雲は遠くて
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114章 信也、『詩とは、芸術とは何か?』の講演する
114章 信也、『詩とは、芸術とは何か?』の講演する
「みなさん、こんにちは!お元気ですか?」
「元気です!しんちゃん!」
8月20日の午後2時。定員72名の、ミーティングルームの演題に立つ、
身長175センチの、川口信也の挨拶に、
前列の3人掛けのテーブルの、
小学生や女子中学生や女子高生たちは、可愛い歓声を上げる。
10代の男子や、大学生、社会人の男女も来ていて、満席だ。
信也と交際して、3年になる大沢詩織や、
3年前に信也と別れた、清原美樹も来ている。
信也のロックバンド、クラッシュ・ビートの森川純や他のメンバーも来ている。
信也の飲み仲間で、エターナルの副社長の、新井竜太郎の姿もいる。
若者や大人たちによる文化・芸術活動の支援を目的としている、
慈善事業のユニオン・ロックの、SNS(Social Networking Service)は、
開始して約2年を経て、
パソコンとスマートフォンで、アクティブ・ユーザー数は、現在700万人を超える。
「えーと、ブラジル・リオデジャネイロのオリンピックも、いまさっきは、
男子400mのリレーで、銀メダルを取っちゃいましたよね!
ああいう、精神と身体で、自分の限界に挑戦する、
スポーツのお祭りも、人を感動させるっていう意味でも、
芸術品なんだなあと、ぼくはつくづく思いました。あっははは」
信也が陽気に笑うと、会場のみんなからも笑い声や拍手がわいた。
「この授業は、第21回目です!さて、きょうは、
まあ、スポーツ選手なら必ずやっているストレッチのお話から始めます。
ゆっくりと、10秒から30秒ほどと、ゆっくりと筋肉を伸ばして、
疲労回復やリラックスやけがの予防などに役立つ、ストレッチです。
実は、インターネットで調べても、科学的に、なぜストレッチが大切なのか?って、
みなさんに、ほとんど知られていないのが、現状のようです!
このディスプレイの映像や資料は、NHKの『ためしてガッテン』の
『冬の若返りストレッチ術』からのものです。
みなさん、老化の原因物質って、なんだと思いますかぁ?ねえ、そこの可愛い、みなさん!」
「わかんなーい!ほら、よく、お刺身とかが、酸化するっていうじゃない。
酸化が老化の原因かな?しんちゃん!きゃっはは」
「ありがとうございいます!みなさん、優秀ですよ!あっははは。そうですよね。
よく、巷では、酸化するとか耳にしますよね。
おれなんかも、その程度のことしか、この番組を見るまで知りませんでした。あっははは。
ディスプレイを見てください!筋肉には、このように、繊維質の膜の形をした、
白くてプルンプルンと柔らかいコラーゲンがあるんです。
このコラーゲンが、なんと、糖と合体して、コラーゲンの糖化が進行すると、
筋肉は和菓子のかりんとうのようにいガチガチに硬くなってしまうんです。
コラーゲンの糖化は、糖尿病や食後の高血糖で加速するなんて、番組では言ってます。
コラーゲンは、全身の組織にあるんですよね。たとえば、骨のコラーゲンが糖化されたら、
しなりもなくなって、このようにぽきんと折れちゃうんです。こわいですね。
こちらは、目のコラーゲンですね。糖化されると、視力が低下します。
皮膚のコラーゲンが糖化されると、しわやくすみの原因になってしまいます。こわいですよね。
ここで、1番大事なことは、身体が硬いと血管も硬いってことですが。
血管というのは、このように、三層の構造になってます。
その二層目は、平滑筋ですが、
平滑筋の中のコラーゲンが糖化されてしまうことが、動脈硬化の原因の1つになっているんです。
さて、問題はここなんですよね、みなさん!
ここまで、黒くてガチガチに硬くなってしまった、
この和菓子のかりんとうのようになったコラーゲンが、
はたして、白くいプルンプルンの柔らかなコラーゲンに、戻ると思いますか?!
