ロザリオとバンパイア〜Another story〜
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第56話 一妻多夫
さっさとカイトは、教室に引っ込んでいき、この修羅場から逃げ出す事を成功してカイトは安堵していたのは言うまでも無く……、実は 安堵をしていたのは カイトだけじゃなかった。実は くるむも同じ気持ちだったのだ。
「(よっ、よかった……。だって、魅惑眼の効かない彼がいたら失敗してしまうかもしれない………、い、いや 失敗じゃない、かな?)」
正直な所、くるむは 1人ずつ、1人ずつ 攻略? をしていくつもりだった。
一番最初に狙っていたのはカイトなのだが……、くるむの魅惑眼が通用しなかった事、そして 何よりも カイトの事を少なからず知った為――後の本命として カイトの事は本気で落とす‼ つもりだった。
だからこそ、つくねとカイト、その2人同時の登場自体は全く予想してなかった、そして 同時攻略は不可能だと常々思っていたから。
数秒動くのが遅れて、くるむは気を取り直して。
「あーーー! つくねくんだーーー♪」
まずは、と言う事で、早速行動開始。くるむは、勢いよく抱き着いて、つくねに自慢の胸を押し付けた。
「うわーーーーー なんで!? なんで、くるむさんが!?? ま 待ってーーオレはモカさんに謝りに……」
つくねは、必死に逃げようとするのだが……、そこは悲しきかな、男の性。
普通の、健全な男の子が、女の子に、それも可愛くて とても大きな胸で抱擁されたその時は、色々と、身体に変化があったとしても、不思議ではないし、それが自然な事なのである。
だが、それは つくねにとっては仕方ない、と言われても、モカにとっては関係ない。
つくね自身が、デレデレと、ニヤニヤと、緩み切った表情で言われても、全く説得力は無いし、神経を逆なでするだけなので……。
「何よ…… 人が…… 心配してるのに…… うれしそーな… 顔して……」
モカは、じぃ っとつくねの顔を、眼を睨んでいた。
………つくねは、ただの人間だが、感じる事が出来る。そのモカの凄まじい妖気がはっきりと見えた気がした。力を封印されている状態にも関わらず、怒りを具現化したモカ自身もある意味では大した物、と言えるが……。
「(モッモカさん! 怒ってるーーー! メチャ怒ってる!!)」
つくねは、口も聞けない程、モカの圧力に委縮してしまうのだった。
そして、その圧倒的な殺気は この一帯に広がっていき――扉を隔てているとはいえ、ちゃちな木製扉では、心許なく 教室内部でも十分過ぎる程伝わってきた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……、と教室が震えている? いや 学園そのものが震えているのではないか? と思える程の鳴動を受け……。
「うおぁっ!!」
眠っていたカイトもたたき起こされてしまった。
いや、実を言うと、少なからずいつもと違う雰囲気に、やっぱり 少し心配(って少しかよ!!)してたカイトは、少しばかり 外の気配を探っていたら…モカの妖気をモロに感じ取っていたのだ。教室が、学園が揺れていると錯覚する程の殺気を。
「……封印されてるのに、モカから こんな妖気が出るって…… つまり、モカ相当怒ってる?? うぅ~~ん………、正直、ほんとに こんな空気ヤダなんだけど。 ちょっと、気配が……いつもと今回は違うか…な。それに…、くるむの事も少なからず気になるし………」
あの修羅場の空気からすぐに逃げ出したかったカイト。……でも、あまり険悪になり続けるのも、正直望む所ではない。
それに――まだ、気配の残滓が残っている気がする。
「むむ……、ちょっと、ほんとにヤバイかも……。 もう、ムリムリ言ってる場合じゃない……か。フォローしてあげないと」
意を決して、カイトは再び廊下へと向かって行く事を決心。
少々ビビっているのだが、それでも恐る恐る扉を開けてみると―――。
「……あ、あれ? モカ達は??」
廊下にはもういなかった。
少なからず、安心したのは別の話。
そして、校庭の扉前に座りながら、モカは沈んでいた。
