| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ネフリティス・サガ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第四話「王国の陥落」

そしてこの物語は始まる。
 竜の女王は、それから何千年もして、誇り高い人間の王と結婚した。
翡翠の国は、《古き盟約》古き盟約を伝えながらもう何千年という時を生きた。
 そして竜の女王と人間の王アル・イズウェルの元に子供が生まれた名をアルセイユ・エレスティアという。二人の名を一つずつとってなずけた。自然と人と生物それまでにあったいろんなものを愛するように。またそれらに愛されるように。
 アルセイユは、きらきらした少年としてすくすくと育ち、エレスティアの竜の血のせいか髪は赤く燃える様でした。日を浴びると透き通ってそれが夕焼けの黄金色にもにた色合いをかもし出すのです。
 そんなアルセイユが十六歳の時です。
 夜遅くなんだか目が覚めてしまったアルセイユは、おもむろに自分のベッドから降りてそしてとぼとぼと母が恋しくなって母の元へと向かいました。たぶん、母のベッドでまだ寝ていたいという幼心からでしょう。
 そして母の眠る寝室へ向かおうとした。
 それが物語の始まりだ。
それからしばらく経ち―

ですがやはりアルセイユの心には寂しさが残りました。
昔、アルセイユが子供の頃は王も王妃も優しく愛情深かったのですが。成長したアルセイユも何度も二人から王子としての責務と我らがどんなにおまえを愛しているかを聞き覚えるほどにとうとうと語り聞かせられていたから耐えられたのだのです。
ある時、今夜ばかりは例のあの寂しさがこみあげてきて。
それで眠けまなこに母の元へただ恋しくて向かったのでした。
 しかし、その目には涙の後が残っていました。両親と離れて寝るようになってこの広い部屋に一人だけでいる時はつい、寂しさに涙することもあるのです。十六歳になったといってもやっと十六歳になったといったほうがいいそういうところもあるといえばあったのです。
ご存じのとおり、アルセイユの血には母の竜の血が流れている。その分自分も成長するのも人より遅い。なので16歳といえども10歳の少年と変わりないのです。
 それもあって町の子供たちとなじめなかったりします。仕方なくアルセイユは、森に深く入って獣や鳥たちと遊ぶのでした。
 しかしそれも今日で最後かもしれない。十六歳にもなれば王としての勉強や武術訓練などがいっそう厳しくなる。
 母エレスティアはいつも反対しているが今の情勢を知る夫アル・ヴェストルは戦の時にふくあの独特の風を北から感じていました。
 戦乱の匂いが北の寒い風に乗ってくる。こんなことがいつの頃からかそここで噂されるようになりました。そしてそれを国の者たちが話すと決まって最後に出てくるのがこの国が始まるころから生きている竜の女王エレスティアの存在で終わる。
 アルセイユにとってはいつも笑顔でやさしくきれいな一番の母親なのだが、この国では彼女こそが人々の希望なのだ。
 もちろん、エレスティアもその千里の彼方を見渡し、未来を知る目でそう危機感をもっている。彼女はいつも自分の存在がもたらしている世界の均衡を測りながら生きてきた。
