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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#14
  DARK BLUE MOONⅥ ~Bake The Dust~

【1】


「……」
「……」
 群青の火片を戦風に振り捲く封絶を背景に、
二人のフレイムヘイズが真正面から対峙する。
 音も無く屋上に舞い降りたセーラー服姿の美少女と、
その中心で傲然と屹立していたタイトスーツ姿の美女。
 両者は互いの表情や佇まいから発せられるほんの僅かな気配から、
相手の胸裡を推察する為全身の神経を研ぎ澄ませる。
 やがて沈黙するフレイムヘイズを余所に、
契約者の王が口を開いた。
「久しいな……“蹂躙の爪牙”
其の者が音に聴いた貴様のフレイムヘイズ、
“弔詞の詠み手” か……」
「ヒャーーーーーーッハッハッハッハッハァ!!!!!!
相変わらず(カビ)クセェ喋り方だなぁ!?
えぇ!? アラストール!!」
 質問には答えず、相手の荘厳な口吻とは正反対の物言いで
マルコシアスは狂声をあげた。
「ンでそのチッコイのが今のテメーのフレイムヘイズ、
“二代目・炎髪灼眼の討ち手” かッ!
『前のと』 較べて、随分小さくまとまっちまったなァ!?
ギャーーーーーーハッハッハッハッハッハァ!!!!!!」
「何ィ!」
 あからさまな挑発に、シャナが敏感に反応する。
「よせ。相手に呑まれるな」
 普段よりもかなり感情的になっている少女を、アラストールは厳格に諫めた。
「アラストール、一体何なの? こいつら……」
 口中をキツク食いしばり幾分目つきの鋭くなった少女は、胸元のペンダントに訊く。
「……うむ。出来れば極力邂逅するのは避けたかった者ではあるな。
論難しようとも話が噛み合わぬ……」 
 滅多に嫌悪というモノを感じるコトはなく、
そしてソレを表情に出すコトもないアラストールの語気が少々揺れている。
 敵で在る紅世の徒ではなく、味方で在るフレイムヘイズに対して。
「フン、勝手に人をつけ回しておいて、随分な言い様ね?
用がないのならさっさと帰ったら? 私もそうそう暇じゃないしね」
 そこで初めてマージョリーが、栗色の髪をかき上げながら興味なさげにそう言う。
 異世界 “紅世” に一際威名を轟かせる “天壌の劫火” に対しても、
全く気後れするコトはなく。
 その美女に、アラストールは脇に抱えられた王よりも話が通じると解したのか
落ち着いた口調で問う。
「“弔詞の詠み手”マージョリー・ドー。一つだけ答えよ。
貴様がこの地にいるというコトは、
当然紅世の徒の討滅を目的としてのことであろうが、
一体誰を追ってきたのだ? 
我等は貴様よりも早くこの地に渡り来た故、
その存在に気づかぬコトは在り得ぬのだが」
 アラストールのその問いに対し、美女は妖艶な瞳で神器コキュートスを一瞥した後
深いルージュの引かれた口を開く。
「フッ、まぁわざわざ答える義理もないんだけど、
ここは “天壌の劫火” の顔を立ててあげましょうか。
“屍拾い” のラミーは知ってるわよね?
あのクソヤローがこの地に逃げ込んでるっていう情報を私のルートで仕入れたのよ。
そしてようやくその正確な居場所までも探り当てた。
その折角の獲物を、これから狩り殺そうって時に邪魔されちゃたまらないから
封絶張って待ち受けたってワケ。まさか相手が “同属” とは想わなかったけど」
「まぁ、そーいうこった。残念だがヤツに眼ェつけたのはこっちが先なんでな。
手は出させねーぜ、天壌の」
 意気がピッタリ合った両者の言葉に、アラストールは静かに息を呑む。
「……ラミー、だと? 莫迦な、何故其の者を討滅する必要が在る?
彼奴(きやつ)はその 「真名」 が示す通り人を喰わぬ。
そして世界の存在に極力影響を与えぬようトーチに乗り移って行動をしている
無害な “徒” だ。討滅等すれば寧ろ無用な犠牲と混乱が」
「無害……ですって?」
 アラストールの真摯な謹言は静かな、しかしこの世の何よりも
冷たい美女の声によって遮られた。
 ソレと同時に、美女の全身から群青の火の粉が吹雪のように立ち昇って
その長身の躰を包む。
 そし、て。
「“紅世の徒” に!! 無害な存在なんているわけがないでしょうッッ!!」
 突如その美貌を兇悪に歪ませ、手負いの獣のようにマージョリーは吼えた。
「今はたまたまヤツの気紛れで、生きた人間に干渉してないってだけでしょうが!!
この先いつ溜め込んだ存在の力を暴発させて、
どんな災厄を引き起こすかわかったもんじゃない!!
『なってからじゃ』 その時はもう遅いのよッッ!!」
 深い、哀しみ。
 心を(こわ)し、魂までも砕きかねないほどの絶望。
 ソレに堪えられぬが故、否、堪えるが為に狂おしく燃え盛る憎悪の炎。
 そのドス黒い火勢をそのまま吐き出すかのように美女は叫ぶ。
「“徒” はスベテ殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!
殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くすしかないッッ!!