カイトが意を決して廊下に突入した時にはモカ達はおらず……、くるむは つくねを連れ去って、モカは意気消沈してしまって、離れていたのだ。因みに、バンパイアの殺気の残滓が残ってしまっていて、カイトはまだ外にいると勘違いしていたのだ。
モカは、今は怒る気持ちは全くなく――ただただ、後悔をして 悩んでいた。
「わたし… つくねやカイトのなんなんだろう… 友達…なのに・・・ わたしの本性は 血を吸いたいだけ…? それに、カイトにも迫ったし… 私は…… 友達に、ひどいことを………」
モカのその眼からは、涙が溢れていた。
つくねが離れてしまった事、その原因が自分にある、と。
その時だ。
『おい! 未熟者、つくねは操られているだけだ』
また、あの時の声が突然聞えてきたのだ。
「わっ! な、なにっ!?」
モカは周囲を見渡すが、やはり何もないし、誰もいない。……だが、声だけは まだ続いている。
『あれは、《魅惑眼》……所謂、異性を虜にする術だな』
モカは、漸くこの声が、何処から出ているのか、理解した。
自身の胸元をじっと、見つめて――。
「なっ 何これ?? ロザリオから声が!?」
そう、この声は、モカの胸元のロザリオから聞えてきたのだ。
そして、中心に埋め込まれている赤い宝玉が、鮮やかに血の様に輝きを増した。
『私は、もう1人のお前だ。………深層意識からロザリオを媒介にし、話している』
「え…もう1人のわたし?」
正直な所俄かには信じがたかった。自身の妖力が解放されれば、本性が姿を現す、と言う事は判っていたし、以前もあった。でも、こんな風にコミュニケーション? が図れるとは思わなかったのだ。
色々と考えていた時も、声は続く。
『サキュバスは男を惑わす妖 その口付けをうけた男は永遠に虜になってしまうと言う……。 急げ……このままでは完全につくねはくるむの下僕にされてしまうぞ』
モカは、その言葉を訊いて そして くるむの目的を訊いて、はっきりと理解した。
あの行動は、つくねの意志ではない、と言う事と――― くるむは、意図的につくねを巻き込もうとしている事が。
そして、某場所では。
「(やっふ~~~♪ 見た? 見た見た?? あのオロオロした顔! 泣きそうな顔っ♪ たまんないよ~~)」
くるむは、モカの人気っぷりがよほど悔しかったのか、今は歓喜の涙を流しながら、一部分だけ擬態を解いて、その長く特徴的なサキュバスの尻尾を左右に振っていた。……犬?
そして、くるむの傍にいるつくねは、意気消沈。
「(なんで?? なんで?? オレ、モカさんにあんな事を言っちゃったんだろ…………)」
くるむとは正反対の意味で、悲痛な涙を流していた。
そう、モカと別れる前に―― つくねは、自分の事を『食料として見ているだろう?』とモカに言ったのだ。――正確には、くるむの術中に嵌り、言わされたのだ。
哀愁漂わせるつくねを見て、くるむは にやりと笑った。
「(つくねくんもよく見るとかわいいかも? いいね♪ このままつくねくんを虜にすれば私の勝ち!)」
そのまま、つくねを抱きしめるくるむ。
「落ち込んでるんだよね? つくねくん… お詫びにくるむが慰めてあげるから…」
「(って、なんだーーオレ! モカさんとケンカしたばっかなのに!! こんなのばっかり!!)」
つくねは、くるむの胸で窒息しそうになっていた。
「(よしっ、魅惑眼)つくね君…じっとして…」
つくねは、また――くるむの眼を見てしまい、完全に虚ろになってしまい――、そのまま、互いに顔を紅潮させながらベットに横たわった。
「く、 くるむ…さん…(だ…だめ…だ… やっぱり おかしい… くるむさんを見てると…オレ… いけない… このままじゃ…)」
ベッドに横たわり――最終段階に入る くるむ。
くるむは魅惑の術最終段階の口付けを行うため、顔を近づけていった。
「(わ わたしまでドキドキしちゃうけど… この口付けで… これで赤夜萌香を見返せる! ファーストキス……、最初は 好きな人と……って思ってたけど―――、背に腹は……っ!)」
5cm…4cm…3cm…
徐々に、くるむは自身の唇をつくねの元へと……。
「まっ…」
