」
 そう言う承太郎は落ち着いた口調だが、
何故かその脇に佇むシャナはムスッとしている。
「……良い、出逢いだったよ。
たったの二日だったけれど。
この国で彼女に逢えて、同じ時を過ごせて、
ボクは、良かったと想う」
「なら、何も言うコトはねーがよ」
 真実は同じ異変を追い、結果的には対立するカタチに成っていた二人だが、
奇妙な事にお互いソレには気づかず吹き抜ける海風の中微笑を交わす。
「でも、連絡くらいは入れられたでしょ。
自分がどこにいるか位は教えておきなさいよね。
まったく何の為のケータイなのよ」
 自分達の間に割って入ったシャナが、苛立った口調で苦言を呈す。 
 言っている事は正論だが、八つ当たりをされているような気がするのは何故だろう。
 まぁ二日前の陰鬱さは形を潜め、いつもの彼女に戻っているというのは
喜ぶべきかもしれないが。
「それと、最初から気になってたんだけど」
 花京院が謝罪するよりも早く、少女は鋭い視線を左斜めに送る。
「なんで、 “コイツ” がいるの?」
 少女が向き直った先、銀色の髪を雄々しく梳き上げた精悍な男が、
その鍛え抜かれた両腕を組みながら屹立していた。
“J・P・ポルナレフ”
 3日前、シャナの剣技を容易く制し、アラストールとの壮絶な戦いを繰り広げた
白銀の 『スタンド使い』
 今はアノ時のような、触れれば切れるような殺気を発してはいないが、
過去の苦い背景も相俟ってシャナは複雑な表情でその男を見る。
「ジョースターさんから聞いていないのか?
DIOを斃す為のエジプトへの旅路、
このオレも 「同行」 もさせてもらうコトになった」
「ハァ!?」
 強い信念を裡に宿した男の言葉に、少女が頓狂な声をあげる。
 残る二人のスタンド使いはなんとなくそんな気がしていたので、
別段驚く事もなくポルナレフを見つめる。
「いやいや、シャナ、言っておかなくて悪かった。
何せワシも今日、彼から言われたのでな」
 疑念の意志を隠す事もなくポルナレフを見るシャナに、
ジョセフがそう説明した。
「安心しろ。 “肉の芽” が消えた以上、最早君達に危害を加える気はない。
寧ろ 『逆』 だ。
オレはアラストール殿に戦いを挑み、そして敗れた。
『にもかかわらず』 (けい)はオレの命を助けたばかりか、DIOの呪縛からも救ってくれた。
恩義には恩義を以て返さねばならぬ」
「むう」
 少女の胸元で、そのポルナレフの卓越した能力(チカラ)と不撓の精神力を
誰よりも是認している王が声を漏らす。
「貴公がオレにしてくれた事、幾千の言葉を費やしても尽くしきれぬ。
故にこれからは己が剣に拠って報いたいのだが、御赦し願えるか?」
 そう言ってポルナレフは少女の前で中世の騎士のように傅き、厳かに忠節の礼を執る。
「……」
 自分にではなくアラストールに言っているのは解っていたが
結果として胸元 (のペンダント) を凝視されるので、
面映い気持ちでシャナは契約者の返答を待つ。
「好きにするが良い。貴様の力が有用で在るコトは解っている。
共に()くというのなら、我に異論はない」
 予想通りと言えば予想通りな、荘厳なる声が静かに響く。
「それと、我の事はアラストールで良い」
「……おぉ」
 ポルナレフはライトブルーの瞳を煌めかせ、想わず声を漏らした。
 アラストールの言葉が総意であるかのように、
残る三人の間にも彼を受け入れる穏和な空気が流れる。
 だが約一名。
「解ったらさっさと立ちなさいよ! いつまで人の胸凝視してんのよッ!」
 羞恥心に堪えられなくなったのかシャナが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「おお、それは失礼、Mademoiselle」
 青い瞳の青年は別段気にした様子もなく非礼を詫びる。
「フム、それにしても……」
 立ち上がった青年は、そこで初めてシャナを値踏みするように前へ後ろへと見回す。
「な、なによ」
「惜しい、な。容姿は申し分ないが、如何せん、 “若過ぎる” か」
「は?」
「貴様」
 意味の解らないシャナとその意味を察したアラストールが同時に口を開く。
 そこに。
「すみませ~ん♪」
 唐突な第三者の声が耳に届いた。
 いつのまにか結構距離が開いていた承太郎の傍に、
旅行者らしき若い二人の女性が歩み寄っていた。
「すみません、ちょっとカメラのシャッター押して貰っていいですか?」
 要求自体は平凡だが、二人の彼を見る好意と憧憬の熱に浮かされた視線は
明らかにソレ以上のモノを求めている。
「……」
 日本でさんざっぱら繰り返されたウットーしい行為に
無頼の貴公子が口元を軋らせると同時に、
「昨日といい、今日といい……」
黒髪の美少女もキツク拳を握り早足の大股で迫る。
「おねがいしま~す♪」
 しかしそんな二人の心中など旅行者の女性は気づかず、
有頂天な口調でカメラを差し出す。
「やかましい!! 外のヤツにいえッッ!!」
「うるさいうるさいうるさい!! 誰の(モノ)に声かけてんのッッ!!」
 瞬時に発火点に達した二人の怒声が、互いの台詞を掻き消して波間に轟く。
 しかしそこに。
「まぁまぁ、いいじゃないか。写真ならこのワタシが撮ってあげよう」
 熱り立つ二人の間にポルナレフがひょこっと入り込み、
陽気な口調で二人の女性を促した。
「君キレイな足してるから全身入れよーね♪
本当はシャッターボタンよりも、
君のハートの方を押して押して押しまくりたいなぁ~♪」
 慣れに慣れきった応対と人懐っこい笑顔で彼は即座に二人の女性と投合し、
肩に手を回しながら談笑している。
 先刻までの荘重な雰囲気はどこへやら、正反対の軽薄な態度に
シャナは無論承太郎までも絶句する。
「何か、解らない性格のようですね。随分気分の転換が早いというか」
「というより、理性と本能が潔いまでに分離しているというか」
「我の(まなこ) も曇ったものよ……」
 花京院他二名が、多情に戯れるスタンド使いをそう評すると同時に、
「やれやれだぜ」
「やれやれだわ」
承太郎とシャナが深い嘆息と共に言葉を漏らした。
「ところでよ、ジジイ。まだ出航までには時間があるんだろ?」
 賑やかな背後を無視し承太郎がジョセフに向き直る。
「あぁ、荷物の搬入がまだじゃし、計器類の最終チェックもあるしな、
あと小一時間といった所か」
「フッ、なら、オレはチョイと出てくるぜ。香港の街並みが名残惜しいんでな」
 そう言うと承太郎は、船倉から持ち出していたのか埠頭の隅に止めてある、
レーサータイプのV型4気筒バイクに歩み寄って跨りキーを捻る。
 空気の振動と共に響き渡るけたたましい排気音。
 無頼の貴公子は慣れた手つきでアクセルを噴かし、エンジンの調子を確かめる。
「あ……」
 いつもそうだが予測のつかない行動、
傍にいたと想うともう次の瞬間には
風のように遠くへ行ってしまう。
「……」
 たったの一時間なのに、またすぐ逢えるのに、
何故か無性に寂しいという気持ちが冷気のように胸の中で吹き渡る。
 その少女の許に。
「どうした? 早く来いよ。シャナ」
 承太郎が当たり前のようにそう言い、
一番好きな微笑と共に手を差し出した。
「――ッ!」
 寂寥とした冷たさが一瞬で消え、
温かいナニカで胸がいっぱいになった。
「う、うん!」
 即座に駆け出し、大地を蹴ってリアシートに飛び乗る。
 麝香の沁みた制服の匂いと広い背中から伝わる体温。
 たったそれだけのものが、歓喜と高揚を否応なく呼び覚ます。
「しっかり掴まってろよ」
 短くクラッチを切る音がし車体が急加速して走行を始めた。
「お、おい承太郎! 日本ではないがヘルメットは!」
 快音に紛れて届くジョセフの言葉を承知していたように、
「封絶」
無頼の貴公子が一言呟き、
同時に背後で掲げた少女の指先から紅蓮の火の粉が一抹弾け、
流れる無数の紋字が動く車体の周囲を包み込んだ。
 コレで二人の存在はスタンドと同じように知覚されず、
自由に突っ走るコトが可能となる。
「……やれやれじゃのう」
 遠ざかっていく紅い陽炎を見据えながらジョセフは嘆息を漏らしつつも、
50年前、妻のスージーをサイドに乗せて、
ヨーロッパ中を廻った事を想い出し穏やかな笑みを浮かべた。