一匹残らず例外なくッ! どいつもこいつも 『有罪』 よッッ!!」
 己も、紅世の王をその身に宿すフレイムヘイズ。
 明らかに矛盾したコトを口走りながらも、
美女の憎悪の叫びには有無を言わさぬ暴威が在った。
 周囲に存在するスベテを、自分すらも焼き尽くして尚足らないという狂気と共に。
 全身が煮え滾る程の慷慨の中、胸元で光るロザリオがやけに冷たく感じられた。
「……蹂躙、貴様は、一体何をしていた?」
 マージョリーの、その余りにも逸脱した紅世の徒に対する憎悪に
幾分捺されながらも、アラストールは被契約者に是非を問う。
「ここまでの “憎悪の化身” となるまでに己がフレイムヘイズを堕とすとは。
なんとか止められなかったのか?」
「……テメーにだきゃあ言われたかねーんだよ」
 ソレまでの軽躁な物言いから一転、マルコシアスは重くナニカを含んだような
険悪な声でアラストールに吐き捨てた。
「“紅世” がヤバくなるまで “徒” の乱獲おっぱらかしてた 「偽善者」 がよ。
封絶遣わねーで人間喰うヤツもいる。
「使命」 だの何だのとくだらねー御託並べ立ててる間に、
一体何人くたばったかテメーこそ解ってんのか? アァ?
今この間も、“紅世に影響がなけりゃあ” テメーの世界の都合の悪ィモン全部!
マージョリーみてぇな 「人間」 におっかぶせて死なせるつもりだろうがッッ!!」
「……ッ!」
 予期せぬ言葉。
 昔から、感情に走る男では在った。
 敵であろうと味方であろうと、気に入らない者は誰彼構わず戦いを挑み、
そして跡形もなく徹底的に叩き潰す。
 ソレ故の “蹂躙の爪牙” の真名。
 しかし、自分の()っていたこの男とは、明らかに違っていた。
 己の意のままに行動し、他者の存在など歯牙にもかけなかった者とは。
 そう。
 今の自分と同じように。
「蹂躙……貴、様……?」
 既視感にも似た感覚に惑いながら己をみつめるアラストールに、
マルコシアスはケッとグリモアの隙間から火吹を漏らした。 
「兎に角、ラミーのヤローは何があろうとも絶対ェにブッ殺すッ!
その決定に変更はねぇ。邪魔しようってんなら
テメーから先に咬み千切るぜ! アラストールッ!」
「こいつ……!」
 露骨に剥き出しにされた戦意からアラストールを庇護するように、
少女は白刃を握る手に力を篭め一歩前に出る。
 余りにも一方的なマルコシアスの誹謗にも腹は立ったが、
ソレより優先すべき事項の為胸中の思考は霧散した。
 その刹那。
「!?」
 突如己の眼前に迫る群青。
 反射的に身を翻した自分のすぐ脇を蒼い炎の濁流が駆け抜けていき、
一瞬前まで自分がいた場所で、先端が顎のように開いた炎が空間を噛み砕いていた。
 ソレが魔獣の頭部を成した焔儀(モノ)だと知ったのは遙か後。
 刻み目のような魔獣の隻眼がニヤリと自分を一瞥し、
空間を焼き焦がしながら高速で元の場所へと戻っていく。
 前方で屹立する美女の携えた巨大な 『本』 神器グリモアの中に。
「……ッ!」
 驚愕に息を呑み、背中に冷たい雫が伝うのを感じる少女に向け、
美女は無感動に告げる。
「よく(かわ)したわね? 最も、コレ位余裕で躱せないようじゃ、
“天壌の劫火” の名が泣くってモノだけれど」
 路傍の石でも見るような冷たい視線で、
マージョリーは真紅の双眸を開いた少女を見下ろす。
 ソレは、他の紅世の徒を見下ろす視線と全く同じ。
 胸の鼓動がうるさい位にシャナの裡で高鳴った。
 得体の知れない恐怖が、己の心を蝕んだ。
(……)
 余裕なんかじゃ、なかった。
 紙一重だった。
 今日に至るまでの、幾多にも及ぶ戦闘訓練の中、アイツの、
星 の 白 金(スター・プラチナ)』 のスピードに眼が慣れきっていなければ、
いまので確実に終わっていた。
(……ッッ!!) 
