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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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諸葛家の災厄~小さいおじさんシリーズ9

それは木曜日の夜。

新システムのカットオーバーを迎え、ひと時の安寧を得た俺は明日から溜まった有休を消化して3日間、この四畳半の牙城にて深い眠りに就く予定でいた。

今日の異変に気が付くまでは。


帰宅すると、いつもの小さいおじさんが一人居ない。白い頭巾のやつが姿を消していた。二人のおじさんも、なにやら神妙な面持ちで、炬燵の上に設けられた高台を眺めている。
「……なんだ、あれは」
豪勢がぼそりと呟いた。
「予約席らしいぞ」
端正が、さも馬鹿馬鹿しいものを見るように一瞥する。高々と掲示されたコピー用紙に『諸葛一族の輝ける巨星を称える会』と、几帳面そうな墨文字で書かれている。


……うわー……


おい、ふざけんな白頭巾どこだ。俺の四畳半で一族郎党引き連れて何をやらかす気だ。お前の一族って相当な数だろうが。この前の左慈みたいなことになるのはもう御免だからな。
「……あの男、こういう感じのウザめな自己顕示欲の持主だったか?」
「知らん。で、主賓の彼奴は何処に行ったのだ」
端正が心底どうでもよさげに、脇息代わりのミニクッションにもたれかかった。
「諸葛ご一行様をお迎えする準備でもしてんじゃねぇの」
豪勢もよく知らない上にどうでもいいっぽい。
「…帰るか。なんか面倒なことが始まりそうだし」
「面倒な上にくそつまらん集会の気配だな。その横で貴様と二人で茶を酌み交わすとか、何かの罰ゲームのようだ」
「こっちの台詞だ」
二人が立ち上がろうとしたその瞬間、白い外套のようなものを羽織った小さいおっさんの集団が、襖の陰からぞろぞろと現れた。20~30人くらい居る。
「うっわ出たぞ諸葛ご一行様が」
端正が中腰のまま固まった。
「全員服の趣味同じかよ。逆に興味深いなあれ」
豪勢が中学生のような口調で云って再び腰をおろした。ご一行様は、白い頭巾まで全く奴と同じ恰好だ。なんだあれ、諸葛家の制服なのか。
「……おい、彼奴はいるか」
「知るか面倒くさい。卿が見ればよいではないか」
「よく見えん。というか違いが分からん」
俺もさっきから目を凝らしているが、白頭巾の姿はない。服装は似たような感じだし、顔の感じもどこかしら似ているのだが、白頭巾本人は見当たらないようだ。
 俺らが白頭巾の姿を求めてきょろきょろしているうちに、白装束の男たちがのしり、のしりと炬燵によじ登り、車座になって座り始めた。…やはり白頭巾は居ない。



「さて、毎月恒例の『諸葛一族の集い』は、この高台にて開催される運びとなったわけですが」
山羊髭の男が、徐に口を開いた。車座の中央には、煮た蕪が盛られている。…ていうか毎月恒例って言ったか今。
「我らが巨星の出席は、今回も叶わなかったわけです」
白頭巾もどきの群れからざわめきが漏れる。
「彼のお気に入りの諸葛菜も豊富に用意しているというのに……」
「調理法が気に入らないのでは?」
「諸葛誕殿作詞作曲の『彼の英雄を称える歌』が気に食わなかったのだろうか」
「いや、我々の『丞相ルック』に気合が入っていなかったのかもしれない」
「頭巾の大きさがまちまちなのが気に入らないのか!」


「……うわぁ」


高台の下に潜む二人のどちらかが呟いた。二人とも、口をぽかんと開けて炬燵を見上げている。
「……丞相ルックって言ったか今」
端正が軽く眉間を押さえて呻くように云った。豪勢がごくり、と喉を鳴らした。
「なんだ『彼の英雄を称える歌』って。ちょっとした嫌がらせだな…」
「いや、本人たちはリスペクトのつもりだぞ…俺だったら5分で発狂するな」
そんな彼らの密談を知ってか知らずか、諸葛一族の集いはひたすら盛り上がる。
「徐州の戦乱で運悪く散り散りになった我らだったが…それぞれが魏、呉、蜀において皆頭角を現す、結果オーライな状況となった。中でも『彼』の蜀における功績は図り知れない!」
「おう、自らを伝説の軍師・管仲や楽毅になぞらえてニート生活を送っていたちょっとイタい過去をものともせず、周囲のいい人をうまいこと宣伝に利用する画期的な就職術で見事に軍師の地位を得てからの彼は目覚ましい!!」
「そこらへん正に管仲!」
「そうだ!」
「万歳!」
「丞相、万歳!!」