どうですか、いつも素敵な元気なお嬢さんたち、あっははは」
「きっと、戻ると思います!だって、しんちゃん、自信満々で、嬉しそうなんだもん!きゃっははは」
「老化を可能な限り小さくする、アンチ・エイジングには、食事をするときは、
野菜を先に食べることによっても、コラーゲンの糖化を遅らせることができます。
筋肉の中のコラーゲンは、このように網目となって、
蜜柑のネットのような構造をしていまして、そのおかげで、
柔らかく保たれています。しかし、血液中に糖の多い状態が続くと、
糖がコラーゲンの網目にベトベトくっついて、そのしなやかさを失わせてしまうんですね。
さて、ここからです。主役の登場です!それが、この繊維芽細胞なんです。
まだ、コックリと眠っていますよね。あっははは」
信也は、右手の大型ディスプレイを見て笑った。
「この繊維芽細胞くんたちは、金づちなのかハンマーなのか持ってますよね。
言ってみれば、わたしたちの身体の中の大工さんなんですよ。あっははは。
実は、ストレッチをすると、古いコラーゲンはところどころ傷つくんです。
繊維芽細胞たちは、その傷ついたことに気がついて、古いコラーゲンを捨てて、
糖化でガチガチになったコラーゲンを新しいコラーゲンに入れ替えてくれるんです。
筋肉のコラーゲンの網目を修復してくれました!
つまり、ストレッチをすると、繊維芽細胞たちが働いてくれるんですよね!すばらしいですよね!
あっははは。
まとめますと、ストレッチを続けることで、老化したコラーゲンは若返る!ってことです。
おれも、よくビールを飲んだりするんで、糖化との闘いの日々ですから、
ストレッチは、もう日課です。あっははは。どんなストレッチが、いいかは、
みなさん、ネットで調べたりして、研究してくださいね!あっははは」
「わたし、しんちゃんに、ストレッチ教えてもらいたいです!」と、女子中学生が言って、微笑んだ。
「わかりました、じゃあ、後で教えてあげね!君たちは、いつも天真爛漫(てん しんらんまん)で、
おれの可愛い妹みたいなんだからなぁ!あっははは。
えーと、今回のタイトルは『詩とは、芸術とは何か?』なんだけどさ。
たぶん、おれの自己満足のつまらない芸術論なんだよね!あっははは」
「がんばってー!しんちゃんなら、大丈夫よ!金メダル、まちがいなし!」
誰かがそう言って、小・中・高生たちは、一斉に可愛い歓声を上げる。
「ありがとう、ありがとう、みんな。君たちからの金メダルをいただいておくよ。あっははは!
さて、いまの世の中、デジタル革命いってもいい、便利さで、
誰でが、昔に比べても、芸術的なことや、趣味にチャレンジしたり、
楽しめるようになったと思うですよね。
けれど、そんな状況とは反対に、世界中では、戦争やテロや難民問題とかのニュースが多くて、
ひとことで言ったら、人の心は、危機的な状況になっているんだと思います。
所得とかの、いろいろな格差とかでも、貧困が生まれて、人の心は荒廃しています!
そんなわけで、みんなの心には、いつも悲しいとか淋しいとかが、慢性化しているのが、
現代社会なのかな、っていうのは考え過ぎかな。あっははは。
でも、じゃあ、何がいけないんでしょうかね。おれは、明るい未来のある明るい生き方を示す、
明確なビジョン、つまり、構想とか未来図とか未来像とか、理想的な人間像とか、ヒーロー像とか、
つまり、おれらの明るい未来の姿っていうものを、誰もが描けないことが、
まず、1番の問題点かなっ思ったんだよね。おれは。あっははは。
じゃあ、おれは、どんなビジョンを持っているんだって、自問自答したんですよ!
そしたらさあ!あっははは。すぐに答えが出たんだよね。あっははは!
何だと思うかな!そこのスウィング・ボブが決まっている可愛い子!何だと思う!」
「わたしですかぁ!きゃははは。しんちゃんのビジョンっていえば、『みんなが詩人になること』
しかないんじゃないですかぁ。きゃははは」
スウィング・ボブのヘアスタイルの女子中学生が笑いながらそう答えた。
会場のみんなも明るく笑った。
「ピンポン!大正解だよ。よく、おれのこと知ってるじゃん!
そうなんですよ。おれは、誰もがみんな、詩を書けば詩人だし、
絵を描けば、素晴らしい画家だと思っているんですよ!