 その事実を認識すると同時に、少女の全身を途轍もない憤激が駆け巡った。
 まるで、己の血がマグマのような高熱を宿し逆流でもしたかのように。
 もし今の自在法が直撃していたら、
重傷を負った自分の所為で全員がここに足止めされるコトになった。
 もし今ので 「再起不能」 にでもされていたら、スベテが終わっていた。
 こんな、何もかも中途半端な状態のまま、自分で何の答えも出せていないまま。
 永遠にアイツの傍から引き離されていた。
「のォ……!」
 その花片のような口唇を血が滲むほど強く噛み締め、
泰然とした状態を崩さない美女を貫くように睨んだシャナは、
「こォ、のおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
ぉぉぉぉ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」
自身が炎の塊と化したかのような凄まじい咆吼と共に、
眼前の一人のフレイムヘイズへと挑み懸かった。




【2】

 燃え盛る怒りと共に足裏を爆散させ、弾け飛ぶコンクリートの飛沫よりも疾く、
シャナは既に刺突へ構えた “贄殿遮那” でマージョリーに猛進していた。
 その戦慄の美を流す大太刀の切っ先が、
瞬く間もなく美女の潤沢に脹りあがった左胸を深々と刺し貫く。
「……」 
 一時の感情の爆発で己が同属を屠った少女の瞳には、
微塵の躊躇も後悔もそして罪悪感すらも感じられない。
 その真紅の瞳の裡には、得体の知れない漆黒の意志が宿り先刻とは一転、
全身の血が凍り付いたような冷たい感覚が少女の存在を充たしていた。
 自分がここまで冷徹に、残酷になれるモノかと一抹の駭然と共に愛刀を見つめる
少女の視線の先で、美女がその両眼を見開いたまま貫かれた左胸を凝視していた。
 しか、し。
「……ッ!」
 急所を貫かれ絶命した筈の美女はグラスの奥で一度挑発的にシャナに微笑むと、
霧が陽光の中へ溶け込むようにその躰の稜線と空間の境界を無くし消えていく。
(“陽炎(かげろう)!?” )
 以前アラストールが遣ったモノを感覚的に覚えていた少女は咄嗟に背後へ振り向く。
 その視線の遙か先、肩口にブックホルダーを下げた無傷の美女が同じ挑発的な微笑を
口元に刻んでこちらを見据えていた。 
「まったく、こうもあっさり引っかかると、騙し甲斐ってものがないわね」
 そう言って件の如く、大仰な手つきで背後の栗色の髪をかきあげる。
「くっ……!」
 即座に追撃に移ろうと、少女が再び足裏へ炎気を集めようとした瞬間。
(!?)
 美女の足下で群青の光が放射状に弾け、ソコから多量の不可思議な紋章と紋字が
具現化した音響のようにコンクリートの石面を滑ってきた。
 やがて、規定された位置でそれぞれ正確半径3メートルの円周(サークル)
組んだその紋章群は、一度強く発光した後内部から巨大な火柱を噴き
ソコから在るモノを現世に 『召喚』 する。
 石の焦げる匂いと灼けた空間が生み出す水蒸気と共に現れたモノ。
 ソレは、群青の炎で形創られた異形の獣。
 (ヒグマ) を横に圧し拡げたような、
大形な体躯にダラリと垂れ下がった長い腕、
刻み目のような両眼に鋸のような牙。
 総数十二体の巨大な獣の群が、
口元に狂暴な、或いは嘲弄するような笑みを浮かべて
少女の前に立ちふさがった。
「……ッ!」
 紅世の徒複数に囲まれた時より、余程生きた心地がしない焦燥に
少女が息を呑むと同時に胸元のアラストールが告げる。
「むう…… “蹂躙の爪牙” が存在の証 憑(しょうひょう)。炎獣 『トーガ』 か。
しかしコレだけの数を一度に召喚するとは、戦闘に長けた恐るべき自在師。
気を引き締めてかかれ。間違っても “燐子” 等と同一にはみるな」
 過剰な挑発を受けたとはいえ感情のままに戦いに挑んでしまったコトを、
アラストールは咎めずいつも通りに接してくれている。
 その敬愛する己が王に一度深く頷いたシャナは、
炎獣の群より遙か後方に位置する美女に向き直る。
「おまえも……“ゾディアック” の遣い手……!」
 心中の動揺を気取られぬよう握った刀身を前へと突き出し、
可能な限り平静を装って少女は問う。
「フッ……宝具や神器に頼り切ってる、ソコらの三下と一緒にするんじゃないわよ。
己に宿る王の威力(チカラ)を自在に引き出すコトが出来なくて、
一体何の “フレイムヘイズ” なの?」
 美女はその不敵な笑みを崩さずに応じる。
紅 堂 伽 藍 拾 弐 魔 殿 極 絶 無 限 神 苑 熾 祇(ゾディアック・アビスティア・アヴソリュート・エクストリーム)
 かつて幾多の紅世の王とフレイムヘイズにより、
幾千もの淘汰と研磨の果てに創り出された
フレイムヘイズ専用、究極の戦闘焔術自在法大系。
 しかしその修得が至難なコトと遍く宝具の蔓延によって、
実際に 『遣える者』 は意外に少ない。
 アノ “狩人” フリアグネですら、宝具や燐子を “触媒” として焔儀を
繰り出していたのにも関わらず、目の前の美女は己の能力(チカラ)のみで
自在法を生み出している。
 余計な策や小細工を一切使わない、否、必要としない純粋なフレイムヘイズ、
ソレが自在師 “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー。
(“蓮華(れんか)” じゃ駄目だ。アノ大きさじゃ当たっても針が刺すようなもの。
なら……!)