 エレスティアは翡翠の城の一番東の大鏡を利用した大望遠鏡の部屋にいる。その千里眼に望遠鏡を使えばもはやどこまでも見渡すことができる。この望遠鏡は、本来は天文学に使うものだが鏡の位置とレンズの角度で地平線の向こうの出来事さえ見ることができるのだ。
 母がこれを使う姿はなんとなく神秘的で、神々しく見える。
 アルセイユは今日も母と父と楽しく過ごした子供の頃の夢を見ていた。しかし急に夢の中の空が青から赤に変り、父も母も自分を強く抱きしめて離さない。
 両親の抱きしめる力が強くて「苦しいよ」と呟くが一向に聞き入れてくれない。
そして父が、剣を抜いて立ち上がった。
「え?どうしたの、父さん」
 そう、自分が呟くと少しこちらに目を向けて。
「アルセイユ、おまえだけは……」
 何のことか分からない。気がつくとあたりはあんなに綺麗だった花畑が荒れた荒野に変っている。父は鎧兜を身にまとい、知らないうちにどこかから出てきた兵士に剣で斬り合う。
「アルセイユ、逃げましょう、早く私の背に乗って」
「え、かあさ……うわあっあ!」 
 そこには母はいなく巨大な竜がたたずんでいる。
 しかし匂いが母のものなのですぐにそれが母と分かる。母の背にのるアルセイユ、後ろでもう大勢の兵士の相手を一手に引き受ける父。アルセイユは父の顔が怖くて見られない。
 そして赤い空に母が羽ばたく。どこからともなく爆音がして、空高くの母の近くで一斉に爆発する。
 しかし母は猛り、そして紅い大きな火炎を口から吐いて地上を焼く。一転して赤い空と火炎でアルセイユの意識が混乱してぐるぐる回り始めて、全てが溶けてどろどろになっていく……そこで、はっと目が覚めた。
「母さん!父さん!」
 もうれつに汗を書いてぐっしょりと濡れた寝巻きが体の体温を奪う。
「ゆ……め?」
 アルセイユは、周りを見回し、それが夢なのだと確認する。
「ああ、怖かった。どうしてこんな夢をみたんだろう。ああ、まだ夜中じゃないか、どうしよう寝巻きは汗でぐしょぐしょだし。しょうがない、使用人さんたち起こしてもかわいそうだし、寝巻きは自分でとりに行こう」
 アルセイユはこの城のことなら何でも知ってる。寝巻きはアルセイユが風邪のときなどにすぐに取り出せるようにこの隣にある衣裳部屋にある。
 静かに扉を開け、そして衣裳部屋へもぐりこむと綺麗に折りたたまれて丁寧にしまわれてる寝巻きをぐちゃぐちゃにしながら下着を一そろいとお気に入りの寝巻きを出した。
 そこらじゅうに寝巻きが山になって散らかってしまっているが、自分が風邪を引くよりはいいだろうとそれに一度みたことあるけど使用人さんはこの量の寝巻きならすぐに全部たたんじゃって瞬く間にクローゼットにしまってしまえる。
 しかし、夢の内容を思い出して怖くなったアルセイユはなかなか自分の部屋に戻れない。
しょうがないので、それに恋しくもあって母の寝室へ行くことにしたというわけだ。まあ、恋しくて会いたいというのが一番の理由だろうが。だが、その時だった。
 廊下をあるいているとき、凄まじい爆発で後ろの自分の寝室が吹き飛んだ、アルセイユは、爆風で吹っ飛ばされて、意識を失いかけた。どうにか立ち上がる。なにが起きた?
