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立ち上がる猛牛

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第一話 キャンプその一

                               立ち上がる猛牛
                            第一話  キャンプ
 西本は近鉄の監督に就任した。その彼が近鉄のユニフォームを着て最初にしたことは。
 キャンプに挑んだのだった。近鉄のキャンプからだ。彼は近鉄ナインを見ていた。
 その近鉄ナイン、そして近鉄というチームを見てだ。彼はコーチスタッフの面々、その殆んどは彼が大毎の頃から信頼し阪急を作り上げた腹心達だ。その彼等にこう話したのだった。
「似てるわ」
「そうですな、阪急にですな」
「似てますな」
 スタッフ達もだ。西本のその言葉にだ。鋭い顔と声で応えた。
 そのパリーグ最強と言っていい近鉄と去年最下位に終わった近鉄を似ていると言う。これは少し聞くととんでもないものに聞こえる。しかしであった。
 彼等の言う阪急は今の阪急ではなかった。そのだ。彼等が最初に見た阪急、それに似ているのだった。西本はグラウンドから近鉄を見てだ。こう言うのだった。
「相手として戦ってきた時は近鉄は強かったんやけれどな」
「三原さんの時もでしたね」
「あの時は結構苦しめられましたわ」
「もう少しで向こうが優勝でした」
 昭和四十四年のことである。その時阪急は近鉄と最後の最後まで争っていた。その中で最後の四連戦でだ。阪急は近鉄のエース鈴木啓示を攻略して見事優勝を勝ち取ったのである。そんなことがあった。
 そしてそれからもだ。阪急と近鉄は争ってきた。その相手としての近鉄はというとだった。
「ピッチャーがよくて中々手強かったですわ」
「打線はあまり強い印象はありませんでした」
「土井位ですか」
 土井正博である。近鉄の外野手にして主砲である。鈴木啓示と共に近鉄の看板とも言える選手だ。打線は彼が中軸なのだ。
 その土井がいた。しかし打線全体は強くはなかった。投手陣中心のチームが近鉄だったのだ。その近鉄に入ってみるとだ。
 西本もスタッフ達もだ。浮かない顔でこう言うのだった。
「覇気がないなあ」
「そうですね。去年最下位だったせいでしょうか」
「そのせいで。元気がないですわ」
「負けに慣れてますな」
 スタッフ達が話すとだ。西本は再び言うのだった。
「ほんまに。わしが入ったばっかりの阪急と同じや」
「あの弱かった頃の阪急とですな」
「それと一緒ですわ」
「最下位になったことが自信を喪失させてますか」
「そうなってますか」
「それもあるな。しかしや」
 西本はいぶかしむ顔をだ。次第にだった。
 強い顔にさせていってそのうえで、である。スタッフ達にこう話す。そうしてだ。彼が話す言葉はだ。
「まずは練習や」
「練習して力をつけますか」
「ほんまの力を」
「阪急の時と同じや」
 基本的にだ。西本のやることはオーソドックスである。三原の様に魔術的な采配や選手の起用をすることはない。その采配や起用もだ。あくまでオーソドックスなのだ。見方によっては面白くない野球である。
 しかしその野球をよく知る者にとってはだ。そうした野球こそがなのだ。
 本物の野球として認められ愛されていた。西本の野球はそうした野球だった。戦力を育てていきそのうえで確かな実力をつけて勝っていく、そうした野球を進めていっているのだ。
 その彼がだ。今の近鉄を見てだ。決意を見せたのだ。
 そしてその決意のままだ。彼はだ。
 すぐにだ。ランニング中の若い選手達にだ。こう怒鳴るのだった。
「もっと速く走るんや!歩いてても何にもならんわ!」
 早速だった。そうしたのだった。そしてだ。 
 選手達を叱咤しつつだ。自分自身もだった。
 自ら動きだ。選手達の傍まで来てトスを送りだ。打たせるのだった。このトスバッティングにだ。選手達は目を瞠った。
「監督が自分でか」
「自分でトスしてか」
「練習に付き合ってくれるんかいな」
 このことにだ。彼等は驚いたのである。 
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