だってさ、学校の廊下や教室に貼られているみんなの絵を、じーっと見つめたりしていれば、
おれなんか、じきに、胸がつまって、涙が出てくるんだから。あっははは」
会場のみんなからは、大爆笑と拍手の嵐。
「なぜ、詩や芸術のテーマなのに、ストレッチのお話をしたかと言うとですね!
ひとことでいったら、おれらが生きているこの自然界に逆らっては、
幸せには生きることができないように、この世界はできているってことなんだと思います。
みなさんには、古い時代の話なので、知らない人も多いでしょうけど、
画家としても有名で、1970年の万博博覧会では、この『太陽の塔』をつくった、
岡本太郎さんは、こんな世の中で、『失われた自分を回復するための、
もっとも純粋で、猛烈な営み。自分は全人間であるということを、
象徴的に自分の姿の上にあらわす。そこに今日の芸術の役割があるのです。』
ということを、知恵の森文庫の≪今日の芸術≫でお話になっています」
そういって、色鮮やかなディスプレイの『太陽の塔』を、信也も見つめる。
「芸術には、岡本さんの言うような役割があると、おれも思います!しかし、現代社会では、
そんな芸術が、やたらと、国が褒めたたえて賞の授与の対象になったり、
何々賞とかの対象になったりで、どんどん高級化されたり、栄誉の対象となったりして・・・、
2015年には、ゴッホの絵画、この『アリスカンの並木道』は79億円超で落札されましたけど。
商品化できるものが芸術だとか、そんな先入観が、知らないうちに、頭の中にインプットされ、
埋め込まれてしまうのじゃないでしょうか。マインドコントロールとかの、
一般社会で言われる心理操作というのは、
案外簡単に、普通の人がひっかかちゃうものだと思います。
さて、おれは、やっぱり、ひとことで言ったら、人間と自然との友好関係を修復することが、
現代の衰弱して、無力になっているような、われらの芸術の復活になると思っています!
1番始めに、ストレッチのお話をした理由は、その自然界の仕組みに、驚くとともに、
自然に対する敬意というのかな、尊敬や感謝の気持ちを強く感じたからです!
その自然の中で、活躍する人たちと言いますか、
いまはちょうど、オリンピックで、盛り上がってますよね!あっははは
男子団体総合や男子個人で、金メダルに輝いた、内村航平さんにも熱いものを感じました。
金メダルにこだわるのもおかしいですけど、そこから感動的なドラマが生まれますよね。
あの内村さんも、ぼくから見れば、すごい芸術家です!
つまり、人は自然の中で、身体を動かして、活動することによって、
芸術家になるんだし、芸術活動をやっていくんですよ。
と言うか、人は、生まれた赤ちゃんのときから、人を喜ばす、芸術家なんですからね。
そんな誰にでもあるはずの、芸術家の芽とでもいうものを、すくすくと伸び伸びと育ててゆく、
そんな学校の教育こそが大切ですし、みんなが自分の力を信じて、個性を生かして生きることが、
本来のといいますか、幸せを目指せる生き方なんだろうって、おれは思うんです!あっははは」
信也がそう言って一息ついて、演台に用意されたグラスの冷えた水を飲む。
そのあいだ、拍手が鳴りやまない。
「生命なんて、とても誕生できないはずの、過酷な環境の、この広大な宇宙の中で、
生命にとって最適な大自然に恵まれた、奇跡の星が、この地球です。
そんな大自然と人間の相互関係って、どんなものなんでしょうか。
それを、わかりやすく、普遍性、つまり、いつの時代でも通用する言葉で語っているのが、
19世紀の哲学者のカール・マルクスが26歳で書いた『自然哲学』なのだと思います。
『自然哲学』は、晩年の大作『資本論』の根幹をなす思想といわれています。
詩や芸術を尊ぶ心の大切さが、瑞々しい感性で語られていると、おれも感じています。
『資本論』には、資本主義の分析に追われるうちに、そんなマルクスの初心が、
消え失せてしまっているようで、歴史的にも多大な誤解を生んでしまっている気もします。
吉本隆明さんが、『マルクスの自然哲学』っていう文章で、わかりやすく語ってくれているので、
その吉本さんの文章をコピーしてお配りしました。若い人には、ちょっとばかり、
難しい内容ですが、お時間のある時にでも、読んでみてください」
会場からは、拍手がわいた。
「吉本さんが敬愛していて、おれも尊敬している詩人で童話作家の、
みなさんもよくご存じの宮沢賢治は、こんなことを言ってます。
『世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない』って言葉です。