 焦って挑み懸かっても勝機はない。
 まずは目の前の炎獣(トーガ)を各個撃破し確実に数を減らすコトを選択した
少女が繰り出す(ワザ)は、炎気を刀身に込めカマイタチ状に射出する斬撃術
“贄殿遮那・炎 妙(えんみょう)ノ太刀”
「りゃああああああああああぁぁぁぁぁ―――――――――!!!!!」
 渾身の叫びと同時に大刀から飛び出した紅蓮の闘刃が、
コンクリートに火走りを残しながら炎獣の群へと襲い掛かる。
 前方に位置する二体の脇を擦り抜け、
他のモノと姿が被っていない中間の一体に狙いに定めた炎の刃。
 ソレはそのトーガが前に伸ばした長い腕で真正面から受け止められ、
両手を半分以上斬り込みながらもそこで前突の動きを停止する。
 そして掴んだ闘刃をゆっくりと見据えた群青の獣は、
「――ッ!」
意外。その鋸のような牙を剥き出しにする口を大きく開き、
刃の表面に喰らいついた。
 数回の咬撃で跡形もなくシャナの撃ち放った紅蓮の闘刃を咀嚼したトーガは、
そのまま体表を何度か点滅させて一回り大きくなる。
「な……ッ!」
 驚愕に言葉を漏らす少女に、遠間に位置する美女が説明する。
「言い忘れたけど。私の可愛いこの子達は、自在法を喰う特殊な能力(チカラ)が在るの。
それに喰ったら喰った分だけより強力に 「成長」 するから半端な攻撃は逆効果よ。
ごちそうさまも言えない位強烈なヤツで一気に消し飛ばさないと。
最終的には私にも手が負えなくなるわ」
 己の焔儀を完全に識る者は、その「弱点」までも正確に知り尽くしている。
 故にソレを逆手に取り、駆け引きの材料にも用いる。
 己に降りかかるリスクを怖れず相手を討ち滅ぼすコトのみに特化された、
自虐的とも言える自在法を行使するマージョリーに、
シャナは嫌悪にも似た寒気を覚えた。 
「さぁ~て、今度はこっちからいかせてもらいましょうか。
おまえ達、遊んであげなさいッ!」
 美女がそう言って手にしたグリモアを前に差し出すと同時に、
開いたページの古代文字が蒼く発光し、ソレを合図とするように炎獣の群が一斉に、
屍肉へ飛びつく餓鬼のように襲い掛かってきた。
(速い……ッ!)
星 の 白 金(スター・プラチナ)』 には及ばないが、しかし相手は一体ではない。
 しかもビルの屋上という限定された空間の為、地の利は最悪と言えた。
 即座に延びてきた二本の巨大な腕をシャナは身を低く、前のめりに躱す。
 頭上を通り過ぎる巨大な腕の先端で突き立つ鋭利な爪が黒衣の裾を切り裂く。
 まるで花京院の操る幽波紋(スタンド)だが、
スピードはソレよりも速く破壊力は比較にならない程強い。
 しかし少女がその事実を認識する間もなく、攻撃を潜り抜けた先、
既に5体の炎獣(トーガ)がその巨腕を振りあげ、
それぞれ違う方向から爪撃を繰り出していた。
(前のは囮!? “統率” が執れてるッ!)
「だぁッッ!!」
 想うのと駆け声をあげたのはほぼ同時。
 足下を踏み割り上空へと飛んだ少女の足跡に群青の爪撃が殺到し、
階下に突き抜ける程の陥没痕を開ける。
 間一髪空中へと逃れた少女だったが、ソコでも一呼吸する程の暇すら与えられない。
 先刻己の放った斬撃を吸収した一匹が、頬まで裂けた口を開き逸らした(おとがい)
をこちらに向けていた。
「ヴァハァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」
 危局に口元を軋らせた少女に襲いかかる、群青の激浪。
 羽根の生えた鳥でもない限り、一度飛び上がった物体は重力の魔に縛られ
そのままの軌道で落ちるしかない。つまり少女はこの激浪を避けられない。
 だが、意外。
 窮地に於ける一瞬の閃きか、少女は己の愛刀を背面に据えるとその腹を足場に、
集めた炎気を(しのぎ) 部分で爆散させた。
 慣性の法則を無視し、直線軌道を斜角軌道へと強引に切り換えたシャナは
そのまま獲物を狩る鷹のように高速で急降下する。
「でやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!!!!!」
 そしてその勢いを一切殺さず、背面の膂力も合わせ後方で己を見る
トーガを一閃の元に斬り捨てる。
 裂空刹刃。天翔の閃舞。
『贄殿遮那・炎牙ノ太刀・犀咬(サイク)
遣い手-空条 シャナ
破壊力-A スピード-A+ 射程距離-B(最大半径25メートル)
持続力-E 精密動作性-A 成長性-B




 片膝立ち大刀を袈裟に振り抜いた体勢で着地した少女の背後で、
斜めに両断された炎獣(トーガ)の上半身が滑り落ち
その巨大な体躯が跡形もなく霧散する。
 触れたスベテの自在法を無に還す、
紅世の宝具 “贄殿遮那” の特殊能力。
その効果範囲は剣撃の威力に比例して増大する。
 退路を断たれた危難が、偶発的に生み出した新手。
 自身も想いもよらぬ速度で疾走(はし)った一閃に少女は身を震わせる。
「ふぅん。なかなか……」
「ヤるもんだな。小娘にしちゃあよ」
 トーガを一体消滅させられたが、
まるで余裕崩さないマージョリーとマルコシアスが
遠間で傍観者のように語る。
 そして次の刹那。
(……ッ!)
 少女の背後で既に逃げ場のない包囲網を組んでいた11体のトーガが、
余す事なく大挙して雪崩(なだ)れかかった。
(数が……多過ぎる……ッ!)