それは、つくねの唇が触れる寸前だ。
全神経を集中させ、つくねは、くるむに抱き着いたのだ。
「きゃ!(あ あれ? さあ口付けを…)
抱き着かれたくるむだったが、それは 効果は無い。真の効果が得られるのは、接吻をしなければならないのだから。だから、つくねから離れようとしたのだが、全く離れる事が出来なかった。
全く―――離れられなかった。
「------!」
「ごめん!できないよ!オレ…裏切りたくない人がいるから…」
ドクンッ……、とくるむの心臓が高鳴った。
つくねは、全く逆らえない魅惑眼を今度は逆に利用して、真の意味での魅惑の術を防いだのだった。
その行動はくるむを激しく傷つける結果になった。
「どうして…どうして… そこまでして…拒むの? そんなに、そんなにあの人がいいの??」
くるむは魅惑眼解除して、つくねを突き放した。まるで磁石の様にくっついていた2人が、同じく反発する磁石の様に、離れた。
「え!!」
つくねはくるむの突然の激昂におどろいた。
「わたしが… こんなに尽くしてるのに… 本当は、本当は……恥ずかしい事も、やってあげてるのに!!」
徐々に激昂していくくるむ。
その感情の昂りに合わせて、翼・爪・尻尾すべて擬態を解いた。
「えええええ!! くるむさん!!?」
つくねは、魅惑眼が解けた反動だろうか、完全に正気に戻ったつくねは、何が起こったのか理解できてなかったが。今から自分の身に起こる事、それ自体は把握できた。
――非常にやばい状況なのだと言う事も。
「(いままで誰にも負けた事無かったのに… あの女が… 赤夜萌香さえいなきゃ!!)」
思いがけないつくねの行動・突然の挫折・傷つけられた負けられないプライド・そして一族の宿命…様々な事が重なり、くるむにはもう冷静な判断が出来なくなっていた。
「もーーーー!! あったまに来た!! あの女にかかわるもの、皆々! ぶちこわしてやるーーーー!!!」
くるむは、我を忘れて、その長い爪を伸ばし、つくねに切りかかった。
「ひゃああああ!!」
後ほんの一寸の距離。つくねの身体に鋭利な爪が迫っていたその時。
「やめてーーーー!」
間一髪モカが、入ってきたのだ。
「も、モカさーーん!!」
「何っっ!!?」
つくねとくるむは共に驚きの声をあげた。
モカの乱入のおかげで、くるむの攻撃はつくねに当たる事無く、寸前で止まった。
「つくねに…つくねに手を出さないでよ!!」
モカは、全てを知った今 遠慮する事なく くるむを 思いっきり両手で突き飛ばした。
「きゃ!」
くるむはモカの突然の乱入に驚いていたがそれより驚いたのは……、その衝撃である。
「ええ……!!!」
モカの凄まじい力にだった。
遅れてやってきた衝撃。……まるで、交通事故にでもあったかの様な威力。
モカの突き飛ばす力があまりに強過ぎて、くるむは、一気に窓の外へ飛ばされていった。
丁度、モカが乱入したその頃。
「ううん……、皆、一体どこ行ったんだ? かなり険悪なムードだったし、殺気を……残すくらいだったしなぁ」
カイトは、廊下にいた生徒達に、大体の事情を聞き(修羅場について、因みにカイト自身が渦中にいる、と言う事は伝えてない)今の状態を把握していた。
くるむがモカの人気に嫉妬し、襲おうとしているというのみ。
カイト&つくね争奪戦!を完全に省いた説明である。
当事者には中々話せない内容だ。
「くるむ――くるむ――。うん、実際に会ってみたけど、……そんな悪いような子には全然見えなかったし。話せば分かり合えると… ううん…しかし…女の子って怖いかも……どんな世界でも、同じなんだな……。万国共通、ここにも有り、って感じかぁ……」
色々と大変だな、とつぶやいていたその時だ。
ガッシャーーーーン! と、ガラスが割れる様な甲高い音が周囲に響き渡った。
「っっ!! 上……? あ、あれは……」
頭上を見上げると……、そこには 何かが飛んでいた。
よくよく見ると――完全に正体を現したくるむの姿だ。翅や尾。空を飛んでいたのだ。
「……殺気」
カイトは、じっとくるむを見て、また 殺気を感じた。
それは、先ほどとは少しばかり違う種類の代物。……敵意は敵意でも、少し形が違う。……何かを壊そうとする、怒りに任せて 暴れている、と言う印象。