「な、なんだ?そうだ!窓!」
 アルセイユは、廊下の一面に張られたガラスが砕け散っているところへ行って外を見た。
ブアッと、顔にいままで嗅いだことのないくらい変な焦げ臭い風があたる。生暖かい。アルセイユは目をしばたかせ、自分の目の前で信じられないことが起こっているのを目の当たりにした。
 燃えている。町が真っ赤に炎を吹き上げて燃えているのだ。そして夜の暗い空に巨大な何かがうごめいているのが分かる。そのなにかは夜の暗さにまぎれてはいるがあまりの大きさにその姿を隠しきれてない。飛行戦艦だ。爆弾を雨のように落としている。絨緞爆撃という奴だ。いつだったか兵器ばかりが載ってる辞典で見た。爆弾をいっぱい乗せることができて、大砲で山の形を変えられるほどの砲撃ができる北の大国の恐ろしい機械だ。でも形がだいぶ違う。自分が見たのよりずっと巨大だし、すごく強そうだ。
 さっきのはあの飛行戦艦からの砲撃だと分かった。他にあと三隻ほど見える。そしてその戦艦から小型の機械がわらわらと町に投下されていく。それは地面に落ちた後自分で起き上がって機械の手足を使って器用に崩れた瓦礫の上を動き回る。頭、のようなところについてる砲門と機関砲で町の人たちを殺しまわっている。
 空もそうだ、翡翠の国の飛行船団が反撃をかけているが、砲門から打ち出されたこうもりのような羽を持った飛行機械が群がるハエを落とすように何千機と飛び回っている。
 あまりの恐ろしさ、足ががくがくと震え始めたが、頭がおきたばかりでまだ回らないせいか少し今起こっていることに明快な理解ができないことが唯一の救いだった。
吹き飛ばされた自分の寝室を見て、あともうちょっと自分が母さんのところへ行こうと決心するのが遅れてたらバラバラになっていた。そんなことを寝ぼけた頭で考える。
 戦艦の砲門がいくつかまたこちらに照準を合わせて来た。今度は容赦なく砲撃を始めた。さっきの一発は、こちらの反応を見るためのためしの一発だったのだろう。
 そこから砲撃が雨のように城に降り注いだ。
アルセイユは夢中で走った。自分の目の前のものが吹き飛んだり後ろで大きな爆発があったり普通なら、怖くて立ち往生してしまうだろうが、アルセイユは逆にわけも分からず走ってしまった。
 夢中で走って城の東の大望遠鏡室へ急いだ。
 目をつぶって走っていたが、薄目を開けてみたものはひどいものだった。おそらく一撃で終わったのだろう使用人たちや執事の死体が見えた。みんな、自分に優しくしてくれるいい人たちばかりだった。彼らは、自分の仕事で忙しいはずなのに自分がつまんなそうにしているといつも「どうしたんですか?アルセイユ様?」と優しい声で明るく話しかけてくれた。そしていつも自分の話を聞いてくれるのだ。
「お、王子殿……下」聞きなれた声が聞こえた。ぼくを呼ぶその声はそれは一番仲の良かったぼくのお守り役の若い女性だった。綺麗な人で、町に三人の子がいる若奥さんでもあってお父さんはやっぱりお城の人で兵長さんをしてる。エレンという名の美しい女性だ。
「エレンさん!」ぼくは、この人を放っておけなかった。すでにどこか激しく打ったのか口から大量の血を吐いていた。
「お、王子。良かった。無事なんですね?」
「大丈夫?こんなに血を……」
「お、王子……お願いがあります、わたし……もう目が見えないんです。さっきから体に力も入らないし。だけどこんなところで一人で死んでいくのは嫌なんです。だから手を握っててもらえますか、手の感覚だけはあるみたいで最後まで人肌にふれていたいの」
「うん、うん分かったよ。絶対、ここにいるから」そして、僕はエレンの手を握った。
「ああ、温かい。ずいぶん血がなくなっちゃったみたいでさっきからとても寒くて怖かったんです。ごめんなさい王子を助けにいこうとしてそしたら突然、爆発が……」
「いいんだよ、そんな。でもなんでエレンさんがっ!」