 足裏を爆散させ側面に廻り込もうとはしたが、
もうその(いとま) はなく少女は纏った黒衣を拡げて身を包み防御体勢を執る。
 ソコを待ちかねたと言わんばかりに、
無数の炎獣(トーガ)の巨腕が大襲撃をかけた。
「ぐ……ッ! うぅ……!」
 視界に留まらない、ありとあらゆる方向から繰り出される乱撃の嵐。
 気を抜けば瞬く間に押し潰されてしまうような炎獣の猛攻。
 速く重く、そして一向に途切れない、
まるでスタープラチナの連撃(ラッシュ)でも真正面から受けているようだった。
 少女が刀身を(しゃ)に構えているのにも関わらず、
自分の腕が切れるコトも構わず攻撃を繰り出してくるモノ、
それとは逆に着撃箇所を正確に狙ってくるモノもいる。
 どれも同じように見えるが、実は一体一体に個性があるのかもしれない。
 黒衣が引き裂かれ腕に裂傷が走り、その白い頬にも赤い(けい)が走り
珠のような飛沫が空間に跳ぶ。
(このままじゃ持たない……! 相打ち覚悟で……ッ!)
 そう決意し細めた瞳を開く少女への一方的な猛攻が不意に止んだ。
(!?)
 反射的に双眸を開くシャナの眼前、先刻己の斬撃を吸収した炎獣(トーガ)が、
その拳を硬く握り締め弓を引くように大きく振りかぶっていた。
 そして少女の躰を木っ端微塵に砕くかのように、
その巨拳を容赦なく撃ち降ろす。
「あうぅッ!」
 反射的に出た底掌受けでなんとか直撃は避けたものの、
威力を消す事は当然叶わずシャナは背後に高速で弾き飛ばされる。
 乗り越え防止の為かなり頑強に造られた鉄柵に、
少女の躰は磔刑のように叩きつけられた。
 暴力的な激突音。
 (ひしゃ) げた背後からそのまま殉教者のように力無く地に落ちるシャナに再び、
群青の獣が我先にと群がる。
 立ち上がる力が在る内は執拗に叩き、徹底的に嬲り殺しにするつもりのようだった。
(とても……全部は相手に仕切れない……なら……!)
 グラつく視界を何とか意志の力で繋ぎ止め、シャナは炎獣(トーガ)達の最奥、
最初から構えを違えず細い両腕を腰の位置で組むマージョリーを見据える。
(『本体』 を叩く……ッ!)
 完璧に統率された群集を成して殺到する炎獣(トーガ)に対し、
シャナは意志の力を研ぎ澄ませる。
 ソレに呼応するように、千切れた黒衣の裾がさざめいた。
 そこにすかさず繰り出される、炎獣(トーガ)の猛攻。
 先刻の一方的な暴虐の熱に浮かされているのか、
威圧感と手数の多さは比較にならなかった。
 そして、夥しい数の爪撃が無惨に少女の躰を数多の破片へと引き裂いた刹那。
 炎獣の群の前には、散り散りになった黒衣の脱け殻だけが
巻き起こった気流にたなびいた。
((((((!?)))))) 
 目の前にいた筈の標的を見失い、キョロキョロと周囲を見回す炎獣達の背後、
セーラー服姿の少女が胸元のペンダントを揺らしながら
最奥のマージョリーへと差し迫っている。
 無数の爪が自分に着撃する瞬間、即座に己の身を黒衣から素早く抜き出し
「残像」 を代わり身として相手に攻撃したと錯覚させる高度な回避術。
 マージョリーの遣ったモノとは性質が違うが
相手を幻惑すると言った点では同じのモノ。
 トーガ達の足の隙間を転がりながら潜った為、やや崩れた体勢ではあるが
少女はそのまま手にした大刀を足下のコンクリートに引き擦り、
凶暴な火花を掻き散らしながら必殺の一閃を射出する為に眼前の美女へと疾走する。
 空を穿つ抜刀炎撃斬刀術 『贄殿遮那・火車ノ太刀/斬斗(キリト)
「フッ……!」 
 その少女の姿に邪な笑みを浮かべた美女は、手にしていた 『本』 を宙へと放る。
『本』 はそのままピタリと固定されたように空間へと貼り付く。 
 そし、て。
 ドグオオオォォォォォッッッッ!!!!
 大地を支点にした刀身を己に射出しようとしていた少女へ瞬く間に強襲し、
無防備な水月へ路面に亀裂が走る程の強い踏み込みで跳ね上げた膝蹴りをブチ込んだ。
「う……ぐぅ……ッ!?」
 想定外の事実に、そして急所にメリ込んだ蹴撃に少女の瞳が大きく見開かれる。
 意図せずに大量の呼気が吐き出され、大刀の柄に据えられた両手も小刻みに震えた。
 それと同時に、並の戦闘者ならその場に蹲り恥も外聞もなくのたうちまわるほどの、
筆舌に尽くし難い痛みと怖気と吐き気が少女の脳幹を劈く。
「“遠隔操作能力” を遣うから、近接戦は出来ないとでも想ったの?」
「あ、ぐぅッッ!!」
 その直後、開いて剥き出しになった少女の背中に、
美女の肘が錐揉み状に旋廻して捻じ込まれた。
 通常のフレイムヘイズの防御能力なら、ただそれだけで背肉が爆ぜ、
内部の胸椎も軒並み圧し潰される程の痛烈な撃ち落とし。
 肉が歪み、みしりと骨が軋む音に混ざって成熟した女の声が到来した。
「無数の炎獣(トーガ)を率いるこの私が、ソレより弱いワケがないでしょう?」
 崩れた体勢で硬直するシャナに、マージョリーは優しく教授するように語りかける。
 そして。
(顔は、勘弁してあげるか。一応女だものね)
 美女は平に構えた拳を収め、代わりに身を低く鋭く踏み込み
左の肘を少女の右脇腹に挿し込んだ。
「ぐァッ!?」
 辛うじてに後ろに飛んだものの、左拳に添えられた右腕の撃ち込みの威力を
完全に殺すコトは叶わず、少女は背後へ直線状に弾き飛ばされる。
 主の道を開ける従者のように、左右に展開したトーガ達の間を擦り抜け
突き破った鉄柵の支柱に、なんとか指を絡ませ墜落するだけコトは避けるシャナ。
 しかしそこから再びコンクリートの上に降り立った少女の脳髄に、
痺れるような激痛が直撃した。
(!!)