「……あれは、流石に拙い」
カイトは、見て見ぬふりをする様な状況ではない、と言う事を瞬時に把握すると、《疾風迅雷》を発動させる。
「ケガするくらいじゃすまないだろ……。特に人間のつくね……はっ!!!」
疾風迅雷、雷の残滓を残しながら、まさに雷速で カイトは移動を開始したのだった。
そして、丁度同刻。
モカとつくねは、完全に怒りで我を忘れたくるむと対峙していた、のだが……。
「あ、あれ!? ロザリオが外れない! おかしいな、この間は簡単に外れたのに!」
今のくるむを相手にするには、つくねは勿論、今のモカも太刀打ち出来ない。つまり、封印の十字架を外して、力を解放させるしかないのだ。
だが――外す事が出来なかった。
「あははは! ふんっ! 所詮は馬鹿力だけのバカ妖怪ね!つくねくんも足手まといみたいだし!2人ともおとなしく死んでーーー!」
くるむの眼には、何をしているのか判らず、ただただ隙だらけだった為、その勢いのまま、突進していった。
「う、うわぁぁーーっっ!」
「きゃああっ!!」
校舎の窓ガラスは粉々に割れ……、コンクリートにも亀裂が入る。
その威力を見た2人は、室内は危ない、と判断して 急いで外へと逃げたのだ。
だが、何処にいても危険度は変わらない。
くるむの鋭利な爪、そして 機動性のある翅は、決して2人を逃がさなかった。外に出る事は出来たが、その止むる事無い爪による斬撃は、学園の外に生えている大木を、まるでバターのように切り裂く。コンクリートを切り裂いた爪だからこそ、大木などは有って無い様なものなのだろう。
そして――不幸な事に、慌てて逃げ出す時に、つくねは足を挫いてしまったのだ。
「つくね……っ!」
モカは、咄嗟に動けないつくねを、ぎゅっと抱きしめた。
「モカさん何を…?」
「わたし…こんな時になってはっきり分かるよ」
モカ自身もずっと、判っていた気持ちだった。
それは、当たり前の感情。
『守りたい… 友達を失いたくない… だって…生まれてはじめて出来た友達だもん!』
血が欲しいから、とか そういうのじゃない。
バンパイアの本能よりも、もっともっと大切なもの。
「つくねは大切な友達なの! 血とか関係ないわ!! やるならわたしだけをやってーー」
モカは、自分の命をもかけて、くるむに向き合った。
《友達》 それも 初めての友達。
人間の世界で、モカはずっと孤独だった。そんな自分に出来た本当にかけがえの無いもの。
だが、激昂している今のくるむには何も伝わらなかった。
ただただ、憎いモカを、その全てを壊す事しか考える事が出来なかったのだ。
だからこそ――。
「笑わせるなーーー!」
モカの言葉を綺麗事程度にしか考えられない。
そのまま、勢いよく滑空して、モカとつくねを切り裂こうとした。
「(そんな… 元々はオレが惑わされたせいなのに…オレは…足手まといじゃ無い…)オレ、オレは……!!」
守ってくれているモカを見て、つくねは強く思う。
このまま、自分をかばう形で、モカが傷ついてしまったら、つくね自身も、自分を許せない。
「オレは、足手まといじゃないぞーーー!!」
つくねの叫びと同時にくるむの爪が、2人を襲った
後一寸ほどでくるむの爪が届く程の刹那の距離。
もう、直撃した、と錯覚する程の距離だったが――、2人に当たる事は無かった。
その変わりに、凄まじい轟音が周囲にはじけ飛び、更にはその威力からか、衝撃波まで現れた。
「やめろ! くるむ!!」
そして、くるむの耳に聞こえてきたのは――男の声。
「なっ! あ あんたは!」
目の前に、突然現れた。
間違いなく、自分の前には モカとつくねしかいなかったと言うのに……、目にも止まらない速さ、と言うべきだろうか、兎も角気付かない間に 割って入ってきたのだ。
――彼、カイトが。
カイトは、くるむの腕を取ると。
「頭を少し冷やせくるむ。……無事か? つくね、モカ」
「な、なんで………!!」
カイトに腕を取られた事、そして完全に攻撃を防がれた事、その事にくるむは、動揺を隠せれなかった。
「カイト!!」
モカは、叫びながらカイトの方を見たその時だ。
“パキィィン!”
