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SS 『サブパイロットか、強化パーツか』

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SS 『サブパイロットか、強化パーツか』

 
前書き
『第2次スパロボZ 破界篇』のコミカルSS。もし、クロウの誕生日にソレスタルビーイングからハロをプレゼントされたら…? そんなしょーもないネタを形にしたもの。当時の文体のまま掲載する2011年の作品。「ハーメルン」にも同時投稿。 

 
 数日前から、イアンがブラスタのコクピットに手を入れている。太平洋上の孤島でブラスタがパールネイルから大ダメージを食らった後だけに、クロウの生還を願いソレスタルビーイングの総意として若干の仕様変更をしたいのだという。「悪いようにはしない」との言葉を信じているので、クロウも何にどのような変更を施しているのかまでは問いつめていなかった。ソレスタルビーイング見習いに対する扱いの向上と思えば、野暮な詮索はしたくないというものだ。
 それは、取りも直さずクロウの財布に対する思いやりでもある。4枚の刃を持つブルーム・イン・ヘヴンに機体を引き裂かれ垣間見えてきた死にクロウが惹かれかけた時、アポロがブラスタへと注ぎ込んだ生命の力。その礼としてクロウがアクエリオンのパイロットに提供した食事の代金は、ものの見事に財布の中身を空にした。
 ZEXISが食事を支給しているといっても、あくまで毎食1人1人前に限った話だ。主食のお代わりは自由なのだが、おかずのお代わりからは容赦なく代金を取るようにしている。クロウは、その洗礼を浴びた。
 今後もインペリウムがクロウへの執着を示すのであれば、アクエリオンの世話にならないとも限らない。借金持ちの身で派手な御馳走っぷり、当然食費だけでクロウの借金はまた増える事にもなりそうだ。ブラスタの改造は、その様子の一部始終を見ていたロックオン達の気配りから始まっている。
 仲間の財布に優しい奴も、いい奴だ。改造の代金は取らないというのだから、この思いやりもまた嬉しい。
 コクピットから出てきたイアンが「終わったぞ」と言いつつ、拳の中から突き出した親指でブラスタを指す。
「ありがとうな。それで、どこが変わったんだ」
 クロウがさっそく中を覗き込もうとすると、トレミー内で警報が鳴った。
「敵さんのお出ましか!?」
 物見遊山から一転、出撃の為にクロウは真顔でコクピットに入ろうとする。
 そのクロウに、突然丸い物が投げつけられた。
「そいつを持って行け」
 反射的に左手だけで受け取ろうとするが、バレーボール大のサイズをしたそれは、クロウの腕をすり抜けかけた。慌てて両手を使い、支え持つ。
 投げてきたのは、ロックオンだ。
「へ?」
 ロックオンの左手には、オレンジ色をしたいつものハロがいる。
 しかし、クロウに渡された物も同じサイズのハロだった。しかも、色がブラスタ・カラーに塗られている。これは、クロウとブラスタの為に用意されたように見えなくもない。
 いや、そうにしか見えないのだが。
 多少嫌な予感を抱きつつ、クロウはロックオンのハロと自分が持たされているハロを見比べた。
「お…おい。これって、まさか…」
「当然、そのまさかさ」
 ロックオンとイアンがシンクロし、晴れやかな顔を揃ってクロウに向ける。さもいい事をしたと言わんばかりの様子に、少しだけ嫌な予感が増した。
「詳しい事を説明してやれ」
 イアンがロックオンにその場を譲り、ロックオンが抱えている自分のハロを右手で軽く叩く。
「お前も知っての通り、こいつは回避役に使えるんだ。俺もお前も、長距離射撃は手数の一つにしている。もしお前がクラッチ・スナイパーで狙撃に入るなら、その間の回避はハロに任せな」
「って言っても、いきなり本番ってのはちょっときついぜ」
 クロウは、左手で抱えているハロを音が立つ程派手に右の掌で叩く。
「幸か不幸か、敵はまたパールネイルとアリエティスだ。トレミーの尻を追いかけ回しに来たようだぜ。何とかするっきゃないだろ」
「何とか、ね…」
 その面子ならば、狙いは十中八九自分という事になる。不慣れなコクピットだからと出撃を辞退する訳にもいかなそうだ。
「わかった、出る」
「がんばれよ」
 ロックオンがくるりと背を向け、自分の機体へと走ってゆく。イアンも退く中、クロウはハロを抱えたままブラスタのコクピットに入った。
 内部のレイアウトはほとんど変わっていない。唯一、右手にハロを接続する為の丸いスタンドが据え付けられている部分を除き。