………うっわぁ……白頭巾、これ遠回しに馬鹿にされてないか……


「……まぁ、蜀における彼の大活躍のお陰で諸葛瑾は微妙な立ち位置になったわけだが……」
彼らの視線が諸葛瑾と呼ばれた男に集中した。諸葛瑾は気まずげに視線を落とす。
「それはそれは酷い目に。父は…腹いせに孫権殿にロバ呼ばわりされたり、何かにつけ蜀への使者にされて、結果手ぶらで返されたり」
手ぶらで帰らざるをえなかったのは彼の手腕では…
「なんと。ロバと」
「ロバはないですな」
「……そこまで酷い待遇だったわけでは」
諸葛瑾は、もごもご口ごもったが、呉の悪口で盛り上がり始めた子弟を止められず、結局元通り俯いた。…ていうか本人を目の前にロバロバ言うなや可哀想だろ。
「そもそも一国の王がロバに落書きして自分のとこの重臣をコケにするとか、どうなんですかね、あの国は!」
「これ、恪、やめんか」
諸葛瑾が、年若く車いすのような乗り物に座っている男を嗜める。こいつがさっきから諸葛亮を遠回しにディスる発言を繰り返している様子だ。
「首脳陣は総ヤンキー状態でしたな、今考えると」
「ヤンキー兄弟やら海賊軍団やら。周瑜殿も育ちはよかったが…小喬を手に入れた経緯など、もう完全にヤンキーの手口でございますねぇ…」
尚も舌鋒鋭く繰り広げられる呉への攻撃。端正が小さく舌打ちをした。
「そうそう。一国の主が戦乱のどさくさで美人を捕虜にしてそのまましれっと妻にするとかもう…」
他の奴らもどんどん乗っかり始めた。ぎりり…と端正の歯ぎしりが漏れた。



「諸葛恪…だな、顔覚えたぞ、あのクソガキ!」



おいおいお前がそんな事云ったら首脳陣総ヤンキー説を肯定することになっちゃうんじゃないか。
「あのくそつまらん連中の中では異彩を放つやんちゃっぷりじゃないか。臣下には御免だが。誰だあれは」
豪勢は自分以外の連中が虚仮にされている状況が愉快になってきたらしく、少し機嫌がいい。
「諸葛瑾んとこのガキだ。あいつ昔っから嫌いだったわ、もうほんっと生意気で空気読めなくて」
端正の存命中ということは、彼は10にも満たない幼児だった筈だが。云ってはなんだが、端正は意外と器が小さい。
「あぁ…奴が諸葛恪な。余も噂は聞いた事がある」
「噂?」
「あのクソ頭巾から、生真面目さを引っこ抜いて大雑把さと身勝手さを放り込み、悪賢さと傲慢さをパンプアップしたような人物だと」
「それもまた随分な云われようだな…」
端正が肩をすくめた。何だかんだ云っても呉の重臣だった男の悪評に、複雑な気分が沸いてきたのだろう。付き合いが長くなり、ある程度考えを読めるようになってきた。


「諸葛に関係のない話はそこまでですよ!!」


白頭巾をきゅっと小さくしたような生真面目そうな男が立ち上がった。諸葛恪が小さく舌打ちをする。
「大体なんですか。誇り高き諸葛の血脈の者が他人の悪口に興じるとは!」
30余りの白頭巾が、無言で揺らめいた。
「諸葛誕殿!!」「公休!!」「魏の狗!!」
あ、やっぱり諸葛誕かアレ。…ていうか魏の狗?悪口かな?
「おお、そうだ我々は一体なにを」
「あの方の業績を称賛する目的の会合だというのに」
「さあ皆、もう一度あの歌で彼を称えようではないか!!」
諸葛誕が琵琶に似たような形の謎の楽器をかき鳴らし始めると、おっさん達が蜀の臥龍~、とか諸葛の輝ける巨星~、とかぼそぼそ歌い始めた。流石あの白頭巾の一族というか…全体的にぼそぼそしている。諸葛恪は歌っているフリはしているが、口をぱくぱく動かしているだけだ。しかも時折「蕪大好き~」とか絶対そうじゃない歌詞を勝手に入れ込んだりして遊んでいる。実のところ、こいつが根っこの部分は白頭巾に一番似ているような。
「……誇り高き血脈とやらの彼奴は、他人の悪口大好きだろうが。あいつら一体、何を見ているのやら」
端正がぼそりと呟いた。
「諸葛誕はなぁ…少し、思い込みが激しい所があるんだよなぁ…」
そもそもあいつ、もしかしたら…と呟きながら豪勢が顎に手をあてる。