「は…外れた!」
つくねの強い想いが、その手先に反映された、とでも言うのだろうか。
先ほどまでは、ビクともしなかったモカのロザリオが、完全に外れたのだ。
そして―――封印されていたバンパイアの本性が凶々しい妖気と共に解放された。
凄まじいまでの妖気の解放。
それは、傍にいるだけで委縮してしまう程、並の妖怪であれば見ただけで戦意を喪失してしまう程のもの。
それを間近で見たくるむは、目の前のカイトの事を忘れ、眼を奪われてしまった。
「ひ…… うそっ… 何て 凶々しい妖気の渦… 栗色の髪が銀色に染まっていく…これがモカの正体!」
くるむは、あまりの事に、腕を取るカイトの手を振り払って、宙高くに飛び上がった。
モカ? と距離を取ったのだ。
覚醒したモカは、ゆっくりとした動作で、それも圧倒的な威圧感を放ちながら歩くと。
「……手数を掛けたな カイト。後1秒でも遅かったら危なかった。つくねを頼む、動けないほどじゃないが、足を負傷している」
後ろでロザリオを手に持ち、座り込んでいるつくねを指さすモカ。
それを見て、カイトは頷く。
「わかった。後なモカ。くるむの事だg「冗談じゃない! 負けるわけにはいかないわ!」っっ!?」
くるむは、モカの強大な妖気にたじろきつつも、恐怖心を押し殺して声を上げた。
「わたしは! わたし達、サキュバスが男を誘うのは「運命の出会い」を求めているから! 数少ない種を絶やさないように慎重に男達から選ばなければならないの! それを邪魔した赤夜萌香ッ! お前だけは何があっても許さない!!!」
妖の本性、本能に従っているのは、モカだけじゃなく くるむも同じだったのだ。
それはある意味、魂にまでも刻まれた種族としての本能。極自然な行為。……生きていく為に、長年培われてきた意志だ。
バンパイアもそれは 例外ではないだろう。
人の生き血を啜る事。それを妨害されれば――同じかもしれない。
「っておい! こら止まれ! くるむ!!」
カイトは声を上げるが、血の昇った頭ではもう周りが見えていないのか全く耳を貸さず、モカのほうへ突進していった。
「だから… どうした? 許さないからこの私に牙をむくのか? 脆弱な自己中心的女が…」
モカは、そんなくるむの叫びを訊いて、くすくすと笑いながらも眼を細めると、くるむを睨みつけた。それは、凄まじいまでの眼光。
「身の程を知れ」
その眼を見て、言葉を訊いて……くるむの全身に悪寒が走る。
「うああああああああああ!!!」
それでも、臆することなく爪を振りぬくが、今のモカには通じない。止まって見えるかの様なのだ。
「……ふん。のろい」
モカは回避しくるむの尻尾を掴み上げた。
「二度と飛べぬよう、この翅と尻尾をむしり取ってやろうか」
そのまま、尻尾を持って思い切り振りかぶる。
「や…やめーーー!」
勢いのままに、くるむを地面に叩きつけた。
ずどんっ! と言う凄まじい音が響く。
「きゃう!! か、はぁ……」
その衝撃で地面に半径2メートルほどのクレーターが出来るほどの威力だ。
そんな一撃を受けても、くるむが無事なのは、彼女も妖である為、と言う理由しかないだろう。
「攻撃が直線的過ぎる頭を冷やせよ。そこまで私が憎いのか?」
モカは着地して、まだ倒れこんでいるくるむに近付いてゆく。
何処か妖艶な笑みを浮かべて。
「小悪魔ぶってる割に純情な小娘だな…。 さて……、二度と私にたてつけぬ様にしてやろう。 ……まずは、宣告通り その尻尾と翅をむしってやるよ……」
モカはゆっくりとくるむに近付いていく。圧倒的な実力差。今の自分じゃ100人掛りでも勝てない相手が、迫ってくる。
「う… うぁ…」
くるむは立ち上がることが出来ず、その場で恐怖に震えていた。その圧倒的な妖力と、その眼をもうこれ以上見れなくなり、眼を閉じた。
そして、モカが手を振り上げ、振り下ろしたその時だ。
その振り上げた手は下ろされる事は無かった。
「だからまてって、モカも。ったく――2人して、オレの事無視して」
モカの手を、カイトが握って止めていたのだ。
「え………?」
くるむは、恐怖のあまり、眼を思わず閉じていたのだが―――。目を開けた先にはモカではなく カイトがいた。
「(なぜ…わたしを庇ってくれる…の?)」
「? どけ… 何のつもりか知らんが、そいつはつくねやカイト……、お前を騙そうとした挙句、つくねの方は殺されかけた、その上先ほどのカイトの呼びかけには全く聞く耳を持たなかったんだぞ?」
