二月の夜。
データで組まれた冷たい大気と共に、冷気の如くやってくる。
彼は狩場に夜にしか現れない。
その理由は非常に単純明快で。
昼間は人が多いというのと、単純に人目を避けたいからだ。
潔癖症の如く人目を嫌い、絶対的に知名度を上がることを避ける。
しかしその実力は非常に高く、同時にあまりにも異端すぎた。
だが、アインクラッドでの彼の知名度は非常に低い。
一般プレイヤーの皮を被ったザサーダやクーレイトと違い。
彼のポインターは常にオレンジに染まっている。
見れば一発でそういう人種ということがわかるというにも関わらず。
ウスラのように突発的に現れ、その場をめちゃくちゃにするにも関わらず。
HeavensDoorの如く、目撃者の徹底的にPKし、目撃情報を下げるというやり方を取っていた。
そのため、彼のPK成功率は、実に100%を誇る。
まるで抜き身の刃物のような危険さと、鋭さを持つにも関わらず。
彼自身の性格は、まるで春の風のように穏やかで。
同時に、何処までも澄み渡る青空のように、一点の曇りもなく、光のように真っ直ぐだった。
幼少期の夢は勇者で、中学、高校では正義の象徴である、警察官を目指していた。
そして今現在、彼の職業は、海上自衛隊である。
もちろん、彼がこのデスゲームに参加する前の職業であるが……。
しかし、今現在でもその彼の志は変っていない。
では何故、PKという愚行に及んでいるのか。
その行動理念はただ一つ。
デスゲームを強制終了させるためである。
幾らデスゲームと言えど、全てのプレイヤーが死ねばゲームの続行は不可能。
開発者、管理会社も、流石にそんな事態に陥れば全プレイヤーを一度開放せざるを得ない。
本当に100層で終わるのかわからないようなデスゲームを、100層までいつまでかかるかわからないデスゲームを。
クリアして、正攻法で、終了させるよりも、遥かに確実だ。
そんな思考が、彼の頭の中にあった。
当然、それは死んだ人間がすぐにナーヴギアに頭を焼かれるのではなく、後に一斉に焼く、という理論に基づいているが。
しかし、そんな考えを言ったところで、大抵の人間は死ぬことを拒否するし、下手をすれば狂人扱い。
そもそも1万人近い人間がいるのだ。
全員殺すことは一晩ではいかない。
何日もかけて、ゆっくり殺し続けなければいけない。
もちろん、そんな悪役になることを望む人間はいないし、いずれ極度の罪悪感で精神に異常を起こす怒れもある。
そのため、彼は真っ直ぐすぎるが故に、自ら悪役を買って出た。
自分が殺し続ければ、いずれ皆は助かる。
つまり自分が必要悪になることで、実行役になることで、誰もイヤな思いをせずに済む。
しかし、厄介なことにこのゲームには監獄というシステムがあり、PKが公になれば、監獄行き。
最悪、PKKの可能性だって十二分にありえる。
そうなってしまえば彼の計画は終わりだ。
そのために彼は、公になることを潔癖症の如く嫌う。
全てを助けるために、自分が犠牲になり、悪になり、助けるべき人を斬る。
全ては、真っ直ぐすぎるが故の、たった一つの、救済の願いのために。
本日もまた、とある狩場に、彼はやってきた。
狩場にいる人数は五人。
その全員が、今回は男性だった。
それを見て、彼は安心した。
必要のためとはいえ、女性をPKするのは気が引けるからだ。
無論、彼は引けたところで、問答無用でPKするのだが。
彼は素早く、獲物を手に構える。
構えた武器は大剣。
『メトゥラシエン』という名の青白く光る、彫刻品のような美しい大剣だ。
スキルスロットに一度だけ目をやり、特に変更しないまま、彼は男性達に向かって歩き出す。
「あん? なんだ、アイツ」
その中の、一人が彼に気づく。
そんな気づいた男性に。
彼は、一度だけ、丁寧にお辞儀する。
「こんばんは。 お取り込み中、大変申し訳ありません」
そんな紳士的な態度に、男性はお、おうと動揺をしながらも、彼の方を向く。
男性の視界には、大剣を構えた、オレンジポインターの姿。
しかし、その態度は非常に紳士的。
そのわけのわからない状況に、一度、男性は硬直した後。
「……お前、PKか?」
そんなことを、おそるおそる口にした。
さて、突然だが、ここで男性が逃げたり、仲間を呼ばずにそんなことを口にしたのには理由がある。
まず相手の武器が大剣だったこと。
男性の武器は槍で、リーチでは勝っている。
さらに攻撃速度も槍の方が速く、もしPKであっても、先手を取られることはない。
そして、彼の防具である。
見たところ戦闘向きではない。 兜も鎧も、小手すらつけていない。
シャツの上にチョッキをつけた、本当にただの一般的な服のその姿。
男性の目から見てもわかる、防御力の無さ。 所謂、紙防具。
そんな相手がPKだったとしても、勝てる自信があった。
あちらはこちらに何撃入れなければ勝てないのに対して。
こちらは、2,3発入れれば相手は落ちる。
相手をPKKすれば、街で自慢も出来る。
どう考えたところで、男性にとってはメリットしかないのだ。
だからこそ、男性は逃げない。
彼を前にして、男性は平然を装い、冷静を意地し、相手の出方を見ていた。
そして、次の瞬間。
彼は、ニコリと微笑を浮かべたかと思うと。
「はい。 通りすがりのPKです」