 しばらく我慢していると、彼の英雄を称える歌が終わった。終わると同時に彼らは白頭巾がいかに優れた軍師であったかみたいな話を三々五々語り始めた。
「さあ皆、話すばかりではなく、彼の英雄が愛してやまなかった諸葛菜を大いに食べるがよい!!」
諸葛誕が蕪の煮物を取り分け始める。諸葛恪は露骨に顔をしかめた。こいつは蕪が好きではないらしい。
「しかし、蕪も煮るか漬けるかで、どうにもレパートリーに乏しいですな。彼の英雄もそれで集会に出たがらないのではないでしょうかねぇ。…もう少し、調理法を工夫してみては」
諸葛恪がまた、余計なことを云い始めた。
「そうですね、兄さん!現代の調理法に『揚げる』という方法があるらしいですよ!」
妙に目が綺麗な青年が立ち上がった。白頭巾から鋭さを目減りさせて陰険さを引っこ抜いたような男だ。
「喬か。揚げる、とは?」
「熱くした油に、小麦の粉をまとった食材を放り込んで香ばしく調理するのです。天ぷらというそうです」
「ほぅ…ならば蕪の天ぷらか!」
「そうだ、天ぷらだ!」
「成程、その手があったか!!」
「では私はハチミツを掛けてみよう」
「野の花と和えるというのは!?」
「おお、アイデアが広がるな!!」
相変わらず下で様子を伺っていた二人が、顔を見合わせた。
「……卿、蕪の天ぷらやハチミツ和えを食いたいか」
「天ぷらの具としてはメジャーではないな…ハチミツ和えはないわ」
次の会合は、蕪を使った珍料理大会になるようだ。…あの諸葛恪という男は、余計な事しかしないのか。



蕪の器が空になると、彼らは再び白頭巾の功績とか何とかを称えたり、変な歌を口ずさんだりしながら、そのうち一人、また一人と席を立ち、襖の奥に消えていった。…ほんと、何処につながってるんだうちの襖は。



やれやれ、とりあえずこれで変な集会に煩わされず安らかに眠れる。
「…あいつら月イチでこんなことやってんのか」
「何が楽しいのであろうな。俺の子孫も、おかしなイベントに関わっていなければよいが」
豪勢が、何かを思い出したかのようにくくくと笑った。
「諸葛の連中って実家大好きだよな…知っているか、諸葛一族の村ってまだあるらしいぞ」
「真か?このノリが2000年近く続いたのか?…筋金入りだな。とりあえず今度奴が現れたら彼の英雄を称える歌とやらを斉唱してやろうぞ」
端正がもう嬉しさを抑えきれないように唇を歪めた。今日一日だけで白頭巾をイジるネタが死ぬほど補充出来たことだろう。
「お、それいいな採用。余は所々『蕪大好き~』に変えて歌うとするか!」