モカは、カイトの行動の意味が判らない、と言わんばかりにそう言うが、カイト自身はただただ笑っている。
「ん? モカ オレは別にくるむに何かされた覚えは無いぞ?(たぶん)」
そう笑いながら答えた。
「……なぜ庇う? あの時の会話の流れを聞いていれば、そいつはお前にも何かしたのは明白だろう。例え本当に何も無かったとしても、お前は、友を殺そうとしたその女を許せるのか?」
モカの目つきがカイトとは対照的に細まった。そう、先ほどの様に、睨むかのように。
バンパイアの眼光は、確かに凄まじい。だが、そんな目を見ても、カイトは笑っている。
モカ自身も友達であり、更に自分の為に――とも遠まわしに言っているのだと言う事が判るから。
「確かに、モカの言う通りだ。つくねだってケガをしたし、くるむにも、正直な所、やりすぎな面もある。 そこは否定しないし、するつもりも無い。だけど……」
そういうと、カイトは、くるむの方を向いた。
「あ…う……」
僅かにまだ震えているが、ちゃんとこちらを向いた。
「くるむも、頭は大分冷えたろ? ……モカもオレも冷やせって言ってたけどな。このコはオレは悪いコには全く見えない。悪い事をした、罰は さっきのモカの一撃だけで、チャラで良いと思う。……だがまあ、よく考えたら、オレは今回1件、殆どといって良いほど絡んでないから……」
そういうと、今度は側まで歩いてきていたつくねの方を向いた。
「……つくねはどうだ? このコに…これ以上鉄拳制裁を加えろって言うのか? その方が良いか?」
つくねに問いかけた。実害が出ているのは、つくねの方だから。
カイトの言葉を訊いて、つくねは首を左右に振った。
「ううん、これで…いや もう十分だよ。くるむさんも悪気があってやったわけじゃないだろうし…」
「(!!! カ…カイトくんだけじゃなく…つくねくん…も…)」
徐々にくるむの溜まっていた涙の種類が変化していった。
「だってさ! カイトが言うように、くるむさんって根っからの悪いコには全然見えないもん! きっと仲良くなれると思う!」
つくねは笑顔で答える。
「だな。……正直、ちょ~っと過激すぎなとこもあるけど」
カイトもまた笑った。その時、
「うああああああん ご…ごめんなさああぁい」
くるむは本格的に泣き始めた。
カイトはくるむの側まで行き、頭を撫でた。
「ははは… うん。そうだな。……悪い事したら、その自覚があるのなら、まずは『ごめんなさい』だよな。 ……これで俺たちは友達だ」
「っ…!! あぁぁぁぁん!!」
カイトの言葉を聞いてくるむは更に泣き出したのだった。
「あははは… それに…力になってくれいてる今のモカさんも…ね」
「……!!」
モカはまさか自分にふられると思ってなかった為、少し動揺した。少々顔を赤面させていた様だが、直ぐにもとに戻すと。
「ちっ 誤解するな… 私はお前の血を横取りされたくなかったからだよ……」
そう言うと、つくねに握られているロザリオを取った。
「…んー? ひょっとして、モカ照れt“ぎゅんっ!!”…っっ!!」
カイトが、笑いながらそう言おうとした瞬間に、ぼっ!! と言う空気を貫く? 音と同時に右ストレートが飛んできた。
「………ひどっ オレとしては、軽いジョークを言っただけじゃないか。 ……と、いうか前より早くなってないか? 手を出すの? あー……ビックリしたし、手、痛い………」
モカの拳を受け止めながら苦笑した。その衝撃は手を痛めるのには十分過ぎる程である。
……ひょっとしたら、骨にひびでも?? と思える程。
だが、モカの方はそんな事はお構いなしだ。
「お前は言う前に顔にでるんだよ! ……そうだな。いつかちゃんと私達は、じっくりと戦い合う必要がある様だ。私はそう思うが、カイトはどう思う?」
「……それはそれは、モカ直々のお誘いとは、光栄極まりない話だ……が、それ漢字が違う……、それに《話す》意味も違う……。 なので、そっちの方は丁重にお断りするよ。――モカお嬢様」
優雅に一礼するカイト。宛ら紳士の様にだが それもからかわれている様に思えてしまうのはモカだ。
でも―――、こんな気持ちは随分と久しぶりな気がするのも事実だった
「フン……っ」
最後に、モカは 視線を外して後ろを向いた。