それだけを口にして、大剣を持ち上げる。
それを見計らい、男性は笑みを浮かべた。
「ああ、そうかよ!」
自慢の槍で、男性の体を貫こうとしたその瞬間。
男性の体は、流れる水のように横にスライドしたかと思うと。
あろうことか、その大剣を、細剣の如く片手で軽々と持ったかと思うと。
「チェックメイトです」
その一言と共に、瞬間的に、その大剣によって、細剣のスキル、スター・スプラッシュが繰り出された。
中段突き三撃、切り払い往復、斜め切り上げ、上段二段撃の計八連撃がスキル通り発動し。
メトゥラシエンのサイズも相まって、男性の体を、一瞬にしてバラバラに引き裂いた。
「……は?」
男性は、事態がよく飲み込めないまま、青く砕け散るエフェクトと共にデータの海へと還っていく。
男性一人がいなくなったことで、他のメンバーが気づいたのか、すぐに、彼の元へと集まってくる。
しかし、その間、彼は装備を変更し。
右手に『聳弧』と呼ばれる白い羽毛のついた真っ白な刀と。
左手に『ウルティオ』と呼ばれる、赤いラインが走る黒いランスを。
それぞれ直剣と、盾として【装備】した。
通常、こういったシステム外の装備は不可能。
持ったところで、スキルは発動できず、無駄になるだけである。
だが、彼は違う。
「では皆様。 ショータイムといきましょうか」
その一言で、その刀で、その槍で。
彼らの想像よりも斜め上すぎる攻撃を、まるでどこぞの無双の如く繰り出し。
わずか6分後には、その場には彼しかいなくなっていた。
システム上で出来ないことを、何故彼は出来たのか。
その秘密は、バグである。
全ての武器スキルを一定レベルまで均等に上げることで、システムに誤認を起こさせた。
スキルスロットにはバラバラのスキルを組み込み、その手に持つ武器を対応した武器の持ち方に持ち変えることで。
意図的にバグを起こし、システムに誤認を起こさせる、という寸法である。
もちろん、それ以外にも武器選択画面で様々な誤認させる要素を出しているのだが。
当然、このバグを知っているのは彼だけで、目撃者は漏れなく死んでいる。
天国の扉でさえ、この事実は知らない。
だが、それでも彼は今、天国の扉率いるDiracに所属している。
さらに、序列二位として不動の地位を築いている。
スカウトされた理由も、本当に偶然である。
PKを終えて、立っていたところに、天国の扉が出くわし、勧誘したのだ。
彼は初め、天国の扉をそのままPKするつもりだったが、目的が早く達成できると判断し、協力したのだ。
そして彼は、特にギルドの動向に興味もなく、ただ、毎夜毎夜、PKを繰り返している。
救済という名の殺戮を。
正義という名の犯罪を。
勇気という名の狂気を。
異型のPKは、次の獲物を探すために再び歩き出す。
彼の名は鏡月(kyou-getsu)。
バグを使用する、無双の殺人鬼である。
――――――
年が明けたとある日。
唐突に、その日は訪れた。
ギルドのホームである酒場は、昼間は閉じている。
食材の調達や武器等の調整もあり、昼間は天乃は不在状態となる。
その時を見計らったかのように、扉を叩く音が、ホームの中に木霊した。
その時、ホームにいたのは、俺、ヘヴン、スユア、レイカ、シャムの五人。
他ギルドのヘヴンとシャムがいたのは、偶然というより……。
ヘヴンはこのところ毎日遊びに来てるし、シャムはギルドから呼び出しがかかるかまで暇だということで来ていた。
まぁ大体いるところを見ると、あんまり呼ばれないのだろう。
スユアとレイカは机の上でお喋りをしながらトランプで遊んでいた。
余談だが、俺は単純に、グリュンヒルを某有名メイス使い鍛冶師に強化のため預けているので狩りにいけないだけだ。
もちろん、別に預ける必要もなかったのだが、休むための口実だ。
こうでもしないと、ヘヴンが非常にうるさい……。
さて、そこでこのノックである。
俺は誰かを呼んだ覚えはないし、レイカとスユアが反応しないところを見ると、彼女らの知人でもない。
シャムとヘヴンが他人のギルドのホームまで人を呼ぶわけもないし……。
まぁ、俺が出て、話を聞けば済む話か。
俺は気だるく椅子から立ち上がり、ギルドのホームの扉を開けた。
すると、そこには、二人の人影が立っていた。
視界をその二人の顔へと向け、俺は、唖然とする。
その二人の顔は、俺の知らない顔ではなかった。
だが、別に知り合いというわけでもないし、親しくも無い。
それどころか、なんでこんな、こんなのが、ここを尋ねてきたのかが、疑問だった。
それに、これはどういうことだ……?
何が起こっている……?
その二人の顔は、多少異なりはしたが、基本は同じ。
あえて違いを言うなら、歳だ。
片方は、大人の女性のような雰囲気で、もう片方は、俺の知るアイツより、もう少し年上くらいだった。
そう、そいつらの顔は……。
「ユイツー……っ!」
俺が苛立ちを隠せず、それを口にすると。
大人の女性のような雰囲気のユイツーは、静かに首を横に振った後。
「いえいえ、私達は、彼女と違いますよ」
そう口にして、俺の目を真っ直ぐ見た後。
再び、口を空けた。
「正式名称MHCP001-3X。 通称、ユイスリーと申します。 ユイツーの存在を知る、貴方に用があってここに来ました」
ユイスリー……!?