 一瞬にしてその顔が蒼白となり、膝が折れて地面につきそうになるのを少女は
なんとか押し止める。
(……折……れた……!?)
 蒼褪めた表情で着撃箇所を手で探る。
 制服越しの指先から伝わる感触では正確に解らないが、
少なくとも罅は入っているようだ。
 人体の負傷はどんな軽微なものでも常にその全体へと影響を及ぼすモノではあるが、
シャナのような己の身体能力をフルに活用する『刀剣遣い』にとって、
コレは著しい不利益をもたらす。
 特に上体を捻る動作を要とする廻転、旋廻系の剣技はコレで完全に封じられた。
『今までの』 少女で在るなら、負傷に伴う苦痛はソレを上回る闘争心、
或いは使命感に拠って脳内モルヒネのように打ち消してきたが、
『今の』 少女にはソレがない。
 故に、痛みは痛みとしてしか躰に認識されない。
 その創痍の彼女の前に、未だ無傷のトーガ11体が立ちはだかる。
 最奥にいるマージョリーの姿が、今はやけに遠く感じられた。
(とても今の状態じゃ、剣技は遣えない。逆に贄殿遮那に引っ張られる。
なら……!)
 刀身を足下のコンクリートに突き立て代わりに右手を顔前に構える。
焔儀(コレ)しかない……ッ!)
 開いた掌中に紅蓮の炎が激しく渦巻いた。
「アラ? もう終わり? 最近欲求不満だったから、
もっと格闘を愉しみたかったんだけど」
 追いつめられた少女とは裏腹に、美女は世間話でもするように軽く言う。
 その美女を無視し、シャナは己が焔儀の執行に移る。
「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 喊声を挙げると同時に、右脇腹がズキンッと悲鳴をあげるが歯を軋らせて
ソレを堪え、両脇に広げた手にそれぞれ属性の違う炎を瞬時に生み出す。
炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)
 今ある少女の焔儀の中では最大最強の威力を誇るモノだが、
ソレがどこまで通用するかは解らない。
 相手は明らかに焔儀の腕では自分の上をいく者、
トーガを二体か三体までなら片づけられるだろうが、全ては無理だ。
 しかも途中で吸収される可能性も在る。
(おまえなら……こんなとき……どうする?)
 当たり前のように口にしていた心中の言葉に、少女は自分自身でハッとなる。
 頼らないと決めた筈なのに、一人で出来ると今朝言ったばかりなのに。
 それなのに、気がつくと、いつも……
 その時、全く予期しなかった音響が少女の心臓を撃った。






「……」
 耳元で鳴る無機質なコール音。
 夕暮れ時なので街は人波でごった返しており走り辛い事この上ない。
 進行方向を遮る人々の脇を抜い、時に肩をブチ当てながらも
無頼の貴公子は目的の場所へ疾走していた。
(……でねぇな。ホテルに忘れたのか?)
 だったら別にそれで構わない。
 少女が依怙地になって電話に出ないのだとしても一向に構わない。
 しかし、もし、『出られないのだとしたら』
(あそこかッッ!!)
 焦燥よりも先に認識が走った。
 視線の遙か先、高層ビルの隙間に煌めく群青の色彩をスタープラチナが捉えた。
 無論周囲を行き交う人々にソレは視えていない。
 耳に真新しいメタリック・プラチナのスマホを当てたまま、
空条 承太郎はその場を目指す。
 しかしその中心点で、既に同属同士の熾烈な戦いが始まっているコトを彼は知らない。 





(――ッッ!!)
 スカートのポケットから断続的に発せられる、無機質な電子音。
 困惑したまま瞳を上へ下へと動かす少女に対し、
遠間からそれを聴くマージョリーは訝しげにその音の発生源をみる。
「……何か知らないけど、鳴ってるわよ? 出たら?
その間に攻撃するなんてセコい真似はしないから。
これが現世のラストコールになるかもしれないしね」
 封絶の中で何故携帯電話が鳴るのか?
 疑問には想ったが考慮に値しないと判断した美女に促されるように、
少女は小刻みに震える左手でポケットに手を伸ばす。
 その音を待ち望んでいたかのような、全身で拒絶するような、矛盾した表情。
 着信音に合わせランプが点灯する紅い携帯電話の、
液晶画面に記載された名前。
「……」
 しかし少女は通話ボタンの上で震える指先をそれ以上押す事はなく、
どうしたらいいか解らないまま呆然と立ち尽くした。
 やがて静寂した空間に無機質な電子音が20回以上鳴り響いた後、それは途切れる。
 沈黙の中、興醒めしたように美女が口を開いた。
「良かったの? 彼氏からの熱烈なラブコールとかだったんじゃない?