「アルセイユ様は、ほんとうにいつも世話を焼かせました。でもなんだか町にいる私の子供たちみたいでほっとけなくて。そういえば、また寝巻きをかってに探して洋服ダンスをぐしゃぐしゃに散らかしてませんか?私たち服を畳んでしまうなんて朝飯前ですけど、結構大変なんですよ?内の子供がやっと服の畳み方を覚えたというのにアルセイユ様ったら、王子として失格ですよ?」
「ごめん、今日も寝汗かいて寝巻き取り替えちゃった」
「ああ、もうまた怖い夢でも見たんですね。大丈夫です。夢なんて次の日には忘れてるものですから、ああ、私もだんだんなんだか眠くなってきました。いつもならこれからアルセイユ様を寝かしつけなくてはならないから眠ってなんかいられないんですけど。なんだか今日は少し、いつにもまして眠くって。でも王子殿下がそばにいるからさみしくないですね。ああ、アルセイユ様。死ぬのって苦しいわけじゃないみたい。王子、私もそれから町にいる子供たちもわたしの旦那もたぶんもうそろそろみんなあっちへ行ってしまうけど王子をあっちでずっと見守っていますからね。そうみんなで。だから一人で夜寝るとき怖い思いをしないようにわたしたちが見てますから、大丈夫ですから。王子ありがとう、手をずっと握っててくれて、私……この国に生まれてよか……った」
エレンさんは静かに息を引き取った。そして寝ぼけてた頭がやっと理解した。ぼくは今戦争の真っ只中にいるということを。

 エレンさんが死んで手から温かさがなくなってとっても冷たくなった後エレンさんの手が勝手に僕の手を離した。それは死んで硬くなった手がぼくの少しの油断からぽろりと外れたからだった。だけど僕は、エレンさんがもういっていいよって言ったように聞こえた。
 そうだ、お母さんの所へ行くんだ。
「エレンさん、ありがとう」
 どうしてか、エレンさんの死に顔が笑い返したように見えた。それほど、安らかな死に顔だったから。
 東の大望遠鏡室、ここもドアが粉々になって、兵士が二人倒れている。二人とも顔なじみのトレトとエリックという仲の良い兄弟だ。 しかし反れもつかの間、六角形の部屋の一角が吹き飛んでそこから、飛行戦艦の砲門がこちらを狙っている。しかし、戦艦は、聞いたこともないような音を鳴らしはじめた。うぉーんうぉーんという機械的な音でそれが、戦艦が飛行を維持できなくなっている警告音だと分かったのは母が竜となってあの鋼鉄の戦艦を次々、火を吹き上げて撃ち落しているからだった。
 竜になった母の強さは伝説のとおりだった。吐く息は、この世のどんな炎より恐ろしく、一度、天空へ舞い上がれば並び立つものはいなく、その咆哮は風を切り裂いて刃に変え、山でさえ寸断する。尾は千の敵をなぎ倒し、目は万の敵を石に変える。魔法を自由自在に操ってその力はどんなものも敵わない。
 あの、ものすごい戦艦をまたたくまに二隻落として、わらわらと群がる飛行機械を炎ですべて溶かしていく。地上を動き回るあの不気味な機械も一睨みで石に変えた。
 しかし戦艦の一隻からだれかが出てくる。そして杖のようなものであの竜の姿の母さんになにかするつもりだ。とたんに母さんもそいつもにらみ合って口から聞いたこともない言葉をまるでこの一帯全てに響き渡るように唱え始めた。
 音が母さんとそいつの間で交差し始めてなにか見えない何かが激しくぶつかり合っているようだ。そのうち、空から雷光がそいつの船に落ちて船が落下し始めた。すると杖をもったあいつはあろうことか自分で空中に浮かんでみせた。それでやっとそいつが魔法使いだと分かった。魔法使いは良いことをするやつもいるけど悪い奴もいる。魔法を使うから心を見抜きにくいし、手ごわい相手だって母さんが珍しく物語りに出てきた魔法使いのことを説明してくれた。なんでも私たち、竜族は生まれた時から魔法を知ってるが、奴らは、そういう魔法をしっているいくつかの種族の長の弟子になるんだとか、竜が使う魔法は一番強いとされているけど、絶対に人間なんかには魔法を教えたりはしない。だから竜と張り合える魔法使いは、竜を殺してその肉を食ったものか、それかいろんな種族の魔法を合わせて自分の魔法を持ったものだけだとか。