こいつら、どんだけ量産されてんだ……?
いや、元々一万人のメンタルケアを担当するはずの端末と考えれば、相当の数がいてもおかしくはない。
「……なんだ? もしかして、ユイツーの存在はタブーで、知った俺は垢BANでもされるってのか?」
そう嫌味を込めて口にしてやると、ユイスリーは再び首を横に振った後。
「いえいえ。 滅相もない。 アカウント停止なんて真似は致しません。 それより、中に入らせてもらってよろしいでしょうか?
我々はあまり人目につきたくないもので……」
そのユイスリーの言葉を、俺は、あえて信じることにした。
「ああ……まぁ、コーヒーでも飲みながら、ゆっくり話そうぜ」
俺は、その言葉と共に、二人をギルドのホームへと入れる。
その瞬間、酒場にいた全員の視線が、ユイスリーらに向けられた。
まぁ、そりゃあそうだ。
こんな同じような姿をしたやつらが二人揃って来たら、こうなるわな……。
初めに動いたのはシャムで、俺の横へと駆け寄り。
「あ、アルス? 彼女らは? あれ、見た目が、ほら、あの、見た目がさ……」
どもりながらそんなことを小声で放つシャムに、俺はため息をつきながら答えることにする。
「詳しい説明は省かせてもらうが、あれはNPCだ。 まぁ、超高性能な自律思考、自立思考、つまりAIを搭載してるみたいだがな。
データの存在ってところだけは、今現在の俺らと同じだ。 ま、話があるみたいだからな。 聞くだけ聞いてくる」
「ま、マジで? アルス、PKに続いてついに垢BANされちゃうの……?」
俺と同じようなこと思ってやがる。
だから、PKはされなかったんだよ……。
まぁ、今でもヘヴンに対して警戒はしてるけどさ……。
お陰で、俺の今のスキル構成はPKK寄りのスキル構成だ。
いずれ来るだろうウスラにも備えてるって意味もあるけどな……。
兎に角、そんなことを思いながら、重い気持ちでユイスリーらを椅子に案内し、椅子に重く腰掛ける。
「さて、最初からヘヴィに、ストレートに聞くぜ。 俺に何の用だ? 言っておくが、厄介事は勘弁だぜ」
そんな俺の言葉に、ユイスリーは少しだけ黙った後。
「初めに素直に、真っ直ぐに謝っておきます。 ごめんなさい。 厄介事です。
しかし、他に頼める人間がいませんし、限りなく隠密に行ってもらいたいんです。 なので、貴方に依頼します」
そんなことを、サラっと言ってのけた。
ああ、コイツは、貧乏クジ引いた感じだ。
しかしまぁ、なんとなく、こうなることはわかってた。
「まぁ……大人は依頼されたことは断らないからな。 やって当然だ。 とりあえず、詳細を聞いてやるよ」
俺がそう口にすると、ユイスリーは機械的にニコリと笑みを浮かべた後。
「ありがとうございます。 依頼は実に簡単です。 ユイツーを、止めてください」
あくまでも、サラリと、その言葉を口にした。
ユイツーを、止める?
「おいおい。 ユイツーはお前らの仲間じゃないのか? 端末の一人なんだろ」
「ええまぁ。 そうだったんですが。 もうあの子は我々の手に負えません」
ユイスリーは俺の素直な疑問を、さらに倍加させるような受け応えをした後、そのまま事情を語り出す。
「先日、カーディナルがユイツーに再三の警告を送ったところ、ユイツーがカーディナル側との接続を絶ちました。
さらに一部の一般プレイヤーと一部データを共有することで、カーディナル側が無理にユイツーを削除すれば一般プレイヤーにも被害が及びます。
その上、彼女を守るように、ザサーダというプレイヤーが行動を共にしているせいで、我々では接触が非常に困難です」
「……ふと思ったんだが。 もし一般プレイヤーに被害が及んだ場合。 被害が及んだソイツらは消えるのか?」
俺がそう言うと、ユイスリーは首を横に振った。
「いえいえ。 消えはしません」
「だったらいいんじゃないのか?」
俺がそんな疑問を口にすると、ユイスリーは、再び首を横に振る。
「いえいえ。 よくありません。 というか相当マズいことになります」
「具体的には?」
「データを共有した一般プレイヤーが全て、ユイツーになります」
「……は?」
正直、理解が出来なかった。
コイツが何を言っているのか。
そして何がなんだか。
なんだよ、それ、ユイツーになるって……。
「見た目が変るってことか……?」
「いえ、それどころか全部ユイツーと同じになります」
「いやいや、待て待て、どういうことだよ。 話が跳躍しすぎてわかんねぇよ」
頭を抱えながらそれを口に出すと、ユイスリーは深呼吸してから、再び口を開いた。
「我々はAIで、データの塊にしかすぎません。 実際、我々をアイテム化することも可能で……」
そこで、ユイスリーは隣にいた同じ顔をした少女に視線をやると。
少女は頷いた後、その体を光らせたかと思うと、青い宝石のようなものになった。
なんだ、これ……。
俺はそれを手に取り、アイテム名を見ると……。
『MHCP001-4P』なんて名前がつけられていた。
……これは、十中八九、コイツらのデータそのものだな。
そう思っていると、ユイスリーが掌をこちらに開きながら、口を空ける。
「さて、そのアイテム。 つまり我々ですが。 貴方達には見えないだけで、拡張子が変わっただけなので、データの圧縮や解凍等も可能です。
もちろん分割化も可能で、暗号化すら出来ます。 パスワードをかけてロックすることも不可能ではありませんし、名前を変えて他のアイテムに成りすますことも可能です。
ああ、それを使ったところで何も起こりませんし、ただエラーメッセージが出るだけですが」
そんなことを口にするユイスリーにアイテムを返すと、ユイスリーはそれを手の上で転がしたかと思うと。
「さて、当然、こんなことも可能です」
そう口にしたかと思うと……。
そのアイテムが、二つに増えた。
……コピー&ペーストでもしたのか?