それにしても封絶の中までかかってくるなんて変な電話」
「うるさいッッッッ!!!!」
 からかうように告げられたマージョリーの言葉だったが、
それに心の深奥を無遠慮に触れられたように感じたシャナは怒声で返した。
 戸惑いも逡巡も、躰の痛みもその一声で全て吹き飛んだ。
(おまえが……おまえなんかが……!)
 わなわなと震える全身を駆け巡る理解不能の感情と共に、再び両手に炎が宿る。
(私達の間に入ってくるなッッ!!)
 そう激高し、少女は手に宿った二つの炎を眼前で鋭く弾き合わせた。 
 そのたった一度の動作だけで属性の違う炎同士が一瞬で融合し
巨大な深紅の球となる。
 戦慄の暗殺者、紅世の王 “狩人” フリアグネとの戦い以降一ヶ月余り、
この少女も何もしていなかったわけではない。
己に課した日々の鍛錬の中、確実にアノ時よりも 「成長」 し
焔儀発動までの時間を大幅に短縮するコトを可能としていた。 
(“連発” だッ! 自在法を吸収するなら 『そう出来ない位』
連続で射出し続ければ良い……!
3回、4回、ううん、手が千切れるまで撃ち続けるッッ!!)
 そう思い切り決意の炎が燃え上がる灼眼を、美女は興味深そうに見据える。
「“ゾディアック” の力較べ、ね。子供っぽいけど面白そうだわ。
折角だから乗ってあげましょうか?
試してみたい “(ワザ)” も在るし、ね」
 そう言ってマージョリーが指先を弾くと同時に、
少女の前に傲然と立ちはだかっていた炎獣(トーガ)の壁が一瞬で消え去り、
元の存在の力へと戻った群青の炎が蒼き螺旋を渦巻いて美女の躰へと還っていく。
炎獣(トーガ)を消した!? でも、逆に好 機(チャンス)ッ!)
 油断なのか傲りなのか、理由はどうでも良い。
 コレで勝負は総力戦ではなく、極めるか極められるかの瞬発戦になった。
 ならば既に焔儀を完成させかけている自分が有利。
 如何に練達した自在師だとはいえ、
“アノ男” のように 「不死身」 というわけではない。
 炎への耐久力はどのフレイムヘイズも一律で在る以上、
コレが極まればソレで全てが終わる。
『そうすれば』
「“紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(アーク・クリムゾン・ブレイズ)” ……!」
 己が存在を司る、究極自在法大系内の一領域の深名が、
目睫で両腕を交差した少女の口唇をついて出る。
 指先に神妙な印を結び、交差した腕の隙間から
標的であるフレイムヘイズを鋭く射抜く少女。
 だが、意外。
 その視線の先の美女も、合わせ鏡のように自分と同じ形態を執った。
(同じ構え……!? フザけてるの……!?)
 一瞬の逡巡。 
 その(まにま) に、美女は構えを崩さぬまま足下をヒールの先端で踏み割って
カメラのズームアップのように強襲する。
迫撃(はくげき)型焔儀……!?) 
 刹那の間に思考するがソレよりも勢いが勝り、
「レイジング・クロス!!」
己が流式名を刻みつけるように、少女は印と共に重ね合わせた両掌を深紅の球に繰り出す。
 しかし術式発動の自在式が球内に叩き込まれる瞬間に、
眼前の 「標的」 が突如姿を消した。
(!?)
 目標を失った灼熱の高 十 字 架(ハイクロス)は、
そのまま空を滑走し鉄柵を蒸発させて突き破り封絶の彼方へと消え去るのみ。
 直後に背面から(かお)る、魔性の美香に気づいた時はもう遅かった。
「――ッッ!!」
 背中合わせの状態から左拳に右掌を添え穿つように放たれた肘打ちが脊椎を直撃し、
下腹部が弛緩するような衝撃と共に少女は前方へ飛ばされる。
 そのまま冷たいコンクリートの上に受け身も取れず叩き付けられるが、
追撃の可能性に際して躰が勝手に反応し震える足下のまま少女は背後に向き直った。
「馬鹿正直に、真正面からの “ゾディアック” の撃ち合いなんかに応じると想ったの?