 ぼくの血の中にも竜の血が流れているからいつかは魔法を使えると母さんは言っていた。だってそれはわたしの息子なのだから当然だ、とも言った。けど魔法は、しっているのと使うのは別なんだとか普段はわたしたちの血の中に隠されていてそこから呼び起こせるほど力をつけたものが初めて使えるようになるものなのだと。
 魔法使いと母さんの戦いは熾烈を極めた。魔法使いが杖を天空に掲げればさっき、船を落とした雷を今度は魔法使いが操り始めた。ものすごい雷が雨になって母さんに襲い掛かるけれど母さんの竜の体はそれを全て跳ね返してしまう。竜のうろこは魔法を跳ね返す力をもつ。魔法使いはそれを知らなかったのか雷を受けてまっさかさまに落ちていく。母さんは頃合をみてぼくのいる、大望遠鏡の塔へと降り立った。人間の姿に戻った母さんはひどく疲れていた。
「くっ、この七千年間で最強の相手だった。アルセイユ?よかった無事なのね、砲撃がそっちに言った時ちょうどあなたの寝室のほうが吹き飛ばされたから母さんは本当にどうなるかと……」
「母さん、大丈夫?すごく疲れているみたい」
「大丈夫よ、私は翡翠の国の女王にして古の竜の一族の最も高貴なる女、エレスティア。
アルセイユ。お前のお父さんは人間だけど私が愛するほどの男。だから私もお父さんもちょっとやそっとで負けるような存在じゃないの。そしてアルセイユ。あなたも」
「まあ、それは承知の上での夜襲なんだがな?だが結構力を使ったようじゃないか」
 黒衣の魔法使いは、空中から気味の悪い笑みを浮かべながら見下ろしている。
「やはり、さっきのあれくらいでは倒せないか。お前は何者!?ねえ、魔法使い殿?」姿なき声に少しも臆さない母。
 そして望遠鏡の端にまるでまったく体重がないかのようにひらりと舞い降りる魔法使い。
「そろそろ、決着をつけましょう。わたしとしてもあとあの戦艦を三隻相手にしなくてはいけないのであなた程度に構ってられないのです」
「はは、高貴なる竜族の姫は、わたしなどは眼中にないと?」
「わらわのことを姫と呼ぶとは、おまえはいったい……」
「おっと、お忘れかね、八人の王はお前たちに後々の脅威になるであろう存在を伝え忘れたかな?」
「まさか、八人の王に仕えてその力のために国司の任から外された魔道師フォルノウスか!あまりの力の強大さに八人の王が力を合わせて封印したという」
「ほうほう、やはりこの時代を預かる最古の血脈の一人といったところか。だがお前はあまいな、まさかこの互いの生死を決める場所に自分の息子をたち合わせるとは」
「くっ、それでもおまえなどに遅れはとらぬ」
 そこへ一本の矢がものすごい勢いで魔法使いを襲う。間一髪のところで魔法使いは矢を躱す、しかしその頬には矢でできた傷が。
「翡翠の国は、竜の女王だけの国ではないぞ?フォルノウスとやら」
「お、おまえは!」
 ミスリルの光り輝く白銀の鎧と自分の身長よりも長く巨大な炎の波紋を見せる長剣を片手に背には先ほどの矢を放った、強弓。アルセイユもエレスティアもその姿に活路を見出す。
「人間の王の中で一番誇り高く、この世の魔を滅してきた勇者の血族、聖なるアルランディアの末裔、我が名は、アル・ウェストル」
「くっ、国王が帰還していたとは、これは、分が悪い、だがまあ、わたしには切り札がある、竜族と戦った魔族の忘れ形見。竜族封印の法」
 黒衣の魔法使いは、黒のローブから、鉄の赤さびた枷を取り出した。そしてそれをエレスティアめがけて投げる。赤さびた枷は、まるで意思を持っているかのごとく彼女の手足を拘束する。