モカの顔は……見なくても、カイトやつくねには判った。その顔は、笑顔だと言う事が。
そして、ロザリオを身につけ…気を失ったのだった。
そして、翌日の朝。
登校中に3人は合流していた。
「いやー 昨日は(も?)大変だったな… いろんなことがいっぱい有りすぎて。ここまで来たら もう笑うしかない……」
ため息混じりにそう呟くと、珍しくつくねが頬を膨らませていた。
「何いってんのさ! よくよく考えたら、あの時、カイト逃げ出したじゃん! モカさんとくるむちゃんが廊下でいた時。あの時は気付かなかったけど、あからさまじゃんっ!」
つくねがツッコミをいれた。それは、なかなかに的確だった。
「う、うぐ!! …………逃げたって言葉をつくねに言われるとは……」
つくねの絶妙な突っ込みに返す言葉が無く黙る。図星だからこそだ。あの空間から逃げ出したかったから。
だけど、言われっぱなしは癪な為、カイトも反論をする。
「オ オレは、ああいう雰囲気は苦手なんだよ!!」
「そんなの、オレだって得意じゃないさ!!」
わーわー言い争っている時。
「あ あのさ… ちょっと良いかな??」
モカが不安そうな顔をして話してきた。
「昨日…実はロザリオが話しかけてきてさ…」
昨日の話。
くるむの元へと向かう前の出来事を、2人に話した。
「えー ロザリオが話しかけてきた!!」
「…………」
つくねは若干驚いて、カイトはそこまで驚かず、モカのロザリオを見つめていた。
「うん…… でも昨日はその声に助けられたんだけど……… 変だよね…封印が弱まってきているのかな?」
少しくらい顔をしながら続けた。
「ねぇ…もし… もし封印が効かなくなっちゃったら 2人とも……それでもわたしを嫌いにならないでくれる?」
カイトはまだ黙ってロザリオを見つめていて、つくねは、直ぐに返事をする。
「もちろんだよ! ちょっとくらいコワくっても血を吸っても オレにとってはモカさんはモカさんだもん!!」
まさに即答だ。自分自身の正直な気持ちをつくねは伝えた。
「ホント! つくね…ありがとう!!! あ…あのカイトは? ……わたしの事…嫌いになっちゃう? カイトにも……その、ボウリョク、振るっちゃったみたいだし………」
モカはつくねには満面の笑みで答えた。唯カイトは、まだロザリオを見つめていた。
「(ちょっと!! カイトどうしちゃったのさ! いつもなら 「つくね!しっかり伝えてやれ!!」って言ってるじゃん! 黙っちゃって!)」
いつもとまさに逆のパターン、である。つくねがカイトに話すように促していた。
それを訊いて、カイトはゆっくりと頷いた。
「ん…? ああ、すまん。ちょっとロザリオを見ててな」
そう2人に言い、改めてモカのロザリオを見た。
「……封印魔具系はあんまし知らないんだけど、壊れてる感じとか全く感じないんだよな… でも、声が聞こえてくる……と言う事は、シンクロが進んでいる、と言う事、か。別人格と話すのには、このロザリオを媒介にするのは当然だが――。んー……」
じぃーっとロザリオを見つめていた。
えー…、ここで言っておくが、ロザリオはモカの胸元に位置している。
その部分を凝視するって事は…必然的に胸元も視る事になるのだ。いつも周囲から視線を浴びているモカだったが……。流石に今回の様に正面から見られる事は無く。
「(な、何だか恥ずかしいよぅ………///)」
モカは赤面していた。
「(ちょっと!! カイト! そ、その あんまりよくないんじゃないの!? そんなにじっと見てるなんて!!)」
モカの様子に気がつき、慌ててつくねがカイトに呟いた。
っっ! あ、ああ!! 悪い悪い… その… 下心とかはないんだ… ごめん…」
つくねに言われると思わなかったが、胸元を凝視していたのは事実だから、カイトはすぐに謝った。
「 いっ いやそんな…」
モカはまだ赤面していたが、それでも手を振って大丈夫だと伝える。
「ん。……さっきの話だけど、オレもつくねと同じだよ」
気まずくなったが、とりあえず場を収めようと話した。
「ほ、ホント??」
モカは顔を明らめ話した。
だが、カイトの話はまだ終わった訳ではない。
「ただ封印が壊れるって考え方… オレは好きじゃないか…な」
続けて話した。 2人の頭の中には、《??》が浮んでいた。
