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時には派手に

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第一章

                 時には派手に
 フランコ=コレッリは整った顔立ちとすらりとした長身、特にタイツ姿が似合う見事な脚線美で知られていた。歌のよさも言うまでもなくオペラ歌手として成功するべくして成功する外見だった。
 だが彼は親しい者にはだ、時折こう漏らしていた。
「舞台は怖いね」
「怖いかい?」
「うん、いつも出るのが怖いよ」
 それ自体がというのだ。
「どうもね」
「しかし君はね」
 彼の友人はコレッリ自身にこう言った。
「スカラ座でもメトロポリタン歌劇場でもね」
「引っ張りだこのというんだね」
「そうだよ、君が出ればいつも劇場は満員だよ」
 そうなるというのだ、友人は。
「それだけの人気じゃないか」
「カルーソー以上というんだね」
 コレッリ自身も言う、かつてメトロポリタン歌劇場で圧倒的な人気を誇った伝説的なテノール歌手である。コレッリもまたテノールだ。しかも声域はカルーソーに近い。
「僕の人気は」
「そうだよ、だからね」
「自信がない筈がない」
「そう思うがね」
「いや、舞台はね」
 歌劇のそれはとだ、コレッリはその整った顔を曇らせて言うのだった。
「緊張するよ、よく歌えるかどうかね」
「いつもだね」
「そう、心配でね」
「君はいつも舞台の自分の歌を録音しているね」
「後で聴いてチェックしているよ」
 コレッリ自身でというのだ。
「よかったかどうかね」
「それで余計にだね」
「気になるんだ、本当にね」
「舞台はだね」
「怖いものだよ」
 実にというのだ。
「あんな怖いものはないよ」
「そこまで言うんだ」
「本当のことだからね、だから舞台ではどうしてもね」
「それでなんだね」
「よくああしたことをするよ」
 実はコレッリは舞台ではトラブルメーカーとして知られている、演出が気に入らないとすぐに舞台から去ってしまう我儘な歌手としても有名になっているのだ。
「何かね」
「神経質になって」
「評判が悪いのは知ってるさ」
 自分自身でもというのだ。
「けれどどうしても気になるんだ」
「あらゆることが」
「舞台にいること自体が怖くてね」 
 演出の細かいところまで気になってというのだ。
「そうしたこともしていまうよ、どうしてもね」
「本当に舞台が怖いんだね」
「出来ることならいたくない場所だね」
 その舞台で歌うオペラ歌手でもというのだ。
「どんな役でもね」
「君は色々な役も歌ってるがね」
「それでもだよ」
 舞台自体が怖いというのだ、コレッリは人気のオペラ歌手だったがそれでもその舞台自体を怖いと思っていた。
 そのコレッリの得意な役としてマンリーコがあった、ヴェルディのトロヴァトーレという作品の主人公であり劇的な騎士であり吟遊詩人でもある。
 コレッリはこの役でも大人気だった、それでこの日の劇場は大入りだった。
 コレッリは舞台衣装、タイツ姿の騎士のそれになって周りに言っていた。 
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