 間髪いれず、杖を構えて詠唱すると、枷の、端に着いた丸い球がどんどん大きくなっていくまるでエレスティアの体の力を吸い取るように。」
 鉄球に奇怪な紋様が浮かぶ。もはや、エレスティアは重い鉄球で満足に動くことも出来ない。
「わたしの妃になんて仕打ちを、覚悟は出来ているか?」
「くははは、竜の力のない翡翠の国など、恐るるに足らぬわ、ウェストルよ、お前はわたしにとって少しも脅威ではない」
ウェストルは、長剣を振りかざして大きく跳躍して真上から振り下ろす、するとものすごい炎があがり、周囲のものは全て溶けてしまった。魔法使いは、胸の皮を切られてそこから炎が黒衣を焼く。
「ぐう、その剣はなんだ?」
「おしえてやろう、名はレーヴァンテイン。業火を呼ぶ魔剣よ」
「あ、あの伝説の獄炎をもたらす魔剣?一振りで世界を三度焼くという。欲しい、伝説の魔法使いの我にふさわしき剣ではないか」
「悪いな、この剣はおれにしか従わん。おまえには過ぎた剣だ。さあ、もう死ぬ覚悟はできたかな?」
「父さん、母さんがっ!」
 エレスティアが、人間の姿に戻って石になったように動かない。
「こ、これは?」
「この法は、全てをその紋様によってで力を封ずる法。その周りの時間もその者の魔力や生命力すら固体のように固めてしまうのさ。お前の妃は鉄球にどんどん力を吸われてそしてやがて死ぬだろう」
「その前に貴様を倒すさ。アルセイユ!」ウェストル王は、息子を呼びつけた。
「は、はい。父さん!」
「アルセイユ、お前には母さんの血、つまりドラゴンの血が流れている。イメージしろ!おまえの血が母さんにかけられた呪いを治す様を」
「え?そ、そんな父さん。ぼくは魔法なんて使えないよ」
「分かっている。だがお前には王子としてこの国の未来としてしかるべき教育をさせてきた、思い出すのだ。瞑想の授業の時の心の置き方。剣術のときの力の使い方。それら全ては、今日のような日のための特訓だったのだ。そしてお前を親身になって育てた者たちのことを!」
「僕を育てた人たち……。……エレンさん!」
 アルセイユはおぼつかない手をかざして語学の授業でならった神聖文字を唱え始めた。思考は感覚のもっとも深いところにおいておのずから全てが動き出すように火を体に呼吸によって送り込む。
「治す。呪いを解く。治す。呪いを解く。」
 自分に言い聞かせるように言葉と心をその一つに集中させる、すると体と心が一致し精神がおのずからその血の記憶に潜む力を引き出した!
 エレスティアは、徐々に血の気の引いた顔から赤みのある人間らしい顔になっていく力を吸い取っていた鉄球はだんだんだが枯れて砂に変わっていく。
「まさか!あの年にして我が法を破るというのか!翡翠の国の王よ、どんな修行をあの子供にした?」
「ふふ、あいつは自慢の息子でね。少しまだ幼いところはあるが王宮の誰もがあいつの立派さには承服しているのさ。貴様の誤算はその国のものを殺したことだ。この国であいつのことを本当の王子だと認めていない者はない。この国の民はおまえの国のように権力で脅されて国に服従しているわけではない」
「ふっだが、見ろ、町は戦火によって壊滅状態、この城ももう落としたも同然だ」
「悪いな、この国を炎で包んだ時、炎に巻かれて出てきた民が一人でもいたかな、兵士以外の民草を一人でも殺せたか?」
「な、何を言ってる?どういうことだ」
「国力、軍の力は確かに圧倒的だった。私がここにくるまでにもはや国は手遅れの状態だったがな、一つだけおまえの国より優れていることがある。伝書鳩、伝え火、伝令係、この国は、いついかなるときも民を逃がすためにあらゆる通信手段がある。お前の兵隊によって死んだ我が国民はゼロなのだよ!」
「翡翠の国は、国は滅びてもなお死せずか、古き予言とはこれのことか」