「好きじゃありませんよ、蕪なんて」


机上の白装束が諸葛瑾を残してあらかた消えたあたりで、何処からともなく声がした。
「む!?貴様いたのか!!」
「私が先にここに居たのです」
声は猫ちぐらの中から聞こえる。ぴったりと閉ざされたハンカチは、そよとも動かない。
「後世の者達はあれを諸葛菜などと呼んでいるようですが、蕪は蒔いてすぐ収穫出来るから兵糧として重宝していただけで、云われる程好きだった訳ではありません。大体、あれを蒔いて育つまで粘らなければいけないような長期遠征、元々内政向きだった私が好きなわけがないでしょう」
むしろ、蕪には嫌な思い出しかありませんよ。と、地を這うようなというか、怨念の籠った声がした。…ゴメン、俺もこいつ蕪好きなのかと思って蕪漬け頻繁に出してたわ。
「大体何ですか、云うに事欠いて天ぷらとかハチミツ掛けとか。気持ち悪すぎて逆に興味深いですよ」
…こいつ来月の会合も物陰から様子を伺うな絶対。
「卿もなぁ…居るなら出てくればよいではないか。やり方はともかく、奴らは卿が大好きなのだろう?」
「誰が?…さっきから遠回しに私をちょこちょこ小馬鹿にしていた諸葛恪が?」
「…いや、その」
「それとも私の方は存在すら知らなかった諸葛誕が?」
「やっぱりそうなのか!?」
豪勢が叫んだ。
「どうもあいつの中の貴様と実際の貴様に齟齬がありすぎると思っていたのだ!会ったことないよな!?」
「―――毎月毎月、意味不明な招待状に悩まされ、何やってんのかと様子だけ伺いに来てみれば…あれに参加させられたとして、どんな顔すれば良いのでしょうねぇ、私は」
本当それだよ。一族郎党集められて、自分を称える変な歌聞かされて、顔も知らない連中に褒め殺されるとか何の罰ゲームか。あいつらこの会合に白頭巾招待して何をしたかったんだろう。
「貴様ら一族が節操もなくあっちこっちに散らばって士官するからややこしい事になったのだろうが、たわけが。夏候んとこみたいにきちっと纏まっとけばな」
「何処かの奸雄が御父上の敵討ちに徐州を焼き討ちしたお陰でしょうかね、我々が故郷の地を離れ、全国に散らざるを得なかったのは」
「ぐぬ……」


―――元凶はお前かよ、豪勢。


「むしろ散ってもらって幸いだ。卿といいあの糞がきといい、あの魏の狂信者といい、卿の一族はアクの強い奴が多すぎる。一か所に纏まると…ほれ、あの会合みたいな妙なことになるのだ」
「同意いたします…あんなこと毎月近所でやられたら1年経たずに発狂するところです。特に、彼です」
「諸葛恪だな?」
「ほんそれ。近所にいたらもう…全精力を動員して私への嫌がらせに勤しむでしょうね。お互いこんな身の上になってまで、月イチでこんな嫌がらせを繰り返すくらいですから」
「これやっぱり嫌がらせなのか!?」
「―――気が付いているのは兄上くらいでしょうけどね。陸遜殿に書簡で色々吹き込んだことを未だに根に持っているのですよ、あの小童は」
「卿も恨まれるだけの事はやらかしているのだな…」
あぁ…兄上って、無口に座り込んでいるだけのロバの人か。…今も炬燵の上でぼんやり座り込んで何かを考えている。
「私が何処からか様子を伺っていたことも、兄上は察していたことでしょう」
白頭巾ほどのキレ者感はないが、云われる程ロバに似ているわけでもない。顔はまぁ…長めではあるけれど。そんなことをぼんやり考えながら机上に残った諸葛瑾を眺めていると、不意に彼と目が合った。
「うわっ…」
思わず声が出た。いかんいかん、俺は居ないことになっているのだ。…しかし意外にも彼はすっと立ち上がり俺に向き直ると、深く頭を下げた。


「………ご迷惑を」


えっ、それは今日の件?あんたの弟にゴディバ強奪された件?それともあんたの弟に毎日のように茶菓子やら寝床やらに遠回しに文句つけられる件?それともあんたの弟に…
とか考えてまごまごしているうちに、諸葛瑾は他の白装束と同じように襖に消えた。



―――常識人じゃん。



この兄はきっと毎月こうして、出たくもない変な会合に参加して、彼らが暴走しないように目付役を勤めているのだろう。生前もこうやって、この濃ゆい一族の尻ぬぐいに努めてきたのか。…なんか涙が出てきた。
「この飽食の現代に何を好きこのんで蕪など茶受けにしましょうか。…最近、ブルボンの備蓄が減っているようではありますけどね…まだルマンドは、ありますでしょうか…」
諸葛瑾が消えた途端、ハンカチをまくって白頭巾がひょっこり現れた。…てめぇ俺があの人の苦労を慮って涙しているときにのこのこ出てきて、あまつさえ菓子の備蓄に文句つけるとかもうな。
「なんか…卿、今日はその、な」
妙に空気を読む端正が、こっちをちらちら見ながら白頭巾をなだめにかかるが、奴は聞いちゃいない。勝手に棚をがさごそいじってルマンドを引っ張り出して豪傑嫁を召喚して…まさに今日もやりたい放題、典型的な次男坊の所業だ。かつての諸葛瑾の苦労が偲ばれる。


諸葛瑾の魂に安らぎあれ。そう願わずにはいられない。
 
 

 
後書き
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