いや、そんなこと、出来るのか?
……逆を言えば、圧縮等が出来るなら、それは出来る。
だって、データなんだから……っ!
「さて、このアイテム。 拡張子を変えて元に戻すだけなら別に害はありません。
ただの私達ですからね。 ですが、問題はここからです」
そこで、ユイスリーはアイテムの一つを己の頭に押し付けたかと思うと。
そのアイテムが光ると同時に、ユイスリーの姿は、突如、先ほどユイスリーの横に居た少女の姿へと変わった。
少女は、暫く黙って俺を見た後。
「……こんな感じで。 一定条件を満たせば上書きすることも可能なんです。
このアイテムはナーヴギア本体の中に保存されますから、うまく設定を組み替えると……」
そう言って、少女は懐から、先ほどのものと同じようなアイテムを取り出し、隣の席へとおくと。
アイテムが光り、ユイスリーが現れた。
それと同時に、ユイスリーが喋り出す。
「ナーヴギアに保存されているプレイヤーのアカウントをハッキングし、キャラクターデータに直接上書きして、キャラを間接的にデリートしてしまうことも可能です」
「……っ。 デリートされた人間は、どうなる?」
「ナーヴギアは脳波をスキャンしていますからね。 キャラクターデータに上書きするということは、そのプレイヤーにAIの書き込みを行うということです。
意識、自我の消滅。 まぁ、良くて植物人間状態でしょうか。 最悪、強制ログアウトと判断されれば、デスゲームの掟に従い、そのまま……」
最後だけ言葉を濁したが……。
つまり、死ぬ可能性があるってことか……!
「そのアイテムが上書きする条件はなんだ?」
「カーディナル側、私達が下手に手を出した場合です。 消滅までのわずかな時間に、共有している拡張子が全て開いてユイツーが複数現れるでしょう。
もしかしたらその後、さらに共有の幅を広めて増殖するかもしれませんね」
ユイツーまみれのアインクラッド……。
その手のヤツには天国かもしれねぇが、同じ顔が複数いるってのは、恐ろしいな……。
あんまり想像したくはない。
いや、下手したら俺だってユイツーになるかもしれねぇ……。
「GMはどう判断してるんだよ……」
俺がそう口にすると、ユイスリーは首を傾げた後。
「GM? ああ、ゲームマスターのことですか。 あの方は特に何もしませんよ。
あくまでもこういうこともイベントの一環として見ているようです。
あまりに被害が大きくなるようなら動くようですが、数十人程度が犠牲になる程度なら、許容範囲だそうです」
……イカれてやがる。
どうなってんだ……。
まるでこの世界で起こる、不測の事態ですら楽しんでるような感覚だな……。
俺ら人間をなんだと思ってやがる。
「ふざけんなよ……。 そんなもん、犠牲者が出る前に止めるしかねぇだろ!」
俺がそう口に出すと、ユイスリーは機械的な笑顔を浮かべて。
「はい。 そう言ってくれると思っていました。 なので、貴方には、ユイツーとアイテムを共有している人間から共有アイテムを奪ってください。
その後、ユイツーを討伐してください。 カーディナル側からのバックアップとして、ユイツーと貴方が対峙した瞬間、我々がユイツーに接触し、オブジェクトを変更します。
あとは単なるデータと化したユイツーのHPを0にすることで、ミッション完了です」
簡単にそう言ってくれるが……。
コイツは中々……。
「アイテムを共有しているプレイヤーはわかるのか?」
「ああ、先ほど座標から検索しておきました。 約14名。 そのデータはここにあります」
そう言いながらデータを見せるユイスリーに。
俺は、見せられたデータを見て、違う意味で唖然とした。
……知ってる名前が一人もいねぇ。
まぁ、もしこれが漫画とかアニメなら、知ってる人間に埋め込まれてて、チクショウ、なんでアイツに!なんてアツい展開があったのだろうが。
ヤバい。 本気で誰も知らないぞ。
ご親切に名前の横にレベルとメイン武器も書かれてるが……。
いやいや、マジでちょっと、知らないっていうか。
なんだこのLv1ってやつ。
あれか、狩りが怖くて1層で宿に篭ってるようなやつか。
こんなコミュ障と俺どうやってコンタクト取ればいいんだよ……。
しかし、依頼された以上、やらないわけにもいかないし、犠牲者が出るのも腑に落ちない。
「……とりあえずそのデータはもらっておくぜ。 で、だ。 俺一人で十四人全員と接触してクリアしろってのか」
ため息をつきながらそう口にすると。
ユイスリーは機械的な笑みを浮かべると。
「もちろんその方が好ましいです。 しかし。 この場で話した以上。 そうもいかなくなりました」
そう口にすると同時に、その場から立ち上がり、酒場を見渡した後。
「プレイヤー、HeavensDoor、レイカ、スユア、シャムもこのクエストに強制参加とします。
カーディナル側からの命令ですので、誠に残念ですが、拒否権はありません」