「さあどうだかな、今、あらたに予言しよう。翡翠の国は必ずまた古き盟約のままに復活する。古き王たちはこの五千年の時の中で必ず乱を起こす者が出てくるのを予測したのだ」
「ふ、くくく、ふはははは!」
「なにがおかしい?」
「古き盟約だと?私を封印したいまいましい八人の王たちのあんな戯言をこんな月日を経て、耳にするとはな。しかしウェストル王よ、おまえの言葉には驚嘆した。たしかにこの国に進軍して出会った人間は全て武装した兵だった。民を守るための陽動。見事だよ。しかしこのご時世、国を持たない民は苦しい思いをするぞ?奴隷にされ、娼婦にされ、日雇いの低賃金の労働。あげくの果てには住むべき土地もない難民だ。それはどうするつもりだ」
「私がここにきたのはおまえにある人物を殺させないため。私はお前と刺し違えてもその人物だけは守る、さあ、行くぞ、我が剣は紅い紅蓮の炎を纏う。名づけて紅魔剣!」
 ウェストル王が剣を構える、剣を円の軌道に滑らせるとまるで剣は分身したように刃を連ねて炎をたぎらせる。こんな遠くにいるアルセイユですら、熱くて苦しい。山を三度焼く炎。炎は意志を持って躍り出てその舌を突き出す。その炎で周りが溶解していく。温度は上がり続け今度は気化し始めた。
そして上段から目にも止まらない斬撃。
それを受け流すフォルノウス。しかし、よけきらず、頬を焼く。
「終わった、その炎は消えない、一生おまえの内で燃え続け、そして最後には生命を奪う」
「そんなことは知っておる、消えない炎の傷の治し方を知っておるか。呪いの類はその組織ごと、腐らせて落としてしまえばいいのさ」
「なっ!そんなことをすればおまえの顔にはひどい呪いが!」
 フォルノウスの顔が腐って落ちた、そしてまた新しい顔が出てきた。
「おのれ、奇怪な術を!」
「おまえさんは起死回生の一撃を外した、もうわしに勝ち目はない」
「う、ぐ。なんだ体が重い?」
「見事だよ、ウェストル王。たいしたものだ。人間でそこまで技を極めているとは、だけどわたしは人間なんて弱い種族の出じゃないし、なにより生きてる時間が違いすぎる。そこの竜の女王はなかなかだった。ああ、あなたももちろんそうだが、しかしね。わたしの敵じゃないんだな。なんだか昔を思い出して懐かしくてね。そういや私も若いころはそうやってひたむきに技を磨いていたよ。けど八人の王のお守り役になってからはわたしはだんだん人間というものの馬鹿さ加減に、いい加減うんざりしていたんだよ」
「それが……八人の王が、貴様を封印した理由という訳だ?」
「ああ。あああ!あの馬鹿どもこれまで何度国を立て直してやったことかその恩も忘れてわたしがそのとき推し進めていたある種族に伝わる儀式を我が力のために利用しようとしただけで我を封印しやがった。我の魂の封印の権利は我があいつらの国司にされたときに渡してやったというのに」
「おまえ、それは……」
「ああ、そうさ、お前らは私が善のために動いていた人間じゃない。根っからの悪人と思って戦ってきたんだろう。しかし我にだってまともなときがあった。長かった。奴等に封印されて三千年。三千年ものあいだに我が自分を歪めるくらいたやすいことはなかったさ。我は苦しさのあまりその三千年間ずっと孤独に魔力を練り続けた。そして自力でその呪縛をぶち破ったのだ。そしてあとの二千年間、北の国ニム・イールを影から支配して自分のものにした。そして我が復讐の地、この翡翠の国をずたずたにしてやろうと思ったのだ。ウェストル王よ、汝を王として問う、力を持つものを恐れるあまりそれを拒絶するのは恐怖からか?正義からか?」
「残念ながら、正義とはいえないだろう。力があるからといって正しくないことをしないと決まったことはないのだから」
「では、私のこの行き場のない怒りはどうすればよい」
「それにたいして、私の返答はこうだ。怒りを乗り越えて、我が身を正せ」
