白髪
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
四話 変化前日 授業
礼拝がある日は授業の開始がほんの少し遅れる。
教師たちも礼拝に出席しているから、各担当の教室に着くまでに時間がかかるのだ。
一時間目は現代文。
担当教員は学年一の嫌われ者だ。
彼は高1のとき、入院することになった前担当者の代理としてきた。
学生が教師を最初から嫌っているとは思わないでほしい。
我がクラスは彼が来る初日の授業は、珍しく着席して待っていた。
新しい教師に、少なからず緊張していたのだ。
しかし彼は予想以上に手ごわかった。
四十代後半、ちぢれ抜けかかった髪、太った体、眼鏡越しに見てくる目つき。
女生徒はすぐに
「きっとこいつは無理だ」
との判断を下した。
そしてこの判断はその後、彼の授業で彼女らが一言も発言しないという事件を引き起こすのだ。
手ごわいのは見た目にとどまらず、中身もだった。
彼の一言目は
「君たちは遅れている。一つ上の代はこの時期、もっと先の単元だった。
言っちゃ悪いが、君たちは馬鹿だ」
だった。
何も悪いとは思っていないだろう。言葉一つ一つに彼の人となりが表れていた。
男子諸君も、敵として彼を見ることにしただろう。
そういう彼の授業はすごく長い。
どの授業も一律50分に変わりはないはずだが、やはり苦しいときは早くは過ぎない。
彼は今こないだ受けた校内模試の解説をしている。
結果を返す前の、何も手元にない生徒たちに。
「このときなぜ彼女は裏切ったかと言うと、少し考えればわかることだが....」
なぜこうもとげとげしいのだろう。
そしてなんて無意味なことをしているのだろう。
テストの内容を覚えてるものなどいない。誰もこの解説で学べない。
ああ悲しきかな、我が無知なる師よ
窓の外はそれなりの晴天で、少し風が吹いてるようだ。
教室の中はエアコンが効いていてすごく涼しい。
むしろ汗が引いて寒いくらいだ。
そういえば次の授業は何だっただろう。火曜日の二時間目、生物だっただろうか。
「君たちは自分の頭を使おうとしない。だから発達しないのだよ。教科書の言葉をそのまま書いても
私は正解になんてしないぞ」
すすんでイラつきたいことなんてないのだが、言葉は耳に入ってきてしまう。
いくら違うことを考えてみても、意識の隙間に彼はもぐりこんでくる。
クラスメイトを見渡すと、皆体を折り曲げて机に伏せていた。
彼は寝ている生徒を起こさない。
それは決して優しさなどでは無く、反逆者を見極めるためだ。
彼の持つ手帳には担当クラスの名簿がある。
寝ている生徒をそこから見つけ出すとこれ見よがしに「バツだな」と言って見せる。
その声に目を覚ます生徒もいるが、反応しないまま動かない方が多い。
もちろん起きて授業を受けている生徒もいる。
二つ向こうの彼女はそちら側だ。
「最初からちゃんと聞けばわかるよ。言ってることは正しいと思うし」
教えてくれた方法は役立たずだった。
彼女は社交的で、しっかり者の優等生だ。
この科目は得意らしく、彼への対応もすこぶるいい。
授業後に質問をしに行って、楽しそうに笑いあっているのを見たことがある。
彼女に
「あいつの授業は中身がない」
と話したときそう考えているとは知らず、まじめに受けたことあるのか、と言われてしまった。
「嫌いだって決めつけて聞かないんでしょ?」
何もかも知ったように話す彼女に少しイラついた。
「さてと、それじゃあ模試の結果を返すぞ」
一通り解説は終わったようだ。
出席番号順に取りに行く。
テストなんかが帰ってくるときは、少なからず気持ちが昂るものだろう。
さっきまで寝ていた生徒も、結果を受け取ると友達の席に向かい見せあって笑っている。
自分の番になる。
「もっととれたんじゃないのか」
顔も見たくない。
反応せずに席に戻る。
「どうだった?」
後ろの席から肩をたたかれた。
「もっととれたんじゃないか、だってさ」
馬鹿にした物まねをして彼に何を言われたのかを伝えた。
「あはは、にてる」
「やだよ、似てないって」
「なになに?あいつの物まね?」
「そうそう。結構似てるよ」
「似てねーってば」
「やってよー、見たいみたい」
「そこ、何やってんだ、座れ。このクラスは平均点が低かった。
こういう意識の低さも影響してるんじゃないのか」
なんでも説教に結びつける。
あぁ、過ぎ去り給え苦行の時よ。
ページ上へ戻る