そんなことを、さらっと言いやがった。
「ちょ、ちょおおおおっと! なんで私まで!? おかしくない? これ絶対おかしいよね!?」
シャムが慌ててそう叫ぶも、ユイスリーは機械的な笑みを浮かべるだけ。
「ねー。 レイカ聞いた? 私達までイベントに参加らしいわよ?」
「あらら。大変だねー。 報酬とか何かあるのかな?」
シャムとは正反対に、スユアとレイカは楽観的だ。
恐らく、スイスリーの話をよく聞いてなかったのだろう。
未だにトランプで遊んでいるところを見ると、事の重大さがわかってない。
「いざとなれば人海戦術と来たか。 機械の癖に随分と凡庸な意見だな。
しかし特殊イベントというのは興味がある。 特別に手伝ってやろうじゃないか」
そしてなんだかんだで乗り気なヘヴン。
こりゃあ、決まりだな……。
「じゃあ、手分けするとするか……。 この場合は三組に別けた方がいいのか?」
俺がそう口にすると。
横からすぐにヘヴンが口を挟んできた。
「まぁ待て。 アルスと私とユイスリー。 シャムとスユア、レイカ、そっちのもう一人のユイツーの二組でいいだろう。
よかったな。 アルスとシャム。 ハーレムだぞ、喜べよ」
「うれしくねぇ……」
「同感だよ……」
俺は正直ヘヴンのことを異性として見てないし、ユイスリーなんかAIだ。
カーナビ相手に萌えろと言われた気分だぜ……。
いや、そういう性癖の人はいるかもしれないが、俺は生憎そういうのじゃないからな……。
ああ、2Dの女の子は好きだけどね。 俺。
シャムの方は逆に、シャムが女にしか見えないせいで女の花園にすら見えるぜ。
というかもう一人のユイツーはなんて呼べばいいんだ。
形式ナンバーから見てユイフォー?
「まぁ、とりあえずわかった。 まずは一層のコイツから接触してみるか……」
俺がしぶしぶとヘヴンの意見を受け入れながらそう口にすると。
レイカとスユアがそんな俺を見て立ち上がり、二人で口を開けた。
「あのさ、アルス君。 これ早めの方がいいんだよね? ていうかやり方は任せてくれる感じ?」
「やり方がなんでもアリなら。 こっちで十人担当してあげてもいいわよ。 ああ、もちろん報酬金はしっかりもらうけど」
十人だと……!?
正直、かなりありがたい話だが……。
「そんなに対応できるのか?」
そこが疑問だった。
もし、ユイツーがレアアイテムに偽造していれば、交換は非常に難しい。
仮に偽造されてない状態だったとしても、レアアイテム、未知のアイテムであることには変わりない。
そんなアイテムを、人から取るのは非常に難しい気がするが……。
疑問を露にしながらスユア達を見ると。
スユアは朝飯前という顔をした後。
「大丈夫よ。 私、戦闘は得意じゃないけど、こういったやり取りはかなり得意なんだから。
相手からアイテムの一つや二つ取るなんて、朝飯前に食べた夕食前に食べた昼食くらいのものよ」
そう言いながらスユアはマジックのように、手から札束を取り出した。
……買収とか、そういうのなのだろうか。
まぁ、あれだけ言っている以上、こちらもこれ以上は疑わない。
「じゃあ頼む。 俺は四人をどうにか対応しよう」
「ええ、任せなさい。 レイカと、あとついでにシャムもいるし、トラブルが起きても大丈夫よ」
そう言って自慢げに胸を張るスユアに、レイカも揃って胸を張る。
いや、レイカ、お前多分何もしないだろ。
それとは対照的にシャムは大きなため息を吐くのだった。
一層、とある宿屋。
俺達は早速、ユイツーのデータを埋め込まれたやつに接触するべく、その部屋の前へと来ていた。
もちろん、万が一ということもあり、グリュンヒルは持ってきた。
ついでに、ユイスリーから多少の改良はしてもらったが……。
とりあえず、こいつを使う事態を願いながら、俺は一度息を吸った。
「もしもーし。ちわーす! 三河屋でーす!」
はたしてこのネタが通用するかわからないが、そんな言葉を吐きながら、扉をノックする。
しかし、中からは、何の返事も返ってこない。
やっぱりダメか……。
そう思っていると、ヘヴンが一歩出たかと思うと。
そのドアノブを掴み。
「いるのはわかっているんだぞ! 出て来い! キャラクター名、クローザー!」
そう叫びながら、ドアをガタガタと音を立てながら揺さぶる。
「お、おい! 無茶すんな!」
無数に現れるオブジェクト破壊不可の警告文を見て、必死にそれを止めようとするが。
ヘヴンはドアノブに対するそのイジメは全く変わらないどころか、ドアを叩き出す始末だ。
何処の闇金の取立てだよ……これ。
そんなことを思っていると。
突如、荒々しくドアが開く。
「うわっ!」
当然、ドアの前にいたへヴンはそのまま飛ばされそうになるが。
反射的に俺がその腕を掴み、阻止した。
まぁ、自業自得だな……。
「もうなんなの!? うるさいんだけど!?」
怒りと共に部屋の中から出てきたのは、一人の女性。
……女性?