『農民芸術概要』って中の言葉ですが、
おれの心にも、衝撃というか、心を凍らせるような言葉なんです。
吉本隆明さんは、『詩とは何か』という著書で、
『詩とは何か、それは、現代社会の中で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、
かくという行為で口に出すことである。こう答えれば、すくなくともわたしの詩の体験にとっては
充分である。』と語っています。
おれは、実はこれまで、吉本さんの言うこの詩の定義がわかりませんでした。あっははは。
そこに、つい最近、さっきの宮沢賢治の言葉が、ぴったりくるって思ったんです。あっははは。
『世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない』って言葉ですけど、
これこそは、全世界を凍らせる言葉であり、究極の詩かもしれませんよね!あっははは。
まあ、詩も芸術も、もっと身近なテーマでいいんだと思います。
世界中凍っては、氷河期に突入してしまいますからね。あっははは」
会場のみんなもっ笑った。
「お話をまとめますと、マルクスにしても、宮沢賢治にしても、吉本隆明さんにしても、
人間は、自然や他者との、豊かな交流や共感や交感の中でこそ、幸福に生きられるのだと、
言っていると、おれは感じています。そこに詩や芸術も生まれるのだと思います。
・・・これで、きょうのおれのお話は終わりにしたいと思います。
きょうは、世田谷区の、たまがわ花火大会ですよね。
朝方の大雨や、にわか雨もありましたけど、本日は予定通りの花火大会がきっと実現できます!
きょう、ここにお集まりのみなさまには、ご案内の地図にある場所に、
シートになりますけど、観覧席をご用意してあります。
きょうは、7時から開幕で、花火は打ち上がります!みなさんで、楽しいひとときを過ごしましょう!
夜空の大音響の色鮮やかな花火は、真夏の芸術です!あっははは。
それでは、これからも、みんなで、いつも元気に、いろいろと楽しくやってゆきましょう!」
「しんちゃんと、いっしょに、花火を見れるなんて、最高です!」
女子学生が、そう言った。会場からは拍手が鳴りやまなかった。
この講演で、配られた、吉本隆明の著作の『マルクスの自然哲学』は、下記のものだった。
ーーー
『マルクスの自然哲学』
自然に対して何か働きかけを行うと、必ず人間のほうも変容してしまいます。
「もうひとりの自分」になってしまう。マルクスの『経済学・哲学草稿』のなかの言葉でいえば、
「有機的自然物」になってしまう。
<中略>
人間が自然(外界)に働きかけたとき、心身ともに ── つまり精神的にも物質的にも ──
どういうことが生じるかという問題は、ぼくの知っているは範囲では、
マルクスしか言及していません。
マルクスは、「人間が精神的ないし身体的に自然に働きかけると、
自然は価値化する」といっています。人間が働きかけると、ただの自然でなくなって
「価値的自然」になる。人間の延長線になって、人間の役に立つような価値を生じる。
したがってそれは、人間の身体の延長線になる、とマルクスはそこまでいってます。
ではそのとき人間はどうなるかというと、人間は逆に自然になっちゃうんだといってます。
マルクスは「有機的な自然」という言葉を使ってますけれども、有機的な自然になってしまう。
どういう意味かといえば、自然に働きかける人間は、そのとき「人間」ではなく、
機械ないし筋肉の行使者といったような「有機的自然」になってしまうということです。
価値化された自然というのは人工的な自然である、というふうにいうならば、
それは経済的価値になったり文学的価値になったりする。
反対に、人間は自然が収縮したものになる。
つまり、人間の身体は自然そのものと同じかたちになってします。
自然のように狭まってしまうといったらいいんでしょうか、
あるいは自然のように広がってしまうといったらいいのか、
ともかく人間が自然に働きかけると、人間の身体は自然と化してしまう。
これがマルクスの自然哲学の考え方です。
人間および自然に対する考察として、ここまでいった人はいないんじゃないかと思います。
(川口信也からの説明)
有機体とは、生命現象をもっている個体のことです。ですから、有機的とは生命的ということでしょうか。
ーーー 以上は、吉本隆明 著、「日本語のゆくえ」、光文社知恵の森文庫からの引用です ---
≪つづく≫ --- 114章 おわり ---
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