「何かピンと来ないんだよなぁ、コクピットに2人っていうのは」ぶつぶつと文句を言いながら、クロウはハロをスタンドに据え付けた。「よろしくな、ハロ」
「ヨロシク、クロウ。ヨロシク、クロウ」
「移動力と武器の射程が伸びて、運動性と照準値が大幅アップ。一見、いい事づくめに見えるんだがな。それはあくまで強化パーツとして使う時の話だし」
 問題は、そう、クロウとハロの呼吸にある。一つ間違えれば、この高スペックの恩恵も、全てが台無しだ。
『ブラスタ、いつでも発進できます』
 ブリッジからの声に、「クロウ・ブルースト、ブラスタ、発進する!」と告げ、自身の手で射出のタイミングを計る。
 加速のGを真正面から受け、解放された時は既にトレミーの前方数百メートル先を飛行している。
 敵機は、6時の方向に2機。なるほど、パールネイルとアリエティスだ。
 機体を翻し、一旦トレミーから離れる。
 追跡者の進路が、微妙に変化を始めた。やはりブラスタ狙いのようだ。
 周囲の味方は、ガンダムエクシア、キュリオス、ヴァーチェ、そしてデュナメスという4機だけと久し振りに機体数が少ない。ソレスタルビーイングの正規メンバーと見習いだけで王留美と接触した帰り、この襲撃に遭った。アイムの神出鬼没ぶりに、改めて腹が立ってくる。
 飛行形態のキュリオスが、敵機の2機を引き離しにかかる。
 その間、クロウの視線が自然とハロに落ちた。
「クラッチ・スナイパーの時ね…」
 使い心地に興味がない、訳ではない。ロックオンは毎回ハロを使いこなしているし、これだけガンダムが出撃しているなら、遠距離からクラッチ・スナイパーを1回試すくらい問題はなかろうとの考えに傾いてゆく。
 ハロの小さな点目が、クロウを見ていた。今、攻撃と回避のコントロールは両方共クロウが握っている。
 ハロが暇そうだ。明らかに暇そうな目をしている。
 要するに、試してみたくなっている自分がいるという事だ。
「ロックオンができるんだよな。一応俺にだって…」
 その妙な対抗心が間違いの始まりだったと、後々にクロウは後悔する事になる。
「よし。この距離なら、こいつの出番だ!」と言うなり、イーグルを長距離射撃モードへと変更する。「ハロ。俺は狙撃に集中するから、回避は任せたぞ。上手い事やってくれ」
「了解、クロウ。了解、クロウ」
 敵機のどちらを狙うかは、考えるまでもなかった。狙撃の精度を上げられるというのなら、相手はやたら機体の操作に長け回避も巧みなあの嘘つきの方しかない。
「見ていろ、アイムめ」
 FCSのリンクを確認。なるほど、狙撃の事だけを考えていられるとなると、視野からパールネイルを除外する事ができる。
 しかし、アイムの言葉で状況は変わった。
『マルグリット・ピステール、私を守りなさい』
 当然ブラスタに気づいているアイムも、無策で受けたりはしない。
 パールネイルの速力が上がり、キュリオスとエクシアを掠めてブラスタの照準に入る。
「やばっ!」
 反射的に狙撃の操作を中断しクロウが回避に移ろうとした矢先、ブラスタがイーグルを構えたまま弧を描くように左に動いた。
 照準には再びアリエティスのみが入る。それが、ハロの役割なのだ。
 しかし、パールネイルとの距離は縮まる一方だった。最早狙撃どころではない。
『それで、私の刃から逃れられると思っているのか!?』
 パールネイルから、伸縮自在を誇る一対の回転刃が繰り出される。まず右から、次手は左から。
 スタンドで演算を繰り返すハロが、初手を凌いだ。
 だが次の瞬間、ブラスタに衝撃が発生する。2回目に突き出されたヴァルキュリア・スピナーが機体の右足を掠めたのだ。
 ブラスタが損傷の具合を知らせる。幸い千切れてはいないが、地上戦に移行し機体の自重とクラッチ・スナイパーの反動を押しつけるのは無理なようだ。
「クロウ、ゴメン。クロウ、ゴメン」
 謝るハロに、「相手があの女騎士なら、仕方がないさ」と慰めの言葉をかけてやる。「狙撃は中止だ。ハロ、コントロールは俺がもらうぞ」
「了解、クロウ。了解、クロウ」
 これでいつものブラスタに戻ったと思ったのだが、まだ甘かった。
「クロウ、敵機接近、敵機接近」
 機体を完全に取り戻した途端、今度はコクピットでハロが警告を喚き始める。
「いや、それはわかってるか…!」
 クロウが言い終わらないうちに、パールネイルが蹴りつけてきた。
 斬りつけられたのではない。あの大きな回転刃を使わずに、ブラスタのフライト・ユニット中央をしこたま蹴りつけたのだ。
『動きが悪いぞ! 私を馬鹿にしているのか!?』
「そんな訳ないだろ!? こっちだって必死なんだ!」
『いえ。VXどころかブラスタ自体を使いこなしていないではありませんか』
 遂に、通信でアイムまでもが割り込んでくる。