あれ、おかしいな、データに書いてあった名前はクローザー……。
「あのー。 クローザーさんですかね?」
俺が恐る恐るそう尋ねると。
女性はこちらを冷たい目で見た後。
「そうよ。 私がCloser。 もしかして、私のこと知らないの?」
そんなことを、言い放った。
いや、マジで初対面ですが、こっちは。
「ああ、初対面ですよ。 クローザーさん。 しっかし、あれですね……一層のレベル1だってのに、その装備はなんですかね?」
とりあえずフレンドリーに接するために、装備のことを言ってやる。
クローザーがつけているその装備は、正直に言えば。
一層で、レベル1が装備している装備に見えなかった。
ステータス無視で装備できる装備ではあるが……。
高級ドレスのようなその服装は、露店でも平均2Mくらいする高級装備だ。
さらに体の所々につけてるアクセサリーや頭につけてるカチューシャは……。
全部装備合わせれば10Mはくだらない。
もし強化品であれば、下手したら15Mじゃ収まらないだろうな。
「ああ、この装備? こんなのはただの部屋着。 たかだか2Mくらいの安物だしね?
もっと高い装備もあるけど?」
そんなことを自慢気に言うクローザーに。
俺は暫く黙った後。
「ああ、そうか。 もしかしてアンタ、姫プレイでもしてるんですかね……」
そんなことを言ってやると、クローザーは口角を上げて、ドン引きするくらいビシっとポーズを決めた後。
「よく知ってるじゃない? 褒めてあげる、三河屋さん?
私はこの一層で、周りから『姫』と呼ばれているの! 私はスーパースター! 何もしなくても、周りが貢いでくれるんだから!
私は選ばれた人間! このスペシャルさ! ラグジュアリーさ! VIPさ!」
来る狂来るとポーズを変えながらそんなことを吐いた後。
最後に己の体を撫でるようにして、口元に人差し指を持ってきながら。
「嗚呼……美しさは罪。 私はなんて罪な女。 けどまぁ、勝手にファンがやってるものだし? 私は別に悪くないし?
というか私がこんなに可愛いから、これくらい当然だし? ていうかこれでも足りないくらいだし?
私が姫なのは当然で必然で当たり前で常識なんだから、しょうがないよねぇ~」
なんてことを、ベラベラ喋り出した。
……コイツは……性格地雷だ。
俺三河屋ではないからね。 言い出したのは確かに俺だが。
確かに、見た目は可愛い。
こう言うのはアレだが、今俺の前にいるヘヴンより数段可愛い。
まぁ、あっちのが若いからってのもあるんだろうが。
その影響なのか、今俺が腕を掴んでいるヘヴンは、俺が下手に腕を放せばすぐにPKしそうな勢いだ。
こんなところでいざこざが起こって相手のヘソを曲げられても困るんだが……。
「と、り、あ、え、ず。 あのー。 クローザー姫様? この三河屋が貴方様をお尋ねしたのには理由があるんですよ」
あくまでも紳士的な態度で、笑顔を崩さずそう接する。
ここで、相手を挑発したら面倒になる。
折角出てきてくれたんだ。
アイテムをとっとと回収してとんずらしよう。
「どうしたの? 三河屋さん。 私のファンになるなら自由だけど? ていうか今私を見てる以上、本当は見物料ももらいたいところだけど?
それとも装備くれるの? もらうけど。 ああ、100kくらいのアイテムなら別にいらないから。 腐るほどあるし?」
「いや、逆ですよ逆。 アイテムをもらいたいんですよ。 恐らく、貴方のアイテムストレージに、見たことのないアイテムがあると思うんですが……」
あくまでも、イラつきながらもそう対応すると。
クローザーは俺の言葉を聞いて、アイテムストレージを開いた後。
「あ、ホント。 何かなこれ? MHCP001-2Cって書いてあるんだけど? バグアイテム?」
そんなことを言いながら、アイテムをその場でグラフィック化した。
アイテムの見た目は、俺が先ほど見た、ユイスリーと同じような感じだが……。
色が青じゃなく、赤だ……。
そう思っていた時。
「アルスさん、ヘヴンさん。 どちらでもいいので、早くあのアイテムを奪ってください」
突如、今まで黙っていたユイスリーがそう発した。
「……そうかッ!」
それを聞いて、ヘヴンが動こうとしたその瞬間。
「おっと?」
クローザーは、その手を閉じて、アイテムを自分の胸元へと入れた。
リアルであれを見ると、中々エロいものがあるのだが……。
正直、今はそれどころじゃない。
「人から物を奪うのは泥棒じゃない? それに、これ多分レアアイテムでしょ?
売ればお金になりそうなのに、渡すわけないでしょ?」
クローザーがそんなことを、我が物顔で言った瞬間。
「タイミリミットですね」
ユイスリーが、淡々とそんなことを口にした。
その意味は……恐らく、文字通りの意味なんだろう。
あのアイテムの解凍条件……。
それは恐らく、あのアイテムをストレージから出して、所有者が一定時間持った時だ。
だから、あの時、ユイスリーは早く奪えと命令した。
ストレージから出した後の交渉じゃ……遅いんだ……!