「モカと、もう1人のモカ。2人は、もうオレ達にとってもう友達だから。……封印が壊れる…っていったら、《どちらかが壊れる》…とも聞えるんだ。モカが心配なのはわかるけど、たとえ モカの封印が効かなくなっても。 ん…とな…言葉では言いにくいけど… 裏も表も無い…いや、表裏一体になる…かな? そういう風に考えてみたらどうだ? 2人で1つ…みたいにさ」
そう答えた。
暫くモカは黙って聞いていたが。話し終えると同時に。
「うん!! カイト! ありがとう!! わたし…そんな考え方出来なかった!そうだよね…二重人格でも 裏のわたしもわたしなんだよね!」
そう言って カイトにお礼を言った、その瞳には僅かに涙が溜まっていた。
「(う………、やっぱ カイトには敵わない…かな)」
つくねは若干落ち込んでいた。
カイトの言った事はとても素晴らしい考え方だった。
異論はあるはずも無い、だが、そう答えられなかった自分に少し腹が立って言ったのだった、そんなつくねに気がつて、ため息を軽く吐くのはカイト。
「まあ… 言うのがちょっと遅れたのが心象悪いな。その点つくねは真っ先にどっちのモカもモカだって言ったから、スッゴい想ってるんだなーーーっ 良いトコ、あるじゃん」
そうカイトが言うと、つくねは慌てて反応。
「えええ! そ、そんなオレはそんな大それた事…」
沈んでた顔が吹き飛び一気に赤くなった。
「うん!! わたし!! 2人とも大好きだよ!!」
モカは、そんな2人を見て、満面の笑みで2人の腕をくんだ。
ドキッ
この言葉につくねもカイトも…モカ自信も赤くなった。
「(まずい… 女の子にここまで面向かって言われるとさすがに照れる…顔に出てるよな…)」
カイトは頭を掻きながら苦笑し、つくねとモカは俯いていた。
その時だ。
「おはよーございまーす!」
その登場の仕方には、ジャンッ!! と言う効果音をつけてみたくなる程である。
いきなりの事で、驚きつくねは、思いっきり地面にダイビングヘッド。
カイトはビクッ!! っと、なりながら振り返る。
「び、びっくりした!!」
モカもまた驚いて振り向く。
「くるむちゃん!? 何でまたっ…」
登場したのは、くるむである。
くるむは、モカには全く構わず、続けた。
「つくねくん! カイトくん! クッキー焼いたんだけど一緒に食べない??」
笑いながら話す。
「へ…? 何でオレ?」
「ん? オレも?」
2人共が困惑しながら、話を聞いてみると。
「やーーー ほらっわたし…生涯1人だけの「運命の人」を探してるっていってたけど、ちょっと問題が発生しちゃって……」
そして、そこには、満面の笑みがった。
「わたし!! 2人とも好きになっちゃったの!!」
「「「ええええ!!!」」」
3人それぞれ驚愕していた。
昨日友達だ、と言う事は伝えたが―――、日も浅い内に告白されるとは思わなかった様だ。それも2人に―――。
「ほら、カイトくんは身を挺してわたしを庇ってくれたし! つくねくんは酷い事したわたしをあんなに優しくしてくれて、許してくれたし… もーー2人に惚れちゃいましたよ!! 人間じゃないんだし! 一夫多妻じゃなくて一妻多夫!! で! 2人の事、同時に愛します~~♪」
一夫多妻は、確かに――人間の世界ででも存在する。
だが、その逆は……あまり聞いた事が無い。だから、困惑するのも無理は無く。
「ええええええ!!」
「ええええ!! 惚れって… オレも!!」
モカもカイトはまたまた驚愕して。
「一妻多夫って…」
つくねは放心してしまっていた。
完全に、3人は、それぞれがオロオロしていると。
くるむは、つかつか、とモカの方に歩み寄って、正面から眼付け。つまり、メンチの切り合いである。バチバチバチッ…と火花を散らしていた。(くるむが一方的に――)
「ちょっと! くるむちゃん 何言ってんのさ 何とかしてよー 2人とも!!」
「いっそのこと今すぐ結婚して~ 2人とも~!!」
モカは止めようとするが、直情型であるくるむを止める事なんて、出来る筈もない。
「ちょ…これは……。流石に、オレにとって、解決不能問題なんで……、い、いきなりは無理っっ!!」
「やっぱり前途多難だーーー」
カイトも頭を悩ます自体である。
つくね自身も勿論だ。
そのまま、4人の追いかけっこが始まって、校舎内逃げ回る。
その時の、周りの生徒の視線が痛かったのは、また別の話だった。
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