 路面の標識がブレた残像となって背後に駆け抜ける。
 街路を歩く人の群が帯状に流れていく。
 目まぐるしく過ぎ去る風景の中、
バイクは他の車輌の間を縫うように疾走し速度を微塵も落とさない。
 胸を圧するような逆風に学生服の裾と少女の髪が烈しく靡いた。
「もっと! もっと速くッ!」
 まるで子供のようにシャナは、無邪気な声でハンドルを握る承太郎を急かす。
「怖くねーか?」
「全ッ然! だからもっと!」
 躊躇無くそう言い放ったシャナに承太郎は微笑を浮かべ、
アクセルを握る手に力を込める。
 ギアがトップに入れ換わりエンジン音が一際高いモノに変化した。
 しかしソレは二人以外の誰にも視えず、聴こえず、認識されない。
 急速に目の前へ迫る大カーヴを抉じるような慣性ドリフトでシャープに曲がり、
その先を抜け車体はハイウェイへ向けて突っ走る。
 迫り上がった視界の先に、青空と海原が大きく開けた。
「たったの2日だったけど、色々あったね」
 革のベルトが交叉して巻き付いた腰に手を回したシャナが、頬を背中に当てそう呟く。
「あぁ」
 出国以来の様々な出来事を想い起こしながら、承太郎も感慨を含めてそう返す。
「でも、忘れないよ。私。
この国で在ったコト……
辛いコトや哀しいコトも在ったけど、
それでも、全部覚えていたいって想うもの」
「……」
 今度は無言で応じる承太郎。
 しかしその胸の裡は、感じている心象は、
確かに同じなんだとシャナには想えた。
「これから先、どうなるのかな? 私達」
 疾風の加速度の中、誰に言うでもなく問いかけた少女の言葉。
 それは無論、これから一層苛烈さを極める戦いの事。
 そして、ソレ以外の事も。
「先のコトなんざ、誰にも解らねぇさ。
どんなスタンド使いでも、フレイムヘイズでも、
スベテを見通すなんてのは不可能だ」
 風を切りながら、青年はいつもの口調で素っ気なく答える。
「……ただ、一つだけはっきりしてるのは」
「え?」
 そこで承太郎はこちらに振り向き、勇壮な微笑と共に告げた。
「何が在っても、大丈夫ってコトさ。
オレとおまえが、このまま歩いていけばな」
「ウン!」
 その()に映る、満面の笑顔。
 ただそれだけで、自分のしてきた事は 『正しかった』 と言い切れる。
 世界を守る、人類を救う、そんな大それたモノの為に、自分が戦っているとは想わない。
 しかし、この少女の笑顔こそが “平和” だというのならば、
例えどんな事をしてでもオレは護る。
 それが誰も知らない “影の歴史” だったとしても。
 何ものにも怯むことなく、戦い続けていこう。
 これからもずっと。