 その上、アリエティスの接近にまたもハロが自動で反応した。
「敵接近! 敵接近!」
「だから、それはわかってるって!!」
 ハロに喚いたつもりだったが、それがアイムの機嫌を損ねてしまう。
『何やらコクピットの中が騒がしいようですね。何か細工をしましたか? クロウ・ブルースト』
「あ!?」しかし、元々が嫌いな相手だ。応答も邪険になりがちなのは当たり前と、クロウ自身は自覚している。つまりは、何も考えずに反応した。「こっちは取り込んでいるんだ! いちいち声をかけてくるな! うっとおしいっ!!」
『はい…?』
 それは低い声が、一言だけした。そう、一言だけ。
 虚言家のアイムも、嘘が出るのは口からと決まっている。その態度や口調は、あの男の心境や状態を非常に正確に写し取る。
 聞こえてきたたった一言に、クロウは火山の噴火を見る思いがした。キレたのだ、この瞬間に。
 アイムの心中を察したパールネイルが退いた直後、ブラスタに接近しかけていたアリエティスが一旦距離をとる。何を始めるのかと構えた矢先、アリエティスが両手を大きく広げた。
『これがブラッディ・ヴァインです!』
 アイムの叫びに合わせ、胸部から4本の赤い螺旋が前方の四方向に伸びる。そこから伸びた赤い光は細くしなりつつ、ブラスタを目指した。
『余計な手間をかけさせてくれる!』
 ティエリアのぼやきに合わせ、ヴァーチェがGNフィールドを機体前方に展開しながら赤い蔦を全てその身に引き受ける。何と心強い仲間の援護防御か。
 幸いヴァーチェに届く事なく、緑に輝く粒子の壁が損害を未然に防いでくれた。
 クロウはほっとし、「ありがとう、ティエリア」と本心から礼を呟いた。
 そこで再びハロが喚く。
「敵接近! 敵接近!」
 クロウは、この念押しに神経を逆撫でされてしまう。識別と距離、方向の情報を機体から直接得る習慣が身に染みついているので、何も伝えていない音声のナビゲーションに耳の感覚を取り上げられる事自体が苦痛に感じられてならないのだ。
「色々有り難いんだけどよ、頼むから」
『クロウ・ブルースト、貴方は…』
「少しの間だけ黙っててくれないか!?」
 単に、間が悪かったとしか言いようがない。勿論クロウとしては、ハロに指示したつもりだった。しかし、こちらに話しかけようとしていたアイムを、結果としてクロウは遮った恰好になる。一段階声のボリュームが大きくなった状態で。
『クロウ・ブルースト…!!』
「…何てこった…」
『行きなさい! マリス・クラッド!』
 その直後、空中でありながら全機がマリス・クラッドの直撃を浴びる事になった。紅水晶の柱がアリエティスから次々と水平に放たれ、機体の至る所を直撃する。
『出直しますよ、マルグリット・ピステール』
『はい』
 それで少しは気が晴れたのか、女騎士を従えアイムは帰って行った。
 しかし、ヴァーチェを除く4機の外装はボロボロである。
 トレミーに帰還し、ブラスタのコクピットから下りた直後、何も言わずに迎えてくれたロックオンへ、クロウはブラスタ色のハロを投げて返す。
「おやじさんに、ブラスタを元に戻すよう頼んでおいてくれ。俺はやっぱり、一人で機体を操る方に向いてる」
「ハロはどうする?」
「また何かの機会に別の方法で使うさ。強化パーツとしては悪くないからな」
「なら持っとけよ」と、ロックオンがハロを再び投げてくる。
「随分と俺に持たせたがるんだな。ソレスタルビーイングの意向か?」
「ああ」ロックオンが頷いた。「そいつは、俺達からお前へのバースデー・プレゼントだからな」
「これが!?」
 左手で抱え、またも音がする程強く掌で叩く。
「だから、部屋に置いといてくれ。使わない時でもな」
「あ、ああ…」
 最初からそう言ってくれれば。クロウはそう思いつつも、敢えて口には出さなかった。もし長い付き合いになるとわかっていれば、今日いきなり実戦で試してみようなどとは思わなかったかも、かもしれないのだから。
 以来、トレミーに宛がわれたクロウの部屋にはハロが転がっている。そしてクロウも、強化パーツとしての機能を当て込みハロを使うようにはなった。
 しかし、失敗したままというのは実に後味が悪いものだ。いつか、ロックオンが勧めるように狙撃の際に回避を任せられるような、そんな使い方をしハロとのコンビでクラッチ・スナイパーを当ててみたい。最近クロウは、そんな小さな欲望を秘めている。
 クロウの心中を知るのは、今のところ丸くて叩くといい音がする点目のサポート・ロボットだけだ。


                             - 了 -
 
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