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スリラ、スリラ、スリラ

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抗う(あらがう)

拾って仕舞った資料を、如何する事も出来ないままで家路に着いた。会社を出る時も心臓がばくばくと煩く、自室に入ってからもその不安は消える事なく、カイナの胃を圧迫した。
「あー…如何しよう、此の儘じゃ私は情報漏洩の疑いを掛けられてしまう…困ったなぁ」
着替える事も忘れて、カイナは制服のままでベッドに倒れ込んだ。時刻は既に11時を回っている。暗い窓の外には幾つかの灯りが見える。併し其れ等も軈て消えて行くのだろう。何とも云えない寂しさに襲われ、カイナは持ち帰った文書を熟読することにした。
『今日増え続ける殭屍被害の多くは欧州に有り、我が国に於いての殭屍関連商品の売り上げ額はほぼゼロに等しい。其処で我々屍開発部は、国内での売り上げを増やすべく画期的なウイルスを発明するに至った。其れこそが殭屍ウイルスである』
つまり。屍株式会社では、自社で開発したウイルスによって生まれる殭屍から逃れる為の商品を売り出し、利益を得ようと云うのだ。断じて許されざる事だ。
「…そんな、こんな馬鹿みたいな話…!」
拾って仕舞った物は仕方が無いが、何とかして此の隠謀を暴かなければならない。此のような事が許されてはならないのだ。そして其れが出来るのは、知って仕舞ったカイナ以外に居ない。
「何とかしないと、日本中に…其れどころか世界中に殭屍ウイルスが蔓延る事になってしまう。そうしたら…上層部の思う壺だわ」
カイナは会社へ向かおうとして、家を出た。夜の闇は街を包み、人の気配は殆ど無い。兎に角、今は此の状況を何とかしなければと思った。
…と、急に携帯が鳴った。幼馴染みで同僚の玖賀アギトからの電話だった。
「…アギト?」
『あ、カイナ。御免、こんな遅くに。何か凄く急いで帰っちゃったみたいだったから、何か有ったのかと思って』
「…うん、迚も色々有ってね、今からもう一度会社に行くのよ」
『え、こんな時間に?女の子一人じゃ危なくない?』
「…出来ることなら、私だって一人では行きたくない要件なんだけど。他の人じゃ駄目なのよ」
『…そうか。よく解らないけど、何か有ったら呼んでよ。どうせ俺まだ残業中で会社に居るから』
「…ありがと」
じゃあね、と云って電話を切った。

会社に着くと、流石に時間も時間だ、電気は殆ど点いていなかった。開発部は此の建物では無い。何処か違う、もっと隠れた場所にあると聞いた。だから先ずは社内で殭屍ウイルスに関わっている人をしらみ潰しに当たって、企画そのものを白紙に戻させなければならない。カイナは階段を駆け上がり、取り敢えず自分のオフィス階へ向かった。
もう誰もいないオフィス。電源の落とされた液晶が並ぶ部屋の中は、何だか見慣れない。
「…ああ、こんな時間に誰だろうと思ったら橘さんじゃぁないか」
聞き慣れた軽い声が背後から迫る。
「…部長。お勤めご苦労様です」
「…上司に向かってご苦労様は駄目だよ。まぁ私だから良いけれどね」
振り返った先の部長は、手に何かを持っている。廊下から微かに洩れる光が、其の手の中の何かに反射して鋭い光を射た。
「…お話が有って来たんです」
「うん?私も君に話が有って来たんだ、…恐らく君が私に話そうとしている事の件でね」
見えている笑顔が、声の調子が、何時もの暢気な部長ではない。何処かに怒気を孕んだ、黒い笑みだ。此れは、カイナの知っている部長ではない。…否、カイナの知っている部長は、本当の部長ではないのだ。
「…何となく、そんな気はしていたんだ。此の件に勘付いて阻害して来るとしたら、橘さんだろうとね。…此の予感は当たらないで欲しかったんだがなぁ」 
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