“コイツ” と一緒に。




 新たな決意に笑顔を浮かべ、二人は翔け抜けていく。
 どこまでも続く道を、ただ真っ直ぐに。
 決して消えない 『永遠の真実』 を手にする、その日に向かって。




 光を求め、歩み続ける、悠久の戦士達。
 その彼等の想いが足跡が、いつの日か。
 誰かにとっての、希望(ヒカリ)となるのだろう。
 誰かにとっての、陽射しとなるのだろう。

~FIN~

 ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ
 STARDUST∮FLAMEHAZE
 第二部
WONDERING(運 命) DESTINY(潮 流)

 
 

 
後書き
ハイ、どうも。
コレで『第二部』はおしまいです。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとう御座いました。
少し設定を変えてありますが、個人的には満足しております。
(一部のマリアンヌにも負けてませんッ!><)

さて、少しお休みを戴いてさっそく『第三部』といきたい所ですガ、
その前に『外伝』を投稿します。
二部で影も形も無かったアノ娘の話です。
別に「三角関係」モノが描きたいワケではないのですガ
(ってかワタシその手の作品キライだし、
どうしても男が○○んなるカラ・・・・('A`)
だから元からアレなヤツはもう本当に救いが無くなる)
ジョジョに於いての康一クンやトリッシュ、ルーシー、
直近では康穂チャン的なポジションで彼女を描いてみようと想ったからです。
何より小娘の恋愛感情で立ち向かっていけるほどDIOサマは
生易しい相手ではないので
(ってかソレで勝ったらただのギャグだろ?
敵も味方も一気に小物化するし・・・・('A`))
前述の4人のようにストーリーが進むにつれて「成長」していく過程を
楽しみたいと想います。
(恋愛感情にしろナタでディエゴの首ブッた切るくらい成長しないと)

長くなってすいません。
あとジョジョとは関係ないのですガ、
現在一話完結の「短編」を同時進行してまして、
コレも出来れば今月中に投稿したいと想います。
例の如く2つの作品のクロスなのですが、
こちらは両方とも好きな作品なので少し毛色の違った
出来になると想います。
よければ気長にお持ちくださいませ。

最後にもう一度心からの感謝を!
住人の皆様に幸あれ!
ソレでは! ノシ 
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