「優等生の回答だな。いいか、本当の苦しみに身を焼かれた我のこの感情は理性で推し量れるものではない。無限に等しい時の中を封印の鎖に繋がれて苦しみもがいて生きた時間は我の心も体も指の先から毛の一本まで、この仕打ちを許すなといっている。そして報復を我が身を蝕ばんだ封印の代償は全ての者の蹂躙だ!恨み事はこの世を作った八人の王たちにいうがいい。見よ、この翡翠の国に燃え上がった復讐の炎をあのアルネルネの川に戦士たちの死体が浮かび、ミスリルの鉱脈は、穢れた鉄の炎でその輝きを失った。そして女王は倒れ、人間の中で一番偉大なこの国の王ウェストルもいまや私の力に屈服した。さあ、三千年前の裏切りの復讐劇を始めようぞ!」
 魔法使いのローブが翻り、地面を蹴ると数段高い所へ身を浮かせる。
 爆炎が、ぜんぜん予期しないところから放たれた。
 しかしそれもそれさえも魔法使いには通じない。放たれた爆炎がその使い手のアルセイユへ跳ね返される。
「うわああ!」
 避けることもできず恐ろしさに身をすくめその場に座り込むアルセイユ。しかし爆炎は彼を襲わなかった。
ミスリルの鎧、身に付けし王の中の王アル・ウェストルがそれをかばったからだ。
「父さん!大丈夫?」
「ばか者、相手は魔法使いなのだ。魔法の使い方もなにもまだ分かっておらん、おまえが挑んで勝てる相手ではない。アルセイユ、私の頼みごとを聞いてくれるか」ウェストルは声を細めてアルセイユに話しかけた。
「う、うん」
「私と母さんは、こいつを倒すために今から全力をだす、おまえがここにいては我らは力を存分に使えない。この塔の隠し扉は知ってるな?あの不自然に破壊されてない書棚のある本を手前に引けそこから、城の投石穴のライオンの金の止め具を時計回りに回すんだすると投石穴は地下の抜け道に通じるようになる。すでに教育係のサイモンと女だが剣士としては十分の腕のアルテルテが控えている。そして東の迷いの森に行け、神官長のバラムが国民とともに待っている」
「父さん、でも」
「いいか、民を先導するのは、王子であるお前だぞ、わたしがここにやってきたのはお前という人物を殺させないためなのだわかってくれ」
「父さん、父さん!!」
 そのとき、肩を引き止めた手が優しくその柔らな胸に抱きとめた。
「か、母さん」
「ごめんね、アルセイユでも私もあの人もこの国の主、逃げるわけにはいかないの、あなたはこの国の未来だから、だからあなただけは逃げて!」
「そんな、それじゃまるで!」
「アルセイユ!みなまで言うことは許さん、おまえをそんな腑抜けに育てた覚えはないぞ」
「くくく、王子か、残念だが逃がしはしない。翡翠の国はやはり我にとって脅威、ならばその血はことごとく絶やしておかなければ」
魔法使いはアルセイユに杖から稲妻でほとばしらせた。
 母の指になぞられた光が神聖文字になり導かれ、彼のアルセイユの足は両親を離れて勝手に進みだした。頭に逃げ延びるための道が思い浮かばれて鮮明に次にどうすればよいか分かった。アルセイユは魔法使いの術を逃れて書棚のある一冊に手が伸びるそのまま、書棚はアルセイユを巻き込んで勢いよく回転した。魔法使いの技はことごとく外れた、なぜなら母が竜の魔法で守護していたから。
 魔法使いフォルノウスは、すぐに飛行艇の一団を呼んだがそれをいとも簡単に落としたのは、王ウェストルだった。


 激しい爆音が塔から漏れていく。二人は闘っている。そして、そしてそれは自分を逃がすため、王国の主がため。アルセイユは、自分の置かれた立場の重さ、母と父との離別のいまだ寂しさに取り付かれて、母が駆けた魔法は無情にも二人からアルセイユを引き離した。アルセイユの涙はこぼ落ちてとめられないアルセイユは頭のいい子だ。もう二人に会うことはないことを知ったのだ。
。 
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