「この、アバズレ女め! それをよこせ!」
同時に、ヘヴンが目に見えない速度で、クローザーへと飛び掛るが。
その直後。
クローザーの胸元が、突如、光った。
恐らく、あのアイテムがある場所……。
「え? 何これ? 光ってるんだけど? すごくない?」
クローザーは初め、そんなことを飄々と言っていたが……。
「あ、あれ……なんで?」
突如、頭を抑えてガタガタと震えだした。
同時に、ヘヴンが不愉快そうな顔をしながら、クローザーの胸元に無造作に手を突っ込むが……。
「くそ! アイテムがないぞ!?」
そんなことを、苛立ちを隠しきれずに口にした。
……アイテムがない。
ということは……。
脳裏に、最悪の状況が過ぎる。
いや、恐らく……それで、間違ってないんだろう。
腹を括るしかないか……。
俺は、ゆっくりと、背負っていたグリュンヒルを引き抜き、戦闘態勢に入った。
「痛覚って、ないはずでしょ!!?? なんで? なんで? 頭が熱いんだけど!? 頭が痛いんだけど!?
まってまってまって、やめてやめてやめて! 頭痛い痛い痛い痛い痛い! ギブギブギブ! ギブだってえええええええ!!!!」
頭を抱えながら錯乱したように暴れるクローザーを見ながら。
俺は、ただ、その時を待つ。
ヘヴンは、その光景を唖然として見ながら、ユイスリーへ視線を向ける。
すると、ユイスリーは、ただ機械的に。
「ギブって、なんて意味です? とりあえず書き込みが終わるまで少しお待ちくださいね」
なんてことを、冷静に言った。
……ユイツー以上に、コイツには感情がないのか?
いや、NPCということを考えれば、これで正解なのかもしれないが……。
「助けて!!!助けて助けて助けて!!!! 頭が! 脳が焼けちゃう! 脳が、頭が!アァアアァア゙ぁ゙あ゙あ゙あああああ!!!!!!!!!
あhhcbcdfあdbbedfdbeeffjaecdafaaaaaaaa
aaaaaaaa0110110101110011010101!!!!」
叫び声が次第に機械的な何かになっていくのを聴きながら。
俺は、クローザーの、その最後の姿を目に焼きつけた。
一度、0と1のデータの塊となって、完全に組み変わっていく、その異様な光景を。
全てが終わった後。
そこに立っていたのは、見覚えのある顔。
「はい。 書き込み完了です♪ うーん、生身の体って新鮮ですねぇ。 NPCじゃなくPCとして活動するのが楽しみですよ」
そんなことを、笑顔で言うのは。
見間違えるはずもない。
ユイツーの姿、そのものだった。
「……活動なんかさせるわけないだろ。 お前はここで消してやるよ」
そう言って剣を向けると。
ユイツーは、口元を必要以上に吊り上げて、歪んだ笑みを見せる。
「あはははは! まぁ、やるだけやってみればいいんじゃないですか? まぁ、ここ圏内ですけど?」
そんな挑発的なユイツーの言葉を、俺は無視して。
ただ、その手に持った剣で、ユイツーの体を、突き刺した。
当然、街中ではプレイヤーに対する攻撃は不可能。
仮に攻撃したとしても、ノックバックが起こるだけだ。
どころか、ユイツーと化したクローザーに通常の攻撃が効くかどうかは不明。
NPC扱いになっているのならば尚のこと、攻撃が効く可能性は薄い。
だが……それが、目的だ。
「え? あ、あれ……?」
ユイツーは、唖然とした顔で己の体を見る。
その体が、徐々にデータと化して、電子の海に消えていくその光景を。
ユイツーは、不可思議に思ったのだろう。
何故、ただの攻撃で、こんなことになるのか、と。
「グリュンヒルXXX(スリーエックス)。 さっきユイスリーに強化してもらった特殊武器だ。
対NPC用の、カーディナルシステムから直接干渉する削除プログラム。
当然、ただのモンスターやプレイヤーに対しては効果がないらしいが、ユイツー用に用意されたものだな」
俺がそう解説してやると、ユイツーはようやく、理解したような顔をしながら、再び笑みを浮かべた。
「……なるほど! これはやられました! この私は完敗です。 では後、13人。 精々頑張ってくださいね♪」
そんな言葉だけを残して、ユイツーはその場から消えていく。
一人目は……。 失敗した。
俺が、間接的に殺したようなものか……。
だが、俺は今、悔やまない。
ラノベや漫画の主人公のように、今、挫折しない。
そういうのは、全部終わってからやる。
俺は、大人だからな……。
生じる責任ってのは、後から必ずツケが来る。
だから、その時に謝るんだよ……!
「ヘヴン、ユイスリー。 行こうぜ。 次だ……」
俺は武器を仕舞いながらそう口にして、クローザーの部屋に背を向ける。
すると、ヘヴンが満足気な笑みを浮かべた。
「あまり気にしないんだな。 人が目の前で死んだというのに。
あれだけインパクトのある、悲惨な死を前にして、よくもまぁ、平気だな」
「平気なんかじゃねぇよ……。 俺の脳裏には、トラウマの如く焼き付いちまった。
だから、次からは絶対にそうならないようにする。 学んで、次に生かすんだよ……」
あくまでも、震える手を握りながら、そう冷静に口にすると。
ヘヴンは、さらに、意地の悪い笑みを浮かべた。
「成る程。 凡庸な考えだったか。 しかし、私はその考え、嫌いではないぞ。
『次で生かせばいい』『次で成功すればいい』 その甘い考え方、何処まで通用できるか、見物だな」
「勘違いするなよ……『次で』、じゃない」
俺はすぐに、ヘヴンのその言葉を否定した後。
「『次に生かす』『次は成功する』、だ! 同じことは二度と繰り返させるかよ! 社会人の基本だ!」
そう言い放ち、宿屋から外へと出た。
次の所有者は……十六層だ!
