百人一首
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
68部分:第六十八首
第六十八首
第六十八首 三条院
また一つ。また一つ消えていく。
この目の前からまた一つ美しいものが消えていってしまう。
そのことを嘆き悲しむばかり。
その嘆きがあまりにも強く激しいので。涙と悲嘆のあまりこの目が見えなくなってしまうのではないのかと自分でも思ってしまう程だ。
これ程辛い世の中とは思わなかった。今までこれ程強く思ったことはない。
この世の辛さを感じそれに我が身を打たれてしまい。
もう去りたいとさえ思うようになった。
こんなに辛いこの世の中から去って。苦しみから解き放たれたい。そう思わざるを得ない日々を送るようになってしまっている。
けれどそれでも。若し心にもなくこの世を生き長らえるとすればその時は。
今夜のことを思い出すのだろう。今見ているこの月を。きっと思い出す筈だ。
美しいものは次から次に消えていく。そんな儚い中でこの月を思い出す筈だ。そう思いながら今こうして今のこの心を歌に託すことにした。そうしないと涙でもう何も見えなくなってしまうから。涙が全てを覆う前に詠うことにした。
心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな
世を儚んでいる今の自分の上には月がある。あらゆるものが消えていってしまうこの儚い世の中。月も今はあるけれど次の日にはどうなってしまうかわかったものではない。この世にあるものは全て消えていく運命にあり自分はその消えていく様を見る運命にあるのだから。だからどうなってしまうかはわからない。けれどそれでも。今見ているこの月のことは見えているうちに歌に残すことにした。今見ているうちに。そして今書き残した。何もかもが消えてしまい己のこの目がまだ見えているうちに。そのうちに果たしておいた。
第六十八首 完
2009・3・6
ページ上へ戻る