ただの消耗戦にしかならないのに。見た目の通り、本当にお子さまね? アンタ」
 先刻、自分が言い放ったコトをあっさりと反故(ほご)にし、
悪びれる様子もなくそう告げるマージョリー。
 圧倒的な能力(チカラ)を持ちつつも尚、勝つ為なら何でもするという狡猾さ。
 一見えげつなく想えるが、一切の綺麗事が通用しない戦場に於いては寧ろ当然の仕儀。
 精神的な少女の不調を差し引いても、戦士としての機転に於いて
マージョリーはシャナを上回っていた。 
「でも、少しだけ誉めてあげるわ。
完全に躱したと想ったけど、余波に掠っただけでこの威力とはね。
遊んだこっちも悪いんだけど」
 美女はそう言って、微かに焼け焦げ白い煙を(くずぶ) らせる手の甲をみせつけるように(かざ)す。
姿(ナリ)はチビジャリでも、流石は “天壌の劫火” のフレイムヘイズと
言った処かしら? でも、まだまだね。
アノ程度じゃ、“フレイムヘイズの焔儀に成ってないわ”」
 そう言った美女が指先を弾くと、遠間で浮いていたグリモアが滑るように
移動し頭上で停止する。
 そして、微笑と共に告げられる、ゾッとする程妖艶(あま)やかな声。
「アンタに、教えてあげるわ…… “ゾディアック” の……
その真の能力(チカラ)をね……」
 言葉の終わりと同時に美女は、その両腕を高々と掲げ頭上で交差し
己を司る焔儀領域の深名を口にする。
「“蒼 蓮 拾 参 式 戒 滅 焔 儀(ダーク・フェルメール・ブレイズ)……” 」
「ヒャーーーーーーーーーーッハッハッハッハァァァァァ!!!!!!」
 艶やかなマニキュアで彩られた指先の印の上で
神器 “グリモア” の表紙が開き、中のページがマルコシアスの狂声と共に
嵐の中ではためくように暴れる。
 やがて、規定のページでピタリと停止した 『本』 の紙面が
強烈な群青の光を放ち、それと同時に凄まじい存在感を轟かせるモノが
美女の背後に出現した。




   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!



 空間に展開した、闇蒼の紋章と紋字を鏤める特殊自在式法陣。
 その裡から、異次元空間より現世へ這い擦り出すかのように姿を見せた存在。
 ソレは、焔に因って形創られた、一本の巨大なる腕、否、 “脚” 
 鋼鉄の如き骨格と装甲に等しき肉塊を刃のような群青の毛革で覆われ、
その先に破滅の爪牙を鳴轟する魔狼の前脚。
 掌握すれば周囲の高層ビルを砂の城の如く()り砕き、
振り廻せば枯葉の如く粉微塵にしてしまうで在ろうコトを否応なく
視る者に感じさせるその脅 嚇(きょうかく)
「――ッッ!!」 
 フレイムヘイズとしての、焔儀の遣い手としての絶対的戦力差を魅せつけられ、
絶句する以外術をなくす少女の前でマージョリーは静かに口を開く。
「“ゾディアック” の神髄、その真の意味とは、
『王の存在をこの現世に完全顕現させるコト』
アンタの遣っているような低級焔儀は、
その過程に於いて派生した “副産物” に過ぎない」
 両腕を頭上で組んだまま、まるで諭すような口調で美女は言葉を続ける。
「今はまだ、マルコの前脚を一本現世に召喚するのが精一杯だけど、
いずれはその “全身” を完全に顕現させてみせるわ」
「おぉ~おぉ~、頼んだぜぇ~。
我が最強の “フレイムヘイズ” マージョリー・ドー。
一日も速くこのオレサマのカッコイイ躯体(ボディ)を現して
大暴れさせてくれよなぁ~」
 破滅の戦風と共に、蒼蓮の火走りが空間に迸る。
(むう……蹂躙、己がフレイムヘイズを此処まで鍛え上げたか……!)
 まるで蛇に睨まれた蛙ように、微動だに出来ない少女の胸元で
アラストールが戦慄と共に呻く。
 もうこの時点で既に勝敗は決したと言って良いほど、
マージョリーの発動させた超焔儀はその絶対的大要を揺るがすコトはない。
 少女は既に、美女がこれから刳り出す “流式” の
その死の射程圏内に位置し、現状の如何なる術を用いようが
防ぐコトも躱すコトも不可能な状態へと陥っている。
 意図せずに口の中がカチカチと鳴り、冷たい雫で濡れた首筋がチリチリと疼いた。
 頼みの綱である贄殿遮那も、今は自分から遙か遠い位置に突き刺さっている。
(何も……出来ない……? 何も……出来ない……ッ!)
 かつて、最も忌むべきアノ男の、その真の能力(チカラ)と対峙した時と同じように。
「……」
 少女の口唇が、意図せずに動いた。
「さぁ~て、一応 “同属” だから手加減してあげるけど、
もし殺しちゃったらごめんなさいね? この焔儀(ワザ)制御が難しくて、
全力以外じゃ遣ったコトないから」
 そう言って蒼き焔で彩られた指先を、
四足獣が爪を立てるように折り曲げた美女の背後で、
数十倍のスケールを誇る魔狼の脚もソレに連動するように蠢く。
 現世に顕現した魔狼の爪。
 しかしその絶対的威力は、最早爪に留まらずソレを超えた牙!
 そして、美女が空間を斬り裂くように右腕を繰り出すと同時に響き渡る流式名。
 闇蒼刻滅。魔狼の爪痕。
“蹂躙” の流式(ムーヴ)
冥 拷 禁 曝 蹂 躙 牙(フォビドゥン・バイツァ・ブレイクダウン)ッッッッッ!!!!!】
流式者名-マージョリー・ドー
破壊力-AA+ スピード-A++ 射程距離-B(最大半径50メートル)
持続力-D 精密動作性-E 成長性-B




 空間を断絶する、フレイムヘイズ “弔詞の詠み手” 最大最強焔儀。
 コレを受けて生き残った者は、未だ嘗て皆無……


←To Be Continued……
 
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