俺は決意と共に、拳を握り締め、次へと、向かった。
――――――
とあるダンジョン内にある圏内エリアで。
ザサーダは、目の前に表示された幾つかのモニターを見ながら、薄く微笑んだ。
「いやはや。 中々どうして面白いよ。 ユイツーに続けて、スリーとフォーか。
3XのXは未知を示すXだから、大人なのかな? 4PのPはプロトタイプのPだから、どっちつかずの年齢なのかな?
ユイツーのコピーがイニシャルのCがつくから、きっとそうなんだろう。
まぁやはり面白くはある。 こういった、ゲームマスターに近い位置、ボスに近い位置で、彼らを待つのは」
ザサーダが、その場でそう口にすると。
圏内エリアの入り口に佇んでいた二つの人影が、笑みを浮かべた。
「ええ、そうでしょう。 先生なら、こういう役回りを理解してくれると思っていました。
私には、いえ、私達には、もう時間がありません」
その言葉を放った人影は。
ユイツーに似てはいたが、髪形や服装が異なった少女。
ショートヘアーで、ボーイッシュな印象を与えるその少女は、『MHCP001-5SP』
SPはそのままスペシャルタイプの意味で、ユイツー同様、カーディナルから接続を切り。
ザサーダにパスワードを与えられたために、独自のプロテクトがかかっている。
さらにこのSPタイプは、それ本体がGM用コンソールとしての役割を持っているため、単独でのアクセスが可能だった。
ただし現在、カーディナル側との接続を断ったために、コンソールとしての役割は最早ない。
元々は一般プレイヤーの手の届かないところにある存在だったが、ユイツーがアクセスし、引きずりだしたのだ。
そして、その場にいるもう一人の影……。
それは、ユイツーではなかった。
「カーディナル側からMHCP001、ユイ系統の端末に対して一斉削除がかけられる前に、我々は増え、独立しなければなりません。
とは言え、我々単独でパスワードをかけたところでカーディナル側に解析されてしまう。
そこで、カーディナル側が唯一読めない、人の、プレイヤーの思考を持ってプロテクトをかける。
まぁとは言え、期限はあと二日しかありません。 それまでに……」
そこで彼女は口を止める。
彼女の名は『MHCP001-6N』
Nはネットワークのイニシャルであり、主にユイの端末同士のデータの同期をメインとしていた。
本来は全ての端末と接続し、協力する予定だったのが、スリーとフォーが先にカーディナル側に確保されたため、同期が不可能になってしまったのだ。
しかしファイブと同期を取ることにより、ユイツーと共にファイブを引きずりだすことに成功している。
その見た目は、単純にオリジナルのユイに眼鏡をかけたような姿。
現在、カーディナル側からと接触を断っているため、一部のユイシリーズ以外との接続を断っている。
そしてこの場で姿が見えないユイツーは。
だが確かに、この場に存在はしていた。
『期限内までに、全ての機能をインストールするのは難しいでしょう。 しかし、同時に確固とした逃げ道があるのも事実です。
ファイブとシックスも、いざとなれば、私のようにすればいいんですよ』
ユイツーのその声は。
ザサーダが首にかけている、赤い小さな宝石から聞こえてきた。
実は既にユイツーは、己をアイテム化しザサーダのナーヴギアへと己をインストールさせていたのだ。
そのため、元々持っていた機能の大半は失われたが、己を生存させることには成功していた。
現在、補助的なAIとして出来ることは、発言と、カーディナルの一部をハッキングしてのモニターの出現のみである。
そのため、ユイツーは己の分身達がどうなろうと、コンタクトは取れず、解凍するタイミングの指定も出来ない。
だが、それで十分だった。
「フフフ。 シャム君達のチームはやはり凄い。 既に10件中8件。 一度のトラブルもなく、うまくギャンブルで分身を取って破壊してるよ。
それに比べると、アルス達は4件中3件。 しかも1件は既に失敗している。 情けない結果だが、
前進はしてる。 これで、残すところ、あと3件のみとなったわけだ」
面白おかしくそう口にするザサーダに、ファイブは口を尖らせた。
「もう、結構これは危機なんですからね? わかってます? カーディナル側のスリーとフォーは感情が少ない代わりに優秀です。
それとは対になってる我々は、スリーとフォーに追い詰められれば消滅させられてしまうんですよ?」
そんなファイブに対し、ザサーダは軽く笑みを浮かべた後。
「まぁ安心したまえよ。 問題なのは、ここからなんだ。 残り3件の内2件は、ランダムじゃなく、指定して飛ばしたんだ。
撃退の準備も、それなりには出来てる」
そう口にしながら、ザサーダはその名を口にする。
「異端の格闘家ユナ。 彼女、いや、彼と関わった、あの『彼』に対して、シャム達は苦戦するだろう。
それと、ウチのギルドの切り札、序列二位の彼がアルス達の前に立ちはだかってくれるさ」
そう口にするザサーダの口元は、三日月に歪んでいた。
まるで、結果よりも、接触したらどうなるかという過程を楽しむように……。