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立ち上がる猛牛

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第三話 二つの過ちその八

「後緩急つけてな」
「変化球も増やせば」
「それで」
「やっぱりちゃうか」
 こう考える様になったのだ。
「確かにここんとこ速球の速度が落ちてな」
「昔程ですね」
「勝ってないですね」
「やっぱり勝ちたい」
 チームのエースとしての本能をだ、鈴木は口にした。
「絶対にな、そやったらな」
「監督の言う通りですか」
「緩急つけて」
「変化球も増やして」
「技巧派になりますか」
「そうしていきますか」
「そうしていくべきやろな」
 考える顔でこう答えた、彼と親しい面々に。
「正直あそこまで言うてくれる人これまでおらんかったわ」
「鈴木さんに」
「ここまでは」
「三原さんなんかわしが打たれた時にや」
 奇しくもその西本が率いる阪急との優勝を賭けた四連戦だ、昭和四十四年鈴木はその天王山で先発したが。
 阪急の主砲長池徳士にホームランを打たれ敗れた、その時近鉄の監督だった三原脩はその鈴木を見てから彼の親しい者達もこう言った。
「鈴木は稲尾や秋山と違う」
 三原がこれまで監督を務めてきた西鉄のエースだった稲尾和久と大洋のエースだった秋山登だ、どちらも球史に残る大投手だ。
「肝心な時に頼りにならない、鈴木がエースでいる間は近鉄は優勝出来ない」
 三原のこの言葉は鈴木の耳にも届いていた、それで鈴木は今もこの言葉を心に留めているのだ。
 それでだ、親しい者達にもこう言うのだった。
「監督は優勝出来たらええ、ピッチャーのことは考えてない」
「潰れてもですか」
「どれだけ投げさせても勝てばいい」
「そのピッチャーが潰れても優勝出来たらええ」
「そうした考えですか」
「そや」
 三原のその言葉から言うのだった。
「使い捨てみたいなもんや、稲尾さんかてな」
「あの人も急にでしたね」
「衰えましたね」
「鉄腕って言われてましたけど」
「それが」
「あれだけ投げたんや」
 その短い現役生活の中でだ。
「シリーズ全部の試合で投げたり一シーズンで四十二勝とかな」
「確かに凄い記録ですね」
「信じられない位に」
「今じゃないですね」
「もうそれこそ」
「そこまで投げさせて潰れても優勝出来たらええ」
 鈴木はまた言った。
「それが監督の考えや思うてた、けどな」
「西本さんは違いますか」
「あの人は」
「鈴木さんのことを考えてくれてる」
「それも心から」
「そうみたいやな、わしに長い間投げてもらってそれでな」
 そのうえでというのだ。
「優勝したいって考えてるみたいやな」
「この近鉄で」
「そう、ですね」
「そうみたいやな、どんな監督もピッチャーを潰す気で投げさせて優勝させて優勝出来んかったら二流扱いや」
 三原の言葉も今も思い出しての言葉だ。
「そう思うてた、けれどあの人はちゃう」
「鈴木さんのことを考えて」
「そのうえで、ですね」
「技巧派になってもらう」
「そう考えてますか」
「それやったらな」
 鈴木は決めようとしている顔だった、その顔で言った。
「やってみるか、わしも」
「緩急つけてですか」
「技巧派になる」
「変化球の球種も増やして」
「そうなってみるか」
 こうしてだった、鈴木は遂にだった。
 西本の言葉を受け入れた、そして。 
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